goo blog サービス終了のお知らせ 

萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

富士夕景

2013-02-23 21:26:41 | お知らせ他
薄暮、時間のはざま 



こんばんわ、晴れのち曇りだった神奈川です。
写真は17時ごろの富士、雲の流れが速い日でした。

冬富士は季節風の影響で天候変化が激しく、風が空気の塊のようぶつかります。
そんな様子は麓から見上げても解かるほど、雲は刻々と変貌して山を隠して現します。

短篇「天花の証、師走act.2―Lettre de la memoire,another」の加筆校正が終わりました。
第61話「燈籠act.3」は加筆がほぼ終わりました、あと少し校正をします。

今夜は短編の続きをUP予定です、

取り急ぎ、
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

第61話 燈籠act.3―side story「陽はまた昇る」

2013-02-23 01:18:14 | 陽はまた昇るside story
燈火、絡まるほどに、 



第61話 燈籠act.3―side story「陽はまた昇る」

『俺のことはあげられないから、』

そう告げた唇と瞳を見つめて、動けない。
風ゆらす黒髪に木洩陽ふる、その艶やかな輪冠に見惚れる心も痛い。
どういう意味で言われた言葉なのだろう?いま思考すら止まりかけた目の前、穏やかに周太は微笑んだ。

「後悔しないのは、ふたりで幸せだったからでしょう?幸せなら続けたら良いのに、どうしてもうしないなんて言うの、」
「納得できたから後悔しないんだ、」

動けない想いが、周太の言葉に突き飛ばされて声になる。
いま言わなければ次は無い、そんな想いのまま英二は続けた。

「まだ光一と話せてないんだ、でも解かるよ?俺に抱かれることで光一は確認して、整理したかったんだと思う、」
「…確認と整理?」

静かなトーンで訊き返し、凛然とした瞳が穏やかに見つめてくる。
3週間前よりも静謐の深い眼差しに惹きこまれてしまう、この瞳から離れたくない。
いま募っていく想い見つめながら、すこし英二は微笑んだ。

「雅樹さんと俺は別人だって確認して、雅樹さんが亡くなった現実を納得したんだと思う、裸でふれあうと違いが解かりやすいから。
それ位しないと諦められないほど大切なんだ、光一にとっての雅樹さん。それに俺、雅樹さんの気持ちも解るんだ。北鎌尾根の後から、」

もう消えてしまった存在を探したい、その願いに今もう気づいてしまう。
それを止めるために相手の死を確認して、自身を納得させる手段が「似ている男」に抱かれる事だった。
そんな光一の選択に真相が垣間見える、けれど見てはいけない、静かに秘めてあげたい。
そう願うままに英二は言葉に出来ることだけを口にした。

「俺ね、正直に言うと北鎌尾根から槍ヶ岳の山頂に抜けたあと、すこし記憶が無いんだ。あのとき俺は雅樹さんになっていたと思う、
信じ難いだろうけど、雅樹さんの心の欠片が今も俺に残ってるよ?だから光一は俺の全身に触れて納得しようって考えたと思うんだ。
もう雅樹さんは帰らないけど心は傍にいてくれる、そう納得出来たから光一、雅樹さんの墓参りに俺を連れて行ったんだと思うよ?」

山は不思議が起きる、それを知ったのは北鎌尾根だけじゃない。
いつもの巡回でも感じてきた、登山道で森で川で向きあう瞬間が確かにある。
それを光一なら尚更に知っているだろう、そんなパートナーを想いながら英二は唯ひとりの相手に笑いかけた。

「そういう光一の気持ち、俺には解るよ?だって俺も本当は、もう何度も考えてきたんだ。もし周太が消えたらって、何度も泣いてる。
きっと俺も光一と同じなんだ、雅樹さんとも同じだと思う。きっと俺も周太が消えたら必死で探すよ、死んだなんて嫌だから信じない。
そういうの俺だって何度も考えてきた、初総の時は特に酷かったよ。だから俺は光一の納得したい気持ちが解かるし、後悔も出来ない、」

禁じられても許されても、同じこと。
たとえ生と死に別たれても想ってしまう、追いかける。
そんな本音と笑いかけた視界があわく滲んで、英二はゆっくり瞬き涙を呑んだ。
今ここでは泣きたくない、そう願いながら見つめた先で周太はため息ひとつ吐いて、静かに笑ってくれた。

