To smile on the pale dawn; and gather you 一滴の傷
第76話 総設act.6-another,side story「陽はまた昇る」
スタンドライト蒼い机上、ファイル開いてページ繰る。
髪拭うタオルの影から視線を奔らす、紙面マーカーライン幾つも浮ぶ。
その行間ときおり写真を眺めて見つめて、その一枚に周太は手を止めた。
「似てる、ね…」
ため息こぼれて見直してしまう。
この写真どこも全て記憶したい、そして今夜に確かめたなら?
「…訊けるかな、」
訊けるのかなんて解らない、訊いたところで何を出来るだろう?
そう自問しながらも写真細かに数枚を記憶してファイルそっと閉じた。
教えられた階、扉の前、インターホンへ指伸ばす。
その指先くるり後ろ向けると爪でボタンを押した。
「っ…」
小さく息呑んでコートの袖握ってしまう。
いま見てきたページごと緊張せり上げる、その目の前の扉が鳴った。
かたん、
開錠の金属音に扉が開きだす、ふわり暖気が頬ふれる。
軋んだ鼓動から吐息こぼれて白くて、そんな呼吸ごと周太は頭下げた。
「あ、のっこんばんわ、」
ああ僕ったらなんでどもっちゃうの?
こんな時こんな相手に恥ずかしい、こんなの子供じみている。
もう今日は涙まで見せた、それなのに恥重ねた向こう笑顔ほころんだ。
「ふっ…入れ?」
ほら、笑われた。
「…おじゃまします、」
挨拶と玄関へ入って靴脱ぎながら、頬もう熱い。
こんな時まで笑われてしまう自分に情けなくなる、どうして巧く行かないのだろう?
―こんなとき英二なら堂々としてるね、きっと…新宿署の時も、
気恥ずかしさ逆上せながらつい較べて、また記憶なぞりだす。
たぶん英二は新宿署で「何か」した、その証拠の記憶が軋む。
『湯原君に兄弟はいたかな?』
当時の新宿署長はそう訊いてきた、けれどなぜ訊く必要がある?
署長の立場なら人事ファイルも見られるはず、閲覧すれば家族構成など解かるだろう。
それなのに「兄弟」を訊くのは「兄弟と思しき人物」を目撃した可能性が大きい、その対象者は誰なのか?
その対象者「自分と兄弟」だと思われる条件は2つだろう、この自分と似ているかそれとも父と似ているか?
―英二しかいない、それを解かってて英二は、
父と英二は似ている、それは縁戚だから当たり前かもしれない。
この血縁は今どこの誰まで知っているのだろう、知られることはどんな影響がある?
そして英二は血縁をどう考えて何をしようとしているのか?その思案また廻りながらコート脱ぐと訊かれた。
「湯原、食欲はあるか?」
「あ、…普通には、」
答えながら視線すこし落してみる。
その視界でカーディガンの袖捲った腕は盆たずさえ手首は見えない。
―わざと隠しているのかな、でも時計はしてない、
あの手首を確かめたい、そして真実を訊きたい。
ただ想い見つめて立ち尽くす向こう精悍な顔が笑った。
「そんな警戒して隅っこにいなくて良い、俺は湯原の敵じゃないと思う、」
敵じゃない、
そんな言葉に「知っている」と解かる。
だからこそ街路樹の下で話さなかった、その確認ごと周太は尋ねた。
「なぜ僕には敵がいると思うんですか?」
「殉職した元隊員の息子だからだ、」
さらり即答して沈毅な瞳が自分を映す。
ただ事実を述べた、そんなトーンに息ひとつ問いかけた。
「伊達さん、僕の父がSATだという証拠があるんですか?」
「ある、」
短い即答に見つめてくれる、その眼差し沈毅なまま温かい。
いつも通りの生真面目で動じなくて、けれど温度ある声は言ってくれた。
「食いながら話そう、盗聴器も音を取れないから安心しろ、」
今なんて言ったの?
「あの…盗聴器って、」
「監視用に内蔵されてる、どこの部屋もな。座ってくれ、」
何でも無いトーンまた答えてくれる、その言葉に現実また軋みだす。
こんなこと一般社会なら異常だろう、それでも今ここに居るままテーブルに着き尋ねた。
「盗聴器って…守秘義務と自殺防止ですか?」
きっとそういうことだろう?
