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「奇想と微笑/太宰治傑作選」 森見登美彦編

2009年12月19日 | 本(その他)
奇想と微笑―太宰治傑作選 (光文社文庫)
太宰 治
光文社

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太宰治生誕100年。
それに関わってということなのでしょう。
太宰治の短編集は多くありますが、
これは森見登美彦氏が選んだ19編、ということに魅力があります。
「ヘンテコであること」「愉快であること」に主眼を置いたとありまして、
まさしく、素敵で面白い作品ばかり。
「太宰はうじうじしている文章も書いたが、うじうじしていることを笑い飛ばす文章も書いた。」
と、なるほど。
ここにはうじうじした太宰は出てきませんね。


始めの方の「カチカチ山」は、強烈でうなってしまいます。
はい、確かにあのおとぎ話のカチカチ山なのですけれど。
この物語中のウサギが少女で、
そのウサギの少女に恋をしているブオトコが狸である、というのです。
しつこくウサギに言い寄り、よだれを垂らし、助平で不潔で食いしん坊
・・・という狸。
それに対して、ウサギの少女は、どこまでも残酷。
研ぎ澄まされた鋭利な言葉で狸を苛め抜き、
背中に放火し、その火傷に唐辛子を塗りつけ、
挙句に泥舟に載せて沈めてしまう。
狸の最後のひとこと。
「俺はお前にどんな悪いことをしたのだ。惚れたが悪いか。」
これですよ、これ。
「古来、世界中の文芸の哀話の主題は、
一にここにかかっているといっても過言ではあるまい。」
と太宰は言っています。
「女性には全て、この無慈悲な兎が一匹住んでいるし、
男性には、あの善良な狸がいつも溺れかかってあがいている。」
太宰がこういうから面白いのですよねー。


「畜犬談」という話では、太宰は始めから滔々と犬が嫌いだと言い放ちます。

・・・いつか必ず食いつかれる自信がある。
だから犬に逢うと、噛みつかれないように極力にこやかな顔を装ってしまう。
すると犬は勘違いをして寄ってきて、ついてきてしまう。
迷惑この上ない。
あるとき、いつまでもついてくる子犬がいて、とうとう家までついてきてしまった。
家族には歓迎されて、なぜかそのままいついてしまう。
おやおや・・・。
犬のことを散々けなして、イヤだといって、
結局実は好き、という、へそ曲がり極まりない言葉の数々なのでした。
ユニークです。
はい、そうですね。
男子たるもの、気安く、好きだ・かわいい、
なんて言葉を口にするものじゃありません。


そして、この本のラストを飾るのはあの「走れメロス」です。
これについて、森見氏は、
中学の時、国語の教科書でこの話を読み、
「なんと大仰で、恥ずかしい小説であることか。」
と思い、
「偽善的」という言葉を思い浮かべた、といっています。
わかります。
これだけを読むと本当に、そうなのですよね。
けれど、森見氏は大学生になって、
太宰のさまざまな作品で他の面を見るうちに、
「走れメロス」を見る目がだんだん変ってきた、というのです。
この作品集を読み進んで、この作品にいたると、
たしかに、さほど違和感はありませんね。
いろいろユニークなストーリーのうちの一つ。
語り口の大仰さは、このストーリーには必要なものですし。
教科書などで取り上げて、
さも「美談」のような扱いをするから、おかしな印象が残ってしまうのです。
一つの作品だけで、作家の全てを知ったような気になってしまうのは、
慎むべきなんでしょうね。

満足度★★★★☆


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