Old Night shall all her mystery tell 万古の傷
第76話 総設act.7-another,side story「陽はまた昇る」
いま、きっと雪が降っている、だって静かだ。
月明りカーテンの隙間を射す、けれど雪は降っている。
そんな静寂にワンルームの一隅、小さなテーブルに手首ひとつ握りしめる。
この掌ふたつ包んだ体温そっと脈打たす、その拍動かすかに響くまま伊達は微笑んだ。
「飯、冷めるな?」
こんなとき食事の心配しちゃうんだ?
「ふっ、」
可笑しくてつい笑ってしまう、だって今こんな台詞を言うなんて?
こんな言葉も笑顔も職務中から想像つかない、けれどこんな素顔の人は訊いてくれた。
「ちょっと温め直してくるな、それとも飯の前に話した方が楽か?でも湯原は薬の時間があるな、先に食った方が良いか、」
ほら、ふざけているわけじゃない。
薬の心配までしてくれている、そんな配慮へ素直なまま周太は微笑んだ。
「先に戴きます、冷めないうちに、」
支度してくれた心遣いを受けとりたい、それが信頼にも繋がらす。
そして少しでも話しやすく出来たらいい、そう笑いかけた向かい沈毅な瞳も微笑んだ。
「芋煮は温めさせてくれ、俺が熱いの食いたいんだ、」
「いもに?」
訊きながら掌そっと解いて傷の手首が現れる。
その赤い一閃また見せるまま手は汁椀を指差した。
「この味噌汁みたいなのだ、地元の味でな、」
里芋と蒟蒻、葱に舞茸、それから牛肉だろうか?
そんな具材たちと言われた言葉に見つめた先、穏やかな笑顔は告げた。
「米沢だ、街中でも雪が深い、」
きゅっ、
蛇口の閉まって水音が止む、もう始まる。
座りこんだソファから台所は見えない、でもこちら来てくれる。
どんな貌で来るのだろう?そんな想像の向かい側、カーディガン姿は床に腰下した。
「湯原、好きに訊いてくれ、」
低く透る声が告げて見あげてくれる。
沈毅な瞳まっすぐ見つめて、けれど意外な座り場所に周太は首傾げた。
「え…?」
なんで床に座ってしまうの?
いま自分はソファに座って、それなのに先輩は床へ座っている。
こんな目線位置に困ってソファ降り床に座りかけて、けれど止められた。
「湯原はソファに座れ。フローリングは冷える、冷えたら喘息に悪いだろ?」
「無理です、」
即答して首振ってしまう、だって先輩を見下ろすなんて考えられない。
そうした厳格な序列社会の自覚くらいある、だから同じ床に座った前で伊達は笑った。
「湯原は俺のこと疑ってるんだろ?だから好きなだけ尋問しろ、俺が下に座る方が尋問しやすい、」
やっぱり伊達は解かってしまう、それも当り前だ。
それほど自分は1ヵ月前も今日も警戒した、気づかない筈が無い。
だからこそ今すこしでも近い場所で向きあいたくて周太は首を振った。
「尋問したいんじゃありません、教えてほしいんです…教えてもらうのに上から訊くなんて出来ません、お願いです、」
お願い、どうか教えて?
ずっと自分が捜している真実を知りたい、その欠片はあなたにもある。
だから今も部屋まで上がりこんだ、食事も共にして時間を結ぼうとした、そんな願いに低く透る声が微笑んだ。
「訊きたいのは、証拠のことか?」
「はい、でも証拠だけじゃありません、」
答えながら納得ひとつまた響く、自分は証拠だけを捜しに来たんじゃない。
「証拠だけ知りたいんじゃないんです、父の本音を知りたいんです、」
ほら、納得が声になる。
父の本音を知りたい聲を受けとめたい、このためだけに自分は警察官になった。
自分に警察官の適性が無いなんて本当は最初から解かっている、それでもここに来た願いに先輩はため息ひとつ笑った。
「は…父親の本音を知りたいから父親の居た場所に来たのか、こんな所まで?」
呆れた、そして困って途惑って、けれど笑ってくれる。
その笑顔が温かく想えて父を見つめてしまう、そんな本音に笑いかけた。
「ファザコンだって可笑しいでしょう?僕だって自分で変だって想ってるんです、でも…これが僕の支えでプライドなんです、」
もう、14年を過ぎてしまった。
あの春から幾つ桜を数えたろう、あの夢を何度見たのだろう?