そういう現実に警察病院で会ってきた、そんな確認に伊達は微笑んだ。
「そういうことだ、でも機械いじりが好きな奴なら巧いこと躱してるだろうがな?」
黙って言いなりにはならない。
そんな自負が笑ってくれる、その眼差しにまた少し信じだす。
このひとは嘘を吐いてない?そう見つめながら覚悟ひとつ呑みこみ口開いた。
「伊達さん、左手を見せてくれませんか?」
こんな訊き方したら意図など解かるだろう。
その推測に袖捲りした手は差し出され、低い声が告げた。
「リストカットの痕だ、」
言葉ごと差し出された左手首、一閃が朱い。
「…ぁ」
差し出された現実に息呑んでしまう、だって誤魔化さない。
きっとリストカットだろうと見当つけていた、だから誤魔化されるとも思っていた。
けれど真直ぐ突きつけられる傷は偽らないまま鮮やかな痕跡に視覚を穿つ。
この傷は今さっき自室で見た、あの写真が今この現実に生々しい。
―鑑識ファイルと同じだ、自殺遺体の鑑識の、
見つめるまま解らなくなる、こんなことあるのだろうか?
―どうして伊達さんが、
この男が自ら手首を切りつける、そんな姿が考えられない。
解らないまま右手を伸ばして目の前の手首そっと掴む、その体温は温かい。
一閃は左手首に傷ついている、それでも温かい体温に低く透る声が問いかけた。
「いつ気づいた?」
「先月です…看病してくれたときに」
答えながら見つめる右掌のなか傷ついた手は動じない。
今この前に出された左手、この手の持ち主と見つめる傷が結ばれない。
だからこそ気づいた想いに深く息吐いて、差し出された手を両掌でくるんだ。
「…痛かったですよね、こんな」
こんな傷痕がつくのなら、きっと痛い。
きっと浅くは無い切りつけ方、そんな痕跡に伊達は告げた。
「痛いから良いんだ、」
痛いから良い、
そんな言葉ごと肚深く、納得ひとつ気がつける。
なぜ「痛い」から良いと伊達が想うのか、その素顔へ問いかけた。
「そうですね、痛いからですよね?…だって死ぬためじゃなかったんでしょう?」
このひとは、きっと死なない。
そう自分には解る、だって今日も援けようとしてくれた。
この1ヵ月前も自分を援けてくれた、そんな人が簡単に死を選ぶと想えない。
それでも痛いからこそ傷つけてしまう、その傷そっと掌にくるんだまま問いかけた。
「傷つけて痛いって確認して、生きてるって確認していたんですか?だって…あなたが死にたがるなんて想えません、僕には、」
だって自分を負ぶってくれた、喘息の発作を心配してくれた。
それが弟に俤重なるのだと笑った貌は死を望んでなどいない、そう解かる。
このひとは死など望まない、だからこそ今日も会わせてくれた再会に懸けて周太は見つめた。
「だって勝山さんに会わせてくれたじゃないですか、死ぬなって聴かせてくれたでしょう?そんな人が死にたがるなんて僕は絶対に想いません、」
あの再会は伊達が贈ってくれた、だから自分には解る。
あの言葉と笑顔を会わせてくれたのはこの人、その事実に見つめる真中で沈毅な瞳すこし笑った。
「死ぬなって言ったのは勝山さんだ、俺じゃない、」
「確かに勝山さんです、でも伊達さんが教えたから言ってくれたんでしょう?」
反論ごと握りしめた傷の手首から拍動そっと温かい。
この人の手は傷ついている、けれど息吹の伝わる体温に微笑んだ。
「だって僕のこと自殺するって心配してたのは伊達さんです、だから勝山さんも僕を呼んでくれたんですよね?僕が自殺したりしないか心配してくれて。
君こそ死んだら駄目だって勝山さん言ってくれたんです、君の事情は分からないけどって…僕のことを心配して勝山さんに相談してくれたんでしょう?」
あの場所は適性が無いやつは死ぬ、だから銃声を聞いたとき湯原だと思った。
そう伊達は自分に言った、勝山が自殺未遂した夜に言ってくれた。
あのとき自分を心配して探しに来てくれた、一晩ずっと付添ってくれた、そんな言動に信じたい。
この人は自分と向きあおうとしてくれる?その可能性と見つめる真中で涙一滴、鋭利な頬こぼれた。
「湯原、俺は生きたいんだ、」
生きたい、そう告げた貌に涙が軌跡を描く、その光そっと濡らした唇がいま披く。
(to be continued)
【引用詩文:William B Yeats「The Rose of Battle」】
にほんブログ村
心象風景写真ランキング
blogramランキング参加中!
