真相、防衛、その先に真実は

第60話 刻暑 act.3―another,side story「陽はまた昇る」
深夜23時、第七機動隊付属寮はようやく静寂に鎮まった。
それでも盗聴器探索の空気は名残り、どことなく興奮がざわめいている。
そんな気配たちを扉向うに感じるのは「ターゲット」の意識だろうか?
…でも皆、俺じゃないって思ってるんだ
光一がターゲットにされた、そう誰もが考えている。
第七機動隊山岳救助レンジャー第2小隊長、警視庁山岳会長、その2つの席を次期に継ぐ存在。
それが光一の立場と七機の誰もが知っている、だから盗聴される可能性は平隊員の周太ではなく光一と考えて自然だろう。
この「自然」を利用して光一は、鮮やかに盗聴被害者の肩代わりすると警戒網を七機全体に覆った。
「理由は何であれ七機の隊舎に盗聴が仕掛けられたんです、これは治安組織として七機のプライド問題になります、」
こう述べて光一は上申を通し、小隊長として盗聴器の捜査を指揮した。
治安組織として「七機の」プライド問題、盗聴は第七機動隊全体への攻撃。
そう言われたら第七機動隊の誰もが盗聴に対して警戒する、そんな意識助長を光一はし遂せた。
…敵わないね、光一には…素質も適性も、俺とは格が違うんだ、
そっと隣の壁を見つめ、思ってしまう。
こんなふう思い知らされる、やはり自分は警察官の適性が低いのだろう。
確かに階級も役職も光一とは違う、それでも光一が採った手段は周太の立場でも行えた。
そうしたことを自分は思いつきも出来なかった、こんな現実に溜息と微笑んだときノックが響いた。
その鳴らし方に聴き覚えを感じて開錠すると、底抜けに明るい目が微笑んだ。
「おつかれさま、湯原くん。ちょっとお邪魔してイイかな?」
「はい、」
頷いて半身を開き、光一を部屋に通し入れる。
静かに扉閉じて施錠すると、謳うようテノールが笑ってくれた。
「さ、この部屋は隈なく視てもらったからね、とりあえず今夜は安心して喋れるよ。どこに座ってイイ?」
飄々と訊いてくれる底抜けに明るい目が、悪戯っ子に笑んでいる。
その雰囲気に今回の真相が見え隠れして、すこし低めた声で周太は応えた。
「ベッドに座って?…ね、発見された盗聴器の内3つは、よく知ってるんでしょ?」
訊きながら並んでベッドに腰掛け、真直ぐ瞳を覗きこむ。
そんな眼差しに透明な目は愉快に笑って、光一は唇の端を上げた。
「湯原巡査の推理、拝聴させて頂けるってワケ?」
「真面目に聴いて、ちゃんと答えてくれるんなら、」
正直に真相を答えてくれるだろうか?
そう見つめた先で、底抜けに明るい目は「了解」と笑ってくれる。
その声無い返答に小さく息ひとつ吸って、周太は話し始めた。
「盗聴器が見つかったのは、公共スペースでは脱衣場のエアコンと談話室の自販機下だったよね?どちらもUHF式だった、
だけど2つの型式は違ってた…脱衣場で発見されたのはあのデスクライト、談話室の自販機はそこのアダプターと同じ型だった。
これで全部で4つ、2つの型式の盗聴器になるよね?あとは光一の部屋とここのエアコンから、同じFMラジオ式のが発見されてる、」
第七機動隊舎で発見された盗聴器は、総計で4ヶ所6個、2タイプ3型式。
その設置場所と型式の事実を述べて、周太は推測を口にした。
「どれも量販タイプだけど、それは発見された時に量販品の方が追跡され難いからだと思う。それとUHF式は2つの型式だったよね?
