under my breath 聲の沈黙
第76話 霜雪act.8-side story「陽はまた昇る」
今、君の声が聴きたい、けれど出てくれないのは何故?
「なんで…周太、」
名前そっと唇こぼれて吐息、ふっと白く融けてゆく。
凛と凍てついた空気に頬冷たい、当てる携帯電話も凍えてゆく。
視界ゆるやかに白が舞う、そのまま街路樹の影に積もって蒼くなる。
コール音ただ聴く足元さらさら雪ひたす、もうアスファルト白く染まらせ夜が滲む。
そんな道に想いだす、今日、都心は初雪だ。
「初雪か…、」
ひとりごと零れて、かちり、受話口の向こう切り替わる。
そして流れた留守番電話のガイダンスに英二は微笑んだ。
「周太、去年の初雪を憶えてる?…幸せだったよ、」
あの初雪がいちばん幸福の時かもしれない。
そんな想いに心臓がちり咬みつかれる、あの夜と今の落差が疼く。
あの初雪に約束いくつも重ねて想い交わした、けれど約束は今も憶えてくれている?
「…おやすみ周太、」
そっと留守番電話に微笑んで通話を切る。
切って、そうして繋がらなかった現実こぼれた吐息が白い。
「周太…もう要らないのか、俺は…」
こぼれた声が心臓また咬みつく、その痛みすら今愛おしい。
いま名前を呼んで鼓動ごと痛む、この痛覚に想い離れられないと確かめられる。
確かめて、唯それだけでも繋がれるのなら嬉しくて、嬉しい分だけ囚われる自覚が可笑しい。
「は…ほんと俺ってダメだな、」
本当に自分はダメだ?そんな自覚あらためて可笑しい。
こんな今を一昨年の自分は愚かだと笑うだろう、けれど本当は羨むだろう。
それほど求めたい相手になってしまった、それなのに声すら聴けない現実に雪踏む音ひとつ笑った。
「ほんとダメ男って貌になっちゃってるね、本日の主役のクセにさ?宮田巡査部長殿、」
澄んだテノールに振り向いた先、街燈の雪に笑ってくれる。
小雪舞わす黒髪に明るい瞳こちら見、可笑しそうに尋ねた。
「ホントしょぼくれた顔だねえ、また奥サンにフラれちゃった?」
かつり、
肚ひっかかって喉が詰まる、こんな感覚に途惑いだす。
こんな質問など珍しくない、いつもの揄いだ、そう解かるのに不機嫌な声が出た。
「またフラれたら面白いか?」
こんな声、自分から出るんだ?
そう思うほど低く抑えた声に驚かされる。
もうこんなに弱点になってしまった、そんな子供じみた感覚に雪白の顔が微笑んだ。
「なにソンナ拗ねてるワケ?馬鹿だねえ、」
拗ねている馬鹿だ、本当に自分はそうだろう。
そんなこと言われなくても分かっている、自覚あるからこそ抉られる。
こんな自分にまた苛立つ、その苛立ち積もり続けてしまった時間が口吐いた。
「2ヶ月、まともに話してない、」
会話した、そう想えたのはいつだったろう?
あの声に笑ってほしい、頷いてほしい、そんな願いにまた苛立ち声になる。
「電話に出ないことが増えてるんだよ、出てくれても話せない空気が強くなってさ?それが捨てられたって感じるんだよ、」
捨てられた、そう自分で言ってまた抉られる。
こんな自傷行為に笑いたくなって英二は口もと歪めた。
「捨てられたって俺は文句なんか言えない、光一がいちばん知ってるだろ?」
きっと傷つける、そう解っている。
それでも言ってしまった台詞に無垢の瞳が微笑んだ。
「朝、ナンテ言ったっけ?」
問いかけが街燈の雪を透かし言葉に見つめられる。
朝の自分が何を言ったのか?その記憶に喉もと締められるまま澄んだ声が続けた。
「俺はプライドが高いって解ってんだろ、アイツへの復讐と周太を幸せにする事がオマエの満足だ、ザイルパートナーとして信じるなら忘れろ、
周太も俺が救けるって信じろ、俺だけでアイツに克たないと意味がないってオマエ言ったね、あれから一日も経ってないってオマエ解ってるワケ?」
一日も経っていない、
そんな事実まっすぐ穿たれる、その時間に引っ叩かれる。
十二時間も経ってない?その現実に透ける声が悪戯っ子に笑った。
「また例のジイサン来るってさ、アイツ何のご用件だろうねえ?」
例のジイサン、アイツ、
そんな呼び方するのはこの男くらいだろう?
