映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

キリエのうた

2023年10月17日 | 映画(か行)

うたの力

* * * * * * * * * * * *

本作、178分という長さでちょっとひるむのですが、
岩井俊二監督で、松村北斗さん出演ということで、
やはり見逃すわけにはいかないと、覚悟を決めて拝見。

歌うことでしか「声」を出せない、路上生活をしながら路上ミュージシャンを続ける、
キリエ(アイナ・ジ・エンド)。
本作は、降りかかる苦難に翻弄されながら、
そして彼女と関わる幾人かとの出会いと別れを繰り返しながら、
彼女がたどった13年間を描きます。

それも、時を前後しながら、そして舞台も宮城、北海道、大阪と移りながら語られるので、
まるでジグソーパズルのように、全体像が結び上がるのはかなり後。
そういう緊張感もありながら、
なんといっても本作の最大の見所というか聞き所は、キリエの「うた」。

 

そもそも、このキリエを演じているアイナ・ジ・エンドって何者? 
すみません、音楽シーンにはぜんぜん疎い私なので、
先頃解散したグループBisHのメンバーだとはつい知りませんで・・・。
まあ、つまりプロのシンガー。

役どころは、幼い頃の過酷な体験により声を発することが難しくなり、
しかし、歌うことだけはできる女性。
それがハスキーボイスで、時にはささやくように、
時には胸底に直接入り込んで染み渡っていくような
パワフルな声となって、胸を揺らします。

まさしく、この方のためにある役、
この声のためにあるストーリーなんですね。

混乱のあまり、当時のことはきちんとした記憶がないというキリエが出会った出来事というのは
つまり、あの3月11日の出来事・・・ということだけ、
ネタバレですが言っておきましょう。

いきなり彼女の前に現れて、「マネージャーになる」という、
ド派手で謎めいた女に広瀬すず。
彼女の姉の恋人で、姉をずっと探し続けているという青年に松村北斗。
幼いながら、住む家もなくひとりぼっちで暮らしている彼女を気にかける
小学校教師に黒木華。
路上ミュージシャン仲間に村上虹郎。
これらの人々と関わりながら、ひたすら「うたう」ことだけを目的として、生きていく。
自らの不幸に恨み言を言ったりしない。
これから頑張ると夢を語ったりもしない。
今、あるがままにうたうだけ。
彼女の「思い」は彼女の「うた」の中にだけある。

確かに、この長さでなければ表わし得ない物語なのかも知れません。

 

さて、注目の松村北斗さんですが、決して格好のよい役ではありません。
心優しく、考え方は普通に正しい。
どこにでもいそうな青年なのかも知れません。
けれど、何が何でも正しいことを貫くというほどの強さはなくて、
むしろ弱くてポンコツでさえもある。

・・・というところが実に自然で、そして共感できる。
実際問題、まだ学生であるときの彼にはどうにもできないことであったり、
法のカベは致し方ないことだったりします。
ではあっても、実際なんの助けにもなることができなかった自分の無力さに泣く・・・。
いい演技でした。

女の子向けのアイドル作品じゃなくて、こういう役につけるのはすごくラッキーだと思います。
今後も楽しみですね。

 

<シネマフロンティアにて>

「キリエのうた」

2023年/日本/178分

監督・原作・脚本:岩井俊二

出演:アイナ・ジ・エンド、松村北斗、広瀬すず、黒木華、村上虹郎、江口洋介、吉瀬美智子

 

音楽性★★★★★

人生の困難度★★★★☆

満足度★★★★.5



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