映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

インシテミル 7日間のデス・ゲーム

2020年03月13日 | 映画(あ行)

大金のためのサバイバル

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米澤穂信さんの原作本は読んだのですが、
例によって内容はほとんど忘れているので、ミステリの映画でも問題ありません。


「暗鬼館」という館に「時給11万2000円で実働7日間」という求人広告につられて集まった男女10人。
何かの実験のため24時間監視されるだけ、という仕事内容です。
2日目、銃殺による死者が発見され、参加者たちは互いに疑いを抱くようになっていきます・・・。

「そして誰もいなくなった」をなぞらえて、
広間には10人のインディアン人形が飾られていたりする。
多少のミステリファンなら、この先やばいことが起こることは気がつきますよね。
いや、そもそも時給11万2000円って!! 
まともな仕事じゃないことは容易に想像がつくはずなのですが、
お金につられた人々が集まります。
だって、24時間×7日だとなんと18,816,000円。
しかしまさに、飛んで火に入る夏の虫。
次々に死んでいく参加者たち。
途中棄権なし。
大金のためのサバイバル! 
なるほど、藤原竜也さんにふさわしい配役でありました。

 

見ながら私が思ったのは、第一の殺人のあと、
彼らは自分たちの部屋の武器をすべて集めてその被害者の部屋の「容器」にしまうべきだった。
そのカードキーは皆の目の前で破棄する。
あとは皆で平和な6日間を過ごす・・・。
ところが、最後まで見て判明したところでは、そうしてもやはり無理だったのかもしれません。
何しろ、この中に「危険人物」が紛れているわけだから・・・。
凶器になるものはキッチンにでもどこにもありそうですもんね。

原作本についてはこちら→「インシテミル」

 

原作では集まるのは12人で、もっと悲惨な殺戮が繰り返されるようです。
映画約2時間のためにかなり端折った様に見受けられます。
それなので、犯人当てのミステリ風味が薄れて、
単なる残虐趣味のストーリーになってしまったように思います。

 

そして本作で私が何よりも気に入らなかったのが、
食事の支度も後片付けも、すべて女性だけがやっていたところ。
なんでだよ!! 
せめて手伝いなよ、結城くん。


<WOWOW視聴にて>
「インシテミル 7日間のデス・ゲーム」
監督:中田秀夫
原作:米澤穂信
出演:藤原竜也、綾瀬はるか、石原さとみ、武田真治、平山あや、大野拓朗、北大路欣也

残虐度★★★★☆
サバイバル度★★★★☆
満足度★★.5

 


「鎌倉うずまき案内所」青山美智子

2020年03月12日 | 本(その他)

微妙に関係しながら渦を巻く時間、人の絆

 

 

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古ぼけた時計屋の地下にある「鎌倉うずまき案内所」。
螺旋階段を下りた先には、双子のおじいさんとなぜかアンモナイトが待っていて…。
「はぐれましたか?」
会社を辞めたい20代男子。
ユーチューバーを目指す息子を改心させたい母親。
結婚に悩む女性司書。
クラスで孤立したくない中学生。
いつしか40歳を過ぎてしまった売れない劇団の脚本家。
ひっそりと暮らす古書店の店主。
平成時代を6年ごとにさかのぼりながら、
6人の悩める人びとが「気づくこと」でやさしく強くなっていく―。
うずまきが巻き起こす、ほんの少しの奇跡の物語。

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うっかりすると、鎌倉の観光案内本?と思い、見過ごしそうなこの題名。
しかしこれがなかなか楽しく読める連作短編集でした。

会社を辞めたいと思っている20代男子。
ユーチューバーを目指す息子を改心させたい母親・・・。
人生の進むべき道を見失っている人々が、古ぼけた時計屋の地下、
らせん階段を降りた先にある「鎌倉うずまき案内所」に迷い込みます。
そこで彼らは不思議なものをみて、謎のメッセージを受け取ります。
そして “困ったときのうずまきキャンデー”を一つもらって日常にもどってくる。