これって盗聴器を仕込んだ人が別だってことじゃないのかな?FMラジオ式は同じ型式が2つだけど、それも別人が設置したと思う、」
ここまで言えばもう、自分が何を言いたいのか解るはず。
その考えと見つめた先で雪白の貌は穏やかに微笑んで、綺麗なテノールが笑った。
「言ったよね、俺はずっと君を護るって。その通りにしたダケだよ、」
答える声は飄々と笑って、大らかなまま温かい。
このトーンが優しくて切なくて、周太は幼馴染の肩へ静かに両手を置き、そっと微笑んだ。
「正直に答えて…このために光一、異動して来てくれたの?」
光一は周太をずっと護る。
そう約束してくれた1月の森を憶えている。
だから聴いてしまう、そのために光一が故郷から離れたのなら謝りたい。
だって自分には解ってしまう、山っ子の光一にとって故郷の山から離れることは「覚悟」だろう。
それを確かめたくて、それなら謝りたくて真直ぐ見つめ答えを待つ、その視界で透明な目は綺麗に笑った。
「ソレもあるけどね、俺の目的の為もあるんだ。無理してるナンテ心配はしないでね?」
ほら、また押しつけがましくない、こんな気遣いが温かい。
こういう光一だから幸せになってほしいと願う、その願いに周太は気になっている事を口にした。
「ん、ありがとう…あとね、光一の帰りたい所って、どこなの?」
―…俺にだって帰りたい場所があるんだ、あいつが帰る場所になんざなりたくないね
初日の夜、そう言って光一は笑った。
あのときから気になって、けれど聴ける機会も場所も今まで無かった。
この解答を求めることは許される?そう見つめた先で透明な瞳は、真摯に微笑んだ。
「クリスマスツリーのオーナメントでさ、ガラスで出来た雪の結晶って持ってる?小さいヤツ、」
どうして今、そんな事を訊くのだろう?
訊かれた質問と尋ねた問いへの関連性が解らない、話しが噛みあわない?
こんなこと光一と話していて初めてだ、この不思議に周太は首傾げながらも正直に答えた。
「ん、持ってるけど…」
「そっか、やっぱり持ってるんだね、」
納得した、そんな笑顔で雪白の貌は笑ってくれる。
その笑顔がどこか遠くを見つめるようで、なにか哀しげにも見えてしまう。
こんな容子は初めて見る、その途惑いに言葉を呑んだ隣から光一は立ち上がった。
「英二に電話してやりな?携帯の中は盗聴器入れるスペース無いし、仕掛けたトコで元からある機能でチャラだ。安心して今夜は喋んなね、」
綺麗なテノールが奨めてくれる、その顔が大らかに優しく温かい。
けれど周太の質問には未回答だ、それが気になって周太も立ち上がった。
「ありがとう…あの、帰りたい所のこと、訊いたの嫌だったなら、ごめんね、」
「うん?」
小さく首傾げて雪白の貌が笑って、透明な瞳が見つめてくれる。
そのまま光一は綺麗に微笑んで、穏やかなトーンのテノールが応えた。
「俺が帰りたい所はね、いちばん君が知ってるよ?山桜のドリアード、」
山桜のドリアード、そう「山の秘密」の名前で呼びかけ山っ子が笑う。
この場所でその名前で呼ばれる、その意味を聴きたくて幼馴染を見つめた。
「どうして俺が知ってるの?…俺がよく知っている人っていうこと、なの?」
光一と自分が共通で知っている、誰か。
それも「山の秘密」に関わる人、そんな相手を思いつけない。
それは誰?訊きたくて口を開きかけた頬に雪白の貌が近づき、そのまま唇の輪郭がふれた。
「っ、こういち?」
頬の熱に驚いて名前を呼んで、見上げた向こう底抜けに明るい目が微笑んだ。
愉しげな笑顔ほころんだ雪白の貌は、謳うよう言ってくれた。
「さ、山っ子の御守キスしたからね、安心して今夜は恋人の声聴いて、ゆっくり眠るんだよ?おやすみさん、」
悪戯っ子のような笑顔と話し方、そこに優しさは温かい。
この温もりにもう、さっき抱きかけた羨望も嫉妬も溶かされ消えてしまう。
そのまま素直な温もりに微笑んで、周太は綺麗に笑った。
「ありがとう…光一も良い夢を見て、よく眠ってね?おやすみなさい、」
「うん、イイ夢見るね。また明日、」
からり笑って長身の踵返させ光一は、そっと部屋から出て行った。
静かに閉じた扉に施錠して、ルームライトを消すと携帯電話を手にベッドに上がる。
壁に凭れ座りこんで、着信履歴から発信番号を呼びだしながら心が独り言った。
…光一が帰りたい人は、いちばん俺が知ってる?…それも山の秘密に関わる人、
周太を「山桜のドリアード」として知っている誰か、それが光一の帰りたい相手。
そんな誰かを思いつけなくて、けれど答えを言ってくれた光一の想いに応えて思い出したい。