その数すらもう解らなくて、それでも支えていた願い一つに今ここにいる。
本当は大切な人との幸せだけ願った時もある、けれど辿り着いた父の残像は泣きそうに微笑んだ。
「なんだって俺のパートナーになるんだ?こんな…俺は湯原のために死ぬかもしれないな、」
どうしてそんなこと言うの?
「どうして伊達さんが僕のために?」
「どうしてもだ、」
困り顔で笑って胡坐を組み直す。
フローリングの床すこし温まりだした、そんな経過に伊達は笑った。
「もう止めだ、俺はもう隠すとかめんどくさい、もういい、」
もう止めだ、もういい、そんな台詞に笑って立ち上がる。
その動きに自分も立ち上がった向こう、カーディガン姿は台所から湯呑2つ一升瓶と戻ってきた。
「湯原、床に座るのは良いが座布団は敷け、そのデカいクッションでも使うと良い、」
言いながら伊達は床に胡坐組んで湯呑2つ直に置く。
そこへ一升瓶さらり片手に掴み傾けて、慣れたふう注ぎ渡してくれた。
「俺の家の酒だ、」
「え、」
また驚かされるまま受けとって見つめてしまう。
いま随分と伊達は種明かしてしまった?そんな意外に沈毅な瞳が笑った。
「俺は酒を呑むと長いぞ?何代も酒を吸ってる家の人間だからな、明日は休みだしストッパー外すぞ?」
そういえば明日は週休だったな?
けれど自分は寝ていられない、そんな予定に周太は慌てた。
「あの、電話ひとつだけしても良いですか?」
「いいぞ、ヘッドフォンでもしててやる、」
頷いて伊達は立ち上がりデスクに座ってくれる。
その片手は湯呑たずさえながらパソコン開き、ヘッドフォンするとキーボード叩きはじめた。
―何してるんだろう伊達さん、
あのパソコン画面を見てみたい。
けれど今は大切な用事に携帯電話すぐ開いて、通話が繋がった。
「湯原くん?私も電話しようと思ってたの、」
あ、なんだかほっとする?
明るい可愛い声はいつもと同じ、この同じにほっとする。
今いつもと違う部屋にいて、それでも変わらない声に周太は笑いかけた。
「こんばんわ、明日は模試だよね?がんばってって言おうと思って…今夜は早く寝たほうがいいよ?」
「ありがとう、私も電話したら寝ようって思ってたの。先生のがんばってを聴いたらね?」
朗らかなトーン笑ってくれる、その容子に安堵が優しい。
きっと順調なのだろう、そんな友達に笑いかけた。
「明日こそ自信あり?」
「うん、でもこの直前模試でダメだと落込みそう、」
「弱点をチェックするための模試なんだから大丈夫、苦手とか整理ちゃんとしてきてね?」
「ありがとう、終ったらすぐメモしてくるね、」
明るい声が笑っている、その貌も今きっと笑っている。
そう解かるまま嬉しくて今いちばん伝えたい心配事を口にした。
「今ね、こっち雪降ってるんだ。だから明日は早めに出た方が良いと思う、交通麻痺とか困るから、」
遅刻したら困るだろう?
そんな心配に可愛い声が訊いてくれた。
「そっちも降ってるのね?こっちも雪よ、けっこう積もりそうなの、」
「やっぱりそっちは積もるよね、こっちは今日が初雪なんだ、」
「ウチは先週ちょっと小雪が舞ったわ、明日は積もりそうだから車もチェーンしておいたの、」
「車で行くんだね、運転ほんと気をつけて?」
「ありがとう、うんと気をつけます、」
明日、その先の為の話題に笑いあってくれる。
そんな友達の存在に今この場の緊張すら忘れそうで、それでも電話を切ると伊達もヘッドフォンを外し尋ねた。
「彼女がいるなら報告しろよ?無許可で付合うと後が煩いからな、最悪、免職ってコトもあるぞ、」
こんこと言われるなんて一番の予想外だ?