結局解決に向かうのは自分自身の力。
でも確かに彼らは「案内所」で力をもらい、背中を押してもらうのです。


本作は2019年、すなわち平成の最後の年からはじまって、
1話終えるごとに6年、時間を遡ります。
1989年(平成元年)まで全6話。
読み進むと、以前に登場した何年か前の人物がチラリと登場したりする。
なるほど、人と人はこんな風に微妙につながって、皆が生きている。
そんな中、全話に登場するのがSF作家の黒祖ロイド。
第一話ではすでにベテラン作家。
その彼の作家人生が6年ごとに垣間見えて、
そして最終話が「黒祖ロイドビギニング」となっているのがなんともしゃれている。
そしてそこにはなんとも意外な事実が隠されていたりします。
この構成の妙に脱帽。
最後まで読んだらもう一度逆回しで読んでいきたくなります。

蚊取り線香、つむじ、巻き寿司、ト音記号。花丸。ソフトクリーム。
うずまきにもいろいろあるものですね。
この渦巻き模様のことをクロソイド曲線と言うのだそうで、
まあ、黒祖ロイドの命名のヒントです。

「鎌倉うずまき案内所」青山美智子 宝島社
満足度★★★★.5

 


あゝ、荒野  後篇

2020年03月11日 | 映画(あ行)

つながるために、闘う

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前篇のあと、すぐに見たくなる後篇です。

いよいよ、新次が待ち望んでいた裕二との試合が行われます。
なんというか、ほとんど喧嘩の延長のような試合。
そして新次は勝利するのですが、なぜか、期待していたような達成感を得られません。
そんなときに、恋人・芳子は去って行くし、
兄弟弟子である健二が別のジムへ行ってしまいます。
おまけに、近くジムをたたむという・・・。
新次には突然足下が崩れていく様な心許なさ。
一方、自身のカラを打ち破ろうとする健二は、
新次との日常を捨て、別のジムに移り、なおもトレーニングに励みます。
そしてついにこの二人が対決することになる・・・!!

この試合がもう、圧巻。
ボクシングのことをよく知らない私ですが、なんだか胸が熱くなってしまいました。
なぜここまで心揺さぶる試合になるかと言えば、
その根に、健二の新次への思いがあるからなのです。
彼は新次と“つながる”ために闘う。
新次は健二のそんな思いがわかるからきちんと応えた。
男と男の、真の心がここで試されている。

さて、この二人の物語も素晴らしかったのですが、
前篇ではバラバラだった他の登場人物のピースが、
ここでは一つ一つあるべき処にはまっていきます。
何かしらそれぞれにつながりというか因縁があったことがわかってくるのです。
単に時間を追って前後篇に分けたわけじゃない。
しっかりと問題提起篇と回答篇という構造になっている。
だからこそ、後篇はとても見応えがあるのです。
見終えたあと、しばし放心状態になるくらい、素晴らしい作品でした。

菅田将暉さんは本作で日本アカデミー賞などの最優秀男優賞を受賞。
それはもう当然と思います。
なんというか彼は、奔放でいて影を持ち、ピュアさとほんの少しの狂気がある。
そして何より花もある!! 
どんな役でも一定以上にハマりそう。
今後も楽しみだなあ・・・!!

 

 

<WOWOW視聴にて>
「あゝ、荒野  後篇」
2017年/日本/157分
監督:岸善幸
原作:寺山修司
出演:菅田将暉、ヤン・イクチュン、木下あかり、モロ師岡、
山田裕貴、ユースケ・サンタマリア、木村多江、でんでん

青春度★★★★☆
死闘度★★★★★
満足度★★★★★

 


あゝ、荒野  前篇

2020年03月10日 | 映画(あ行)

孤独な魂が、ボクシングに惹かれていく

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寺山修司原作の本作、よく見たら1年以上前に録画したモノでした。
前後篇ある上にそれぞれも長いので、見るのに二の足を踏んでいたのです。
ところが、見ると面白くてぐいぐい引き込まれ、全然長くは感じませんでした。
もっと早く見れば良かった・・・。
それでてっきり舞台は昭和かと思っていたら、なんと2021年。
ほんの少し未来です。



新宿。
母に捨てられ孤児院育ち、少年院帰りの新次(菅田将暉)と、
暴力を振るう父親の元から飛び出した吃音のある健二(ヤン・イクチュン)が
「片目」こと堀(ユースケ・サンタマリア)のボクシングジムに誘われます。
新次は以前仲間を裏切った裕二に復讐を果たすため、
健二は内気な自分を変えるため、
それぞれトレーニングに励みます。



