"怪物はまだ生きている"
少し前、村中に広まったこの噂も、怪人イゴールの刑死によって、なりを潜めていた。
でも...この誰一人知らない、この秘密の空間で私は、込み上げてくる高揚感を押さえきれずに何度も叫んだi
「It'Alive!(生きているぞi)」
その復活劇のあらましは多くは触れまい...ただ何故父フランケンシュタインは、わざわざあの火の池地獄のような硫黄の沼の辺りに、城の地下通路から続く、この秘密の実験室を設えたのかが分かった。それは硫黄の生命力再生の効能にあったのだ。
怪物が仮死状態のまま、長期間生命を保っていられたことも、地下霊安室に眠る父の遺骸、ことに頭部の状態が良好だったのもこの理由による。硫黄から抽出した"再生エキス"と、落雷による電気ショックとが怪物を長い眠りから目覚ましたのだ。
そして、ゆっくり目を開けた怪物...ではない父に、頼むi "ンガア"などと咆哮しないでくれiと、 祈るような気持ちでこう尋ねてみた。
「あなたは誰ですか?」すると...私は、返ってきた言葉に安堵感と当惑とが交錯した気分になった。
「私は誰でもない...」
すかさず私は尋ねる「あなたはビクター.フランケンシュタインではありませんか?」
「いいや、古いビクターは死んだのだ...私は新しく"誰でもない私"として甦ったのだi」(おぞましい怪物に怯える皆さん、お聞きになりましたかな? 今、私の目の前に居る人物は、神の使徒のごとき言葉を発しておられるのですぞi)
私は尚も食い下がって、"本当の私"を思い出してもらうべく何度も尋ねた...「あなたは誰か?」しかし、何度試みても無駄であった。
これは、記憶喪失か何かだろうと思って、具体的に刺激を与えるようなことを話してみた。「あなたは様々な遺体から各パーツをつなぎ合わせて人造人間を創造した、偉大な科学者なのですよ...」すると、どうも記憶は失われていないということは分かった。
「確かに、私は、この一コの私から成っているのではない。この私は多くの同じようないくつもの"私"が相交わって成っている一つの有機体なのだ。この直感は全く間違ってはいなかった。しかし、それはツギハギなどではなかったのだ。各々の私は各々個を有しているのだ。これにより私は新しい、個にしてすべてである有機体として生きることが出来るのだ。もし、一つの中心、脳中枢があり、それ以外の各パーツがツギハギのままなら、独裁的権力の支配による、世にもおぞましい怪物の世界が現出されることになるだろう...」
私はその説教をただ、口をアングリさせて聞いているしかなかった。何で、一個のことに過ぎないようなことが、人類の未来に関わるようなことに飛躍するのか分からなかったが、どうやら父は長い眠りの間に、科学万能主義者から形而上学者か予言者に転向してしまったらしい。いや、ひょっとすると、ペストよりも恐ろしいという、あの"非二元病"に感染してしまったのかもしれない。
しかし、一瞬ではあったが、私は願ってもいなかった言葉を彼から聞かされた。「子よi」
ついに私のことを"子"と呼んでくれたのだ。だが...喜んだのは束の間、その子は"どの子"だか分からなかったのである。
「私の長年の研究は、"死んでみて"間違いだということが分かったのだよ。人生のことも、宇宙、世界のことも"頭だけ"では分からないのだ。これからの普遍性に目覚めてからの人生は、これまでの悪行の罪滅ぼしとして、頭脳、科学偏重がもたらす歪みへの警鐘に努めるつもりだ」
そして、こうした有り難い父の説法を聞いていて、私はとても現実的な重大な問題があることに気が付いた。
