映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

夢売るふたり

2012年09月12日 | 映画(や行)
結婚詐欺の夫婦に広がっていく虚ろ



                  * * * * * * * * * 

待望の西川美和監督作品。
「ゆれる」、「ディア・ドクター」、いいですよねー。
ちょっぴりとぼけたテイストながら、
人の心の淵をえぐり出します。
さて、今作のキャスティングがまた、ユニーク。
松たか子と阿部サダヲの夫婦というのが、どうにもとんでもない感じじゃないですか。
不思議な化学反応で、見せてくれました。



料理人の貫也と妻里子。
二人はささやかな小料理店を営んでいましたが、
開店5周年のその日、店の火事ですべてを失ってしまいます。
すっかりやる気を失くした貫也ですが、
店の再開資金を得ようとする里子は、あるアイデアを思いつきます。
それは結婚詐欺。
満たされない思いを抱えた女たちに、貫也がほんの少し夢を与える。
その代わりに、お金を頂きましょう・・・と。
里子の観察眼は鋭く、狙った女性は簡単に落ちていきます。
着々と資金は溜まっていくのですが、
それに反するかのように、二人の心にそれぞれ別の意味での“うつろ”が大きく口を広げ始める。



結婚詐欺の黒幕、里子。・・・といえばいかにも悪女ですが、
ご存知のように、松たか子さんはとてもそのようには見えない。
なんだかほんわか茫洋とした感じ。
そのギャップが、いいのだと思います。
お風呂場のシーンで、その彼女の怖さが全開。
笑っちゃいますが、ホント怖いですよ・・・。
彼女には“犯罪”という意識が希薄のように思います。
ただ、結婚から遠く孤独に陥っている女たちに夢を与えよう。
その見返りにお金はいただく。
つまりは、夢を売っているのだ・・・と、
ドライに割り切っているようにも見受けられます。
けれども、短い間でも夫が他の女性と心を通い合わせるのを見て、楽しいワケがありません。
そしてまた、自分が仕掛けたことながら、
女たちが傷ついたことで、実は自分自身もダメージをうけているんですね。
そして女たちが一瞬にせよ味わう幸福感を
自分は決して得られないことに嫉妬もしている。
また、咎めるような眼で自分を見る夫の思惑も、決して気にならないわけではない。
まあ、なんて複雑な心中・・・。
でも、さすがに松たか子さん。うまいです。



一方、騙される側の女たちが、実はそれぞれに魅力的なのです。
皆それぞれの仕事や目標を持ち、一人で頑張っている。
なんとも健気で、彼女たちに掛ける貫也の言葉は、どれも本音なのです。
そして、騙された後の彼女たちがまた、淡々と元の生活に戻りつつも、なんだか幸せそうだ。
作品中で誰かが言っていました。
「自分の足で立っているということだけで、じゅうぶん幸せだ」、と。
そうなのです。
彼女たちは、詐欺師に分け与えることが出来るだけの大金をちゃんと稼いで貯めていた。
とてもひたむきに生きているのです。
多分その真っ直ぐさからも、彼ら夫婦はダメージを受けていますね。
平凡で、まっすぐで、ひたむきで・・・。
結局そういうことが一番強くて、最後に勝利するのは彼女たち。

西川作品は、こんなふうにいろいろな思いを呼び起こすので、いいなあと思います。

「夢売るふたり」
2012年/日本/137分
監督:西川美和
出演:松たか子、阿部サダヲ、田中麗奈、鈴木砂羽、安藤玉恵

「信長協奏曲 7」 石井あゆみ

2012年09月10日 | コミックス
盛り上がる女たちに信長の一言、「みないほうがいいよ」

信長協奏曲 7 (ゲッサン少年サンデーコミックス)
石井 あゆみ
小学館


                         * * * * * * * * * 

新刊がでましたね~。
高校生のサブローが、この時代に来て何年たったのか。
思えば遠くにきたものですよねー。
と、感慨にふけるにはまだ早いですけどね。


今作では、ちょっと悲しい出来事が・・・。
そう、信長の忠臣のひとり、森可成の討ち死に。
こんな人に忠義を誓ってもらえる人物にサブロー信長は成長した、ということでもある。
まあ、私らはその息子の森蘭丸のことしか知らなかったので、興味深いことではありました。
残された森ブラザーズも、可愛らしくて、今後の成長が楽しみ。