その記憶を辿るヒントになることは何だろう?そう首傾げて光一の声がリフレインした。
『クリスマスツリーのオーナメントでさ、ガラスで出来た雪の結晶って持ってる?小さいヤツ、』
言われた通りの品が、実家にはある。
リビングのクリスマスツリー用と周太専用のもの、同じ品が2組ずつある。
それを何故、光一が知っているのだろう?不思議に思いながらも携帯のナンバーを発信した。
左手首のクライマーウォッチを見つめながらコール音を数え始めて、けれど鳴らないまま声が周太を呼んだ。
「周太?」
大好きな声が呼んでくれた、その瞬間もう心笑ってしまう。
ただ嬉しくて、そして緊迫感が今は解けたまま周太は綺麗に笑った。
「ん、英二、おつかれさまです…電話、遅くにごめんね?」
「何時でも嬉しいよ、俺も待ってたから、」
本当に嬉しそうなトーンが綺麗な低い声に響く、その想いが愛しい。
本当に待ってくれていた、そんな笑顔が見えるようで薄暗い部屋に瞳を閉じる。
外を遮断した意識に逢いたい人の眼差し見つめて、そっと俤に周太は笑いかけた。
「お待たせしてごめんね、さっきまで寮の中を皆で調べてたんだ…それで遅くなったの、心配かけちゃったかな?」
「うん、心配してたよ、俺?」
素直な返事で笑ってくれる、その笑顔にすこし哀しみが見える。
けれど元気な空気も感じられて、笑って周太は尋ねてみた。
「心配ごめんね?…ね、なにか良いことがあったんでしょう?」
「あ、やっぱり周太には解るんだ?」
解ってくれて嬉しい、そんなトーンに綺麗な声が弾む。
こんな心弾みはこちらも嬉しくなる、なにか良い兆しに微笑んだ向こうから英二は教えてくれた。
「今日な、救助があったんだ。それが切欠でさ、後任の人と話が出来たんだよ。少しは認めてくれたみたいで俺、嬉しかったんだ、」
英二の後任者は、すこし難しそうだと光一にも訊いている。
それでも英二は親しめる兆しを掴みだした、その新しい紐帯が英二の為に嬉しくなる。
こんなふうに英二の周囲が温かく厚くなっていけば孤独も癒される?その期待に周太は微笑んだ。
「良かったね、英二?そういうの嬉しいよね…どんな話が出来たの?」
どんな話をしたのか、聴いてみたくて訊いてみる。
この何げない質問に恋人は笑って、可笑しそうに答えてくれた。
「天才イケメンの完璧男、って俺が噂されてること、教えてくれたよ、」
そんなふうに英二、言われてるの?
そんなこと驚いて、けれど納得してしまう。
たった1年未満の山岳経験で三大北壁の内2つを踏破した、それも光一のビレイヤーを務め記録まで作っている。
そんな英二は確かに天才だろう、その努力も涙も知っているから尚更に納得して、ただ嬉しくて喜んでしまう。
それ以上に「イケメン」は当然だとすら想えて、そんな気持ち気恥ずかしくて紅潮する向う、英二は続けた。
「原さん、俺が噎せたの見て笑って、言ってくれたんだ。完璧な奴より、あがいてる男の方が話しが出来るって。それが俺、すごく嬉しかった、」
確かに英二は天才だ、そう自分も思う。
けれど、それ以上に本当は努力の人だとも知っている、だから英二の喜びが解かる。
こんなふうに英二を認めてくれる人に英二は会えた、それが嬉しくて周太は言祝ぎと微笑んだ。
「そういうの嬉しいね…そういうこと言える人ってカッコいいって思うよ、会えて良かったね、英二、」
「うん、俺もそう思うよ、」
頷く気配で笑ってくれる、そのトーンが昨日より明るい。
ずっと青梅署で一緒だった光一の異動から5日目、その寂しさが癒え始めた?
そんな何げない成長を見つめた向こうから、綺麗な低い声は言ってくれた。
「俺さ、1ヶ月間きちんと頑張ってみたいって思えたよ。原さんと向合って本当に認められたいんだ、山ヤとして男として、警察官として。
それが出来たら俺、すこし自信が持てるかなって思うんだよ?本当に光一の補佐役を務めていくのか、ビレイヤーになれるのか…って、さ、」
逞しい宣言のような言葉たち、その全てが頼もしい。
けれど最後の言葉が詰まるよう、そこに涙の気配を見とめて周太は微笑んだ。
「ん、英二なら出来るよ?…そう俺がいちばん信じてる、だから頑張って?」
あなたを信じている、いちばんに信じて見守っている。
この真心をどうか電話から届けたい、そう願った向こう恋人は微笑んだ。
「俺のこと、今もまだ、いちばん信じてくれるんだ?…いちばんって、」
言葉ひとつずつ、途切れさす話し方が英二らしくない。
その行間に気付いてしまう、きっと今もう泣いている?
