映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

トム・アット・ザ・ファーム

2017年04月15日 | 映画(た行)
愛憎絡まりあって



* * * * * * * * * *

グザビエ・ドラン監督に興味を持ってみました。
本作は、監督・主演両方を務めています。


恋人の男性ギョームが亡くなり、心が空っぽになってしまったトム(グザビエ・ドラン)。
葬儀のためギョームの実家のあるケベック州の田舎街にやってきました。
しかしギョームの母・アガット(リズ・ロワ)はトムの存在を知らず、
息子の恋人はサラという女性だと思っています。
そして、ギョームの兄・フランシス(ピエール=イブ・カルディナル)は、
トムのことを知っていますが、母の心境を案じ、
恋人であることを隠すように強要します。
フランシスはトムに対してやたらと威圧的で暴力的。
始めは反発を覚えていたトムですが、
次第にフランシスの中にギョームの姿を重ね合わせるようになっていきます・・・。



少し前にも、ゲイの男性の片方が亡くなり、
残された方が友の母に自分たちの関係を告げられないという同様の作品を見たばかり。
(「追憶と、踊りながら」) 
しかしこちらは、母ばかりでなく兄も登場して、
もっと危なくシビアな展開を見せます。



なるほど、グザビエ・ドラン。
愛憎が絡まりあってどちらかわからない感じ、それですね。



この兄フランシスについてです。
彼の母への思い。
弟がゲイであることを隠したり、葬儀でのトムの弔辞を期待したりと
とにかく母の心を乱すまいと一生懸命。
だけれども実は、この母のことも農場も、
自分を縛り付けるものとして、憎んでもいるのです。
そしてまた彼は弟ギョームに兄弟以上の感情を抱いていたことも感じられる。
だから彼はゲイだからというわけ以上に、嫉妬して
トムに辛く当たっているようなのです。

もともと、そういうケがあるので、次第にトムに対しても独占欲が湧いてくるのですね。
異常に優しくなったり、突き放し暴力的になったり・・・。
この異常性が怖い・・・!!



というわけで予測不能、ハラハラさせられる一作です。
この、とうもろこしのヒゲみたいなグザビエ・ドランの髪。
なかなかいいですよね~。
このイケメンで俳優兼監督。
天が2物も3物も与えてしまう例がまた一つ。



トム・アット・ザ・ファーム [DVD]
グザヴィエ・ドラン,ピエール=イヴ・カルディナル,リズ・ロワ,エヴリーヌ・ブロシュ,マニュエル・タドロス
TCエンタテインメント


「トム・アット・ザ・ファーム」
2013年/カナダ・フランス/100分
監督:グザビエ・ドラン
出演:グザビエ・ドラン、ピエール=イブ・カルディナル、リズ・ロワ、エブリーヌ・ブロシュ、マニュエル・タドロス


「アトミック・ボックス」池澤夏樹

2017年04月14日 | 本(その他)
社会派サスペンス!!

アトミック・ボックス (角川文庫)
池澤 夏樹
KADOKAWA


* * * * * * * * * *

人生でひとつ間違いをしたという言葉を遺し、父は死んだ。
直後、美汐の前に現れた郵便局員は、警視庁を名乗った。
30年にわたる監視。
父はかつて、国産原子爆弾製造に携わったのだ。
国益を損なう機密資料を託された美汐は、
父親殺人の容疑で指名手配されてしまう。
張り巡らされた国家権力の監視網、命懸けの逃亡劇。
隠蔽されたプロジェクトの核心には、核爆弾を巡る国家間の思惑があった。
社会派サスペンスの傑作!


* * * * * * * * * *

池澤夏樹さんの発売間もない文庫本です。
やっと現在の池澤氏に追いついたという感じ。
それにしても、本作はとてもリアルでシビア。
社会派サスペンス! 
しかも女性が主人公の、ドキドキハラハラの物語です。


美汐の父は瀬戸内海の小さな島で漁師をしていたのですが、病で亡くなります。
その父が生涯隠し通した自身の過去の秘密を、美汐に残しました。
30年前、父は国産原子爆弾の製造に関わったというのです。
その計画は途中で挫折し、終了したのですが、
この国にとって、「そのようなことが行われていた」ということ自体が
外に漏れると大問題となるわけです。
そのため父も、この30年間公安によって監視されていたのです。
美汐は父が隠し通したデータを持って、命がけの逃亡を計ります。


美汐は島育ちで、泳ぐことには自身があります。
昨今どこにでもある監視カメラをくぐり抜け、
警察の捜査網をも出し抜いて、意外な方法で島を脱出するのです。
映画になりそうなこのアクティブなヒロイン。
カッコイイ!!
警察側の陰謀で、美汐は父親の殺人容疑で追われる身となってしまうのですが、
それでも、行く先々で彼女をかばい、助けてくれる人々が現れるのも、心地よいのです。
まあ、もともと実際に原爆を作るつもりはなく、
「作ることができるようにしておく」ということだったわけですが、
その研究データの行方が本作のミソ。
その因果に唖然として、ゾッとさせられました・・・。


そして最後の最後に、彼女はこのデータを
闇に葬るか、白日のもとに晒すか、
大きな決断を迫られるわけですが・・・。
私、読みながら
「こんなものは公表すべきじゃない、日本の恥・・・」
と思ってしまったのですね。
我ながら、年を感じました。
もっと若い頃なら、こういうストーリーを読んでも、
「負けるな! 絶対に世間に本当のことを知らせるんだっ!!」
と思ったはず。
自分ではそのつもりはないのですが、
なんだか妙に考え方が保守的になってしまっていることに気が付きました。
情けない。
まあ、だからといって教育勅語は絶対に受け入れられませんけれど・・・。