さてところで、今作中で城の女たちが、明智光秀の素顔について話題になりますね。
いつも涼やかな目元が見えるだけの頭巾姿。
是非その素顔をみたい!!と話題騒然。
しかし、こればかりは・・・。
信長サブローと瓜二つのその顔は、もちろんトップ・シークレット。
女たちの願いにも、さすがにサブローは「見ないほうがいいよ」と、ひとこと。


それから珍しくサブローが愚痴をいうシーン。

「なんかやっぱりさー、トシだよねトシ。
疲れがさーいつまでもとれないよね。
ほらー、去年は戦のぶっ通しだったじゃーん?
ピンチだらけだったしさー。なんか疲れちゃったよ・・・
正月は正月で忙しいしさ・・・」

そんなことを言うサブローにミッチー(光秀)はいいます。
「わしの顔を忘れたのか?」

そうそう、瓜二つの二人は入れ替わっても誰にも分からない。
そこでミッチーが信長として公務をこなし、サブローが気晴らしに出かけるというわけ。
いやあ、王子と乞食じゃないけど、こんなこともできるというわけですね。
早い話が影武者だ。
本当に、このストーリーは本能寺の変で一体どうなっちゃうのだろうと、
そこが非常に気にかかります。
それからミッチーは、サブローの身代わりをして松永秀久の応対をするうちに、
サブローが遠い未来の日本から来たことを知ってしまうよね。
松永秀久もまた、未来からやってきた人物で、
いわばサブローの同士だから・・・。
でも、それでまたミッチーはますますサブローのために力を尽くそうと
いよいよ決意を固めるわけ。
う~ん・・・。
ね、それでどうして本能寺の変にストーリーが転がるのか、不思議でしょう。
まだまだ先の話ではありますが、楽しみですねー。

「信長協奏曲7」石井あゆみ ゲッサン少年サンデーコミックス
満足度★★★★☆

テイク・ディス・ワルツ

2012年09月09日 | 映画(た行)
不満は人生につきもの



                    * * * * * * * * * 

マーゴ(ミシェル・ウィリアムズ)とルー(セス・ローゲン)は結婚5年目。
子どもはまだないけれど、仲睦まじく穏やかな日々を過ごしていました。
ある時マーゴは旅先で出会った青年、ダニエル(ルーク・カービー)に心惹かれるのですが、
なんと、実は彼は彼女の家のほんのすぐ近くに住んでいることがわかりました。
会いたいと思えばすぐにでも会えてしまうという状況で、
二人の気持ちは次第に接近していきます。
心揺れ動くマーゴには、夫の魅力が薄れて感じられていくのも事実。


・・・と、このように書けば、よくある単なる不倫のストーリー。
けれどなんというのでしょう、この作品、
「ひとつの愛を見限り、新しい愛に走る」ということをハッピーエンドにはせず、
かといって悲劇にもしていないのです。
このあたりの感覚が、とてもリアルな感じがしました。



人はそれを「幸せ」と呼ぶはずの状況にありながら、満たされない。
私達の心はなんと貪欲なことでしょう・・・。
あれほど愛しあったはずの相手が、
繰り返す日々の生活の中で色あせていく。
たとえ新しい愛を見つけたとしても、それは同じ事・・・。
果たして以前の穏やかな生活を捨てただけの価値が今の生活にあるのか・・・?
そんな事まで思ってしまうのですが、
でも、マーゴは自分の選択を決して後悔していないのです。
悩み、迷いながらも自分の選んだ道。
その結果を自分で引き受ける覚悟があればこそ、という気がします。
どのようにあがいてもこの倦怠と孤独からは逃れられない。
彼女の虚ろな眼の奥に、そのような覚悟がみえたような気がするのですが・・・。


「不満は人生につきものなのに・・・」
マーゴの義姉は、こういってマーゴを非難します。
そういう自分は不満を貯めまくってアル中。
どうやったっておとぎ話のように幸せな結末などありはしない。
であれば、周りの思惑よりも自分自身の思いを大切にすべきなのかも。
行動せずに後悔するか、
行動して後悔するか。
この選択がその人らしさなんでしょうね・・・。



さて、今作中のミシェル・ウィリアムズのスッポンポンシーン、
なんともあっけらかんとしていました。
それとちょっと驚いたのは、まあ、あちらのバスルームは浴槽とトイレが一緒になっていますよね。
マーゴがそこで用を足している最中に、夫が入浴のために入ってくる。
う~む、少なくとも私の感覚では、たとえ夫婦でもそこは見られたくない・・・と思うのですが、
あちらの方は平気なのでしょうか???
やや、カルチャーショックでした。
というか、こういうことが平気になってしまうというのは
限りなく相手が自分と同化しているということなんじゃないでしょうか。
そこまで自分と同化している相手に
トキメキを感じるなんていうことが、すでに無理という気がします。
マーゴの“うつろ”の原因は、案外そういうところだったりして・・・