「そんなふうに悩んでほしくないから俺、光一と英二に恋人同士になってほしかったんだ…ふたりで幸せになってほしいって、想ったんだ。
英二のこと捨てるとかじゃなくて、ただ幸せに笑っていてほしいだけ。俺が持ってるもの全部あげて、幸せにしたいって…捨てるとか違うよ?」

言葉と見つめてくれる瞳は穏やかで、ただ真直ぐな優しさが温かい。
この温もりに安らがされる時間が大切で、その為に護りたいと願い傍にいる。その想いを英二は言葉にした。

「それなら傍にいさせてよ、周太?自分勝手で狡い俺だけど、幸せに笑えっていうなら傍にいてよ、ちゃんと答えて?」
「もう答えてるでしょ?解んないの?」

遮るような答えで黒目がちの瞳が見据える、その空気に息呑んだ。
すこし苛立つような物言いを周太がした、こんな姿は初任科教養の時以来だろう。
やっぱり嫌われてしまう?その不安と怯えふるえた心へと、周太の声が言ってくれた。

「このベンチ、お祖父さんとお祖母さんが座ったかもしれないんだ。そこに一緒に座ってって言った気持ち、どうして解かってくれないの?
光一の気持ちはそんなに解かる癖に、俺のこと何も解らないの?前は言わなくても解ってくれたのに今はダメって、心変わりした証拠なの?」

言われた言葉に引っ叩かれて、目が覚める。
いま黒目がちの瞳は微笑んで涙はない、けれど深く泣いている。
この哀しみも言葉たちも自分の無理解の所為、そう気づくまま掴んだ周太の左手を握りしめ、英二は微笑んだ。

「ごめん、周太。今の俺、本当に自信が無いんだ。周太が俺を想ってくれてる自信が無くて、すごく弱くなってるよ?だから解らないんだ、」
「だったら自信、持ってよ?」

穏やかな声、けれど強く明確に言ってくれる。
いつものよう優しい笑顔、なのに前と違う透明な深みが英二を見、綺麗に笑ってくれた。

「正直に言うけど俺、あの夜は眠れなかったよ…英二と光一が初めての夜ね、俺は手塚と夜通し喋ってたんだ、森林学のことや色々。
俺が寂しい貌になってたから手塚、気にして一緒にいてくれたんだよ?英二と光一が幸せなら俺は嬉しい、でも…寂しくて哀しいのも本音、」

やっと本当の気持ちを話してくれた?
そう小さな自信が心に笑って、英二は真直ぐ瞳を見つめて訊いた。

「周太、俺を婚約者で恋人って想ってる?ずっと一緒にいたいって、俺と眠りたいって、今も俺を必要にしてる?…キスしたいって想う?」

どうかお願い「Yes」を君の声で聴かせて欲しい。
ただ願う想いの真中で、英二を映しこんだ瞳は幸せに笑ってくれた。

「ん、必要にしてる、想ってる…大好きだから、」
「周太、」

名前を呼んで引寄せて、木洩陽のなか瞳を覗きこむ。
光ゆれる長い睫のなか瞳は微笑んで、羞みながら静謐が見つめ返す。
その眼差しは3週間前よりも綺麗で、また募らされる想いごと英二は唇を重ねた。

―好きだ、

ふれた唇の優しさにもう、心が想い囁く。
この想いを伝えたくて肩よせ抱きしめる、その頬に穏かな香は撫でる。
ずっと好きだった黒髪の香が愛しくて微笑んで、声ない想いがキスにあふれた。

―大好きだ、離れたくない、ずっと傍にいてよ…愛してるんだ、

心が囁く想いのままキスをする、その唇はざまにオレンジの香があまい。
いつも周太が口に入れている飴の香は優しく穏やかで、吐息のあまさに幸せになる。
ふれあう唇の温もり嬉しくて心解かれていく、逢えなかった時間も隔てた壁も少しずつ崩れだす。
堪えきれない想い熱に変っていく、そして頬ひとすじ涙こぼれていくまま英二は綺麗に笑った。

