人生の裏側

人生は思われた通りでは無い。
人生の裏側の扉が開かれた時、貴方の知らない自分、世界が見えてくる・・・

幸福と自然な状態

2021-07-04 10:36:39 | 雑感
「人間が不幸なのは、自分が幸福であることを知らないからだ。ただそれだけの理由なのだ」(ドストエフスキーの言葉)

人生には不幸な事態、苦難というものが付きものですね。
不幸を避けて、幸福なことばかりを追い求め、得ようとする訳には行きません。
不幸、苦難を抱えるというのは、どういうことかと言うと、そのように思い煩うということに他ならないでしょう。
そのことについて、"思い煩わなきゃいいんだ、考えなきゃいいんだi"、と平然と言い放つ向きがあるならば、その人間は思い煩ったことも、自分自身に向き合ったこともない、ということでしょう。
"思い煩うことは苦しい、そこから逃れたい...けど次から次へと思いに絡められ、いよいよガンジガラメに陥ってゆく..."
こういうことを書いているだけで、段々そのようになって行きそう...昔からそういう性向と共に生きてきたからでしょう。
しかし、昔からと言っても、本来からということとは違います。何故ならば、そういう苦境から脱したいという思いがあるからです。
それは、身体的な病についても言えることで、苦しみにあるのは本来性から離れているからで、そこから癒されることでそこに戻れる、という自覚があるということでしょう。
こういう自覚があるからこそ元の状態に戻れるのです。
では、この本来性というものは、不幸からは離れることなのでしょうが、幸福な状態ではないのでしょうか?
中立な状態?...私は言葉では知ってますが、実際はそれがどういう状態なのかは分かりません。まあ、考えてみると、とても退屈な状態なのかとも思えますが(笑)...
不幸にも見舞われてないが、幸福なことにも与ってない? まあ、世の中こういう事態になってるし、金は無いし、いつ不幸になるかも分からないし、良いことは無いみたいですよi
しかし、特に幸福なことが得られる訳じゃないけど...幸福な状態にあるってことは分かるのです。本当に幸福に与るということはこういうことなのでしょう。
本来性ということ。私は最近、ここに意識が自ずと惹き付けられてやまないものを感じています。
ということは、それは思い煩いから自ずと離れられるということなのです。
本来から来るから自ずとそうなる...それは、考えることをやめるとか、ネガティブな思いを引っ込めて、ポジティブな思いに切り替えるということでもありません。
ラマナマハルシが、「幸福であることは、人間の自然な状態である」と言っている通りです。
人は不幸な事態に見舞われて、不幸な思いに囚われます。しかし、幸福は、そうなれるようなことが舞い込まなくともそうなっているのです。
自然な状態なものほど、気付くことが難しいようですが、これほどシンプルなことは無いでしょう。
私が過去、思いのガンジガラメ地獄から脱したことを思い返すと、全く他愛の無いことからばかりだったのでした。
風向きが、気温が変わったとか、気候の変化とかが実に大きかったのです。
変わるというのは、自然な状態に他ならないのです。
だから...変わろうとしなくても、変わる時は変わる...。
コメント
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