その涙そのまま瞑らす自分の瞳に映って、ゆるやかな熱に変りだす。
この涙の幻影も熱も愛おしい、そう微笑んだ向こうから英二の声は泣笑い、訊いた。
「俺のこと今でも、いちばん好きですか?…君を裏切った俺でも、」
君を裏切った俺でも。
その言葉に閉じた瞳は熱くて、もう頬は濡れていく。
こんな言葉を言わせたかったのじゃない、けれど今、言われて「嬉しい」と想ってしまう。
こんなふう想っている自分は身勝手だ、本当に身勝手で自分で赦せなくて、けれど嬉しい気持ちにもう、嘘吐けない。
…こんなの答え、決ってるのにね…そうだよね、お父さん?
静かに瞼の底で微笑んで、記憶の父に問いかける。
優しい俤は綺麗な笑顔で自分を見つめ、その眼差しは大好きな人に重ならす。
大好きな切長い目、あの瞳が見せてくれる綺麗な笑顔が大切で、その為に自分は「あの夜」全てを選んだ。
もうじき1年前になる大切な瞬間、あの夜から変わらず鮮やかな想いのままに、周太は綺麗に笑った。
「そんなこと言うんだったら英二、笑って?」
どうか笑って、ずっと幸せな笑顔を見せて?
この願いのため「あの夜」全てを懸けた、その変わらぬ祈りを今、届けたい。
もう色褪せることない枯れない花、その想い膝ごと抱きしめて周太は、正直に我儘に笑った。
「笑顔いっぱい見せて、俺に恋させてよ?かっこいい英二で夢中にさせて、いちばん大好きにさせて?どれいだったら言うこと、聴いて?」
ほら、言う通りにして?
どうか我儘な言葉たちに安心してほしい、甘えていると信じてほしい。
我儘で甘えてしまうほど必要、そう想っていると信じて安心して、どうか泣かないで?
そして我儘に振り回されて努力して、さっきの「頑張る」に笑って英二らしく生きてほしい。
そう願いに祈る向こうから、綺麗な低い声が笑ってくれた。
「ずっと言うこと聴くよ、だから絶対に俺の奥さんになってよ?もう一度だけ俺のこと…恋してよ、周太、」
笑ってくれる声の深くに泣いている、その涙の気配が温かい。
その温もりが自分の心に愛しい諦めを刻む、もう何が起きても共に泣かせるしかないの?
それが哀しくて自分の大切なもの全てを託した、それなのに英二は「自分」を求めてくれるの?
…俺なんて本当は英二の邪魔になるだけなのに、どうしたらいいの?
もう諦めるしかない?そんな諦観が愛しく哀しい、そして思い知らされる。
あの夜に選んでしまった全ては自分の喜怒哀楽だけじゃない、唯ひとりの全ても預ってしまった?
そう気づかされて解らなくなる、それでも今この時を笑わせたくて周太は、涙ひとつで綺麗に笑った。
「ちゃんと家に帰って、お母さんと家とお墓を守ってくれるんなら考えてあげる、」
「来週、日帰りでも帰るよ、」
笑って応えてくれる、そのトーンがさっきより明るい。
ほら、やっぱり英二は「家」を好いてくれている?それが嬉しく微笑んだ先から英二はねだってくれた。
「周太、来週の土曜は大学行くから休みだろ?そのとき少しでも時間くれないかな、15分でもいい、周太との時間がほしいんだ、」
綺麗な低い声が、約束をねだってくれる。
この約束に頷きたい、そんな想いに瞳を披いて左手首の時計を見つめてしまう。
いま自分の腕に時を刻むクライマーウォッチ、この時計に籠めた祈りと約束は今もあなたの心に響く?
…ほんとうに英二、今も時間を願ってくれるの?俺との時間がほしいって、
少しでも離れることが英二を護るはず、そう信じて離れたのに泣かせている。
こんな自分の覚悟は間違いだった?それとも離れる距離がもっと遠くになるべき?
そう考え廻らせながらも恋人の言葉にもう、本音は解かれて素直な言葉が声になった。
「ん、スケジュール考えてみるね?…ありがとう、英二、」
応えてしまった、その声を自分で聴いている。
その視界にはクライマーウォッチのデジタル表示に時は刻まれ、唯ひとつの想いが祈りだす。
…その15分間ずっと、英二の幸せな笑顔を見せて?