テイク・ディス・ワルツ [DVD]
ミシェル・ウィリアムズ,セス・ローゲン,ルーク・カービー,サラ・シルヴァーマン
Happinet(SB)(D)


「テイク・ディス・ワルツ」
2011年/カナダ/116分
監督・脚本:サラ・ポーリー
出演:ミシェル・ウィリアムズ、セス・ローゲン、ルーク・カービー、サラ・シルバーマン

ボディガード

2012年09月08日 | 映画(は行)
ボディガードとクライアントの恋愛はご法度!!

                   * * * * * * * * * 

この作品、本当は今年2月ホイットニー・ヒューストンが亡くなった時に
見たいと思ったものなのですが、もう半年も経ってしまっていました。


今作は、ホイットニー・ヒューストンがそのまま、
歌唱力と演技力においてスーパースターと呼ばれるレイチェル・マロン役を演じています。
そしてその彼女のボディガードとなるのが
ケヴィン・コスナー演じるフランク・ファーマー。
レイチェル・マロン邸には何者かが侵入した形跡があり、
また頻繁に脅迫状が届いているのでした。
あまりにも無防備な邸の様子とレイチェルの危機感の無さに、
フランクは仕事を断ろうとした程です。
けれど、彼女に密着して警備を続けるうちに、
次第に二人の心の距離も狭まり・・・、
ちょっとしたラブストーリーにもなっています。
いつもなら歓迎のファンたちの熱狂的なレイチェルへの声援。
でも、この中に悪意を持った人間が潜んでいる・・・と思うと
実に不気味で、すごく緊張感があります。
そういうところがうまく表現できています。
また、その犯人像も、なるほど・・・と思わせる。
そして、やはりプロとしてのボディガードの仕事を、フランクはやり遂げる。
実にカッコいいです。
単にトップスターの起用というだけでなく、
見応えのある作品といえそうです。


ただし、もしこれを今作るとしたら、多分もっと派手なアクションが入るのでしょうし、
犯人のサイコ的なところを強調し、
IT機器のフル活用ということになるのでしょう。
そういう意味では地味ともいえるけれど・・・。


まあそれにしても、やはりボディガードとクライアントの恋愛はご法度でしょう。
それで自己嫌悪に陥るフランクは、ある意味真当です。

ボディガード [DVD]
ケビン・コスナー,ホイットニー・ヒューストン,ビル・コッブス,ゲーリー・ケンフ
ワーナー・ホーム・ビデオ


「ボディガード」
1992年/アメリカ/129分
監督:ミック・ジャクソン
脚本:ローレンス・カスターン
出演:ケヴィン・コスナー、ホイットニー・ヒューストン、ゲイリー・ケンプ、ビル・コッブス、ラルフ・ウェイト

「骸の爪」道尾秀介

2012年09月06日 | 本(ミステリ)
“耽る”に最適、道尾秀介


骸の爪 (幻冬舎文庫)
道尾 秀介
幻冬舎


                       * * * * * * * * * 

先日も書きましたが、この本の帯に曰く
「道尾秀介に耽る。」
なるほど、私自身そういう雰囲気になって来ました。
耽る。
まさにそれです。

今作は、ホラー作家・道尾秀介と
霊現象探求家・真備のシリーズ第2作です。
道尾が取材のため滋賀県山中にある仏像の工房を訪ねます。
そしてその夜、彼は信じられないものを目撃してしまいます。

口を開けて笑う千手観音。

闇の中で血を流す仏像。

しかし翌朝確認すると、それらは全く通常の状態となっていたのですが、
なぜか仏師が一人姿を消していた。
帰京した道尾はこの謎を解くべく、真備とその助手・凛を伴って再び工房を訪れます。
工房の誰もが口を閉ざす、20年前の出来事とは・・・?


