麒麟琳記〜敏腕Pの日々のつぶやき改題

還暦手前の身の回りのこまごま。
スポーツや映画演劇など。

六演を終えた残雪の東京で。

2018年01月24日 | 身辺雑記
4年ぶりの首都圏豪雪だと。
これは今年の降雪の夜。
我が家近くの一葉。



さて、前の大雪の自分は、と
記憶を辿る……もすぐには出てこない
初老の脳の哀しさ

ああ、『ハルメリ2013』の
打ち合わせで川崎は登戸の
プロM事務所(兼主宰自宅)に
大袈裟ではなく、膝まで埋まって
通常の3倍、時間をかけて歩いたよ。
って、ちゃうちゃう。
既に戌年、暦は2018年だから
4引いたら2014ではないか

2014年2月。
そうそう「演劇集団阿吽」の作品を
高校の芸術鑑賞に取り上げて貰う為、
福島と郡山を歩いていたのだった。
阿吽代表の側見民雄とともに。

月曜終幕の『全段通し仮名手本忠臣蔵』
河組の高直師、与市兵衛役を務めた彼は、
時計の針をさらに巻き戻せば、
古巣・劇団東演の大先輩にも当たる。



2012年12月、木馬亭にて初演の
篠本賢一主宰・遊戯空間公演
『全段通し~』は翌年から更に3年、
師走の浅草でリーディング上演。

2015年度は年を跨いで16年2月、
隅田川も渡って両国の吉良邸跡に
程近いシアターΧで台本を離して
集大成としてご覧いただいた。



区切りも良く封印と決めたところ、
「したまち演劇祭」からのお誘いに
「読む版」と「動く版」それぞれの、
善き面を合わせてこしらえて、
足掛け7年、6演目に挑んだことは
このブログに何度も書いてきた。

その6演中5度の参加の観世葉子が
製作の『私もカトリーヌ・ドヌーヴ』。
フランスから作・演出並びに衣裳を
招いた舞台で「したまち~」に参加した
第6回……あの頃は夏開催であった。
(2015年8月18日~9月21日)

今回も大変お世話になった
「したまち~」の屋台骨、
演劇祭の運営を司る「ぷれいす」
飯田亜弓もまた、古巣の先輩。

姿をくらます宿敵・師直を探し、
邸を四方八方、屋根裏床下と
義士が散り散りの如く話が飛んだ。
そろそろ仕舞にしよう。

意気込んで上演期間・回数とも
最大で臨んだ公演に、多くのお運び、
千秋楽は奇しくも雪が舞うという
芝居の神にも愛されての大団円。

その裏で。
実は疲労や風邪、喉の炎症等、
役者たちが満身創痍で務めあげた舞台。

その奮闘には敬意を払いつつも、
これは幾つかの反省の中の筆頭と
肝に銘じて書き残す・・・。

【文中敬称略】
舞台写真は宮内勝
コメント
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