あなたの幸せな笑顔を見せてほしい、この唯ひとつの祈りに時を刻みながら、あなたの幸せを護りたい。

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第60話 刻暑 act.3―another,side story「陽はまた昇る」
深夜23時、第七機動隊付属寮はようやく静寂に鎮まった。
それでも盗聴器探索の空気は名残り、どことなく興奮がざわめいている。
そんな気配たちを扉向うに感じるのは「ターゲット」の意識だろうか?
…でも皆、俺じゃないって思ってるんだ
光一がターゲットにされた、そう誰もが考えている。
第七機動隊山岳救助レンジャー第2小隊長、警視庁山岳会長、その2つの席を次期に継ぐ存在。
それが光一の立場と七機の誰もが知っている、だから盗聴される可能性は平隊員の周太ではなく光一と考えて自然だろう。
この「自然」を利用して光一は、鮮やかに盗聴被害者の肩代わりすると警戒網を七機全体に覆った。
「理由は何であれ七機の隊舎に盗聴が仕掛けられたんです、これは治安組織として七機のプライド問題になります、」
こう述べて光一は上申を通し、小隊長として盗聴器の捜査を指揮した。
治安組織として「七機の」プライド問題、盗聴は第七機動隊全体への攻撃。
そう言われたら第七機動隊の誰もが盗聴に対して警戒する、そんな意識助長を光一はし遂せた。
…敵わないね、光一には…素質も適性も、俺とは格が違うんだ、
そっと隣の壁を見つめ、思ってしまう。
こんなふう思い知らされる、やはり自分は警察官の適性が低いのだろう。
確かに階級も役職も光一とは違う、それでも光一が採った手段は周太の立場でも行えた。
そうしたことを自分は思いつきも出来なかった、こんな現実に溜息と微笑んだときノックが響いた。
その鳴らし方に聴き覚えを感じて開錠すると、底抜けに明るい目が微笑んだ。
「おつかれさま、湯原くん。ちょっとお邪魔してイイかな?」
「はい、」
頷いて半身を開き、光一を部屋に通し入れる。
静かに扉閉じて施錠すると、謳うようテノールが笑ってくれた。
「さ、この部屋は隈なく視てもらったからね、とりあえず今夜は安心して喋れるよ。どこに座ってイイ?」
飄々と訊いてくれる底抜けに明るい目が、悪戯っ子に笑んでいる。
その雰囲気に今回の真相が見え隠れして、すこし低めた声で周太は応えた。
「ベッドに座って?…ね、発見された盗聴器の内3つは、よく知ってるんでしょ?」
訊きながら並んでベッドに腰掛け、真直ぐ瞳を覗きこむ。
そんな眼差しに透明な目は愉快に笑って、光一は唇の端を上げた。
「湯原巡査の推理、拝聴させて頂けるってワケ?」
「真面目に聴いて、ちゃんと答えてくれるんなら、」
正直に真相を答えてくれるだろうか?
そう見つめた先で、底抜けに明るい目は「了解」と笑ってくれる。
その声無い返答に小さく息ひとつ吸って、周太は話し始めた。
「盗聴器が見つかったのは、公共スペースでは脱衣場のエアコンと談話室の自販機下だったよね?どちらもUHF式だった、
だけど2つの型式は違ってた…脱衣場で発見されたのはあのデスクライト、談話室の自販機はそこのアダプターと同じ型だった。
これで全部で4つ、2つの型式の盗聴器になるよね?あとは光一の部屋とここのエアコンから、同じFMラジオ式のが発見されてる、」
第七機動隊舎で発見された盗聴器は、総計で4ヶ所6個、2タイプ3型式。
その設置場所と型式の事実を述べて、周太は推測を口にした。
「どれも量販タイプだけど、それは発見された時に量販品の方が追跡され難いからだと思う。それとUHF式は2つの型式だったよね?
