希求、君の隣で
第61話 燈籠act.2―side story「陽はまた昇る」
星霜の門を潜ると、石造りの建造物に木洩陽ゆれる。
巨樹が並んだ道には重厚な学舎が現れ、その数と経年がこの大学の格を示す。
8月の土曜日で夏季休講シーズン、けれど学生も教員も往来する空間を歩いて行く。
その道を挟む2棟の校舎を振り仰ぐと、英二は瞳を細めて微笑んだ。
―さすがに立派だな、見た目は、
本当は大学進学のとき、ここの受験も考えた。
けれど祖父や父と同じ母校になりたい気持ちと、母と実家から離れたい本音から違う道を選んだ。
そして希望校受験を母に阻止されたとき、この大学なら実家からの通学も可能だからと勧められている。
それでも受験しなかったのは、祖父と同じプライドが自分にもあって譲れなかった。
東京大学法学部は官僚養成機関とも言われている。
この国の行政を担いたければこの学歴が必須、そんな体制に対する反骨が祖父にはあった。
だから祖父は敢えて京都大学法学部を選び、最高検察庁で次長検事を務めた後は弁護士事務所を開き町弁になった。
普通なら祖父ほどの地位にあれば天下りするだろう、けれど法曹家の1人として清廉を貫いた姿は誇らしい。
こういう祖父を尊敬して大好きで、だから出来るなら同じ母校を持ち芳蹟を継ぎたかった。
その夢は叶わなくて、それでもこの門下を選ばない反骨は今も変わらない。
―あんたの後輩にならなくて、本当に良かったよ?
密やかな嘲笑に、静かな怒りが瞳を披く。
この学舎で七十数年前に学んだ男が、何を行ったのか?
その功罪を自分が納得出来るわけがない、もし屈すれば祖父への侮辱になる。
あの祖父の名誉と誇りを守るためにも自分が「あの男」の全てを壊して周太を護りたい。
そんな願いを想うと京大法科に進学しなかったことは、天佑なのかもしれない。
―もし京大に行ってたら弁護士か検事になったろうな、そして、周太に逢えなかった、
もしも周太に逢えなかったら「法治の矛盾」と直接対峙する今の自分は無い。
そして「あの男」は正義を掲げて周太を捕え続け、裁かれぬ罪の犠牲者を生み続ける。
そんな現実を知らず生きることは許せない、そう考えると母の身勝手にも感謝するべきかもしれない。
―母さん、あなたの我儘が俺を「今」と周太に逢わせたんだよ?
こんな現実の因果関係は、母にとって皮肉だろうか?幸運だろうか?
この答えは後者であってほしい、そんな想い笑って緑と石のキャンパスを歩いていく。
ネクタイ緩めた衿元へ時おり風が入る、それでも木洩陽の陽射しは炎暑くゆらせ眩しい。
暑さにワイシャツの袖捲りながら歩く横顔、すれちがう視線と声が撫でていく。
「…モデルみたいにカッコいいね、研究員さん?」
「院生かもよ、どこの研究科なのかな、」
聞える会話の相手に、すこしだけ視線を向けてみる。
その先で学生らしい笑顔が羞んで目を逸らす、けれど好意の気配は解かる。
そんな空気を捉えたまま英二は左手首を見、時間を確認すると二人に笑いかけた。
「すみません、総合図書館はどちらになりますか?」
声を掛けた先、女学生たちは目を合わせて微笑んだ。
ふたり此方へ歩み寄ると、ロングヘアーの学生は尋ねてくれた。
「この右手に行った方ですけど、学内の方でしょうか?それとも卒業生とか、」
「いいえ、他の大学です、」
丁寧に答えと笑いかける、その笑顔に二人も微笑んだ。
そして少し困ったように茶髪の学生が教えてくれた。
「今日は土曜日なので、一般の方は入館出来ないんです。国立大学に所属する方は大丈夫なんですけど、」
その情報はもちろん調べて知っている、けれど知らないふう英二は首傾げこんだ。
すこし考える間を置いて、軽い溜息と一緒に二人へと笑ってみせた。