「アトミック・ボックス」池澤夏樹 角川文庫
満足度★★★★☆

LION ライオン 25年目のただいま

2017年04月13日 | 映画(ら行)
自分を取り戻すために



* * * * * * * * * *

1986年、インドのとある街のスラム街。
5歳の少年サルーは兄と仕事を探しに出かけ、
兄を待っているうちに停車中の電車の中で眠り込んでしまいました。
それは回送列車で、何日も降りることも叶わず、
家からはるか遠く離れたカルカッタ(コルカタ)まで来てしまうのです。
そこは大都会。
言葉も通じず、自分の住んでいた街の名前も口にしてはみるのですが、
誰にもわかってもらえません。
行き場もなく浮浪児としてしばらくの間一人で暮らしたりもしていましたが、
やがて孤児の収容施設に保護されます。
そして養子に出されオーストラリアで成長します。

幸い養父母は愛情深く、サルーは何不自由なく大学まで進みます。
それでも、なんとか本当の家族に会いたい、
家族もさぞ心配したまま自分の帰りを待っているだろう
との思いを消すことができません。
そんな時友人が「Google Earth」なら、世界中を探すことができるというのです。
サルーはそれから夢中になって、記憶の断片からインドの街を調べ始めます。



25年を経て、やっと自分の故郷を探し当てるサルー。
これが実話だというのが凄いです。
しかもその手段がGoogle Earth。
今だからこそあるストーリー。
すごいですね・・・。
最後に故郷で対面する母と息子のシーンが、
実物の二人のシーンに入れ替わります。
この奇跡の重みに圧倒されます。



5歳のサルーを演じたサニー・パワールくんの演技が素晴らしい。
すごく可愛らしいことも確かですが、
その目がリアルに感情を表現しています。
一人ぼっちの暗い目。
けれどもそこに、いつか必ず帰るという何か強い意志すらこもっているようにも思われる。



ニコール・キッドマンは、はじめ登場したときには思わず目を見張るおばちゃんパーマ。
でもこれはサルーの養母ご本人に似せていたのですね。
インドの孤児をわざわざ引き取って育てるというのも、実は凄いです。



さて、この日は「はじまりへの旅」と本作2本を見ました。
「はじまりへの旅」は結局アイデンティティの物語なのだろう、と思ったのですが、
こちらも同じですね。


自分が生まれ育った場所。
共に過ごした家族との時間。
そういうものが自分を形作る。
でもサルーにはそこが抜け落ちていたのです。
それを知らなくてはこの先進むことができないという思いに駆られたのでしょう。
それこそ仕事も恋人もなげうって、インド探索に打ち込んでしまう。
自分を取り戻すために、それはとても大切なことなのです。


そうそう、最後の最後にどうして本作の題名が「ライオン」なのかが明かされます。
これには「はあ~・・・」と思わず吐息が・・・。
なんとも素晴らしい作品でした。

「LION ライオン 25年目のただいま」
2016年/オーストラリア/119分
監督:ガース・デイビス
出演:デブ・パテル、ルーニー・マーラ、ニコール・キッドマン、デビッド・ウェンハム、サニー・パワール
アイデンティティ探索度★★★★☆
満足度★★★★★

コングレス 未来学会議

2017年04月12日 | 映画(か行)
デジタルスキャンで、作られる俳優



* * * * * * * * * *

近未来のお話・・・
俳優の絶頂期の容姿をデジタルスキャンし、
そのデジタルデータを使って映画を作るという技術が開発されました。
かつて圧倒的に人気があったものの、年令を重ね、またあまりにもわがままな態度が映画作成陣に嫌われて、
今は落ち目な女優、ロビン・ライト(本人が同名で出演しています)。

その彼女が、デジタルデータを作らないかと誘われます。
その契約をすると、俳優本人はその後一切の俳優活動を禁じられてしまうのです。
しかしロビンは難病の息子を抱えていることもあり、
巨額のギャラと引き換えに、自らのデータを売り渡してしまいました。



さてここまでは、多少近未来的な技術の話があって、
普通にSFだなあ・・・とのんびり見ていたのですが、
その先の展開に驚いた!!
(全く予備知識なしで見たのです)


時は一気に進んで20年後。
ロビンは「未来学会議」に呼ばれて出かけるのですが、
その街に入る前に、検問で、ある薬を渡されるのです。
ロビンがその薬を服用すると・・・、
なんと突然画面がアニメに変わります。



実際のロビンはもう60代。
しかしその時、以前にスキャンし形成された30代のロビンの映像を用いたSF作品が大ヒット。
伝説的な人気キャラクターとなっているのです。
人々は薬剤を用いて好みの姿に変わり、なりたい自分になれる。
そんな世界がアニメで表されているのです。
ロビンは今度は映像ではなく
薬剤の形をした化学式のデータを売らないかと持ちかけられるのです・・・。



画面がアニメになったあたりでは、驚きそしてしばし呆然と見とれていたのですが、
しかし、何やら意味不明になってきて、しまいに眠くなってしまいました・・・。
う~む、皆さまはきちんと理解できたのでしょうか。
私には難解でした。
なんだろう、私はやっぱりアニメよりも実写に共感できるようです。
前半はけっこう好きだったのになあ・・・。
人々は薬剤の力によってなりたい自分になれるので、
何も不満がなくなり世の中は真に平和になる・・・
その「平和」な世界をロビンは目撃することになるのだが・・・、
という感じでしたかね。


いやちょっと待って。
容姿はなりたいようになるのかもしれないけれど、
それに生活の手段が伴うわけじゃないよね。
なんとなく展開にムリがあるような気がしないでもない・・・。