これって盗聴器を仕込んだ人が別だってことじゃないのかな?FMラジオ式は同じ型式が2つだけど、それも別人が設置したと思う、」
ここまで言えばもう、自分が何を言いたいのか解るはず。
その考えと見つめた先で雪白の貌は穏やかに微笑んで、綺麗なテノールが笑った。
「言ったよね、俺はずっと君を護るって。その通りにしたダケだよ、」
答える声は飄々と笑って、大らかなまま温かい。
このトーンが優しくて切なくて、周太は幼馴染の肩へ静かに両手を置き、そっと微笑んだ。
「正直に答えて…このために光一、異動して来てくれたの?」
光一は周太をずっと護る。
そう約束してくれた1月の森を憶えている。
だから聴いてしまう、そのために光一が故郷から離れたのなら謝りたい。
だって自分には解ってしまう、山っ子の光一にとって故郷の山から離れることは「覚悟」だろう。
それを確かめたくて、それなら謝りたくて真直ぐ見つめ答えを待つ、その視界で透明な目は綺麗に笑った。
「ソレもあるけどね、俺の目的の為もあるんだ。無理してるナンテ心配はしないでね?」
ほら、また押しつけがましくない、こんな気遣いが温かい。
こういう光一だから幸せになってほしいと願う、その願いに周太は気になっている事を口にした。
「ん、ありがとう…あとね、光一の帰りたい所って、どこなの?」
―…俺にだって帰りたい場所があるんだ、あいつが帰る場所になんざなりたくないね
初日の夜、そう言って光一は笑った。
あのときから気になって、けれど聴ける機会も場所も今まで無かった。
この解答を求めることは許される?そう見つめた先で透明な瞳は、真摯に微笑んだ。
「クリスマスツリーのオーナメントでさ、ガラスで出来た雪の結晶って持ってる?小さいヤツ、」
どうして今、そんな事を訊くのだろう?
訊かれた質問と尋ねた問いへの関連性が解らない、話しが噛みあわない?
こんなこと光一と話していて初めてだ、この不思議に周太は首傾げながらも正直に答えた。
「ん、持ってるけど…」
「そっか、やっぱり持ってるんだね、」
納得した、そんな笑顔で雪白の貌は笑ってくれる。
その笑顔がどこか遠くを見つめるようで、なにか哀しげにも見えてしまう。
こんな容子は初めて見る、その途惑いに言葉を呑んだ隣から光一は立ち上がった。
「英二に電話してやりな?携帯の中は盗聴器入れるスペース無いし、仕掛けたトコで元からある機能でチャラだ。安心して今夜は喋んなね、」
綺麗なテノールが奨めてくれる、その顔が大らかに優しく温かい。
けれど周太の質問には未回答だ、それが気になって周太も立ち上がった。
「ありがとう…あの、帰りたい所のこと、訊いたの嫌だったなら、ごめんね、」
「うん?」
小さく首傾げて雪白の貌が笑って、透明な瞳が見つめてくれる。
そのまま光一は綺麗に微笑んで、穏やかなトーンのテノールが応えた。
「俺が帰りたい所はね、いちばん君が知ってるよ?山桜のドリアード、」
山桜のドリアード、そう「山の秘密」の名前で呼びかけ山っ子が笑う。
この場所でその名前で呼ばれる、その意味を聴きたくて幼馴染を見つめた。
「どうして俺が知ってるの?…俺がよく知っている人っていうこと、なの?」
光一と自分が共通で知っている、誰か。
それも「山の秘密」に関わる人、そんな相手を思いつけない。
それは誰?訊きたくて口を開きかけた頬に雪白の貌が近づき、そのまま唇の輪郭がふれた。
「っ、こういち?」
頬の熱に驚いて名前を呼んで、見上げた向こう底抜けに明るい目が微笑んだ。
愉しげな笑顔ほころんだ雪白の貌は、謳うよう言ってくれた。
「さ、山っ子の御守キスしたからね、安心して今夜は恋人の声聴いて、ゆっくり眠るんだよ?おやすみさん、」
悪戯っ子のような笑顔と話し方、そこに優しさは温かい。
この温もりにもう、さっき抱きかけた羨望も嫉妬も溶かされ消えてしまう。
そのまま素直な温もりに微笑んで、周太は綺麗に笑った。
「ありがとう…光一も良い夢を見て、よく眠ってね?おやすみなさい、」
「うん、イイ夢見るね。また明日、」
からり笑って長身の踵返させ光一は、そっと部屋から出て行った。
静かに閉じた扉に施錠して、ルームライトを消すと携帯電話を手にベッドに上がる。
壁に凭れ座りこんで、着信履歴から発信番号を呼びだしながら心が独り言った。
…光一が帰りたい人は、いちばん俺が知ってる?…それも山の秘密に関わる人、
周太を「山桜のドリアード」として知っている誰か、それが光一の帰りたい相手。
そんな誰かを思いつけなくて、けれど答えを言ってくれた光一の想いに応えて思い出したい。