「そうですか、残念ですけど仕方ないですね。教えてくれて、ありがとう、」
さらり笑顔で諦めて、踵返す気配を見せる。
けれど女学生たちは二人それぞれに尋ねてくれた。
「あの、どういうご用件で図書館、いらっしゃったんですか?」
「ものによったら他の場所でも閲覧できますけど、」
『他の場所での閲覧』
この言葉たちを惹きだしたい、そう思っていた。
思う通りの展開に振り向いて、英二は困ったよう偽りに微笑んだ。
「卒業アルバムを探していたんです、祖父の写真を見てみたくて、」
「おじいさんの写真?」
釣りこまれたよう二人は訊いてくれる。
その親身と好奇心の綯い交ぜへと、英二は綺麗な笑顔で答えた。
「祖父はここが母校なんです、でも戦争で亡くなりました。空襲で家も焼けたので写真が1枚も無くて、僕は顔も知らないんです。
それで、母校の図書館なら卒業アルバムがあると思って、用事でこちらに来たついでに寄らせてもらいました。昨日なら良かったな、」
母方の祖父は確かに東京大学を卒業している、けれど戦争当時は学生で出征も戦死もせず今も矍鑠と元気だろう。
それに「用事でこちらに来た」と言って遠方から来たよう思わせて、彼女たちから提案を惹きだそうとしている。
どれも嘘ばかりの台詞たち、それでも顔は寂しげに微笑んだ英二にロングヘアーの彼女は提案してくれた。
「卒業アルバムなら研究室とかにもあります、よかったらお持ちしましょうか?」
ほら、向うから善意を提示してくれた。
この予想通りに心笑って、それでも笑顔は遠慮がちに首を振った。
「申し訳ないです、そこまでして頂いたら、」
「いいえ、大したことじゃありませんから。せっかく来たんですし、ね?」
親切を示してくれながら二人は石造りの建物を指さした。
その建物が所属する学部は知っている、想定内の進捗に英二は綺麗に笑った。
「ありがとうございます、」
農正門から真直ぐ歩いて行くと、大きな銀杏の梢が見える。
豊かに繁る緑を見上げながら歩み寄って芝生に止まり、ふり仰ぐ。
ひろやかな緑陰に木洩陽ゆれる、きらめく青空のかけらが額に頬に目映く熱い。
夏の青葉ふる明滅に瞳を細めて、やわらかく英二は微笑んだ。
―この木、周太は好きだろうな?
待ち合わせ場所に指定した意図が、もう解かる気がする。
周太らしい選択肢に微笑んで、白茶けた建物を振返ると懐かしい姿が見えた。
「周太、」
名前もう唇こぼれて笑顔になる、その視界でブルーのシャツ姿がこちらを見た。
すぐ気がついて駈けてきてくれる、そんな態度に鼓動が期待を敲いてしまう。
こんなふうに駆け寄ってくれるなら嫌われていない?まだ取り戻せる?
そんな願いに微笑んだ隣から、黒目がちの瞳が笑ってくれた。
「待たせてごめんね、英二、」
優しい笑顔を見つめながらもう、抱きしめたい。
そして跪いてしまいたい、その願いのまま英二は口を開いた。
「俺のこと捨てないで、」
ただ一言、けれど全てを載せてある。
どうか願いを聴いてほしい、もう一度だけチャンスが欲しい。
この想いの真中で、穏やかに綺麗な笑顔ほころんでくれた。
「俺の好きなベンチがあるんだ、一緒に座ってくれる?」
「…うん、」
頷きながら不安になる。
まだ周太の気持ち何一つ教えてくれなくて、それでも笑顔の優しい理由が解らない。
並んで歩きだすキャンパスの景色は30秒前と変わらない、けれど今もう緊張が心を締め上げる。
さっきの女学生たちは心を簡単に読めた、自分の思うまま好意を惹きだし目的を容易く遂げられた。
それなのに今は何一つ周太の心は見えなくて、愛される自信なんて何もない。
―本気だから不安なんだ、ずっと傍にいたいから、少しも拒絶されたくないから…本当に好きだから、
欠片も拒絶されたくない、全て受容れて愛してほしい。