第76話 総設act.6-another,side story「陽はまた昇る」
スタンドライト蒼い机上、ファイル開いてページ繰る。
髪拭うタオルの影から視線を奔らす、紙面マーカーライン幾つも浮ぶ。
その行間ときおり写真を眺めて見つめて、その一枚に周太は手を止めた。
「似てる、ね…」
ため息こぼれて見直してしまう。
この写真どこも全て記憶したい、そして今夜に確かめたなら?
「…訊けるかな、」
訊けるのかなんて解らない、訊いたところで何を出来るだろう?
そう自問しながらも写真細かに数枚を記憶してファイルそっと閉じた。
教えられた階、扉の前、インターホンへ指伸ばす。
その指先くるり後ろ向けると爪でボタンを押した。
「っ…」
小さく息呑んでコートの袖握ってしまう。
いま見てきたページごと緊張せり上げる、その目の前の扉が鳴った。
かたん、
開錠の金属音に扉が開きだす、ふわり暖気が頬ふれる。
軋んだ鼓動から吐息こぼれて白くて、そんな呼吸ごと周太は頭下げた。
「あ、のっこんばんわ、」
ああ僕ったらなんでどもっちゃうの?
こんな時こんな相手に恥ずかしい、こんなの子供じみている。
もう今日は涙まで見せた、それなのに恥重ねた向こう笑顔ほころんだ。
「ふっ…入れ?」
ほら、笑われた。
「…おじゃまします、」
挨拶と玄関へ入って靴脱ぎながら、頬もう熱い。
こんな時まで笑われてしまう自分に情けなくなる、どうして巧く行かないのだろう?
―こんなとき英二なら堂々としてるね、きっと…新宿署の時も、
気恥ずかしさ逆上せながらつい較べて、また記憶なぞりだす。
たぶん英二は新宿署で「何か」した、その証拠の記憶が軋む。
『湯原君に兄弟はいたかな?』
当時の新宿署長はそう訊いてきた、けれどなぜ訊く必要がある?
署長の立場なら人事ファイルも見られるはず、閲覧すれば家族構成など解かるだろう。
それなのに「兄弟」を訊くのは「兄弟と思しき人物」を目撃した可能性が大きい、その対象者は誰なのか?
その対象者「自分と兄弟」だと思われる条件は2つだろう、この自分と似ているかそれとも父と似ているか?
―英二しかいない、それを解かってて英二は、
父と英二は似ている、それは縁戚だから当たり前かもしれない。
この血縁は今どこの誰まで知っているのだろう、知られることはどんな影響がある?
そして英二は血縁をどう考えて何をしようとしているのか?その思案また廻りながらコート脱ぐと訊かれた。
「湯原、食欲はあるか?」
「あ、…普通には、」
答えながら視線すこし落してみる。
その視界でカーディガンの袖捲った腕は盆たずさえ手首は見えない。
―わざと隠しているのかな、でも時計はしてない、
あの手首を確かめたい、そして真実を訊きたい。
ただ想い見つめて立ち尽くす向こう精悍な顔が笑った。
「そんな警戒して隅っこにいなくて良い、俺は湯原の敵じゃないと思う、」
敵じゃない、
そんな言葉に「知っている」と解かる。
だからこそ街路樹の下で話さなかった、その確認ごと周太は尋ねた。
「なぜ僕には敵がいると思うんですか?」
「殉職した元隊員の息子だからだ、」
さらり即答して沈毅な瞳が自分を映す。
ただ事実を述べた、そんなトーンに息ひとつ問いかけた。
「伊達さん、僕の父がSATだという証拠があるんですか?」
「ある、」
短い即答に見つめてくれる、その眼差し沈毅なまま温かい。
いつも通りの生真面目で動じなくて、けれど温度ある声は言ってくれた。
「食いながら話そう、盗聴器も音を取れないから安心しろ、」
今なんて言ったの?
「あの…盗聴器って、」
「監視用に内蔵されてる、どこの部屋もな。座ってくれ、」
何でも無いトーンまた答えてくれる、その言葉に現実また軋みだす。
こんなこと一般社会なら異常だろう、それでも今ここに居るままテーブルに着き尋ねた。
「盗聴器って…守秘義務と自殺防止ですか?」
きっとそういうことだろう?