前作ではオカルトめいた部分が、そのまま未知の謎として残ったのですが、
今作の不可解な謎は、すべて論理で解決します。
不気味といえばこの20年前に起こったある事件で、
多くの人が真相を知り、または真相に迫りながらも、
それぞれが20年の沈黙を守っていたこと。
人は思い出したくない嫌な出来事はあえて忘れようとして
意識の表層から消してしまうものなのかも知れません。
お互いにその話題に触れることすらも避けているうちに、
その事実は黙殺され、ないことと同じになってしまう・・・。
それはこのストーリーだけの特異なことではなく、
実際にありそうな気がして、非常に怖くなってしまいました。
例えば、家の中にミイラ化した遺体があって、
何年もその家で家族が通常通り生活していた
などという事件もあったではありませんか・・・。
(だからといってこのストーリーは、工房にミイラが転がっていたりはしないので、
ご安心を・・・。
でも近い部分はあるかな?)


仏像に関する薀蓄や自然科学、様々な事柄をヒントに、
通常ではありえない怪現象を解き明かしていくという、
本格ミステリの王道を行く作品。
とても興味深く読みました。

「骸の爪」道尾秀介 幻冬舎文庫
満足度★★★★☆


「背の眼 上・下」道尾秀介

2012年09月05日 | 本(ミステリ)
なぜ“眼”なのか。どうして“背”なのか。

背の眼〈上〉 (幻冬舎文庫)
道尾 秀介
幻冬舎


背の眼〈下〉 (幻冬舎文庫)
道尾 秀介
幻冬舎


                   * * * * * * * * * 

私は先に「花と流れ星」を読んでしまったのですが、
今作は同じ真備・道尾コンビの一番初めの作品。
というか、そもそも道尾氏のデビュー作です。
割と最近になってようやく道尾作品を幾つか読んだのですが、
どれも水準が高く素晴らしい作品。
こうなったら、はじめから行きましょう、というわけ。


今作はミステリと言うよりむしろホラー色が強いのですが、
発端がなかなかショッキングです。
児童失踪事件が続く白峠村を作家の道尾が訪れます。
宿の近くの河原に散歩に出た道尾は、かすかなつぶやきのような声を耳にする。
レエ・・・・オグロアラダ・・・ロゴ・・・
気のせいかと思い、その場をやり過ごすのですが、
翌朝同じ場所を訪れると果たしてまた・・・
レエ・・・・オグロアラダ・・・ロゴ・・・


いけない。
この場所にいてはいけない。
何かある。
何かいる。

突如恐怖に駆られた道尾は、急遽この村を後にします。
彼は東京へ戻り、さっそくこの不気味な体験を相談するため、
「霊現象探求所」を営む友人、真備のもとへ。
そこで道尾は、背中に人間の目が写り込んだ
白峠村周辺で写された4枚の心霊写真を目にします。
しかも、彼ら全員が撮影後数日以内に自殺したという。
真備とその助手北見、そして道尾はこの不思議な現象を探るため、再び白峠村へ向かいます。
なぜ、"眼"なのか、そして"背中"なのか。
天狗伝説の残るこの村で、
謎はいよいよ混沌としてきますが・・・・


主な謎については、論理的に解決しますが、
心霊写真などのオカルト的謎はそのまま残ります。
それにしても、まずこれがデビュー作だというのにオドロキ。
あっという間に物語に引きこまれ、
つい読みふけってしまうこの圧倒的ストーリーがデビュー作とは!
ホラーサスペンス大賞応募時のこの原稿は実はもっと長かったそうなのですが、
大賞特別賞を受賞し単行本にするときに、
1200枚を900枚までに切り詰めたとのこと。
無駄に長かった削られた方の原稿も、読んでみたいですね。
今作、読みやすいのは探偵側の設定がおなじみの仕立てになっているからでしょうか。
古くはシャーロック・ホームズとワトソン。
最近では御手洗潔と石岡くん。
火村准教授と有栖川有栖のような。
私も大好きなのです・・・。
これらコンビの会話が、ユーモアに満ちていて楽しめるのです。
まあ、これはマネッコと言うよりは定石ですよね。


けれど今作、犯人像はおぼろげながら見当がついてしまいます。
・・・というのは、登場人物があまりにも限られている。
普通は怪しげな人物が何人かいて、
その中の誰かが犯人だったりするのですが、
ここまで登場人物が少なければ、自ずと犯人は決まってしまいます。
けれど、道尾氏は
「犯人はAさんかBさんか」ではなく、
「人間がやったのか霊の仕業か」というフーダニットを設定したかったといっています。
なるほど・・・そういうことであれば納得です。
けれどもオカルトを全面に出すことも避けたくて、
イメージとしては綾辻行人さんの「霧越邸殺人事件」、
となればもう、諸手を上げて降参する他ありません。
「霧越邸殺人事件」は私も大好きな作品なので・・・。


また終盤、真備が京極夏彦バリの「憑き物落とし」をするところも見モノ。
これはやはりマネッコかもしれないのですが・・・、
でも面白いんですよ~。
まあ、読者サービスみたいなものです。


ということで、遅れ馳せながら、道尾秀介にハマってしまいました。
いみじくも続刊「骸の爪」の帯に
「道尾秀介に、耽る。」
との言葉が。
確かに、"耽る"という表現がぴったりです。
引き続き、行きます!