この自分は完璧なんかじゃない、それでも自分の全てに見惚れて恋してほしい。
ずっと自分だけを恋愛で見つめていてほしい、ずっと自分を必要だと言ってほしい、その為なら何でも出来る。
―周太、俺のこと想ってくれるんなら、二度と光一のこと恋愛では見ないから…赦してよ、
心に訴える赦し乞う言葉は、自分の本音。
光一は自分の夢で憧憬で世界の全て、そう想うことは変らない。
だからこそ唯一のアンザイレンパートナーと信じて『血の契』も交わし、体ごと愛した。
この想いは一生ずっと変わらない、それでも唯ひとりの為なら心ひとつくらい自分は殺せる。
それは光一の望みでもある、そう解かるほど想い深いから尚更に、アイガーのベッドを唯一の契に眠らせたい。
それがきっと、雅樹の願いでもある。
―雅樹さん、俺はあなたには成れない、あなたのようには光一と愛しあえない、でも俺に出来る精一杯で護ります、
並木の樹影あざやかなキャンパスを歩き、遠い奥多摩の空に眠る人を想う。
今朝の墓前でも同じ祈りを捧げてきた、その通りに今これから大切な人にも曝け出したい。
そんな願いを抱きながら歩く隣は言葉もなく、けれど横顔の微笑は穏やかに優しい。
ただ並んで歩いて陸橋を渉っていく、そのとき周太が笑いかけてくれた。
「あのね、ここって言問通りでしょ?でも東大ではね、ドーバー海峡って言うんだって、」
イギリスとフランスの間を隔てる海峡、その名前に周太の縁故を想ってしまう。
英文学を愛した周太の父、馨。その父親である晉はフランス文学の著名な学者だった。
その二人ともがこの先に広がるキャンパスにいた、けれど周太は陸橋の此岸で森林学を学ぶ。
たった一本の道路と橋、それが隔てる父子の運命はどうか、周太だけは違う結末であってほしい。
そんな祈りのままに英二は微笑んで、願いごとを言葉に変えた。
「ドーバー海峡みたいに大きな違いがさ、キャンパスによってあるんだろうな、」
50年の運命を狂わせた学舎の一群、その全てを周太には遠く超えてほしい。
敦が命を絶たれ晉が罪を犯し、馨の夢と生命を自ら殺させて、まつわる多くの運命を歪ませた。
その元凶を育んだ場所だからこそ周太の運命は克てる、そう信じられる証明なのだと陸橋の呼名に想う。
―周太だけは運命に克ってくれ、そのためなら俺は何でもする、だから傍にいさせて?
ひとり心に願いふり積もり、また祈りと覚悟は厚くなる。
この想いこそ恋した瞬間から変わらない、そう微笑んだ隣で穏やかな声が楽しそうに応えた。
「ん、手塚もそう言ってたよ?あっちのキャンパスと農学部って、色々とカラーが違うみたい、」
「そっか、農業って実学の色が濃いからかな?」
何げなく応えながら見つめる横顔は、前より痩せている。
海外遠征訓練の直前に逢って3週間以上が経つ、あのときより肌も幾らか日焼した。
きっと機動隊の新隊員訓練でしごかれた、そんな様子に体調が心配になってしまう。
なによりも雰囲気が前と少し違う、その違いを見つめた先で黒目がちの瞳は微笑んだ。
「なんかね、東大の理科のなかでは農学部って下に見られるんだって…でも手塚は理科の首席なんだよ、だから有名なの、」
優秀な東大生、けれど反骨心がある。
そういう男なら周太も美代も気に入るだろう、そんな納得に英二は笑いかけた。
「すごく頭が良いヤツなんだ?周太や美代さんとも気が合うんだろ、」
「ん、すごく良いヤツだよ?」
素直に応えてくれる笑顔は、相変わらず無垢に綺麗で少年のよう眩しい。
こんな笑顔が愛しくて離せない、そして今すこしだけ嫉妬が起きてしまう。
―頭も性格も良くって美代さんにまで好かれるヤツだと、周太もすごく好きだろな?…ちょっと妬けるよな、このまま連れ去っちゃダメかな、