そういう現実に警察病院で会ってきた、そんな確認に伊達は微笑んだ。
「そういうことだ、でも機械いじりが好きな奴なら巧いこと躱してるだろうがな?」
黙って言いなりにはならない。
そんな自負が笑ってくれる、その眼差しにまた少し信じだす。
このひとは嘘を吐いてない?そう見つめながら覚悟ひとつ呑みこみ口開いた。
「伊達さん、左手を見せてくれませんか?」
こんな訊き方したら意図など解かるだろう。
その推測に袖捲りした手は差し出され、低い声が告げた。
「リストカットの痕だ、」
言葉ごと差し出された左手首、一閃が朱い。
「…ぁ」
差し出された現実に息呑んでしまう、だって誤魔化さない。
きっとリストカットだろうと見当つけていた、だから誤魔化されるとも思っていた。
けれど真直ぐ突きつけられる傷は偽らないまま鮮やかな痕跡に視覚を穿つ。
この傷は今さっき自室で見た、あの写真が今この現実に生々しい。
―鑑識ファイルと同じだ、自殺遺体の鑑識の、
見つめるまま解らなくなる、こんなことあるのだろうか?
―どうして伊達さんが、
この男が自ら手首を切りつける、そんな姿が考えられない。
解らないまま右手を伸ばして目の前の手首そっと掴む、その体温は温かい。
一閃は左手首に傷ついている、それでも温かい体温に低く透る声が問いかけた。
「いつ気づいた?」
「先月です…看病してくれたときに」
答えながら見つめる右掌のなか傷ついた手は動じない。
今この前に出された左手、この手の持ち主と見つめる傷が結ばれない。
だからこそ気づいた想いに深く息吐いて、差し出された手を両掌でくるんだ。
「…痛かったですよね、こんな」
こんな傷痕がつくのなら、きっと痛い。
きっと浅くは無い切りつけ方、そんな痕跡に伊達は告げた。
「痛いから良いんだ、」
痛いから良い、
そんな言葉ごと肚深く、納得ひとつ気がつける。
なぜ「痛い」から良いと伊達が想うのか、その素顔へ問いかけた。
「そうですね、痛いからですよね?…だって死ぬためじゃなかったんでしょう?」
このひとは、きっと死なない。
そう自分には解る、だって今日も援けようとしてくれた。
この1ヵ月前も自分を援けてくれた、そんな人が簡単に死を選ぶと想えない。
それでも痛いからこそ傷つけてしまう、その傷そっと掌にくるんだまま問いかけた。
「傷つけて痛いって確認して、生きてるって確認していたんですか?だって…あなたが死にたがるなんて想えません、僕には、」
だって自分を負ぶってくれた、喘息の発作を心配してくれた。
それが弟に俤重なるのだと笑った貌は死を望んでなどいない、そう解かる。
このひとは死など望まない、だからこそ今日も会わせてくれた再会に懸けて周太は見つめた。
「だって勝山さんに会わせてくれたじゃないですか、死ぬなって聴かせてくれたでしょう?そんな人が死にたがるなんて僕は絶対に想いません、」
あの再会は伊達が贈ってくれた、だから自分には解る。
あの言葉と笑顔を会わせてくれたのはこの人、その事実に見つめる真中で沈毅な瞳すこし笑った。
「死ぬなって言ったのは勝山さんだ、俺じゃない、」
「確かに勝山さんです、でも伊達さんが教えたから言ってくれたんでしょう?」
反論ごと握りしめた傷の手首から拍動そっと温かい。
この人の手は傷ついている、けれど息吹の伝わる体温に微笑んだ。
「だって僕のこと自殺するって心配してたのは伊達さんです、だから勝山さんも僕を呼んでくれたんですよね?僕が自殺したりしないか心配してくれて。
君こそ死んだら駄目だって勝山さん言ってくれたんです、君の事情は分からないけどって…僕のことを心配して勝山さんに相談してくれたんでしょう?」
あの場所は適性が無いやつは死ぬ、だから銃声を聞いたとき湯原だと思った。
そう伊達は自分に言った、勝山が自殺未遂した夜に言ってくれた。
あのとき自分を心配して探しに来てくれた、一晩ずっと付添ってくれた、そんな言動に信じたい。
この人は自分と向きあおうとしてくれる?その可能性と見つめる真中で涙一滴、鋭利な頬こぼれた。
「湯原、俺は生きたいんだ、」
生きたい、そう告げた貌に涙が軌跡を描く、その光そっと濡らした唇がいま披く。
(to be continued)
【引用詩文:William B Yeats「The Rose of Battle」】
にほんブログ村
心象風景写真ランキング
blogramランキング参加中!