こんな言葉ひとつ囚われない自由は眩しくて、いま妬ましいまま英二は微笑んだ。
「黒木さんから連絡ですか?」
「明日の予定確認してくれたね、今ごろジイサンに返事してくれてるんじゃない?明日オイデクダサイってさ、」
テノール謳うような答えに見つめ返す。
街燈きらめく白に雪白の貌たじろがない、その眼差しに問いかけた。
「観碕は何の用だって言ってきた?」
用件なんて本当は解かっている、きっと確かめに来るのだろう?
―監視カメラを見たんだな、IDとパスワードも、
今日あの場所で「誰」が何をしたのか?
それを確かめに来るのだろう、その推定通りに上司は答えた。
「いつもと同じだよ、宮田巡査部長をサポートにご指名でね?」
さらり返された答えに「今日」の反応が見える。
もう神崎は動きだす、そう見つめるままテノールの声は続けた。
「蒔田さんにもナンカしら連絡あったんじゃない?俺はナンも解らないけどさ、」
解らない、そう言いながら知っている。
たぶん今この酒席でも蒔田を観察していたのだろう?
そんな言葉に見つめ返した額、ばちり白い指に弾かれた。
「拗ねてる暇ナンテ無いだろが?言った分だけ責任キッチリ取りな、明日もその先もね?」
暇なんて無い、責任をとれ。
そう言われた額じくり疼いて、けれど明日の現実に微笑んだ。
「八つ当たりしてごめん、明日は慎重に相手するよ、」
「きっちり宜しくね?」
からり笑ってスーツ姿が踵を返す。
ダークスーツの肩すこし雪染める、その背中が振り向き笑った。
「今もキッチリしなね?おまえの昇進祝いしてくれてんだからさ、顔も媚もキッチリ売っときな、奥サンの為にもね?」
こんな言い方は皮肉っぽいはず、けれど明るく澱まない。
そんな雪白の笑顔は雪の街燈に温かくて、ふっと解けた意固地に英二は笑った。
「ありがとう光一、ごめんな?」
本当にごめん、そう想っているずっと。
この相手には幾度を謝っても赦されない、そう本当は想っている。
本当は追いかけたくて憧れ止まない、それでも選ぶ唯ひとつの想いに自分は全て見つめている。
見つめるまま今すぐ伝えたい、けれど繋がらない電話に苛立って、そんな苛立ちごと諦められない本音にテノールが笑った。
「俺に謝ってる暇あったら席に戻りな?上司たちが祝ってくれてんのに中座しっぱなしなんてダメ男過ぎちゃうだろ、周太にも叱られるんじゃない?」
確かに叱られそうだ?
そんな納得すら鼓動また軋みながら微笑んだ。
「戻るよ、電話もう繋がらないだろうし、」
「ソンナ声聴きたいんならアレの音声はどうなワケ?」
雪のなか笑って訊いてくれる。
その笑顔にありのまま答えた。
「今は何も聴こえない、一旦帰宅したみたいだけど置いて出掛けたんじゃないか?家にいれば物音なにか聴こえるし、」
置いていかれた、なんて自分で言って哀しくなる。
こんな些細にすら落込む本音に朗らかなトーン笑ってくれた。
「お出かけしちゃった先が気になるんだね?」
「たぶん先輩の家だよ、同じ寮らしいから。だから気になってる、」
配属先の男の部屋にいる、そう解っている。
だからこそ妬かれる想いにザイルパートナーが笑った。
「奥サンの貞操観念はソウトウ潔癖だよ?だからオマエみたいな心配は要らないね、」
俺みたいな心配って?
そう聴きかけて、けれど答え解かるから笑った。
「確かに俺は俗人だよ、でも周太だって天使すぎるけどな?」
「おのろけだねえ、」
笑って流してくれる横顔は明朗なまま温かい。
そんな貌も一年前とは違う、そして自分も変ってしまった今に思案また廻らせる。
明日は「例のジイサン」と対峙する、蒔田の「連絡」も正体もう解っている、そして起きていく連鎖反応は自分が統べるだろう。
だって周太、君が俺を救ってくれたから。
にほんブログ村
心象風景写真ランキング
blogramランキング参加中!