もう首すじ熱くなってしまう、そんな衿元ニットパーカー埋めながらクッションへ正座した。
「ちがいます、かのじょとかじゃありません友達です、」
「なんだ、でも恋人いるんだろ?」
「えっ?」
質問また重ねられて頬まで熱くなる、だって図星を言われた。
こんなこと訊かれるなんて思っていない、その途惑いに床へカーディガン姿も胡坐かき微笑んだ。
「そのへん訊いてみたいって前から思ってたんだ、でも湯原の父親の話と信頼モンダイが先だな?」
殉職した元隊員の息子だからだ、
そう伊達はさっき言った、迷いも偽りもない声だった。
あの言葉に今夜を向きあおうと決めて今座っている、その願い問いかけた。
「伊達さん、父がSATの隊員だった証拠があるって仰いましたよね?」
「ああ、」
頷いて大きな手を伸ばし湯呑そっと床に置いてくれる。
その沈毅な瞳こちら真直ぐ見つめて伊達は口開いた。
「狙撃のマニュアルビデオだ、」
ことん、
肚なにか墜ちて現実が浮びだす。
いま「狙撃」と言われた、その言葉に見つめるまま語られる。
「狙撃班が使ってた教材ビデオだが湯原が配属してから使われていない。その狙撃手と湯原のフォームはそっくりだ、顔はマスクで解からないがな、」
そんなものが存在していたなんて?
知らされる父の欠片に息止まる、そんな想いに伊達は教えてくれた。
「使われなくなったビデオとフォームがそっくりだから気になってな、同じ名前の隊員が在籍していたか調べたが人事ファイルは無かった。
それで新聞を図書館で閲覧したら新宿署管内で殉職した同じ苗字の警官が見つかってな、その警官は射撃のオリンピック選手だと書かれていた。
代表選手に選ばれる腕前なら教材ビデオにもなる、年齢も湯原の親につりあう。あのビデオは湯原にとって肉親の遺影だから使い難いってことだ、」
ほら、やっぱり伊達は知っていた。
その確認に今もうひとつ気になることを尋ねた。
「あの、こいびとがいるか訊きたかったと仰いましたよね?どうして訊きたいんですか、」
交際は許可を申し出ることは知っている。
けれど英二のことは報告を求められていないだろう、そんな相違すこし傷んだまま言われた。
「死んだ時のためだ、」
とくん、
鼓動ひとつ打って軋みながら納得また響く。
死んだとき、その理由に頷けるまま周太は声にした。
「怪我しても生きていれば本人の口から誤魔化せるけど、死んだらパートナーが説明するからですか?」
きっとそういうことだろう?
訓練でも現場でも自傷行為でも「死線」に自分たちは居る。
そんな現実に今日も警察病院で会ってきた、あれは隊員の誰もが現実だ。
そして自分の過去にも現実だった、その記憶に捜したいまま自分のパートナーが頷いた。
「そうだ、」
「それなら教えてください、」
追いかけるよう呼びかけた先、沈毅な瞳が頷いてくれる。
もう何でも訊いていい、そんなトーンに周太は問いかけた。
「父にもパートナーがいたはずですよね?その人が誰か教えてください。伊達さんが手を切る理由、生きてるって確かめたい訳も教えてください、」
父の過去、そして伊達の現在、どちらも今ここで教えてほしい。
願い見つめた真中で大きな手は湯呑つかんで、ひとくち呑みこみ口開いた。
「ひとつめの質問は俺も解らない、ふたつめは、俺が自分を赦せないからだ、」
自分を赦せない、
そんな言葉の重みに解ってしまう、だって父も同じ理由だったかもしれない。
同じ理由を抱いたから父は逝ってしまった、あの春の夜を見つめるまま青年がそっと微笑んだ。
「人殺しが作った飯は、うまいか?」
(to be continued)
【引用詩文:William B Yeats「The Rose of Battle」】
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第76話 総設act.7-another,side story「陽はまた昇る」
いま、きっと雪が降っている、だって静かだ。
月明りカーテンの隙間を射す、けれど雪は降っている。
そんな静寂にワンルームの一隅、小さなテーブルに手首ひとつ握りしめる。
この掌ふたつ包んだ体温そっと脈打たす、その拍動かすかに響くまま伊達は微笑んだ。
「飯、冷めるな?」
こんなとき食事の心配しちゃうんだ?