ま、通常の映画作品では飽き足らなくなってしまった、
という方なら見てみるのも一興。

コングレス未来学会議 [DVD]
ロビン・ライト,ハーヴェイ・カイテル,ジョン・ハム,ポール・ジアマッティ: コディ・スミット=マクフィー
ポニーキャニオン


「コングレス 未来学会議」
2013年/イスラエル、ドイツ、ポーランド、ルクセンブルグ、フランス、ベルギー/120分
監督:アリ・フォルマン
原作:スタニスワフ・レム
出演:ロビン・ライト、ハーベイ・カイテル、ポール・ジアマッティ、ダニー・ヒューストン

「冬虫夏草」 梨木香歩

2017年04月11日 | 本(その他)
ダムに沈んだ村々を思う

冬虫夏草
梨木 香歩
新潮社


* * * * * * * * * *

疏水に近い亡友の生家の守りを託されている、
駆け出しもの書きの綿貫征四郎。
行方知れずになって半年あまりが経つ愛犬ゴローの目撃情報に加え、
イワナの夫婦者が営むという宿屋に泊まってみたい誘惑に勝てず、
家も原稿もほっぽり出して分け入った秋色いや増す鈴鹿の山襞深くで、
綿貫がしみじみと瞠目させられたもの。
それは、自然の猛威に抗いはせぬが心の背筋はすっくと伸ばし、
冬なら冬を、夏なら夏を生きぬこうとする真摯な姿だった。
人びとも、人間にあらざる者たちも…。
『家守綺譚』の主人公にして新米精神労働者たる綿貫征四郎が、
鈴鹿山中で繰り広げる心の冒険の旅。


* * * * * * * * * *


本作は『家守綺譚』の続編ということで読み始めましたが、
これは主人公綿貫征四郎の視点を借りた、
著者の鈴鹿の永源寺ダムに沈んだ村々への祈りであるように思えました。


綿貫は、行方知れずの愛犬ゴロ―の姿を見たものがいる、という噂を信じ、
鈴鹿の山中に分け入ります。
そもそも本作の舞台はいつごろなのだっけ?と思うのですが、
100年少し前というところのようです。
大正に入ったくらいか?
都市部はいざしらず、
山村ではまだいかにも江戸の昔に近い生活が続けられている様子。
そこでは、天狗や河童もいて、
イワナの夫婦が宿屋を営んでいたりするのです。
人々はそれを信じるものもいれば、まやかしと思うものもいる。
まだ完全に否定されていないというあたりの時代とも言えます。
綿貫は、亡くなった友が掛け軸から出てきて未だ交友を深めているくらいですから、
こういった存在にはとても近いのです。
幾つかの村を訪ね歩き、出会って一夜のねぐらを与えてくれる村の人々もまた、朴訥。
山中に分け入ると言っても常に愛知川があり、
その上流を目指している形になります。


そんなある時、例の高堂があらわれて、言う。

「ひどい話なのだ。
相谷、佐目、九居瀬、萱尾の村村が水底に沈んでしまうという。」
「今すぐではない。将来のことだ。」


つまりこれはこの4つの村が後にダム湖のために水没することを指しているのです。
昭和47年、永源寺ダムですね。
実は梨木香歩さんのエッセイ集に「水辺にて」というのがあり、
その中で、彼女が水に沈んだ村のダムを訪れたことが書かれているのです。
すごく印象的で、心に残っていました。
(それがこのダムのことだったかどうかは忘れました!)
すなわち本作で著者が一番言いたかったのは
このことなのではないかと思いました。
今はなき、水底の村への追悼。


最近読んでいる池澤夏樹さんの著作で
南の島に起こる不思議が、いかにもありそうなことと思えた私ですが、
この日本だって、ほんの少し時を遡れば
こんなふうな理屈では語れない不思議なこと、不思議なものが溢れていたのだなあ
・・・と、改めて思いました。

「冬虫夏草」梨木香歩 新潮社
満足度★★★★☆
図書館蔵書にて

はじまりへの旅

2017年04月10日 | 映画(は行)
ワイルドだろ~



* * * * * * * * * *

久しぶりに、ビゴ・モーテンセン♥
しかしこれがまた、いいんですよね―♪


現代社会から切り離されたアメリカ北西部の森。
ベン・キャッシュ(ビゴ・モーテンセン)は、
独自の教育方針で6人の子どもたちを育てています。
子どもたちは学校に行っていませんが、
アスリート並みの体力を持ち、6ヶ国語を操り、社会問題を語ります。
18歳長男ボウ(ジョージ・マッケイ)は、
数カ所もの名門大学合格の通知を受けています。
そんな時、入院中の母親が亡くなり、
一家は葬儀に出席するため、2400キロ離れたニューメキシコへ。
子どもたちは生まれて初めて、現代社会と接触することになりますが・・・。



ベンの自然主義というか自給自足の生活へのこだわりがタダモノではありません。
動物を狩り、自分たちでさばいて調理します。
山道を走ったり、崖を登ったりして体を鍛え、学習時間もきっちり確保。

また時にはみんなで音楽を奏でたりもする。
どうしても必要なものがあるときにだけ、村まで降りて用事を足します。



狩りはちょっと勘弁してほしいですが、
何やら羨ましくもある、そんなワイルドな生活。
さてところが、そんな子どもたちがいきなり街に出るとどうなるか。
見るものすべてが珍しいうちはまだいいのですが、
自分たちが当たり前だと思っていたことが通用しないのです。
ボウは、知識として愛も恋も、キスもセックスのこともわかっている。
けれども実際に女の子を前にすると、どうしていいかわからない。
亡くなった妻の実家の父母に、ベンは散々に言われてしまいます。
娘が亡くなったのはお前のせいだ。
子どもたちを学校にも行かせないで、
無理やり崖登りをさせて怪我をさせたりしている・・・。
これまで子どもたちの唯一信頼できるリーダーであった父親が、
世間から見れば、異端者、
ただの困った変人であるということが、子どもたちに見えてくるんですね。