「周太、これは嬉し涙だからな?周太にキス出来て嬉しくて、涙が出た。もう周太にキス出来ないかもって、覚悟してたから、」

正直な気持ちを言葉に変えて、目の前の恋人に笑いかける。
ただ君がほしいよ?そう見つめた水色のシャツの衿元、うなじに薄紅を昇せながら困ったよう周太は微笑んだ。

「…ばか、そんなこと学校でなんかいわないで恥ずかしいから」

ほら、そんな顔するからキスだってしたくなる。
その想いごと再び唇ふれさせて、静かに離れると英二は幸せに笑いかけた。

「ごめんね周太、俺って馬鹿だから我慢できないんだ。周太に恋して馬鹿になったんだから、責任とって?」
「しらない、えいじのばか…えっちへんたい」

気恥ずかしげな貌で罵ってくれる、それも嬉しくて笑いかけた長い睫が伏せられる。
あわい日焼けの頬も薄紅そめて初々しい、この貞淑に惹かれて吐息こぼれだす。
そのまま心から本音が吐かれてつい、音を持って声になった。

「今すぐ周太のこと、攫いたい、」

攫って、そのまま抱きしめて眠りたい。
全て忘れてシーツの海に沈みたい、唯ひとりだけ見つめて記憶したい。
いますぐ素肌でふれあいたい、けれど叶わない望みに恋人は困り顔のまま微笑んでくれた。

「そういうのはずかしいよ?でも…ありがとう、逢いに来てくれて嬉しかった、」
「嬉しいんなら調布まで送らせて、俺、車で来てるから、」

言葉を追うよう誘いを告げて、そっと周太の左手を握り直す。
この手をまだ離したくない、もっと傍にいて近づいて時間を共にしていたい。
そう願い見つめて、けれど黒目がちの瞳は優しい微笑で謝絶した。

「ありがとう、英二。でも俺、まだ大学で用事があるんだ…もう戻らないといけなくて、ごめんね?」

用事があるなら仕方ない、けれど今は拒絶を聴きたくない。
こんな自分勝手に傷みながら恋人を見つめて、我儘に英二は微笑んだ。

「周太からキスして?そうしたら俺、我慢して独りで行くよ、」

お願いだから今、君からのキスがほしい。
いま自分からのキスを拒まないでくれた、それが嬉しい。
けれどまだ君が自分を想ってくれる自信が無い、だからキスで想いを贈って?
そんな願いごとみつめた黒目がちの瞳はきれいに笑って、そっと近寄せ唇に吐息ふれた。

「…すき、」

かすかな声、けれど優しい真実が吐息に微笑んでキスが閉じこめる。
ふれあうだけの温もり、静かな葉擦れの囁く声たち、見つめる睫に木洩陽きらめく。
穏やかに温かな時間が夏の樹影に過ぎてしまう、この時を今止めたいのに術が解らない。

―離したくない、なのにどうして?

ふれる唇にオレンジの香はあまくて、あわい潮が温かい。



御岳駐在所はガラス戸を開いてあった。
渓谷から昇らす風は清流に涼やかで、小さな室内を廻って吹きぬける。
それでも8月の残暑にうすい汗にじむ午後、ネクタイ姿の英二は奥に声掛けた。

「おつかれさまです、宮田、今から入ります、」
「おう、」

扉向うから低い声と気配が立って、休憩室から原が姿を現した。
いつもの無愛想な日焼顔がこちらを見、その瞳がふっとなごんだ。

「おまえ、マジで貌に出んのな?」
「え?」

原の言葉に首傾げながら、ロッカー室への扉を開く。
何を原は言いたいのだろう?考えながら素早く制服に着替える横から、低い声が笑った。

「墓参りのついでに、デートしてきたろ?」

なんで解かるんだろう?

言われた言葉に驚いてしまう、原は鋭いタイプなのだろうか?
さして恋愛経験も多く無さそうな武骨者、そんな先輩を振り向いて英二は尋ねた。

「どうしてそう思うんですか?」
「鏡、見てみろ、」

短く答えた口許を可笑しそうに上げながら、原はロッカー室から離れた。
その背を見送りながら着替え終えて、英二は言われた通り鏡を覗きこんだ。

「…なんか違うか?」

ぼそっと独り言つぶやいて首傾げてしまう。
いつも基本的に鏡はあまり見ない、だから違いが自分で解からない。
そんな疑問と一緒にいつものパソコンデスクに座り、登山計画書のチェックを始めた。
その向こうで原はデスクに登山道の記録を眺め、視線は真摯にページを見つめ余所見しない。