前篇はこの二人がプロボクサーとなり、徐々に力をつけていくまでを描きます。
うらぶれたボクシングジムのトレーナーが片目。
少年院帰りの主人公。
なんだか「あしたのジョー」を思い出しますねえ・・・。



新次と健二はこのジムに住み込む兄弟弟子。
けんかっ早い新次はいかにもボクシング向きですが、
健二は気が弱く優しげで、ボクシングに向くようには思えない。
しかし実は隠れた素質を持っているのです。
いよいよプロ資格を取った二人のリング名は
「新宿新次」と「バリカン健二」(健二は床屋に勤めているので)。
新次は介護施設でバイトをしつつトレーニングに励みます。
彼の性格が全く介護に向きそうでないのですが、
なんとか耐えてがんばっているのが微笑ましい! 



そのほか背景として大学生の反法案デモや「自殺研究会」なるモノが出てきたり、
新次の彼女が、震災の地から逃げ出してきたことなどが語られ、
幾分かの現代性を醸し出しています。
このあたりが原作では多分少し形がちがうのかな、と想像します。
生きることの意味、闘うことの意味は、まだぼんやりとした問いかけにしかすぎません。
後篇を待て!!

 

 


<WOWOW視聴にて>
「あゝ、荒野  前篇」
2017年/日本/157分
監督:岸善幸
原作:寺山修司
出演:菅田将暉、ヤン・イクチュン、木下あかり、モロ師岡、山田裕貴、ユースケ・サンタマリア、木村多江、でんでん

青春度★★★★☆
家族崩壊度★★★★★
満足度★★★★☆

 


「オリガ・モリソヴナの反語法」米原万里

2020年03月09日 | 本(その他)

奇妙で残酷な歴史

 

 

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物語は、大人になった志摩が1992年ソ連崩壊直後のモスクワで、
少女時代からずっと抱いていた疑問を解くべく、
かつての同級生や関係者に会いながら、
ついに真相にたどり着くまでがミステリータッチで描かれている。
話が進むにつれて明らかにされていくのは、
ひとりの天才ダンサーの数奇な運命だけではない。
ソ連という国家の為政者たちの奇妙で残酷な人間性、
そして彼らによって形作られたこれまた奇妙で残酷なソ連現代史、
そしてその歴史の影で犠牲となった民衆の悲劇などが次々に明らかにされていく。

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本作、2002年に出たものですが、
先日読んだ斎藤美奈子さんの「うしろ読み」の中で紹介されていたのに興味を持ちました。
以前から米原万里さんのファンでもありましたので。
米原万里さんはロシア語通訳の第一人者者でありエッセイスト。
本作はその彼女のたった一つの長編小説です。
ですが、初めての小説というのが信じられないくらい、
素晴らしい筆力で、訴えるところの大きい作品となっています。


主人公志摩は少女時代1960年代をチェコ、プラハのソビエト学校で過ごします。
彼女はそこでオリガ・モリソヴナという舞踏教師と出会う。
年齢は自称50歳。
しかしどう見ても70か80くらいのようではある。
派手な化粧と服装。
それが又、とんでもないオールドファッション。
しかしその舞踏技術は卓越したものがあり、
そして又さらに彼女を特徴付けているのが、ダミ声の「反語法」。
というのはつまり、大袈裟に誉めるのは罵倒の裏返し、けなすのは誉め言葉の代わり。
例えば、へまをした子にかける言葉がこんな風。

「ああ、神様!これぞ神様が与えてくださった天分でなくてなんだろう。
 長生きはしてみるもんだ。
 こんな才能ははじめてお目にかかるよ!
 あたしゃ嬉しくて嬉しくて嬉しくて狂い死にしそうだね!」

厳しいけれども、こんな彼女がみんな大好きなのでした。
そして彼女と親しいフランス語教師、
彼女たちを「お母さん」と呼ぶ転校生ジーナ。
志摩の学校生活を彩る人々ですが、何もかもが謎めいているのです。


そして物語はこの志摩が大人になった1992年、
ソ連崩壊直後のモスクワを訪れるところからはじまります。
志摩は少女時代の親友カーチャの協力を得て、
かつての教師、オリガ・モリソヴナとエレオノーラ・ミハイロヴナの秘密を探ります。
少しずつ紐解けてゆくオリガとエレオノーラの人生。
それはつまり奇妙で残酷なソ連現代史なのでした・・・。

 

志摩は、ほとんど米原万里さんをそのまま投影しているようです。
スターリン時代の、なんとも悲惨な粛清の真実。
本作はフィクションの形をとりながら、
様々な資料により正しく出来事を描写しています。
まさに、米原万里さんだからこそ描けたもの。
そして登場人物がイキイキと魅力的なので、ぐいぐいと引き込まれます。
素晴らしい本でした!!