本作は、常識と思われている現代社会の有り様への警鐘でもあるけれど、
結局は子どもたちのアイデンティティの問題でもあるのだろうと思いました。
いきなり父親に
「これまでのことは間違いだった」
と言わてれても、すんなり納得できるはずはありません。
彼らが生まれ育った場所、家族とともに過ごした時間、
そういうものが彼ら自身を作っている。
ここで父親に間違いだったと言われてそれを認めたら、
今の自分の存在すらも間違いということになってしまいます。
だからすごく納得できるラストでした。



まあ実際、行き過ぎはよくありません。
このあと子どもたちがどんな道を進むのか、すごく興味があります。
ボウは名門大学には行かないようですけどね。

「はじまりへの旅」
2016年/アメリカ/119分
監督:マット・ロス
出演:ビゴ・モーテンセン、フランク・ランジェラ、ジョージ・マッケイ、サマンサ・アイラー、アナリース・バッソ
ワイルド度★★★★☆
満足度★★★★.5

エレファント・ソング

2017年04月09日 | 映画(あ行)
心の欠落を埋め合う存在



* * * * * * * * * *

ある精神科の病院の院長室。
そこに入院患者の青年マイケル(グザビエ・ドラン)が連れられてきます。
対応するのは院長のグリーン(ブルース・グリーンウッド)。
この病院の精神科医ローレンスが失踪しており、
院長はその行方を探ろうとしているのです。
ローレンスはマイケルの主治医で、マイケルとの面談の後から姿が見えません。
院長はマイケルがローレンスの行方を知っていると睨み、マイケルに質問をするのですが、
マイケルは巧みな話術で院長を翻弄し感情を揺さぶります。



グザビエ・ドランは監督としても頭角を現しているところです。
本作の原作は戯曲で、グザビエ・ドラン自身が役に自分自身を重ね、
出演を熱望したとのこと。
先に見た「マミー」は彼の監督作品ですが、
なるほど、「母親への愛憎」というところでテーマが重なるのですね。



本作のマイケルは、とても頭が良い。
けれど、父母からは離れて育ち、どちらからも愛情を受けていません。
そして母親の死をきっかけに「壊れた」状況に陥り、
もう5年もここに閉じ込められるようにして入院を続けていたのです。
そんなふうなので、マイケルと院長は、
始めのうちイライラするほどに会話が噛み合いません。
マイケルは何かというとすぐに象の話になってしまうのです。
それでも話は次第に確信に近くなって行くのですが、
マイケルはローレンス医師に性的虐待を受けていたらしいのです・・・。
でも彼の話はどこまでがウソなのか本当なのか、計り知れないところがあります。



色々な熾烈なやり取りの中で、
マイケルの精神状態がこんなふうになってしまったわけも見えてきます。
同時に、それまでただの手のつけようのない患者と見えていたマイケルを、
院長は一人の傷ついた人間として認めていくようになる。



また、院長は最近一人娘を亡くし、
そのため妻とうまく行かなくなって別れていたのですね。
その妻はこの病院の看護師長で、マイケルの事をよく知っている。
それで、マイケルははじめ院長に看護師長のことをとても悪く言うのです。
でも本当はそれは看護師長を敬愛していることの裏返しだったわけなのでしょう。



娘をなくした夫婦と、両親のいないマイケルは、
どこかで通じ合う必要があったとも言えます。
そのような二重の構造が効果的に配置され、よくできた作品でした。
本作は心理サスペンスという触れ込みですが、
というよりはもっとしっかりした人の心のドラマであったと思います。



老眼鏡が見つからず、院長はマイケルのカルテを確認していなかった、
というのも大きな伏線だったわけですね。


「エレファント・ソング」
2014年/カナダ/100分
監督:シャルル・ビナメ
原作・脚本:ニコラス・ビヨン
出演:グザビエ・ドラン、ブルース・グリーンウッド、キャサリン・キーナー、キャリー=アン・モス、コルム・フィオール

心の痛み度★★★★★
満足度★★★★★

5時から7時の恋人カンケイ

2017年04月08日 | 映画(か行)
決して自由奔放でも進歩的でもなくて



* * * * * * * * * *

2016年6月に27歳の若さで自動車事故により急逝したアントン・イェルチン出演作です。


ニューヨークに住む作家志望のブライアン(アントン・イェルチン)は、
ある日、街かどでタバコを吸う女性アリエル(ベレニス・マーロウ)に一目惚れをします。
恐る恐る話しかけ、数回会ううちに意気投合。
しかし、アリエルは二人の子どもを持つ人妻だったのです。
ところが、アリエルは「5時から7時の不倫関係」を提案。
夫にも愛人がいるし、ブライアンとのことも夫は承知の上だというのです。
ブライアンは戸惑いながらも、アリエルの魅力には逆らい難く、
5時から7時の恋人関係を続けることになりますが・・・。



アリエルの自由闊達さには驚かされます。
堂々とブライアンを夫に紹介するばかりか、
その夫が彼を、妻も同席するディナーに招待したりする。
しかもそこは著名人のサロンのような場で、
作家志望のブライアンにとっては最上の勉強の場でもあり、名前を売る場でもある。