第76話 霜雪act.8-side story「陽はまた昇る」
今、君の声が聴きたい、けれど出てくれないのは何故?
「なんで…周太、」
名前そっと唇こぼれて吐息、ふっと白く融けてゆく。
凛と凍てついた空気に頬冷たい、当てる携帯電話も凍えてゆく。
視界ゆるやかに白が舞う、そのまま街路樹の影に積もって蒼くなる。
コール音ただ聴く足元さらさら雪ひたす、もうアスファルト白く染まらせ夜が滲む。
そんな道に想いだす、今日、都心は初雪だ。
「初雪か…、」
ひとりごと零れて、かちり、受話口の向こう切り替わる。
そして流れた留守番電話のガイダンスに英二は微笑んだ。
「周太、去年の初雪を憶えてる?…幸せだったよ、」
あの初雪がいちばん幸福の時かもしれない。
そんな想いに心臓がちり咬みつかれる、あの夜と今の落差が疼く。
あの初雪に約束いくつも重ねて想い交わした、けれど約束は今も憶えてくれている?
「…おやすみ周太、」
そっと留守番電話に微笑んで通話を切る。
切って、そうして繋がらなかった現実こぼれた吐息が白い。
「周太…もう要らないのか、俺は…」
こぼれた声が心臓また咬みつく、その痛みすら今愛おしい。
いま名前を呼んで鼓動ごと痛む、この痛覚に想い離れられないと確かめられる。
確かめて、唯それだけでも繋がれるのなら嬉しくて、嬉しい分だけ囚われる自覚が可笑しい。
「は…ほんと俺ってダメだな、」
本当に自分はダメだ?そんな自覚あらためて可笑しい。
こんな今を一昨年の自分は愚かだと笑うだろう、けれど本当は羨むだろう。
それほど求めたい相手になってしまった、それなのに声すら聴けない現実に雪踏む音ひとつ笑った。
「ほんとダメ男って貌になっちゃってるね、本日の主役のクセにさ?宮田巡査部長殿、」
澄んだテノールに振り向いた先、街燈の雪に笑ってくれる。
小雪舞わす黒髪に明るい瞳こちら見、可笑しそうに尋ねた。
「ホントしょぼくれた顔だねえ、また奥サンにフラれちゃった?」
かつり、
肚ひっかかって喉が詰まる、こんな感覚に途惑いだす。
こんな質問など珍しくない、いつもの揄いだ、そう解かるのに不機嫌な声が出た。
「またフラれたら面白いか?」
こんな声、自分から出るんだ?
そう思うほど低く抑えた声に驚かされる。
もうこんなに弱点になってしまった、そんな子供じみた感覚に雪白の顔が微笑んだ。
「なにソンナ拗ねてるワケ?馬鹿だねえ、」
拗ねている馬鹿だ、本当に自分はそうだろう。
そんなこと言われなくても分かっている、自覚あるからこそ抉られる。
こんな自分にまた苛立つ、その苛立ち積もり続けてしまった時間が口吐いた。
「2ヶ月、まともに話してない、」
会話した、そう想えたのはいつだったろう?
あの声に笑ってほしい、頷いてほしい、そんな願いにまた苛立ち声になる。
「電話に出ないことが増えてるんだよ、出てくれても話せない空気が強くなってさ?それが捨てられたって感じるんだよ、」
捨てられた、そう自分で言ってまた抉られる。
こんな自傷行為に笑いたくなって英二は口もと歪めた。
「捨てられたって俺は文句なんか言えない、光一がいちばん知ってるだろ?」
きっと傷つける、そう解っている。
それでも言ってしまった台詞に無垢の瞳が微笑んだ。
「朝、ナンテ言ったっけ?」
問いかけが街燈の雪を透かし言葉に見つめられる。
朝の自分が何を言ったのか?その記憶に喉もと締められるまま澄んだ声が続けた。
「俺はプライドが高いって解ってんだろ、アイツへの復讐と周太を幸せにする事がオマエの満足だ、ザイルパートナーとして信じるなら忘れろ、
周太も俺が救けるって信じろ、俺だけでアイツに克たないと意味がないってオマエ言ったね、あれから一日も経ってないってオマエ解ってるワケ?」
一日も経っていない、
そんな事実まっすぐ穿たれる、その時間に引っ叩かれる。
十二時間も経ってない?その現実に透ける声が悪戯っ子に笑った。
「また例のジイサン来るってさ、アイツ何のご用件だろうねえ?」
例のジイサン、アイツ、
そんな呼び方するのはこの男くらいだろう?