あ、いやちがう。
「なんてこった、こんなとんでもないお馬鹿な本を読んだことがない。
 こんなものを読んだことを私しゃ一生後悔するね!!」
と、反語法で。

図書館蔵書にて  (単行本にて)
「オリガ・モリソヴナの反語法」米原万里 集英社
満足度★★★★★

 


IT イット THE END “それ”が見えたら終わり。

2020年03月07日 | 映画(あ行)

27年かけた通過儀礼

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「IT イット “それ”が見えたら終わり。」の続編にして、完結編。


前作から27年後。
田舎町、デリーで再び連続児童殺人事件が起こります。
あの「ルーザーズ・クラブ」の子どもたちで、
今町に残っているのはマイク(イザイア・ムスタファ)のみ。
彼は27年前に誓った約束を果たすときが来たと思い、仲間を呼び戻します。
ビル(ジェームズ・マカボイ)、ベバリー(ジェシカ・チャステイン)など、
あのときの仲間が一人を除いて戻ってきます。
あの太っちょのベン(ジェイ・ライアン)は、見事に引き締まって精悍な姿に!
さてところが町を離れた皆は、なぜか27年前の記憶がぼんやりとしていたのですが、
町に戻ると、あのときの恐怖の記憶が蘇ります。
怖じ気づき、逃げだそうとする彼らでしたが、
マイクの説得で、殺人ピエロと闘う覚悟を決め・・・。



今回登場する殺人ピエロ始めその他の魔物の造形がなんとも気色悪い・・・。
そうですね、怖いと言うよりも、生理的にいや~な感じがします。
そして今回は、ルーザーズ・クラブ一人一人が、
その個々の呼び戻したくない忌まわしい記憶と対峙することになる。
自分の弱さや後悔、忘れるほかないような悲惨な出来事。
そういうことを乗り越える勇気を彼らは試されるのです。

そうしてこそ彼らは初めて真の大人になる。
つまりは27年かけた通過儀礼。
う~ん、キビシイです。
こう言われたら私もまだ全然大人になりきっていない気がします。

特にベバリーが、あの支配的父親から離れても、
よその町でDV夫の暴力を耐えつつ生活していた・・・と言うところでは、
泣きたくなるほどの運命を感じます。
逃げても結局同じような選択をしてしまうものなのか・・・。
なんという人生の皮肉。
しかしこの度、ようやく幸せをつかみそうではありますね。
良かった、良かった・・・。

 

 

<J:COMオンデマンドにて>
「IT イット THE END “それ”が見えたら終わり。」

2019年/アメリカ/169分
監督:アンディ・ムスキエティ
原作:スティーブン・キング
出演:ビル・スカルスガルド、ジェームズ・マカボイ、ジェシカ・チャステイン、
   ビル・ヘイダー、イザイア・ムスタファ、ジェイ・ライアン

恐怖度★★★★☆
気色悪さ★★★★★
満足度★★★.5


シンプルフェイバー

2020年03月06日 | 映画(さ行)

複雑な女の愛憎

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ニューヨーク郊外に住むシングルマザー、ステファニー(アナ・ケンドリック)は、
同じクラスに息子を通わせるエミリー(ブレイク・ライブリー)と親しくなります。
ステファニーは事故で夫を失い、保険金を切り崩しながらの生活。
しかし天性が明るい彼女は「生活お役立ちブログ」を発信しながら元気に生きています。