が、しかし、どのように言い繕っても不倫は不倫。
ブライアンの心の片隅に大きな棘が残ります。
さて、ではアリエルは本当に不倫なんか全く気にならない
倫理を超越した女性、もしくは進歩的な女性なのでしょうか?
そのように見えるけれども、実は、そうではないということが最後の方でわかってきます。


彼女は、結婚というものをそう軽くは考えていません。
神に誓って結婚した以上、夫と特に子どもたちは何よりも大切で守らなければならないと、
実はそういう古風な考えが奥底にある。
それだから彼女は「5時から7時まで」という歯止めを自分にかけたのです。
決してそれ以上にならないように。
そしてまたその時だけが彼女本来の自分を取り戻す時間だったのかもしれない・・・。


あのディズニーの人魚姫と同じ名前を持つアリエルは、
やはり人魚のように優雅に波間を舞いながら
ブライアンには手が届かない・・・。
ラストシーンは「ラ・ラ・ランド」にも似ていました。
切ない~!


アントン・イェルチンは、残念でしたね。
もっとこれからも多くの作品を見てみたかった・・・。

5時から7時の恋人カンケイ [DVD]
ベレニス・マルロー,アントン・イェルチン,オリヴィア・サールビー,ランベール・ウィルソン
アメイジングD.C.


「5時から7時の恋人関係」
2014年/アメリカ/97分
監督:ビクター・レビン
出演:アントン・イェルチン、ベレニス・マーロウ、オリビア・サールビー、ランベール・ウィルソン、フランク・ランジェラ
ロマンス度★★★★☆
満足度★★★★☆

「マシアス・ギリの失脚」 池澤夏樹

2017年04月07日 | 本(その他)
南の島は、やはり精霊に守られた不思議なところだった

マシアス・ギリの失脚 (新潮文庫)
池澤 夏樹
新潮社


* * * * * * * * * *

舞台は、毎朝、毎夕、無数の鳥たちが飛びまわり、
鳴きさわぐ南洋の島国、ナビダード民主共和国。
鳥たちは遠い先祖の霊、と島の人々は言う。
日本占領軍の使い走りだった少年が日本とのパイプを背景に大統領に上り詰め、
すべてを掌中に収めたかに見えた。
だが、日本からの慰霊団47人を乗せたバスが忽然と消え、
事態は思わぬ方向に転がっていく。
善良な島民たちの間で飛びかう噂、おしゃべりな亡霊、妖しい高級娼館、巫女の霊力。
それらを超える大きな何かが大統領を飲み込む。
豊かな物語空間を紡ぎだす傑作長編。
谷崎賞受賞作品。


* * * * * * * * * *

舞台は、南洋の島。
そう、あの「南の島のティオ」と同じでいて、
どうしてこうも異質の物語が描けるのだろうかと、驚いてしまいました。


主人公マシアス・ギリはその島国ナビダード民主共和国の大統領です。
人口約7万人のこの島で、ほとんど独裁体制を敷き、
今しも日本と、とある大事業の契約を結ぼうとしつつある・・・。
このような冒頭からは、尊大であまり好きな人物には思えないのですが、
話の進行の合間に彼のこれまでの人生が語られ、
次第に惹きつけられていきます。


ヨーロッパの船に勝手に「発見」され、植民地化され、
占拠され、戦場にされ、挙句に、
たいして役に立たないとわかれば独立させられた島。
海の外の国々に散々いいように利用されてきたこの島を、
ギリはなんとかしたかったのです。
その一心で、ここまで上り詰め、今度は他の国を利用してやろうとばかり、
多少の後ろめたい手も使った。
けれどそれは決して私腹を肥やすためではなかった。


そんな彼がついには失脚に至るのですが、
これが「弾劾」とか、「国民投票」ではなくて、
島の長老会議が「あなたに対する敬意を取り下げます。」と宣言するだけなのです。
法的には何の拘束力もありません。
けれどもそれは島の人々の誰からも大統領として認められないことと同じ。
ギリ自身も長老会議には一目置いており、もうそこで覚悟は定まります。


本作はつまり、精霊に守られてきた島の古来からの在りようと、
産業革命から始まる近代的資本主義のせめぎあいを描いているのだと思います。
ギリは、主に日本で学んだ資本主義を用いて、島の発展を図ろうとした。
けれども、島の人々は・・・というよりも島自体が、
それを拒んだのだと言えそうです。


作中に語られる、行方不明になった日本の慰霊団を乗せたバスのエピソードがなんともステキです。
そのバスは、海上や海中、時には宇宙空間にまで出かけます。
またある時は顕微鏡のレンズの先にいたりもする。
その中で、47人の日本の老人たちは実に楽しそうに手をふっている。
島の人々は、よそならありえないけれど、この島ならそんなこともあり得ると噂し、
特に心配もしません。
そして、最後にやっと返ってきたバスからは、
すっかり肌艶もよく若返って嬉しそうな老人たちが降りてくる。
この島だから、こんな不思議も起こり得る・・・。
そうなんです。
はじめに「南の島のティオ」とは異質、と書いたのですが、
実は同質の物語だったわけなのです。


きっとギリは、亡霊となってリン・ボーとともに
どこかで島を見守っているのではないかな?

「マシアス・ギリの失脚」池澤夏樹 新潮文庫
満足度★★★★★

ジャッキー ファーストレディ最後の使命

2017年04月06日 | 映画(さ行)
何も言えない・・・



* * * * * * * * * *

1963年11月22日テキサス州ダラスで、
米ケネディ大統領がオープンカーでパレードの最中に何者かに狙撃され命を落としました。
本作はこの車に同情し、夫の死を目の当たりにした妻、
ジャクリーヌ(ジャッキー)ケネディの、その後の数日間を切り撮った物語です。



彼女は夫の死を悲しむ間もなく、
葬儀の取り仕切りをしたり、代わりに昇格する副大統領の大統領就任式に出席したり、
またホワイトハウスから退去しなければならなかったりと慌ただしい毎日を送ります。
そんな中でも、夫が築き上げたものを単なる過去にさせないという決意を持って、
ファーストレディとして最後の指名を果たそうとします・・・。



いや、正直私、眠くて眠くて、細かなところは飛んでいるかもしれません。
面白くないから眠るのか、
眠ってしまうから面白くないのか・・・どっちでしょう?



