本日はリタ・ライスを取り上げたいと思います。彼女についてはかなり前にも「ジャズ・ピクチャーズ」と言う作品を一度ご紹介しました。オランダ出身ながらアメリカのジャズシーンでも活躍し、その後に登場したアン・バートンやカーリン・クローグらヨーロッパ出身の女性ジャズシンガーの走りとなった存在です。その貢献度の高さから"ヨーロッパズ・ファースト・レディ・オヴ・ジャズ"と称されているとか。本作「ザ・クール・ヴォイス・オヴ・リタ・ライス」は1956年に発表された彼女のアメリカデビューとなる作品で、オランダのフィリップス・レコードに吹き込まれ、アメリカでは大手のコロンビア・レコードから発売された作品です。この時点では器楽奏者を含めてもヨーロッパのジャズミュージシャンはほとんどアメリカでは知られていませんでしたから、かなり大々的な売り出し方だったことがわかります。
彼女の期待への高さは共演者の質の高さからもわかります。全12曲中前半の6曲は1955年にオランダで録音された地元ミュージシャンとのセッションで、当時の夫だったドラマーのヴェッセル・イルケンを中心とするコンボとのセッションです(ちなみに彼女は後にピアノのピム・ヤコブスと再婚します)が、後半の6曲は何とアート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズをバックに従えています。録音は1956年5月3日に行われ、同時期の「ニカズ・ドリーム」と同じメンバー、すなわちブレイキー(ドラム)、ドナルド・バード(トランペット)、ハンク・モブレー(テナー)、ホレス・シルヴァー(ピアノ)、ダグ・ワトキンス(ベース)です。なお、2曲だけ6月25日の録音でメンバーも若干代わっており、モブレーの代わりにアイラ・サリヴァン、シルヴァーの代わりにケニー・ドリュー、ワトキンスの代わりにウィルバー・ウェアが入っていますがそれでも十分豪華ですよね。この組み合わせが一体どういう経緯で実現したのかわかりませんが、ジャズ・メッセンジャーズが歌伴を務めること自体も稀ですので、色々な意味で貴重な録音です。
全12曲、全て良く知られたスタンダード曲ばかりで、選曲としては面白みがありません。ただ、リタの少しハスキーがかった魅力的な歌声とバックの演奏の質の高さのおかげで聴き応えある作品となっています。前半はオランダのミュージシャンをバックに"It's All Right With Me""But Not For Me""There Will Never Be Another You"等を歌いますが、曲によってジェリー・ヴァン・ローエン(トランペット)、トーン・ヴァン・フリート(テナー)、ハーマン・スクンダ―ヴァルト(バリトン)、ロブ・マドナ(ピアノ)ら聞いたことないメンバー達がソロを取ります。
彼らの演奏も決して悪くはないですが、やはり注目は後半ですよね。嬉しいことにどの曲でもジャズ・メッセンジャーズの面々が短いながらもきちんとソロを取ってくれますので、ドナルド・バードのイキのいいトランペット、ハンク・モブレーの歌心あふれるテナー、ホレス・シルヴァーのスインギーなピアノをしっかり味わうことができます。ボスのブレイキーもソロこそ取りませんが、お得意のドラムロールを随所で披露してくれます。"I Cried For You""You'd Be So Nice To Come Home To""That Old Black Magic""Taking A Chance On Love"どれも良いですね。もちろん主役はあくまでリタで、ハードバップの俊英達をバックに見事に歌い切っています。
"My One And Only Love”と”Spring Will Be A Little Late This Year"の2曲だけは上述のように少しメンバーチェンジがありますが、こちらも良いです。アイラ・サリヴァンは知名度はそこまで高くないですが、シカゴ出身の白人でトランペットとサックスどちらも吹く二刀流。本作ではテナーを吹いています。特に素晴らしいのが”Spring Will Be A Little Late This Year"で、リタの情感たっぷりのヴォーカルに続き、サリヴァンがメロディアスなテナーを聴かせ、続いてドナルド・バードが高らかにトランペットを響かせます。本作の中でもベストトラックと言って良いでしょう。リタ・ライスは他にもオリヴァー・ネルソンと組んだビッグバンド作品も残しており、そちらも素晴らしい出来ですのでまたの機会に取り上げたいと思います。
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