一方エミリーはファッション業界で働く華やかな女性。
夫は、今はスランプながらも小説家。
ゴージャスな家に住む、うらやましい家族。

だから周囲の人はステファニーとエミリーの仲はうまくいくはずがない、と思うのですが、
なぜか互いの秘密を明かし合うくらいに親しみを増していきます。
エミリーは仕事が忙しく、息子を迎えに行けないときなどにはステファニーに頼むように。
これがつまりシンプルフェイバー(ささやかな頼み事)というわけです。
ところがある日、息子をステファニーに預けたまま、エミリーが失踪してしまいます。
親友を助けたいあまりに、ステファニーは“ママさん探偵”となり、
ブログのフォロアーの力も借り、エミリーの行方を捜します。
そしてやがて、エミリーの死体が発見される・・・。
ところが、エミリーの息子が「ママを見た」などと言い始め・・・。



いえ、ホラーじゃありませんよ。
しかしこの事件には裏がある。
「影裏」の映画じゃないけれど、人の影の一番暗いところを見なきゃダメなのです。
エミリーには驚きの真実が隠されていました・・・。

ステファニーとエミリーの複雑な愛憎が二人の女優によって見事に表現されていました。
ステファニーが単なるノーテンキなブロガーではなく、
なかなか鋭い推理を働かせるところも意外性があって楽しめます。
ちょっとコミカル味もあって楽しめるミステリ。

こんな二人に翻弄されるエミリーの夫が気の毒と言えば気の毒・・・。

 

 

<WOWOW視聴にて>
「シンプルフェイバー」
2018年/アメリカ/117分
監督:ポール・フェイグ
原作:ダーシー・ベル
出演:アナ・ケンドリック、ブレイク・ライブリー、ヘンリー・ゴールディング、リンダ・カーデリニ、ジーン・スマート
ミステリ度★★★★☆
満足度★★★.5

 


「極北」マーセル・セロー 村上春樹訳

2020年03月05日 | 本(その他)

恐るべき近未来のサバイバル

 

 

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「私は肝の据わった人間だ。そうでなければやっていけない」
―極限の孤絶から、酷寒の迷宮へ。
私の行く手に待ち受けるものは。
最初の一ページを読み始めたら、決して後戻りはできない。
あらゆる予断をゆさぶる圧倒的な小説世界。
この危機は、人類の未来図なのか。
目を逸らすことのできない現実を照射し、
痛々しいまでの共感を呼ぶ、美しく強靱なサバイバルの物語。

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村上春樹さん訳というのに惹かれて手に取りました。


そう遠くはなさそうな未来、文明の消滅した世界が舞台です。
地球温暖化による気候変動。
干ばつや洪水。
山火事。
飢餓。
疫病。
戦争。
放射能・・・・。
直接の原因は明記されないものの、
今世界が抱えている問題が膨らめばきっとこうなる、
と言う未来のことのように思えます。


主人公は“メイクピース”と言う女性。
作中では当初、男性のように書かれていたのですが、
実は女性だったと言うのが第一の驚き。
彼女の一家は、まだ文明が破滅しきらない時代に、
温暖化の影響でむしろ住みやすいシベリアの地にアメリカから入植してきたのです。
そこには近代文明を厭う人々が集まり、小さな町を作って平和に暮らしていました。
おそらくアーミッシュのような生活かな?と想像するのですが。
ところがそれから少し時が過ぎて、世界の文明がいよいよ崩壊。
都市に住めなくなった人々がこの北の地の果てにも、どっと押し寄せてきます。
飢えて痩せ細り疲れ果てた人々を町の人々は気の毒に思い、受け入れますが、
間もなくそういう人々が多すぎて受け入れきれなくなってきます。
そうなると略奪も始まり、町の人々も対立。
ついに血で血を洗う争いが起こり、町も崩壊。
そんな町で唯一人の生き残りとなっていたのが、彼女なのです。
そんな彼女が、どこからか迷い込み隠れ住んでいた一人の少女を発見。
ところがこの子もあっけなく死んでしまいます。
これまで以上に孤独と絶望を味わう彼女。
生きる意欲もなくしたところに、空に飛行機が飛んでいるのを見る。
まだどこかに文明のかけらが細々と残っているのかもしれない・・・、
そんな希望にすがって彼女は長い旅に出るのです・・・。

