さらに新聞開くのが辛くなった。
連日オリンピック報道で埋め尽くされ、やっと終わったと思ったら、甲子園だぜ。なんと3ページびっしり!おまけも半ページ。
それでなくても、購読止めようかって悩んでる朝日新聞、これを機会にって真剣に考えちまうよ。
にしても、日本人、スポーツ好き過ぎじゃねえか?特に野球。
小中学校時代から徹底してるもの、スポ少に部活動、その極めつけが高校野球で、頂点が大谷翔平だ。統合前の地元の中学校、部活動はほぼ運動部のみ、それ以外は総合文化部、またの名を帰宅部って、運動苦手、嫌い、生徒たち向け、形ばっかりの美術部真似っこだった。
俺は農業高校の教員だったし、演劇部顧問だったりしたから、農業クラブって活動もあり、演劇部は一時盛んでもあったから、ストレスはそれほどでもなかったが、運動部偏重はやはり感じた。例えば、生徒会費、野球部とホッケー部はまったくの別格、桁が違ってたし。
スポーツ漬けにすることが、高校生の健全育成の唯一の道だ、って共通認識があったように感じる。体動かしてりゃ道踏み外すことねえんだっ!みたいな。反省するけど、担任の時はクラスの生徒にそんな意識で指導助言してたっけ。
このスポーツ礼賛の弊害、今や日本の一大事につながってるように思うんだ。
文化方面の意気消沈だろ、元気なのはアニメ・マンガと内向きのJ-POPくらい。文化ホールは軒並み経営破綻に追い込まれてるし、美術館、博物館なんて、潰れちまって結構よ、って扱いだ。
若いころの運動一辺倒にゃ、もっと大きな病害を孕んでる。唯々諾々、上意下達、チーム優先の同調意識、政治忌避・・・
今、日本が行き詰ってる根本の原因がここにあるように思えるのさ。
自ら考えず、体で反応する、考えるとしてもあくまでルールの範囲内。広く全体を俯瞰せず、眼前の目標だけに集中する。そして、しっぱいすれば、究極は、自己責任!
行き詰ってるだけならまだいいが、奈落への道を転げ落ちつつあるんじゃないのか。
スポーツ選手で政治家を志した人間たちの体たらく!客寄せパンダ以上の役割もなく、結果は不正行為に身を落とす。結果はポイ捨て。
そりゃそうだよ、広い意味で勉強してないから、一芸だけでチヤホヤされ続けて来たから。社会の仕組みがわからず、世の主流に乗って、上の人間に従うだけ。まっ、そうやって成功して来たから御礼の感覚なんだろうが。
何も政治の世界だけのことじゃない。会社や職場にとっても、この眼暗滅法の馬車馬は好都合だからな。手綱一つでどうにでもなる。
そうやって、闇雲に突っ走てきた結果が、今のどん詰まり!
子ども自体の暮らしぶり、教育の体制から見直していかにゃならん、となれば、もはや手遅れかもしれないなぁ。
って、おめえの責任棚上げにして評論してんじゃねえよ。
ほんとに学校スポーツが日本社会をダメにした、というかダメにする人間を作り出してきたところはあると思います。
特に野球。私自身好きですけど、あの世界の軍国主義的なことと言ったら異常です。高校野球では丸刈り坊主頭に、軍隊式の返事、行進。プロ野球ではいまだに読売巨人「軍」ですから。原辰徳が監督のときなんて「我が軍は…」とかいう口調がもう耳について。
オリンピックだって平和の祭典でもなんでもない。ナショナリズムを煽るだけの擬似戦争でしょ。
このメンタルをなんとかしないと、いつまで経っても「帝国」ノリから抜け出ることは叶いません。
それから、もう朝日新聞社はダメだと思います。築地市場跡地の再開発利権に絡んで、終わってしまいました。相手にするのはやめましょう。
私もスポーツは大好きなのです。特にサッカー。前回の東京オリンピック以来、オリンピックは個人的にボイコットしてるのですが、サッカーだけは別で、ついつい見入ってしまいました。
まぁ、この程度の例外は許されるか、なんて勝手に判断しています。各人がその程度の、つまりお気に入りのスポーツや選手を応援する方向への熱中なら、悪くはないと思うのですが、種目度外視でメダルの数に一喜一憂する今の日本の姿は異常だし、危いですね。なんとか節度ある、楽しむことを主体にしたスポーツとの接し方が広まるといいですね。高校野球の丸刈りなど論外です。私も以前高校剣道部の顧問をしていて、県大会に出場したのですが、開会式の行進で体育教師から行進の仕方がなってないと激しく叱責されました。あっ、そうですか、悪くないと思いましたけど、ってしらばっくれてやりました。挨拶の指導はしましたね、演劇部に移ってからも。大声でしろとは言いませんでしたが、はっきり挨拶しろとは指導しました。良かったのかまずかったのか、未だに決めかねています。