「ふっ、」
可笑しくてつい笑ってしまう、だって今こんな台詞を言うなんて?
こんな言葉も笑顔も職務中から想像つかない、けれどこんな素顔の人は訊いてくれた。
「ちょっと温め直してくるな、それとも飯の前に話した方が楽か?でも湯原は薬の時間があるな、先に食った方が良いか、」
ほら、ふざけているわけじゃない。
薬の心配までしてくれている、そんな配慮へ素直なまま周太は微笑んだ。
「先に戴きます、冷めないうちに、」
支度してくれた心遣いを受けとりたい、それが信頼にも繋がらす。
そして少しでも話しやすく出来たらいい、そう笑いかけた向かい沈毅な瞳も微笑んだ。
「芋煮は温めさせてくれ、俺が熱いの食いたいんだ、」
「いもに?」
訊きながら掌そっと解いて傷の手首が現れる。
その赤い一閃また見せるまま手は汁椀を指差した。
「この味噌汁みたいなのだ、地元の味でな、」
里芋と蒟蒻、葱に舞茸、それから牛肉だろうか?
そんな具材たちと言われた言葉に見つめた先、穏やかな笑顔は告げた。
「米沢だ、街中でも雪が深い、」
きゅっ、
蛇口の閉まって水音が止む、もう始まる。
座りこんだソファから台所は見えない、でもこちら来てくれる。
どんな貌で来るのだろう?そんな想像の向かい側、カーディガン姿は床に腰下した。
「湯原、好きに訊いてくれ、」
低く透る声が告げて見あげてくれる。
沈毅な瞳まっすぐ見つめて、けれど意外な座り場所に周太は首傾げた。
「え…?」
なんで床に座ってしまうの?
いま自分はソファに座って、それなのに先輩は床へ座っている。
こんな目線位置に困ってソファ降り床に座りかけて、けれど止められた。
「湯原はソファに座れ。フローリングは冷える、冷えたら喘息に悪いだろ?」
「無理です、」
即答して首振ってしまう、だって先輩を見下ろすなんて考えられない。
そうした厳格な序列社会の自覚くらいある、だから同じ床に座った前で伊達は笑った。
「湯原は俺のこと疑ってるんだろ?だから好きなだけ尋問しろ、俺が下に座る方が尋問しやすい、」
やっぱり伊達は解かってしまう、それも当り前だ。
それほど自分は1ヵ月前も今日も警戒した、気づかない筈が無い。
だからこそ今すこしでも近い場所で向きあいたくて周太は首を振った。
「尋問したいんじゃありません、教えてほしいんです…教えてもらうのに上から訊くなんて出来ません、お願いです、」
お願い、どうか教えて?
ずっと自分が捜している真実を知りたい、その欠片はあなたにもある。
だから今も部屋まで上がりこんだ、食事も共にして時間を結ぼうとした、そんな願いに低く透る声が微笑んだ。
「訊きたいのは、証拠のことか?」
「はい、でも証拠だけじゃありません、」
答えながら納得ひとつまた響く、自分は証拠だけを捜しに来たんじゃない。
「証拠だけ知りたいんじゃないんです、父の本音を知りたいんです、」
ほら、納得が声になる。
父の本音を知りたい聲を受けとめたい、このためだけに自分は警察官になった。
自分に警察官の適性が無いなんて本当は最初から解かっている、それでもここに来た願いに先輩はため息ひとつ笑った。
「は…父親の本音を知りたいから父親の居た場所に来たのか、こんな所まで?」
呆れた、そして困って途惑って、けれど笑ってくれる。
その笑顔が温かく想えて父を見つめてしまう、そんな本音に笑いかけた。
「ファザコンだって可笑しいでしょう?僕だって自分で変だって想ってるんです、でも…これが僕の支えでプライドなんです、」
もう、14年を過ぎてしまった。
あの春から幾つ桜を数えたろう、あの夢を何度見たのだろう?