「背の眼 上・下」道尾秀介 幻冬舎文庫
満足度★★★★☆


最強のふたり

2012年09月04日 | 映画(さ行)
彼だけが私に同情しなかった



                     * * * * * * * * * 

首から下が麻痺して全く動かないという身体障害者のストーリー
・・・と聞くとちょっと構えてしまうものですが、
このストーリー、実話を元にしていながら実にコミカル。
身障者との垣根はまさに自分が作り出しているのだなあ・・・とわかります。


富豪の男フィリップはパラグライダーの事故で首から下が不随。
これまで何人もの介護役がついたのですが、すぐに辞めていってしまいます。
そんな所へ介護役に応募してきたのが黒人青年ドリス。
彼はスラム育ちの前科持ち。
“就職活動をしたけれどもダメだった”という証拠の書類だけがあれば失業保険がもらえるので、
経験も資格もなく、とりあえず応募してきたのです。
ところが面接の時に、フィリップが彼を気に入ってしまった。
「彼だけが私に同情しなかった」
とフィリップはいいます。
ドリスは常識や偏見にとらわれず、思ったことをそのまま口に出す。
多くの人のように、フィリップに腫れ物にさわるような扱いをしない。
介護の知識も技術も何も持っていないけれど、そんなことは後からついてくるのです。



片や、肉体的には圧倒的ハンデを背負っているけれど、財力においては最強。
もう片や、住むところもない最悪の財産状況ながら、強力な肉体を持つ。
互いの欠損を埋め合うかのようなコンビネーション。
社会的立場も音楽の趣味もまるで合わないし、
こんな事にならなければ、多分会話を交わすこともなかったであろう二人ですが、
こうして見ると相性的にはベストマッチということが必然に思えてくるのです。
でも実際、こういう組み合わせで知りあう事自体がまれなのかも知れません。
そして、こんなふうな友情を育むのは
ある意味男女の恋愛よりももっと難しいのかも。



二人が補助付きですがパラグライダーで飛ぶシーンがなんともいえずにいいです。
色々しがらみの多い社会からも、不自由な肉体からも自由に空をとぶ。
いつも威勢のよいドリスがこの時ばかりはビビリまくっていましたが、
次第にその爽快感に歓声を上げていく。
素敵なシーンでしたねえ。
このように何ものからも自由に生きられたら・・・。



オマール・シーのとびきり豊かな表情に魅了されました。
こんな人と一緒にオペラを聞いたり美術展に行ったら、すごく面白そうだなあ・・・・!!

「最強のふたり」
2011年/フランス/113分
監督・脚本:エリック・トレダノ、オリビエ・ナカシュ
出演:フランソワ・クリュゼ、オマール・シー、オドレイ・フルーロ、アンヌ・ル・マニ

マシンガン・プリーチャー

2012年09月02日 | 映画(ま行)
銃を構えて神を説けるか



                     * * * * * * * * * 

アフリカ紛争地で子供たちを救う活動を続けているアメリカ人、サム・チルダース。
今作はこの方の実話を元にしています。


麻薬の密売人で前科もあるサムは、
ある事件をきっかけに改心し、熱心な教会の信者となりました。
ある時、ボランティアで内紛の続くスーダンを訪れますが、
そこで子供たちの悲惨な現状を目の当たりにします。
そこで彼は私財を投げうち、スーダンに教会と孤児院を建設。
しかし、そこはLRAの格好の標的となり、実際に襲撃を受けるのですが、
サムは自身がマシンガンを持ち、敵に立ち向かいます。
いつしか周りの人々が彼をこう呼ぶ。
マシンガン・プリーチャー(銃を持つ牧師)と。