この日は「ムーンライト」と本作のハシゴ。
ムーンライトで盛り上がった心の高鳴りが、
本作のエンディング時にはすっかり盛り下がっていました。
「ムーンライト」でも書いたのですが、あちらは黒人の男性で、しかもゲイが主人公。
にも関わらず、その心情がびっしりと伝わってくるのです。
しかるに、少なくとも私は、本作のジャッキーには全然感情移入できず
むしろ好きではないなあ・・・と感じてしまった。
この2本を続けたのが裏目に出てしまったのでしょうか・・・



本作は、ジャッキーが夫であるケネディ大統領を
鮮やかに一般の人々に印象づけることに力を注ぎ成功した、
そのことを言いたかったというわけですね。
確かに私にとっても非常に印象深い大統領ではありますが・・・
でもあの派手な葬儀パレードを見たから、ではありません。
だから本作を見た限りではジャッキーの功績というのは、私にはよく分からなかった・・・
それよりも、子どもを何度もなくし、夫の女癖の悪いことに苦しめられたこととか、
夫を亡くしたあとの結婚のこととか・・・、
もっと彼女の人生そのものをテーマとしたほうが見ごたえのあるものになったのになあ・・・
と思わないでもありません。
でも、世間の評価は悪くはないようですので、
やっぱり私に見る目がないのでしょう。
なにしろアカデミー賞ノミネート作品だしな。
寝てしまったから、面白くないのだ、と、そういうことにしておこう・・・

あ、作曲賞もノミネートだったのか。
あの冒頭の気持ち悪~く音が歪む曲・・・
そこから、私にはダメだったのだった。


「ジャッキー ファーストレディ最後の使命」
2016年/アメリカ・チリ・フランス・/99分
監督:パブロ・ラライン
出演:ナタリー・ポートマン、ピーター・サースガード、グレタ・ガーウィグ、ビリー・クラダップ、ジョン・ハート
歴史発掘度★★☆☆☆
満足度★★.5

ザ・ギフト

2017年04月05日 | 映画(さ行)
問題を抱えているのは誰?



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本作は、ジョエル・エドガートンが監督・脚本・製作を務め、
おまけに重要人物で出演までしています。
ジョエル・エドガートン? 
なんだか聞いたことがあるな、と思ったら先日見た
「ラビング 愛という名前の二人」のリチャードじゃありませんか!!
あらやだ、この間見たばっかりなのに、全然気が付かなかった・・・。
トホホ。


さて本作、公開時にあらすじを見て
もっとB級っぽいホラー作品を想像していたのですが、
全然そうではありませんでした。
抑えた色調でじわじわと不気味さと怖さが湧いてくる、サイコミステリです。



新居に越してきた幸せそうな夫妻、
サイモン(ジェイソン・ベイトマン)と、ロビン(レベッカ・ホール)。

そんな二人がサイモンの高校時代の同級生ゴード(ジョエル・エドガートン)と出会います。
再会を喜ぶゴードから、ワインが一本ギフトとして送られます。

そしてその後もギフトは続き、
しかも内容が次第にエスカレートして逝くのに違和感を覚える二人。
何を考えているのかよくわからないゴードに対して、
ロビンはまるでストーカーに付きまとわれるような気味悪さを感じ始めるのですが・・・。



一見普通のようでいてどこか壊れた感じのするゴード。
高校時代は「ブキミなゴード」と呼ばれていたとサイモンは言います。
果たしてこの気味の悪い人物の狙いは何なのか・・・? 
しかし、意外にも問題なのはこのゴードではなくて実は・・・!
目に見えない悪意の不気味さがグイグイと迫ります・・・。
そして、最後の最後、最大の「ギフト」があるわけですが・・・。
これはしんどい・・・!!



ガラス張りのおしゃれな住居はいかにステキですが、中が丸見えというのが難。
そこから誰かに見られているというときに、
その相手の姿も見えてしまうというのがまた、すごく怖い気がします・・・。
いかにも幸せな夫妻の生活が、
ガラス窓のように粉々に砕け散ってしまうというのもまた暗示的。



「ザ・ギフト」
2015年/アメリカ/108分
監督:ジョエル・エドガートン
出演:ジェイソン・ベイトマン、レベッカ・ホール、ジョエル・エドガートン
不気味さ★★★★★
満足度★★★★☆

「ヨイ豊」梶よう子

2017年04月04日 | 本(その他)
激動の時代、江戸の矜持を持ち続けた男

ヨイ豊
梶 よう子
講談社


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黒船来航から12年、江戸亀戸村で三代豊国の法要が営まれる。
広重、国芳と並んで「歌川の三羽烏」と呼ばれた大看板が亡くなったいま、
歌川を誰が率いるのか。
娘婿ながら慎重派の清太郎と、粗野だが才能あふれる八十八。
ひと回り歳が違う兄弟弟子の二人は、
尊王攘夷の波が押し寄せる不穏な江戸で、一門を、浮世絵を守り抜こうとする。