その数すらもう解らなくて、それでも支えていた願い一つに今ここにいる。
本当は大切な人との幸せだけ願った時もある、けれど辿り着いた父の残像は泣きそうに微笑んだ。
「なんだって俺のパートナーになるんだ?こんな…俺は湯原のために死ぬかもしれないな、」
どうしてそんなこと言うの?
「どうして伊達さんが僕のために?」
「どうしてもだ、」
困り顔で笑って胡坐を組み直す。
フローリングの床すこし温まりだした、そんな経過に伊達は笑った。
「もう止めだ、俺はもう隠すとかめんどくさい、もういい、」
もう止めだ、もういい、そんな台詞に笑って立ち上がる。
その動きに自分も立ち上がった向こう、カーディガン姿は台所から湯呑2つ一升瓶と戻ってきた。
「湯原、床に座るのは良いが座布団は敷け、そのデカいクッションでも使うと良い、」
言いながら伊達は床に胡坐組んで湯呑2つ直に置く。
そこへ一升瓶さらり片手に掴み傾けて、慣れたふう注ぎ渡してくれた。
「俺の家の酒だ、」
「え、」
また驚かされるまま受けとって見つめてしまう。
いま随分と伊達は種明かしてしまった?そんな意外に沈毅な瞳が笑った。
「俺は酒を呑むと長いぞ?何代も酒を吸ってる家の人間だからな、明日は休みだしストッパー外すぞ?」
そういえば明日は週休だったな?
けれど自分は寝ていられない、そんな予定に周太は慌てた。
「あの、電話ひとつだけしても良いですか?」
「いいぞ、ヘッドフォンでもしててやる、」
頷いて伊達は立ち上がりデスクに座ってくれる。
その片手は湯呑たずさえながらパソコン開き、ヘッドフォンするとキーボード叩きはじめた。
―何してるんだろう伊達さん、
あのパソコン画面を見てみたい。
けれど今は大切な用事に携帯電話すぐ開いて、通話が繋がった。
「湯原くん?私も電話しようと思ってたの、」
あ、なんだかほっとする?
明るい可愛い声はいつもと同じ、この同じにほっとする。
今いつもと違う部屋にいて、それでも変わらない声に周太は笑いかけた。
「こんばんわ、明日は模試だよね?がんばってって言おうと思って…今夜は早く寝たほうがいいよ?」
「ありがとう、私も電話したら寝ようって思ってたの。先生のがんばってを聴いたらね?」
朗らかなトーン笑ってくれる、その容子に安堵が優しい。
きっと順調なのだろう、そんな友達に笑いかけた。
「明日こそ自信あり?」
「うん、でもこの直前模試でダメだと落込みそう、」
「弱点をチェックするための模試なんだから大丈夫、苦手とか整理ちゃんとしてきてね?」
「ありがとう、終ったらすぐメモしてくるね、」
明るい声が笑っている、その貌も今きっと笑っている。
そう解かるまま嬉しくて今いちばん伝えたい心配事を口にした。
「今ね、こっち雪降ってるんだ。だから明日は早めに出た方が良いと思う、交通麻痺とか困るから、」
遅刻したら困るだろう?
そんな心配に可愛い声が訊いてくれた。
「そっちも降ってるのね?こっちも雪よ、けっこう積もりそうなの、」
「やっぱりそっちは積もるよね、こっちは今日が初雪なんだ、」
「ウチは先週ちょっと小雪が舞ったわ、明日は積もりそうだから車もチェーンしておいたの、」
「車で行くんだね、運転ほんと気をつけて?」
「ありがとう、うんと気をつけます、」
明日、その先の為の話題に笑いあってくれる。
そんな友達の存在に今この場の緊張すら忘れそうで、それでも電話を切ると伊達もヘッドフォンを外し尋ねた。
「彼女がいるなら報告しろよ?無許可で付合うと後が煩いからな、最悪、免職ってコトもあるぞ、」
こんこと言われるなんて一番の予想外だ?