その記憶を辿るヒントになることは何だろう?そう首傾げて光一の声がリフレインした。
『クリスマスツリーのオーナメントでさ、ガラスで出来た雪の結晶って持ってる?小さいヤツ、』
言われた通りの品が、実家にはある。
リビングのクリスマスツリー用と周太専用のもの、同じ品が2組ずつある。
それを何故、光一が知っているのだろう?不思議に思いながらも携帯のナンバーを発信した。
左手首のクライマーウォッチを見つめながらコール音を数え始めて、けれど鳴らないまま声が周太を呼んだ。
「周太?」
大好きな声が呼んでくれた、その瞬間もう心笑ってしまう。
ただ嬉しくて、そして緊迫感が今は解けたまま周太は綺麗に笑った。
「ん、英二、おつかれさまです…電話、遅くにごめんね?」
「何時でも嬉しいよ、俺も待ってたから、」
本当に嬉しそうなトーンが綺麗な低い声に響く、その想いが愛しい。
本当に待ってくれていた、そんな笑顔が見えるようで薄暗い部屋に瞳を閉じる。
外を遮断した意識に逢いたい人の眼差し見つめて、そっと俤に周太は笑いかけた。
「お待たせしてごめんね、さっきまで寮の中を皆で調べてたんだ…それで遅くなったの、心配かけちゃったかな?」
「うん、心配してたよ、俺?」
素直な返事で笑ってくれる、その笑顔にすこし哀しみが見える。
けれど元気な空気も感じられて、笑って周太は尋ねてみた。
「心配ごめんね?…ね、なにか良いことがあったんでしょう?」
「あ、やっぱり周太には解るんだ?」
解ってくれて嬉しい、そんなトーンに綺麗な声が弾む。
こんな心弾みはこちらも嬉しくなる、なにか良い兆しに微笑んだ向こうから英二は教えてくれた。
「今日な、救助があったんだ。それが切欠でさ、後任の人と話が出来たんだよ。少しは認めてくれたみたいで俺、嬉しかったんだ、」
英二の後任者は、すこし難しそうだと光一にも訊いている。
それでも英二は親しめる兆しを掴みだした、その新しい紐帯が英二の為に嬉しくなる。
こんなふうに英二の周囲が温かく厚くなっていけば孤独も癒される?その期待に周太は微笑んだ。
「良かったね、英二?そういうの嬉しいよね…どんな話が出来たの?」
どんな話をしたのか、聴いてみたくて訊いてみる。
この何げない質問に恋人は笑って、可笑しそうに答えてくれた。
「天才イケメンの完璧男、って俺が噂されてること、教えてくれたよ、」
そんなふうに英二、言われてるの?
そんなこと驚いて、けれど納得してしまう。
たった1年未満の山岳経験で三大北壁の内2つを踏破した、それも光一のビレイヤーを務め記録まで作っている。
そんな英二は確かに天才だろう、その努力も涙も知っているから尚更に納得して、ただ嬉しくて喜んでしまう。
それ以上に「イケメン」は当然だとすら想えて、そんな気持ち気恥ずかしくて紅潮する向う、英二は続けた。
「原さん、俺が噎せたの見て笑って、言ってくれたんだ。完璧な奴より、あがいてる男の方が話しが出来るって。それが俺、すごく嬉しかった、」
確かに英二は天才だ、そう自分も思う。
けれど、それ以上に本当は努力の人だとも知っている、だから英二の喜びが解かる。
こんなふうに英二を認めてくれる人に英二は会えた、それが嬉しくて周太は言祝ぎと微笑んだ。
「そういうの嬉しいね…そういうこと言える人ってカッコいいって思うよ、会えて良かったね、英二、」
「うん、俺もそう思うよ、」
頷く気配で笑ってくれる、そのトーンが昨日より明るい。
ずっと青梅署で一緒だった光一の異動から5日目、その寂しさが癒え始めた?
そんな何げない成長を見つめた向こうから、綺麗な低い声は言ってくれた。
「俺さ、1ヶ月間きちんと頑張ってみたいって思えたよ。原さんと向合って本当に認められたいんだ、山ヤとして男として、警察官として。
それが出来たら俺、すこし自信が持てるかなって思うんだよ?本当に光一の補佐役を務めていくのか、ビレイヤーになれるのか…って、さ、」
逞しい宣言のような言葉たち、その全てが頼もしい。
けれど最後の言葉が詰まるよう、そこに涙の気配を見とめて周太は微笑んだ。
「ん、英二なら出来るよ?…そう俺がいちばん信じてる、だから頑張って?」
あなたを信じている、いちばんに信じて見守っている。
この真心をどうか電話から届けたい、そう願った向こう恋人は微笑んだ。
「俺のこと、今もまだ、いちばん信じてくれるんだ?…いちばんって、」
言葉ひとつずつ、途切れさす話し方が英二らしくない。
その行間に気付いてしまう、きっと今もう泣いている?