・・・と、物語の始まりだけご紹介しました。
なにしろ、当初に登場した少女(しかも妊娠している)があっけなく死んでしまう下りで、
なんと非情な物語なのかと驚かされました。
しかし、旅に出たメイクピースの苦難はそんなモノじゃありません。
人々はすっかり獣性こそが本性のようになってしまっており、誰も信用はできない。
生きていくのが極めて困難なこの世界では、仕方のないことなのかも・・・。
常に生と死は隣り合わせ。

 

作中に、都市は水と電気がなくなれば崩壊する、というような一文がありました。
確かに、北海道でのあのブラック・アウト。
たった1日か2日電気が止まっただけで、
マンションの水も止まり、コンビニやスーパーから食料品が消えました。
輝かしい文明のなんと脆弱なこと。
私たちは生きていくのに必要以上のものを手に入れ、
さらに増やそうとしすぎているのかもしれません。

冒険小説としても、文明を考えるにしても、
そして又人類への警鐘としても、興味深い本なのでした。

「極北」マーセル・セロー 村上春樹訳 中公文庫
満足度★★★★☆

 


トップガン

2020年03月04日 | 映画(た行)

勝利者が金髪美人を得る

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少し先になりますが、「トップガン」の続編が公開になります。
その元作品を、遠い昔に一度見たきりだったので、このたび改めて見てみました。
言うまでもありませんが、トム・クルーズの出世作。
1986年作品であります。

 

アメリカ海軍に所属する上位1パーセントのエリートパイロット=“トップガン”。
その仲間入りを果たしたマーベリック(トム・クルーズ)とグースは、
厳しい訓練を受ける日々。
そんなある日、訓練中の事故で、グースが亡くなります。
親友の死に責任を感じ、自信をなくし道に迷うマーベリックですが・・・。

 

とにかく若き日のトム・クルーズのなんとチャーミングなこと!! 
今となっては、本作はそのトム・クルーズを見ることがすべてです。
一人の青年の成長物語ではあありますが、
その内容にそれほどの意味はないかも・・・。


気になったのは、いかにも男性目線の映画だなあ・・・と。
始めに登場するマーベリック
(マーベリックはコードネームで、型破りな、とか異端者というような意味のようです)
は、いかにも自信過剰で軽薄。
美人を見ればすぐに口説きにかかる。
そんな彼が目をつけた金髪美女がなんと教官だった・・・。
始めは拒んでいた彼女もやがては彼と恋仲になります。
しかし私は思う。
自立した女性ならこんな自信過剰の軽薄男を相手になんかしないだろう・・・と。


でもこれはさすが30年以上前の作品。
「勝者が金髪美人を得る」というセオリー通りです。
マーベリックがすっかり自信をなくし落ち込んでいるときに彼女は去って行き、
そして最後に又自信を取り戻した彼のところに戻ってくる。
なんか調子よすぎですよね。
こんなストーリーはいかにも男性が書く物語だ・・・。
今度の続編がこうでないことを祈ります・・・。
戦闘機に興味などほとんどない私にとっては、感想はこの程度。

 

まあ、それはさておき、トム・クルーズ。
30年以上を経ても未だ映画界のトップ・スターであり続けているというのはすごいことです。
本作に登場して、今も名前が残っているのは
他にはティム・ロビンスとメグ・ライアンくらい。
それも昨今の作品にはほとんど登場しません。
生存キビシイこの世界で、サバイバルを勝ち抜き、
30数年ぶりの続編にこぎ着けたトム・クルーズ。
素晴らしい!!
続編は、もちろん見ますとも!!

<Amazonプライムビデオにて>
「トップガン」
1986年/アメリカ/110分
監督:トニー・スコット
出演:トム・クルーズ、ケリー・マクギリス、バル・キルマー、アンソニー・エドワーズ、ティム・ロビンス、メグ・ライアン

トム・クルーズのピチピチ度★★★★★
満足度★★★.5

 


おかえり、ブルゴーニュへ

2020年03月03日 | 映画(あ行)