* * * * * * * * * *

浮世絵師、歌川一門の中の4代目歌川豊国の物語です。
作中では主に清太郎と記されていますが、2代目国貞でもある・・・。
ややこしいですが、まあそれにもいろいろな事情がありまして、
そこのところは読めば納得。
この、初代豊国というのがやはり、素晴らしかったのですね。
その弟子の中から、次の「豊国」を嗣ぐ技量が認められたものが
名前を受け継ぐわけです。
本巻では3代豊国の亡くなった後、誰が4代目となるのか、
というのが大きな柱となっています。
清太郎は3代の娘婿で、周りは彼が嗣ぐべきと思うものも多い。
けれども本人は、自信がないのです。
誰よりも浮世絵が好きで努力もしているとは思っている。
けれど同門の八十八(ヤソハチ)の明らかな才能のきらめきを見るにつけ、
自分は器ではないと思えてしまう。
八十八の絵を見て感じる感動、嬉しさとともに、
やはり抑えようのない悔しさ・・・そんな心情が綴られています。


さて、でも本作で私が面白く思ったのはこの時代背景なのです。
江戸末期から明治初期。
激動の時代なんですよ。
将軍のお膝元江戸に住む人々が、
いつの間にかこれまで見たこともない天子様を迎え、
仰がなくてはならなくなってしまった。
西洋から油絵の技術が入り込み、
日本古来の浮世絵なんて価値がない、西洋のもののほうが上、
というような認識が広まり始める。
これは実は、新政府に携わる長州藩などの出身の者たちが、
江戸の文化を代表する浮世絵を貶めようとしたから・・・
などという下りもあって、なるほど~と思ってしまいました。
いやそれにしても、
西洋の印刷技術に木版画はやっぱりあまりにも分が悪いですしね・・・。


江戸から東京へ、激変していく世の中で庶民はどのように生きていたのか、
そういうところがすごく興味深く読める一冊だったと思います。
そして、江戸の矜持を持ち続けた浮世絵師の心意気も良し。
つまりは亡びゆくものの美なのかもしれないけれど。


この時期に大量に海外に流出してしまった浮世絵・・・。
残念ですねえ・・・。


ところで題名の「ヨイ豊」の意味。
・・・まあ、これも実際に読んでもらったほうが良さそうです。
残念ながら「良い豊」ではありませんでした・・・。

「ヨイ豊」梶よう子 講談社
満足度★★★★☆
図書館蔵書にて

シャーリー&ヒンダ

2017年04月03日 | 映画(さ行)
いくつになっても好奇心旺盛でありたい



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ノルウェーの監督が、あえてアメリカの老婦人を題材にとらえたドキュメンタリーです。



シアトルに住むシャーリー(92歳)とヒンダ(86歳)は、30年来の友人同士。
と言っても30年前でも60歳くらいですね。
この年令で生涯の友に出会えるというのも幸運なことです。
二人はさすがに体の衰えは隠せず、
なかなかスムーズには歩けないので外出時は電動車いすを使っています。

しかし、共に知的好奇心と行動力に満ちています。
この頃(映画は2013年公開)アメリカを襲う不景気の嵐。
二人は「経済は成長しなければならないものなのか?」という命題に夢中になってしまいます。
大学生や大学教授、経済アナリスト・・・
そしてついにはニューヨークのウォール街にまで出没。
アポ無しで大会社のCEOに面談したいなどと言っても相手にもされません。
人々にバカにされたり脅されたり・・・。
それにしても年令に関係なく興味を持ったことに突き進んでいく、
それも経済や政治に関して、というところがすごい。
なかなかまねできることではありません。



二人が、経済の成長というテーマに取り組んだ大きなきっかけとして、
作中ではロバート・F・ケネディの演説がありました。
二人は孫娘から教わってユーチューブでこの過去の演説を見るのですが、
本当に、涙が出そうなくらいにいい演説なんですよ。
「国民総生産」について述べたもの。
ロバート・F・ケネディといえば、先日見た「ラビング」の作中にも
司法長官として名前が出てきていまして・・・。
こういう志の高い方が、若くして亡くなってしまったというのは実に残念なことであります。
いまさら過ぎる話ですが。



さて、このお二人はまだご健在なのでしょうか? 
トランプ大統領についてのご意見をぜひ伺いたいところです。

シャーリー&ヒンダ ウォール街を出禁になった2人 [DVD]
シャーリー・モリソン,ヒンダ・キプニス
SDP


「シャーリー&ヒンダ」
2013年/ノルウェー・デンマーク・イタリア/82分
監督・脚本:ホバルト・ブストネス
出演:シャーリー・モリソン、ヒンダ・キプニス

老年パワー度★★★★☆
満足度★★★.5

ムーンライト

2017年04月02日 | 映画(ま行)
自分らしくあろうとすること



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アカデミー作品賞の受賞作。
私は「ラ・ラ・ランド」本命と思っていたので
ちょっとがっかりしたのだったのですけれど、
いやいや、本作は受賞も当然と納得してしまう、力のある作品でした。


マイアミの貧困地域で育つシャロンを、
少年期、ティーンエイジャー期、成人期とそれぞれに俳優を替えて描きます。


少年期のシャロンは「リトル」と呼ばれるほどに体も小さく、内気です。
いじめられっ子。
母と二人暮らしですが、その母は麻薬常習者で、ろくに彼のことを構いません。
しかし、ふと知り合った麻薬ディーラーのフアン夫妻が、
何かと彼のことを気にかけて、世話をしてくれます。

フアンはこんな商売をしていますが、なかなか世話好きで大きい人物。
「自分の道は自分で決めろよ。周りに決めさせるな。」
こう言うフアンを、シャロンは父親のように信頼します。
また、いじめられっ子のシャロンに唯一親しく接してくれるケヴィンという存在もいる。
けれども、シャロンは自分自身なんだか他の人と違う事に気が付き始めています。
どうしてこんな風にいつもイジメの標的になってしまうのかという理由・・・。