「あなたの志は素晴らしいが、それは無理でしょう。よしんばあなたの言葉に耳を傾ける人間は居ても、あなたに身近に接した人の多くはきっと逃げてしまうでしょう。何故ならば、これがあなたの姿なのだから...」そう言って私は鏡を彼に見せた。これが取り返しのつかない事態を招くとは...当然思ったのだが、今の父は怪物ならぬ超人だったので、そんなことなど意に介さないとも感じたのだ。しかし、鏡が再び現世意識へと彼を呼び戻してしまったようだった...。
超人は、ただの"人の子"だったのか...全身を震わせながら慟哭して叫んだi
「お、お前は、何てことをしてくれたんだi もう、終わりだ、私も、人類も...」
「ゆ、許してくれよi、父さんi そんなにショックを受けるとは、思わなかったんだよお...父さんからは、生命再生術や脳外科のことは教わったけど、整形のことは、教わってこなかったんだよお...」
「いいや、そんなことじゃ済まないんだi 私がこうして個にして全なる有機体で居られるのはあと僅かだ。やがてツギハギだらけの怪物に心身は犯されてしまうだろう。又世にもおぞましい怪物になってしまうんだ...ああ、ダメだ意識が、意識があ..."I' ll not be back!"(私は二度と戻らないi)」
このターミネーターみたいな言葉を最後に残して、父は自らあの煮えたぎる火の池地獄に身を投げてしまったのである。
父は火と硫黄の中へと沈んでいった...
ここに我々親子二代に渡る偉大な研究は完全に途絶えてしまったのである。
それは、けっしてこの世に出てはならない運命だったのだろう...
附記
今、私の書斎でこれを書いているが、傍らで私の息子ピーター、つまりフランケンシュタイン三世がターザンごっこをして遊んでいる...。
彼に「将来は何になりたい?」と訊いてみた。すると、幼児とは思えないような答えが返ってきた。
「"あいとしんりのでんどうし"になるんだ。いつも夢の中で巨人が色々教えてくれるんだよi」
ーウオルフ.フランケンシュタインー
(終)
❬これは、米映画「フランケンシュタイン復活(39年)」を下敷きに大幅に改作したものです❭
少し前、村中に広まったこの噂も、怪人イゴールの刑死によって、なりを潜めていた。
でも...この誰一人知らない、この秘密の空間で私は、込み上げてくる高揚感を押さえきれずに何度も叫んだi
「It'Alive!(生きているぞi)」
その復活劇のあらましは多くは触れまい...ただ何故父フランケンシュタインは、わざわざあの火の池地獄のような硫黄の沼の辺りに、城の地下通路から続く、この秘密の実験室を設えたのかが分かった。それは硫黄の生命力再生の効能にあったのだ。
怪物が仮死状態のまま、長期間生命を保っていられたことも、地下霊安室に眠る父の遺骸、ことに頭部の状態が良好だったのもこの理由による。硫黄から抽出した"再生エキス"と、落雷による電気ショックとが怪物を長い眠りから目覚ましたのだ。
そして、ゆっくり目を開けた怪物...ではない父に、頼むi "ンガア"などと咆哮しないでくれiと、 祈るような気持ちでこう尋ねてみた。
「あなたは誰ですか?」すると...私は、返ってきた言葉に安堵感と当惑とが交錯した気分になった。
「私は誰でもない...」
すかさず私は尋ねる「あなたはビクター.フランケンシュタインではありませんか?」
「いいや、古いビクターは死んだのだ...私は新しく"誰でもない私"として甦ったのだi」(おぞましい怪物に怯える皆さん、お聞きになりましたかな? 今、私の目の前に居る人物は、神の使徒のごとき言葉を発しておられるのですぞi)
私は尚も食い下がって、"本当の私"を思い出してもらうべく何度も尋ねた...「あなたは誰か?」しかし、何度試みても無駄であった。
これは、記憶喪失か何かだろうと思って、具体的に刺激を与えるようなことを話してみた。「あなたは様々な遺体から各パーツをつなぎ合わせて人造人間を創造した、偉大な科学者なのですよ...」すると、どうも記憶は失われていないということは分かった。