ほら、また独占欲が起きあがる。
こんな自分は相変わらず自分勝手で直情的で、我儘に嫉妬深い。
そのくせ光一と恋愛関係を持ってしまった、こんな自分には嫉妬する権利など無い。
そう納得を言い聞かせながら高層の脇を横切り、講堂を右手に緑の方へ抜けていく。
革靴を梢の影がひたしだす、木立が深まっていく木洩陽に隣の横顔は微笑んだ。
「ね、ちょっと良い森でしょ?…奥多摩ほど広くないけれど、大きな木があって好きなんだ、」
「ああ、」
笑って肯いながら見た先、黒目がちの瞳も見上げて笑ってくれる。
いつもどおり穏やかで、けれど前より静かな眼差しは優しい深みに澄む。
この深まりは自分の所為だ、そう気づかされ心が軋んだとき古い木造のベンチが現れた。
「ここなんだ、座ってみて?」
穏やかな声の勧めに、並んで英二は腰を下ろした。
豊かな梢は涼しい風ゆれて、やさしい木洩陽が降りそそぐ。
学舎の群れも喧噪も繁らす木々の向こう遠く、眠るような静謐が緑翳に佇む。
いつも自分が生きる場所と似た気配が優しい、その安らぎに座りこんで英二は問いかけた。
「周太の大切なベンチなんだろ、ここ?」
「ん、…あのね、先月見つけたばかりなの、」
木洩陽に微笑んで、黒目がちの瞳がこちらを見てくれる。
きれいな瞳に自分が映りこむ、その鏡を見つめた先で穏やかな声が教えてくれた。
「英二と光一が北岳に登った時だよ、関根たちとの飲み会の前…俺ね、ここの図書館に居たんだ、お祖父さんの小説を読んでみたくて、」
『La chronique de la maison』 Susumu Yuhara
あの小説を、50年前の記録を周太は読んでしまった。
その事実を明確に周太から聴かされて、心がため息を零す。
あの小説が「事実」だと、その真相に周太はいつ気づくことになるだろう?
―周太はここの学生なんだ、だから図書館も土日だって遣える、書庫の資料を借りることも出来るんだ、
あの小説は貴重書として総合図書館の書庫に納められている。
周太なら聴講生として貸出も許可されるはず、それにまだ周太自身は気づいていない?
そんな執行猶予を思いながら微笑んだ隣、周太は綺麗な笑顔ほころばせ話しだした。
「推理小説なんだ、時間がなくて通し読みしか出来なかったけど、面白かった…ここのにはサインも書いてあるんだ。
万年筆の筆跡なんだけどお父さんの字と似てたよ、インクもね、たぶんお父さんの万年筆と同じのだと思う…それが嬉しくて、
湯原博士は俺のお祖父さんかなって考えながら歩いてたら、このベンチを見つけたんだ…それから俺、ここに独りで座るの、好きで、」
祖父のことを知りたい、それは周太にとって願いだろう。
両親も祖父母も一人っ子な為に親戚も無い、そんな周太には血縁者ひとりずつが大切でいる。
もう亡くなってしまった家族であっても知りたい、そして愛したい、そんな願いが切なくて愛しい。
そして話せない真実と現実が今も自分の裡で傷む、それでも英二は想い人へと穏やかに笑いかけた。
「周太、このベンチにお祖父さんも座ってたかなって、考えるんだろ?」
「ん、考えるよ?お祖母さんも一緒に座ったのかな、とか…教え子だったって、英二のおばあさまも教えてくれたし…」
嬉しそうに頷きながら、黒目がちの瞳は幸せに微笑んでくれる。
その眼差しが純粋に優しくて、綺麗で離せなくて、堪えられず英二は腕を伸ばした。
「周太、お願いだから応えてよ?」
問いかけながら掌は、周太の左手首を掴んで離せない。
もし離したら逃げられてしまう?そんな哀しみに英二は静かに微笑んだ。
「俺のこと赦せないならそう言ってよ?もう俺を嫌いなら言って?嫌われて避けられても仕方ないって俺、解かってるから、」
もしも周太が他の誰かとベッドの時間を過ごしたら?