彼はいわゆる性的マイノリティなんですね。
自分とは何者なのか。
普通でもそういうことを考え始める年ごろ、
彼にはとても重い問題です。



さて次には高校生のシャロン。
相変わらず線が細くて、いじめの対象。
けれどもある夜、海岸ではじめてケヴィンと互いの心を触れ合わせます。
シャロンの中ではもう友人以上の感情をケヴィンに抱いている。
ところがその翌日、思いもよらない事件が・・・。



この事件がシャロンを大きく替えてしまうのですね。
最後に登場する成人のシャロンは、別人のように筋骨たくましくなっています。
彼は本来の自分を隠すために、体にも心にも鎧をまとってしまった。
もう誰にも弱々しいとか、変わっているとか思われないように・・・。



なんというか本作、黒人でも男でも、ましてやゲイでもない私のようなオバサンでも、
シャロンの感情にすごく引きこまれ、共感を覚えてしまうのです。
自分が自分らしくありたいと思うこと。
人を好きになること。
それは誰もが持つ感情で、そしてそれは生きることの全てなのかもしれません。
ラストで月の光を浴びて青く光る少年のシャロンが映し出されます。
生きることへの賛歌でありましょう。


映画力あり! 
最近のアカデミー賞の作品賞は、
なんだかもったいぶって大上段に構えた作品が多かったので、
だからこそ「ラ・ラ・ランド」が逃したことを残念に思ったわけですが、
本作は理屈抜きでストレートに心をわしづかみにする秀逸な作品でした。
同じ目を持つ3人の俳優を探しまくったというのですが、見事に成功しています。

「ムーンライト」
2016年/アメリカ/111分
監督:バリー・ジェンキンス
監督総指揮:ブラド・ピット
出演:アレックス・ヒバート、アシュトン・サンダース、トレバンテ・ローズ、アンドレ・ホランド、マハーシャラ・アリ、ナオミ・ハリス、ジャネール・モネイ

アイデンティティ探し度★★★★★
満足度★★★★★

「南の島のティオ」池澤夏樹

2017年04月01日 | 本(その他)
南の島で起こる不思議なこと

南の島のティオ (文春文庫)
池澤 夏樹
文藝春秋


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受け取る人が必ず訪ねてくるという不思議な絵ハガキを作る「絵ハガキ屋さん」、
花火で「空いっぱいの大きな絵」を描いた黒い鞄の男
などの個性的な人々とティオとの出会いを通して、
つつましさのなかに精神的な豊かさに溢れた島の暮らしを爽やかに、
かつ鮮やかに描き出す連作短篇集。
第41回小学館文学賞受賞。


* * * * * * * * * *

池澤夏樹さんが年少の読者へ向けて書いた本ということですが、
もちろん、大人でもとても楽しく読みました。


南の島・・・本文中では、その昔、日本に占領されていたことがあるとわかるくらいで、
具体的な名称は出ていません。
文庫の巻末解説、神沢利子さんによれば、それはミクロネシアのポナペ島とのこと。
著者は度々この島を訪れ、聞いた話をもとに描かれているそうです。


ティオは、この島のホテルを営んでいる家の少年。
サンゴ礁に囲まれたこの島は、観光客も多いらしく、
空港もあって、近代的なインフラも整備されています。
でも、大自然の中で人々は大らかでゆったりと過ごしています。
そして、古代からこの島にいる精霊のようなものも、未だ消え去らず健在らしい。
だからちょっと不思議な事が起こります。
そんなエピソードをティオの視点で紹介する連作短編集。
まるで美しい貝殻を詰めた宝箱のようです。


どの話も私は大好きなのですが、
冒頭の「絵ハガキ屋さん」が、まず読者のハートをしっかりつかみます。
ある青年が訪ねてきて、ホテルに置く「絵ハガキ」を作らないかというのです。
その絵葉書は、なんと受け取った人が必ずそこへ訪ねてくるという・・・。
ティオのお父さんはそんなのはインチキだと思うのですが、
ティオはなんだか面白そうだと思い、お父さんに作ることを薦めるのです。
やはり通常よりはずいぶん高いものでしたが。
出来上がった絵ハガキはぼちぼちと売れていくのですが、
本当に、その絵ハガキを受け取った人がこのホテルにやって来るようになる・・・。
私もそんな絵ハガキを受け取ってみたい!


そして巻末「エミリオの出発」。
ティオの住む島にある日、少し離れた島から多くの人々がやってきます。
その島は台風で壊滅状態になってしまい、
避難のためこの島にしばらく住むためにやってきたのです。
そんな中の一人の少年、エミリオとティオは親しくなります。
ティオの島も十分自然たっぷりでのどかなのですが、
エミリオの島はもっと近代化が遅れていて、
飛行機や大きな建物を見たことがありません。
生活に必要なものはすべて手作り。
ティオは聡明で器用で自立心に溢れたエミリオを尊敬しています。
やがてエミリオはカヌーを作り始めて・・・。


別の短編に、島の道路の舗装工事を、
ティオや他の島の子どもたち、そして大人たちまでもが
興味を持って日がな眺めているというようなシーンがありました。
こんな風に、島がどんどん近代化されていくことは
嬉しくてワクワクすることではあるけれど、
一方、そのために少しずつ損なわれていくものもあるのだと、
ここでは言っているのです。
池澤夏樹さんの視点が光ります。
全く申し分なく、美しくてなんだか幸せな気持ちになる一冊です。


「南の島のティオ」池澤夏樹 文春文庫
満足度★★★★★