もう首すじ熱くなってしまう、そんな衿元ニットパーカー埋めながらクッションへ正座した。
「ちがいます、かのじょとかじゃありません友達です、」
「なんだ、でも恋人いるんだろ?」
「えっ?」
質問また重ねられて頬まで熱くなる、だって図星を言われた。
こんなこと訊かれるなんて思っていない、その途惑いに床へカーディガン姿も胡坐かき微笑んだ。
「そのへん訊いてみたいって前から思ってたんだ、でも湯原の父親の話と信頼モンダイが先だな?」
殉職した元隊員の息子だからだ、
そう伊達はさっき言った、迷いも偽りもない声だった。
あの言葉に今夜を向きあおうと決めて今座っている、その願い問いかけた。
「伊達さん、父がSATの隊員だった証拠があるって仰いましたよね?」
「ああ、」
頷いて大きな手を伸ばし湯呑そっと床に置いてくれる。
その沈毅な瞳こちら真直ぐ見つめて伊達は口開いた。
「狙撃のマニュアルビデオだ、」
ことん、
肚なにか墜ちて現実が浮びだす。
いま「狙撃」と言われた、その言葉に見つめるまま語られる。
「狙撃班が使ってた教材ビデオだが湯原が配属してから使われていない。その狙撃手と湯原のフォームはそっくりだ、顔はマスクで解からないがな、」
そんなものが存在していたなんて?
知らされる父の欠片に息止まる、そんな想いに伊達は教えてくれた。
「使われなくなったビデオとフォームがそっくりだから気になってな、同じ名前の隊員が在籍していたか調べたが人事ファイルは無かった。
それで新聞を図書館で閲覧したら新宿署管内で殉職した同じ苗字の警官が見つかってな、その警官は射撃のオリンピック選手だと書かれていた。
代表選手に選ばれる腕前なら教材ビデオにもなる、年齢も湯原の親につりあう。あのビデオは湯原にとって肉親の遺影だから使い難いってことだ、」
ほら、やっぱり伊達は知っていた。
その確認に今もうひとつ気になることを尋ねた。
「あの、こいびとがいるか訊きたかったと仰いましたよね?どうして訊きたいんですか、」
交際は許可を申し出ることは知っている。
けれど英二のことは報告を求められていないだろう、そんな相違すこし傷んだまま言われた。
「死んだ時のためだ、」
とくん、
鼓動ひとつ打って軋みながら納得また響く。
死んだとき、その理由に頷けるまま周太は声にした。
「怪我しても生きていれば本人の口から誤魔化せるけど、死んだらパートナーが説明するからですか?」
きっとそういうことだろう?
訓練でも現場でも自傷行為でも「死線」に自分たちは居る。
そんな現実に今日も警察病院で会ってきた、あれは隊員の誰もが現実だ。
そして自分の過去にも現実だった、その記憶に捜したいまま自分のパートナーが頷いた。
「そうだ、」
「それなら教えてください、」
追いかけるよう呼びかけた先、沈毅な瞳が頷いてくれる。
もう何でも訊いていい、そんなトーンに周太は問いかけた。
「父にもパートナーがいたはずですよね?その人が誰か教えてください。伊達さんが手を切る理由、生きてるって確かめたい訳も教えてください、」
父の過去、そして伊達の現在、どちらも今ここで教えてほしい。
願い見つめた真中で大きな手は湯呑つかんで、ひとくち呑みこみ口開いた。
「ひとつめの質問は俺も解らない、ふたつめは、俺が自分を赦せないからだ、」
自分を赦せない、
そんな言葉の重みに解ってしまう、だって父も同じ理由だったかもしれない。
同じ理由を抱いたから父は逝ってしまった、あの春の夜を見つめるまま青年がそっと微笑んだ。
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