兄弟それぞれの問題とワイン農家

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フランス、ブルゴーニュ地方のドメーヌ(ワイン生産者)が舞台です。
長男ジャン(ピオ・マルマイ)は、故郷を飛び出し、世界を放浪。
結婚しオーストラリアでワイナリーを営むも、最近妻とうまくいっていません。
そんなときに、父親が病のため余命間もないことを知り、10年ぶりに故郷に帰ってきます。
故郷では家業を継ぎワイン作りに励む妹のジュリエット(アナ・ジラルド)と、
別のドメーヌの婿養子となった弟のジェレミー(フランソワ・シビル)が待っていました。
二人には、母の死の時にも戻ってこなかった兄を咎める気持ちもありましたが、
兄を受け入れます。
そして間もなく父が亡くなります。
やがて持ち上がったのが相続の問題。
とりあえず相続税を払わなければならないのですが、
まとまったお金が彼らにはありません。



離婚問題に揺れる長男。
醸造家としての自信が持てない長女。
義父との関係に悩む次男。
このドメーヌをどうするのかという問題と、彼らそれぞれの問題が重なり合いますが、
それでも季節は過ぎゆき、広く美しいぶどう畑の映像に癒やされていく感じがします。

ワイン農家の跡継ぎをどうするか・・・
こういうテーマの映画をいくつも見たように思うのですが、
本作、立場のちがう3人の兄弟それぞれの問題が、現代性とマッチしてリアル。
極力農薬を使わず頑張ろうとするワイン造りにも好感が持てます。
そして長男の、「どこを故郷と思うか」という最終決断も又、アリだなと思う。
ありがちなテーマなので公開時見逃していたのですが、
これは結構良かったと思います!

<WOWOW視聴にて>
「おかえり、ブルゴーニュへ」
2017年/フランス/113分
監督:セドリック・クラピッシュ
出演:ピオ・マルマイ、アナ・ジラルド、フランソワ・シビル

ワイン農家の今 度★★★★☆
満足度★★★★☆

 

※新型コロナウイルスの関係で、北海道では緊急事態宣言が出ました。

 不要不急の外出は避けるように、との要請に従い、

 しばらく映画館通いをお休みすることにします。

 当面、おうち映画ばかりになると思いますが、

 よろしくお付き合いくださいませ・・・

 早くこの事態が収束することを祈りつつ・・・

 

 


「銀の匙 15」荒川弘 

2020年03月01日 | コミックス

少年よ、大志を抱け!!

 

 

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大ヒット酪農青春グラフィティ、堂々完結! 
ついに八軒たちがエゾノーを卒業。
それぞれの未来へと歩み出す――
一度は将来を見失い、夢を嫌っていた少年は、
いつしか、自身の目標に向かってひた走るだけでなく、
仲間の背中を押す存在になっていた。
汗と涙と土にまみれた物語、ここに完結!!

* * * * * * * * * * * *


ついに最終巻です。
急に大学を受験することになった八軒は、受験勉強に専念。
先に推薦入学が決まっていた御影が彼を応援します。
そしてとうとう八軒らがエゾノーを卒業。
多くの仲間たち、それぞれの進路が紹介されているのもウレシイですね。
エゾノーの教師が八軒のことを新入生に語る場面があります。

俺の教え子に受験戦争から逃げてきて目的もなくエゾノーに入ったヤツがいるんだ。
入学早々場内で遭難して、女の子に誘われて入った馬術部を嫌々続けて、
でもやめる勇気もなくて。
ピザ作ったこともないのに請け負っちゃってえらい目にあって。
豚に名前つけてかわいがって、食べるときにヘコんで。
バイト先で牛乳ぶちこぼしてヘコんで。
夜中に寮を脱走してバツ当番。
校内で拾った犬を面倒見るハメになって。
人の頼みを断りきれなくてオーバーワーク。
学祭当日にぶっ倒れて参加できず。
インターハイに出たら馬術部史に残るワースト点をたたきだし。
3年の12月末から急に大学受験するって言い出し。
在学中に起業もした。
君たちがこうやって気軽にピザパーティを開けるようにしたのも、そいつ。

これまでの出来事が走馬灯のようによぎります。
まるで我が子の成長を見ているようにウレシイ。
今後のこともずっと見ていたい気持ちでいっぱいです。
そして最後の最後、駒場くんの動きが秘密になっていたのが、ついに明かされます。
なんと、ロシアにいる駒場と八軒。
北海道よりももっと広大無限。
夢が広がるなあ・・・。
荒川弘さま、楽しいストーリーをどうもありがとうございました!!

「銀の匙 15」荒川弘 少年サンデーコミックス
満足度★★★★★