―これだと15分は集中するだろうな、原さん、

タイムアウトの時限を確認しながら左手首の文字盤、時刻は14時45分を示す。
たぶん15時までは来訪者も無い、そう判断して英二はキーボードの操作を始めた。
光一に教わった通りの手順に画面を開き、ブロック解除しながらデータ開示をさせていく。
そして見つけたファイルに微笑んで、胸ポケットのペンに触れながら画面を幾度か切替えた。
すぐに予定通りの処理を終えて再びファイルを閉じ、トレースを遮断させながら画面を戻す。
全て終えて見たクライマーウォッチは14時51分、この6分間に英二は微笑んだ。

―これで明後日、相談が出来るな?

明後日は盆の入り、光一が御岳に帰ってくる。
それまでに資料と思考をまとめておきたい、そう考え廻らす手許は登山計画書のデータ整理をしていく。
2時間ほど前に探してきた資料と今ここで開いたデータ、この2つを照合すれば「的」は決められる。
そして一つずつ壊していけば望みは叶う、その計画を脳裡に見ながら英二は微笑んだ。

―こんな組織は脆いって教えてやる…あんたが思ってるより人間は、言いなりにならない、

青葉の風に涼む駐在所、微笑んで業務に就きながら心は嘲笑う。
現実に見てきた「あの男」の残像たち、あの場所から生まれた正義を壊したい。
そう願いながら謹直に警察官の自分をこなす今、この心は密やかな冷酷に笑っても想いは温かい。

―周太、今は何してるんだろ?大学の用事って何かな、

1時間半前この腕に抱きしめた俤を想い、微笑が視界をゆらす。
その端で浅黒い顔があげられて、こちら見ると呆れたよう笑いだした。

「おい、またニヤけてんぞ?あははっ、」
「え?」

言われて英二も顔を上げる、その前で日焼顔ほころんでしまう。
いつもの仏頂面は愛嬌あふれる笑顔になって、言ってくれた。

「あんた、意外と普通に男なんだな?」

意外と普通に男、そんな言葉に前も言われた噂を思いだす。
そして今もまた親近感ふえる空気が嬉しい、少し困りながらも英二は嬉しく微笑んだ。

「はい、普通に男ですよ?でも俺、そんなニヤけてますか?」
「かなりな、」

短く答えて笑う目は、いつもの精悍に愉快が温かい。
もう原が着任して10日以上になる、その最初と今では表情が違う。
この全てに英二に対する評価が表れる、それが解かるから今の寛いだ笑顔が嬉しい。
けれど緩んだ貌のままでは困ってしまう、そう自分の頬を軽く叩いたとき入口から可愛い声が呼んだ。

「こんにちは、宮田のお兄さん、」
「お、秀介。こんにちは、」

いつもの来訪者が来た、そう微笑んだ手首の文字盤は15時を指す。
今日も同じ時間に秀介は来た、この律儀さに笑いかけながらパソコンを閉じて立つ。
そんな英二を眺めながら原は書類を繰っていく、その淡い微笑へと英二は笑いかけた。

「原さん、申し訳ありませんが20分頂けますか?」
「ああ、」

また短い返答に頷いて、けれど精悍な目は温かい。
もう秀介の来訪にも見慣れてくれた、そんな空気に感謝して英二は微笑んだ。

「秀介、今日は何の勉強?夏休みの宿題は全部、終わったよな、」
「うん、だからドリルと参考書のほう、」

いつもの手提を開き見せながら、可愛い笑顔で見上げてくれる。
その瞳がふと考えるよう英二を見つめて、すぐ嬉しそうに秀介は笑った。

「なんだか嬉しそうだね、宮田のお兄さん?ね、もしかして周太さんに会ったの?」

また見破られた、まだ小学生の秀介にまで指摘された。
こんな「また」が可笑しくて笑ってしまう、まるで2時間前の自分と違い過ぎて可笑しい。
あのとき偽りの笑顔で女学生といた自分は、何処にいったのだろう?

―素の俺って解かりやすい、ってことだよな、

こんな自分が可笑しくて、素顔でいられることが嬉しい。
けれど笑っている視界の端で、浅黒い顔が怪訝に首傾げた。





blogramランキング参加中!

人気ブログランキングへ

にほんブログ村 小説ブログ 純文学小説へにほんブログ村
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする