数年前まで所属していた事業所には 現役、OBを中心とした親睦会が有る。
親睦会行事のひとつとして、年1回の「親睦旅行」も恒例となっているが
今年は 「小田原・湯河原・箱根」となり、
これに参加し 昨日、今日 1泊2日で 巡ってきた。
第1日目、
小田原城観光
総勢15名、中型バスで 宿泊先ホテルの有る奥湯河原に向かう途中、
小田原市の小田原城を 訪れた。
地元ボランティアガイドの説明を聞きながら 小田原城内を見学、
どうも これまで 外から眺めていただけで
1度も城内を探訪した記憶が無く、
目から鱗が多し。
天守閣まで上って見てきた。
2009年(平成21年)に再建された内冠木門(ウチカブキモン)
1997年(平成9年)に再建された銅門(アカガネモン)
小田原市指定天然記念物「小田原城跡のイヌマキ」
1971年(昭和46年)再建の常盤木門(トキワギモン)
1960年(昭和35年)に復元された天守閣
天守閣から 真鶴半島、伊豆半島方面を望む、
箱根方面を望む
小田原市街地、江ノ島方面を望む
小田原合戦詳細 → 小田原市ホームページ
小田原城の歴史(概要)
小田原城の前身は 室町時代に西相模一帯を支配していた大森氏が築いた山城だった。
15世紀末 伊勢宗瑞(のちの北条早雲)が 大森氏を退け 伊豆韮山から小田原に進出、
その後 二代北条氏綱、三代北条氏康、四代北条氏政、五代北条氏直、5代、約100年に渡り
関東で勢力を拡大したが、天正18年(1590年)には 豊臣秀吉の小田原攻めにより北条氏は滅亡し、戦国時代が終わった。
北条氏滅亡後、徳川家康に従って小田原城攻めに参戦した大久保氏が城主となり、
近代城郭の姿に改修されたが 大久保氏が改易された際に破却されてしまった。
貞享3年(1666年) 再び大久保氏が城主となり 小田原城は 東海道で箱根の関所を控えた
関東地方の防御の要として幕末に至ったが 明治3年(1870年)に 廃城となり解体された。
更に 大正12年(1923年)の関東大震災で 石垣等もほぼ全壊、江戸時代の姿が失われてしまった。
各地の城や城跡等を訪れる度に 戦国時代から江戸時代の武将や武士の残像を感じ
絡まり合った歴史の一端に触れる思いがする。
(つづく)