その涙そのまま瞑らす自分の瞳に映って、ゆるやかな熱に変りだす。
この涙の幻影も熱も愛おしい、そう微笑んだ向こうから英二の声は泣笑い、訊いた。
「俺のこと今でも、いちばん好きですか?…君を裏切った俺でも、」
君を裏切った俺でも。
その言葉に閉じた瞳は熱くて、もう頬は濡れていく。
こんな言葉を言わせたかったのじゃない、けれど今、言われて「嬉しい」と想ってしまう。
こんなふう想っている自分は身勝手だ、本当に身勝手で自分で赦せなくて、けれど嬉しい気持ちにもう、嘘吐けない。
…こんなの答え、決ってるのにね…そうだよね、お父さん?
静かに瞼の底で微笑んで、記憶の父に問いかける。
優しい俤は綺麗な笑顔で自分を見つめ、その眼差しは大好きな人に重ならす。
大好きな切長い目、あの瞳が見せてくれる綺麗な笑顔が大切で、その為に自分は「あの夜」全てを選んだ。
もうじき1年前になる大切な瞬間、あの夜から変わらず鮮やかな想いのままに、周太は綺麗に笑った。
「そんなこと言うんだったら英二、笑って?」
どうか笑って、ずっと幸せな笑顔を見せて?
この願いのため「あの夜」全てを懸けた、その変わらぬ祈りを今、届けたい。
もう色褪せることない枯れない花、その想い膝ごと抱きしめて周太は、正直に我儘に笑った。
「笑顔いっぱい見せて、俺に恋させてよ?かっこいい英二で夢中にさせて、いちばん大好きにさせて?どれいだったら言うこと、聴いて?」
ほら、言う通りにして?
どうか我儘な言葉たちに安心してほしい、甘えていると信じてほしい。
我儘で甘えてしまうほど必要、そう想っていると信じて安心して、どうか泣かないで?
そして我儘に振り回されて努力して、さっきの「頑張る」に笑って英二らしく生きてほしい。
そう願いに祈る向こうから、綺麗な低い声が笑ってくれた。
「ずっと言うこと聴くよ、だから絶対に俺の奥さんになってよ?もう一度だけ俺のこと…恋してよ、周太、」
笑ってくれる声の深くに泣いている、その涙の気配が温かい。
その温もりが自分の心に愛しい諦めを刻む、もう何が起きても共に泣かせるしかないの?
それが哀しくて自分の大切なもの全てを託した、それなのに英二は「自分」を求めてくれるの?
…俺なんて本当は英二の邪魔になるだけなのに、どうしたらいいの?
もう諦めるしかない?そんな諦観が愛しく哀しい、そして思い知らされる。
あの夜に選んでしまった全ては自分の喜怒哀楽だけじゃない、唯ひとりの全ても預ってしまった?
そう気づかされて解らなくなる、それでも今この時を笑わせたくて周太は、涙ひとつで綺麗に笑った。
「ちゃんと家に帰って、お母さんと家とお墓を守ってくれるんなら考えてあげる、」
「来週、日帰りでも帰るよ、」
笑って応えてくれる、そのトーンがさっきより明るい。
ほら、やっぱり英二は「家」を好いてくれている?それが嬉しく微笑んだ先から英二はねだってくれた。
「周太、来週の土曜は大学行くから休みだろ?そのとき少しでも時間くれないかな、15分でもいい、周太との時間がほしいんだ、」
綺麗な低い声が、約束をねだってくれる。
この約束に頷きたい、そんな想いに瞳を披いて左手首の時計を見つめてしまう。
いま自分の腕に時を刻むクライマーウォッチ、この時計に籠めた祈りと約束は今もあなたの心に響く?
…ほんとうに英二、今も時間を願ってくれるの?俺との時間がほしいって、
少しでも離れることが英二を護るはず、そう信じて離れたのに泣かせている。
こんな自分の覚悟は間違いだった?それとも離れる距離がもっと遠くになるべき?
そう考え廻らせながらも恋人の言葉にもう、本音は解かれて素直な言葉が声になった。
「ん、スケジュール考えてみるね?…ありがとう、英二、」
応えてしまった、その声を自分で聴いている。
その視界にはクライマーウォッチのデジタル表示に時は刻まれ、唯ひとつの想いが祈りだす。
…その15分間ずっと、英二の幸せな笑顔を見せて?
あなたの幸せな笑顔を見せてほしい、この唯ひとつの祈りに時を刻みながら、あなたの幸せを護りたい。

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