凝るねぇ、紗幕に竹林だってよぉ。まったく、閃き、思いつきで面倒なことばっか言うんだから。って、担当のNの心の中のぶつくさが聞こえてくる。紗幕って、背景をすべて消し去って、後ろの人やらモノを浮かび上がらせるために使うものだ。そこにわざわざ竹林を描こうって、わけわかんない!いいじゃん、一面グレーの紗幕で。それも、布に直に描いちゃいけない!ってもう勝手にして!不平、不満はズキズキ伝わって来る。もちろん、Nは何にも言わず、黙々と動くのみ。
どうして直に描いちゃいけないか?そりゃ簡単だ。菜の花座のなけなしの財産だからね、紗幕は。直接彩色しちまったら、その後、竹林シーンでしか使えないだろ。末永く、いろんな場面で役に立ってもらわにゃいかんのだせ、この紗幕。
で、どうするか?別の紗幕布に竹を描いて、裏から貼り付ける。ええーっ、そんなんで、竹林に見えるのか???だって、裏が透けて見えないようにするのが紗幕だろ。客席からはただのグレー布にしか見えんのじゃないの?うーん、その可能性も大いにある。が、俺の直観じゃ、微かに竹林が浮き出て来るように思うんだ。照明の当て方しだいってとこはあるがな。貼った背景画なら、公演後に剥がせば、また、元通りグレー紗幕に戻る。何度でも再利用が可能ってことなんだ。
問題は、貼り付ける竹をどう作るか?ってことだ。ここが実に難問。竹を1本1本別布で作って貼るわけだが、どんな風に描いて作ればいいのか?当初、考えてみたのは、彩色した布を長い吹き流しのように切り取り、それを何本も直立させて貼り付けるってものだった。が、どうも、竹林っぽくない。手入れの行き届いた杉木立、って言うより幾何学模様のようだ。うーん、どうしたらいいんだ?そうか、根元から先に行くに従い細くする。それと、荒れ果てた竹林の感じを出して、竹を自由に交差させる。先細にするのにいちいち裁断なんてしちゃいられない。だって、今日1日のうちに、数名の団員が寄ってたかって仕上げちまわにゃならんのだから。
手抜きの工夫なら任せてくれ。ホッチキスだよ!これで余分の布を折り返してパチパチ留めてやるんだ。ほぉれ、先端に行くほど細くなった。なんか、折り返しの布、びらびらしてっけど、いいの?いいの、いいの。これ裏側だから、客席からはシルエットでしか見えない。てっぺん近くの竹の葉はどうする?一枚ずつ作って貼って・・・そんなぁ、手間かけすぎだろ。とっても1日で終わらない。ここは思い切ってデフォルメ、大きく雲形に布を切り取って、これをあちこちに貼っつける。うーん、これで竹林?かなり、ビミョー!?
大丈夫!直観、けっこう当たるんだから。それっぽく見えるよきっと。今はまじまじと仕掛けを見ているけど、お客さんが見るのは、ぼーっと浮かび出る竹林なんだ。それも、中央には、役者がくっきりと浮かび上がり、刺激的な演技をしてる。9割方はそっちに目を奪われて、紗幕に透けて見える竹林なんて、目を凝らす人いやしないさ。いや、中にゃもの好きって言うか,あら捜ししたがる偏屈者もいるかも知れんが、そんなのほっとけ。
思い切った計画変更と、団員たちの献身的なお針子作業のお陰で、
無事、4時前までに完成。後は、本番前日、バトンに吊ってみての話しだ。
心配は、俺の縫い付けた部分外れやしないだろうなってことだぜ。なんせ、手ぼっこだからなぁ。