東北の震災でお亡くなりになった方々のご冥福をお祈りいたします。
そして被災された方々が一日も早く元の生活に近づかれますように。
連日の報道を見入っていると次第に暗い気持ちになってしまうので暖かくなった今日は家人と歩いてきました。 家人は取りあえず銀行に立ち寄って災害義援金を振り込んでいました。私もいずれと考えています。テレビを眺めて嘆くよりもこちらがズーッとましと思います。
ところで、東京ではエリア別停電が突如宣言されたので企業も個人もそれに備え始めたのですが。本日は空振りです。特に通勤客が大迷惑を被ったようです。というのも突然停電を止めましたとの逆宣言、電気は来ているのに電車が止まるというみっともない状態でした。 東京電力の都合で右往左往させられたようです。鐵道会社のような重要な機関とユーザーが振り回されてしまった一日になりました。 近所の経堂駅が新宿への始発となった小田急線では通勤客が延々と行列をなして駅も大変だったようです。
停電するのであればライフライン・ユーザーとの密接な連携は必須でしょう。 止めなくてもいい列車を止めてしまい日本の活力or再生するためのエネルギーを削いでしまったようです。 思いばかりが先行して実がとれないやり方かなと思います。 このやり方で原発事故への取り組みを実行していないことを祈りますが、これが会社の体質ではなかろうかと考えさせられた停電宣言でした。被災者の数の増加とともに原発の後始末が気になる日でもあります。燃料棒の溶解、どうなるのだろう。
いずれにしろこの停電のやり方は、覚悟している関東の住民にちと失礼かなと思うとともにこれが四月末まで繰り返されると狼少年になってしまうようです。 宣言したことは腹を決めて実行し、その結果(効果)は明確に公開・報告することが重要です。 実施することに意義ありでないことを願います。 ただし、鐵道の電力は終日確保すべきではないかと思います。 東電の記者発表には言い訳的な謝罪の言葉が多すぎて何を言おうとしているのかよく分からない場面もありました。政府発表と重ね合わせると何か隠蔽しているのかと邪推したくなりますが、都心に人を集めたくないのか?如何?
こんな具合に、テレビをじーっと見過ぎてしまうと変なストレスが溜まります。
歩いてみて車の多いこと。ですが、ガソリンスタンドの売り切れ休業も目立ちます。そしてコンビニのカップ麺は本日は完売で、電気店では懐中電灯、電池完売、もちろん携帯コンロとガスもありません。何だか異様な雰囲気でした。老父はのんびりしたものでモノがないことも知らない風だったのでお菓子と手持ちのカップ麺を差し入れておきました。本日は一万七千歩歩きました。花粉がひどいようでしたが、放射能の塵よりもましです。(苦笑)
あ、我が家は神戸の震災のあとに大規模(笑)に備蓄し、すっかり忘れていたので昨日子供達と見直して一部入れ替えました。期限切れが多かったのですが、食べてみると問題なしだったので次のモノを買ってから差し替えることにします。当時は非常持ち出しリュックを大人用三個、子供用二個作っておりましたが、すっかり忘れていました。年一回はチェックしなければいけませんね。災害は忘れた頃にやってくるという格言の通りです。 当時は普通の懐中電灯だったのでこれをLEDライトに入れ替えるつもりで買い物散歩をしたのですが、やはり売り切れ。 それに世田谷区は停電第4グループなので午後は休業と追い出される店もありました。
停電がなかったのでなーんだと拍子抜けです。そこまで関係者が覚悟していたのだから訓練の意味でも実施すれば良かったのにと思います。そして突然電気を切らないようにして貰いたいものですが、そういうことにはならないでしょうね。
何だか写真を入れる気の起きない気分が続いています。