こんな言葉ひとつ囚われない自由は眩しくて、いま妬ましいまま英二は微笑んだ。
「黒木さんから連絡ですか?」
「明日の予定確認してくれたね、今ごろジイサンに返事してくれてるんじゃない?明日オイデクダサイってさ、」
テノール謳うような答えに見つめ返す。
街燈きらめく白に雪白の貌たじろがない、その眼差しに問いかけた。
「観碕は何の用だって言ってきた?」
用件なんて本当は解かっている、きっと確かめに来るのだろう?
―監視カメラを見たんだな、IDとパスワードも、
今日あの場所で「誰」が何をしたのか?
それを確かめに来るのだろう、その推定通りに上司は答えた。
「いつもと同じだよ、宮田巡査部長をサポートにご指名でね?」
さらり返された答えに「今日」の反応が見える。
もう神崎は動きだす、そう見つめるままテノールの声は続けた。
「蒔田さんにもナンカしら連絡あったんじゃない?俺はナンも解らないけどさ、」
解らない、そう言いながら知っている。
たぶん今この酒席でも蒔田を観察していたのだろう?
そんな言葉に見つめ返した額、ばちり白い指に弾かれた。
「拗ねてる暇ナンテ無いだろが?言った分だけ責任キッチリ取りな、明日もその先もね?」
暇なんて無い、責任をとれ。
そう言われた額じくり疼いて、けれど明日の現実に微笑んだ。
「八つ当たりしてごめん、明日は慎重に相手するよ、」
「きっちり宜しくね?」
からり笑ってスーツ姿が踵を返す。
ダークスーツの肩すこし雪染める、その背中が振り向き笑った。
「今もキッチリしなね?おまえの昇進祝いしてくれてんだからさ、顔も媚もキッチリ売っときな、奥サンの為にもね?」
こんな言い方は皮肉っぽいはず、けれど明るく澱まない。
そんな雪白の笑顔は雪の街燈に温かくて、ふっと解けた意固地に英二は笑った。
「ありがとう光一、ごめんな?」
本当にごめん、そう想っているずっと。
この相手には幾度を謝っても赦されない、そう本当は想っている。
本当は追いかけたくて憧れ止まない、それでも選ぶ唯ひとつの想いに自分は全て見つめている。
見つめるまま今すぐ伝えたい、けれど繋がらない電話に苛立って、そんな苛立ちごと諦められない本音にテノールが笑った。
「俺に謝ってる暇あったら席に戻りな?上司たちが祝ってくれてんのに中座しっぱなしなんてダメ男過ぎちゃうだろ、周太にも叱られるんじゃない?」
確かに叱られそうだ?
そんな納得すら鼓動また軋みながら微笑んだ。
「戻るよ、電話もう繋がらないだろうし、」
「ソンナ声聴きたいんならアレの音声はどうなワケ?」
雪のなか笑って訊いてくれる。
その笑顔にありのまま答えた。
「今は何も聴こえない、一旦帰宅したみたいだけど置いて出掛けたんじゃないか?家にいれば物音なにか聴こえるし、」
置いていかれた、なんて自分で言って哀しくなる。
こんな些細にすら落込む本音に朗らかなトーン笑ってくれた。
「お出かけしちゃった先が気になるんだね?」
「たぶん先輩の家だよ、同じ寮らしいから。だから気になってる、」
配属先の男の部屋にいる、そう解っている。
だからこそ妬かれる想いにザイルパートナーが笑った。
「奥サンの貞操観念はソウトウ潔癖だよ?だからオマエみたいな心配は要らないね、」
俺みたいな心配って?
そう聴きかけて、けれど答え解かるから笑った。
「確かに俺は俗人だよ、でも周太だって天使すぎるけどな?」
「おのろけだねえ、」
笑って流してくれる横顔は明朗なまま温かい。
そんな貌も一年前とは違う、そして自分も変ってしまった今に思案また廻らせる。
明日は「例のジイサン」と対峙する、蒔田の「連絡」も正体もう解っている、そして起きていく連鎖反応は自分が統べるだろう。
だって周太、君が俺を救ってくれたから。
にほんブログ村
心象風景写真ランキング
blogramランキング参加中!