この仮定は周太と光一の間で考えたことがある、そして光一なら許せると思えた。
それは自分が光一に恋愛を抱く所為だと今は解かる、自分が憧れ、自分の世界全てと想う光一だから許せる。
それでも本当に現実化したら苦しい、そう今回のことで考え気がついて今、心も体も砕かれる程に痛い。
この痛みを周太に与えてしまった、その罪ごと背負う願いに英二は本音を告げた。
「周太、俺は光一を抱いたよ、本気で恋愛の相手だって抱いたよ?でも俺を抱かせてはいない、俺が光一を一方的に抱いたんだ。
俺は何一つ後悔していない、周太への裏切りだって想っても嘘は吐けないよ?それくらい俺、あいつを抱けたの嬉しくて幸せだから。
だけど次が無いことも解かってる、もう光一は俺に抱かれたいって想わないの解かるんだ。光一の本当の相手は、俺じゃないから、」
アイガー北壁を見上げるベッド、あの時間は確かに現実だった。
現実にアルペングリューエンの光は存在する、けれど触れることは叶わない。
そして一瞬で消えていく、それでも薔薇色の炎は残像になって瞳を今も灼いている。
そんな一瞬の光芒のよう光一と自分は触れあったのだと、時経るごと納得に変っていく。
それでも、あの一瞬は永遠に心で輝いている。その想い正直に英二は告白した。
「周太、俺が本当に帰りたい場所は周太の隣だけだよ。同じように光一も他に帰りたい相手がいるんだ、それがお互い良く解かったんだ。
だけど俺たちはアンザイレンパートナーとして一緒に生きる、お互いに違う相手を想って帰ろうとしながら、並んで生きることを選んでる。
それが周太には裏切りって言われて当然だ、それでも俺の帰る場所で居てくれる?この先もずっと、俺は周太の隣に帰りたい、離れたくない、」
こんなの自分勝手だ、酷い我儘で酷い男の言い分だ、そう自分で解ってる。
あまりに狡く弱い自分に呆れてしまう、それでも欲しい唯ひとりを英二は真直ぐ見つめた。
「周太、前にも言った通りだ。俺の全ては周太のものだ、だから今も好きにしてよ?俺を殴っても蹴っても良い、怒鳴っていい、だけど、
俺が傍にいることを赦してほしい、俺が周太の隣に帰ることを許してよ?何しても良いから俺のことだけ恋して愛してよ、俺を捨てないで、」
どうか自分を見て?
この全てを捧げるから、どうか自分だけを見て?
優しい言葉で誤魔化さないで、正直な心を言葉に聴かせて?
どうしたら振り向かせられるのか教えて、どうか捨てないで離れないで?
そんな在りのままを曝け出して赦しと恋と愛を乞うている、もう形振り構わず願っている。
こんな願いを告げる自分はみっともない、跪いて恋愛を乞うなんて馬鹿みたいだ、気違いのよう愚かすぎる。
こんな自分を理性は憐れんで、それでも唯ひとつの恋愛に狂う想いは誇らしくて、その狭間に英二は微笑んだ。
「答えて周太、どうしたら俺を捨てないでくれる?どうしたら恋愛してくれる?どうしたら俺を必要としてくれるのか、教えて?」
この問いから逃げないで?
そう願い見つめた真中で、黒目がちの瞳がゆっくり閉じた。
その長い睫に木洩陽ゆらいで光が踊る、日焼の薄赤い肌なめらかに陽が艶めく。
ふいていく青葉の風に黒髪ゆれて煌めいて、その静かな貌が綺麗でまぶしくて、心がまた囚われる。
―こんなの狡いよ、周太…もっと好きになるよ、俺?
春も夏も秋も冬も、いつも見惚れるたび恋してきた俤のひと。
いつも温かな掌に癒されて、優しい笑顔に安らいで、護りたいと願い傍に居た。
ずっと護り続けたい、その願いに全てを懸けてきた。けれど本当は自分こそが救いを求めている。
だから捨てられたくない、どうか自分のことを必要だと言って求めて、恋して愛して離さないでほしい。
そんな想い祈る中心で、ゆっくり長い睫が披いていく。
明滅する光ゆらぐ静かな木蔭、ただ二人きりの空間に呼吸が止められる。
今から本当に心臓が止まるかもしれない、その宣告を出来る唯一の瞳が英二を見つめ、微笑んだ。
「ずっと英二には笑っていてほしいんだ、だから全部あげたのに…俺のことはあげられないから、」
俺のことはあげられない、そう告げられた心臓が、止まる。
(to be continued)
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