「確かに、私は、この一コの私から成っているのではない。この私は多くの同じようないくつもの"私"が相交わって成っている一つの有機体なのだ。この直感は全く間違ってはいなかった。しかし、それはツギハギなどではなかったのだ。各々の私は各々個を有しているのだ。これにより私は新しい、個にしてすべてである有機体として生きることが出来るのだ。もし、一つの中心、脳中枢があり、それ以外の各パーツがツギハギのままなら、独裁的権力の支配による、世にもおぞましい怪物の世界が現出されることになるだろう...」
私はその説教をただ、口をアングリさせて聞いているしかなかった。何で、一個のことに過ぎないようなことが、人類の未来に関わるようなことに飛躍するのか分からなかったが、どうやら父は長い眠りの間に、科学万能主義者から形而上学者か予言者に転向してしまったらしい。いや、ひょっとすると、ペストよりも恐ろしいという、あの"非二元病"に感染してしまったのかもしれない。
しかし、一瞬ではあったが、私は願ってもいなかった言葉を彼から聞かされた。「子よi」
ついに私のことを"子"と呼んでくれたのだ。だが...喜んだのは束の間、その子は"どの子"だか分からなかったのである。
「私の長年の研究は、"死んでみて"間違いだということが分かったのだよ。人生のことも、宇宙、世界のことも"頭だけ"では分からないのだ。これからの普遍性に目覚めてからの人生は、これまでの悪行の罪滅ぼしとして、頭脳、科学偏重がもたらす歪みへの警鐘に努めるつもりだ」
そして、こうした有り難い父の説法を聞いていて、私はとても現実的な重大な問題があることに気が付いた。
「あなたの志は素晴らしいが、それは無理でしょう。よしんばあなたの言葉に耳を傾ける人間は居ても、あなたに身近に接した人の多くはきっと逃げてしまうでしょう。何故ならば、これがあなたの姿なのだから...」そう言って私は鏡を彼に見せた。これが取り返しのつかない事態を招くとは...当然思ったのだが、今の父は怪物ならぬ超人だったので、そんなことなど意に介さないとも感じたのだ。しかし、鏡が再び現世意識へと彼を呼び戻してしまったようだった...。
超人は、ただの"人の子"だったのか...全身を震わせながら慟哭して叫んだi
「お、お前は、何てことをしてくれたんだi もう、終わりだ、私も、人類も...」
「ゆ、許してくれよi、父さんi そんなにショックを受けるとは、思わなかったんだよお...父さんからは、生命再生術や脳外科のことは教わったけど、整形のことは、教わってこなかったんだよお...」
「いいや、そんなことじゃ済まないんだi 私がこうして個にして全なる有機体で居られるのはあと僅かだ。やがてツギハギだらけの怪物に心身は犯されてしまうだろう。又世にもおぞましい怪物になってしまうんだ...ああ、ダメだ意識が、意識があ..."I' ll not be back!"(私は二度と戻らないi)」
このターミネーターみたいな言葉を最後に残して、父は自らあの煮えたぎる火の池地獄に身を投げてしまったのである。
父は火と硫黄の中へと沈んでいった...
ここに我々親子二代に渡る偉大な研究は完全に途絶えてしまったのである。
それは、けっしてこの世に出てはならない運命だったのだろう...
附記
今、私の書斎でこれを書いているが、傍らで私の息子ピーター、つまりフランケンシュタイン三世がターザンごっこをして遊んでいる...。
彼に「将来は何になりたい?」と訊いてみた。すると、幼児とは思えないような答えが返ってきた。
「"あいとしんりのでんどうし"になるんだ。いつも夢の中で巨人が色々教えてくれるんだよi」
ーウオルフ.フランケンシュタインー
(終)
❬これは、米映画「フランケンシュタイン復活(39年)」を下敷きに大幅に改作したものです❭