実際には彼は牧師ではないのですが、教会をたて、時には神の教えを説くこともあって、
牧師と呼ばれているのです。
それにしても、仮にも牧師と呼ばれる人が
マシンガンを手に人を殺すこともあるというのは、なかなか衝撃的です。
でも、確かに作品を見る限りはそれもやむないことと思えてきます。
LRA=神の抵抗軍というのは、
住民を大量虐殺し、
子どもを誘拐し性的虐待を加え、少年兵として使い捨ての道具にするという悪名高い集団。
彼らから自身と子供たちを守るためには武装しかない。
そういう厳しい現実があるのです。
しかし、今作はサムをそのままヒーローとして祭り上げているわけでもないのです。
サムはスーダンの子供たちを守りたい一心で、
アメリカの妻や娘、友人までをも傷つけてしまうこともある。
ほとんど狂的までの彼の一途な思いに、今作は現地の子どもにこう語らせています。

「心を憎しみでいっぱいにしてはダメ。
それでは相手に負けたことになってしまう。」



サム自身、先に教会でこんな話をするシーンがあるのです。

「私はある時、銃を持った悪い奴らに追われて、森へ逃げ込んだ。
そして、カバンから銃を取り出そうと思ったら銃が入っていなかった。
おフクロが、銃の代わりに聖書を入れておいたのだ。
がっかりした私は聖書を持ったまま覚悟を決めて木の根元に座り込んだ。
すると、なんと悪い奴らは俺の目の前を通りすぎていってしまった。
彼らは私には気づかなかったのだ。」

神は私達をいつも見守っているという逸話です。
でも、こういったサムが、
結局今は、聖書ではなくて銃を持ってしまっている。
本当はどうすることが正しいのか。
答えはありません。
今も、内乱は続き、サム・チルダースの孤児院は続いている。
それが事実です。




マシンガン・プリーチャー [DVD]
ジェラルド・バトラー、ミシェル・モナハン、マイケル・シャノン
エイベックス・エンタテインメント


2011年/アメリカ/129分
監督:マーク・フォースター
出演:ジェラルド・バトラー、ミシェル・モナハン、マイケル・シャノン、キャシー・ベイカー、スレイマン・スイ・サバネ

「一人二役」河本準一

2012年09月01日 | 本(その他)
母は強し!!!

一人二役 (幻冬舎よしもと文庫 14-1)
河本 準一
幻冬舎


                  * * * * * * * * * 
 
お笑いコンビ「次長課長」でおなじみの河本準一さんの本です。

一人二役というのは、著者のお母さんのこと。
コテコテのパンチパーマで、
男と見間違えられることも多かったというそのお母さんは、
女手一つで河本氏を育て上げてくれた。
つまり、お父さんでもありお母さんでもあったということで、一人二役なのですね。
この本は、河本氏の幼少の頃からこれまでの半生を語るとともに、
常に自分を支えてくれた"オカン"への愛と感謝を捧げるものとなっています。

・・・さて、ということで
私たちは一つの事件を思い出さずにはいられません。
先に、彼のお母さんが
「扶養義務者である長男に十分な収入があるにもかかわらず生活保護を受けていた」、
という報道がなされました。
でも、この本を読むとそんなこともありそうだな・・・と、
納得できてしまいます。
今作の初出が2007年。
この文庫の発刊が平成2011年5月、ということで
この度の報道よりも以前のこと。
だから決して河本氏の言い訳ではないのです。
実際、自分が食べるだけがやっとで、
お母さんに仕送りするどころではないという状況はかなり長かったのでしょう。
だからまあたまたま、今回スケープゴートのように大々的に報道されてしまったということだと思います。
生活保護費の問題といえばもっと問題なことが、おそらく山のようにあるのでしょうし・・・。


さて、本題に戻りますが、
この"オカン"の迫力には到底太刀打ち出来ません。
スーパーで働く"オカン"。
スーパーの裏手を訪ねると白い割烹着のような作業着に黒のビニールエプロン。黒のゴム長。
右手に魚切り包丁を握りしめ、鮮魚コーナーに出す前に魚をさばく。
屋外ではないけれど、吹きさらしの風が冷たい。
こんな働くお母さんを見たら、
そりゃ親孝行しなければなりませんよね。
夜は焼酎をガボガボ飲み、酔いどれつつ息子相手に泣きじゃくり・・・
しかし、翌日は早朝からまたお仕事・・・そういう毎日だったそうで。
私にはとても真似できないという思いでいっぱいですが、
こういう情が深くたくましいお母さんには敬意を表したいと思います。
ただただ、“オカン”の迫力に圧倒された本なのでした。


それにしても、幻冬舎よしもと文庫? 
たまたま人から借りた本でしたが、こんな文庫があったとは知りませんでした・・・!

「一人二役」河本準一 幻冬舎よしもと文庫
満足度★★☆☆☆