While hushed from fear, or loud with hope, a band 沈黙の凱歌
第76話 総設act.8-another,side story「陽はまた昇る」
まだ雪が降っている、だって静かだ。
カーテン透かす月明りに陰翳ゆれる、あの影は雪だ。
あの雪は音も足跡も全て消してゆく、そんな静謐に座りこんだ一隅で青年がまた問う。
「人殺しが作った飯はうまいか?今日で湯原は2度目だ、美味いと想えるか?」
お願い、そんな言い方しないで?
そう告げたい想いの真中で沈毅な瞳が自分を映す。
オレンジあわいランプの下で部屋は暖かい、けれど見つめる先の瞳が冷えてゆく。
「俺の家は男所帯だと前に話したな、だから俺が台所してきたって。今も実家に帰れば家族に飯作るんだ、そのたび怖いぞ?ばれるんじゃないかってな、」
なにが「ばれる」のか?
そんなこと訊かなくても今もう解かる。
そしてあの傷、あの左手首の傷の理由すら見えてしまう。
そうして今ようやく辿りつける父の聲は青年の唇から微笑んだ。
「人を殺した手で人を養う飯作るなんて変だろ?だから家族にばれたくない、食ったモノ吐かれたら辛いからな…そういう秘密が自分で赦せない、」
変だ、ばれたくない、赦せない、
言葉たちにあの森を思い出す、あの大樹に自分も同じことを想った。
大切な人が愛するブナの木蔭、あの場所でこの手に「赦せない」と想って、けれど突きつけられて答えやっと言える。
「変じゃありません、」
ほら、答えちゃんと声になる。
この答えは去年の秋もう見つけていた、けれど気づかないでいた。
それでも今こうして声に出来る、その呼吸ひとつ呑みこんで周太は答えた。
「伊達さんのご飯ちゃんと美味しかったです、だって僕のこと考えて作ってくれてます、この間のうどんも今日の芋煮も美味しかったです、」
本当に美味しかった、だって心尽くしだった。
唯それだけで充分だ、そう想うまま見つめる前で青年の声が冷えた。
「慰めはいい、俺が人を殺したことは事実だ、」
事実、
この言葉がこんなに冷たく聞こえたことは無い。
この部屋で聴かされる言葉たち繋げたら「事実」は父にも繋がってしまう、けれど自分は気づいている。
たとえ「事実」でも答えは変わらない、だから今も美味しかったと明言した、そう伝えたいのに青年が口開いた。
「犯人射殺は狙撃手なら当然の任務だ、それくらい解かって俺も入隊している、覚悟も訓練も積んで実戦に当った、でも俺は結局は赦せないままだ、」
射殺は当然の任務だ、
それは自分も解かっている、何を目的とする部署か解っている。
解っているけれど納得なんてしていない出来ない、だから何度もファイル読んでいる。
あのファイルの知識は納得と理解の矛盾を解くから毎日ずっと読みこんで練習して、それでも本当は不安で怖い。
今だって命令が来たらと怖い、もし現場で失敗したら自分だってきっと赦せない、そんな一隅に腕ひとつ差し出された。
「この傷、一本だけに見えるが何度も切ってある。一度やったら耐えられなくなった、」
カーディガン袖捲りした左腕、手首に赤い一閃が息づかす。
ランプ照らされた傷は一つだけ、それでも刻まれた幾重の痕跡に低い声が淡々と告げた。
「いつ出動か解らない緊張感が溜ってくると今の時間に実感が消えるんだ、電話が鳴ると召集された時を思い出して殺すのかって不安定になる、
殺した現場を思い出して今ここに居るのが現実か解らなくなる、だから痛みで現実だって確認してほっとするんだ。結局は赦せない罪悪感ってやつだろう、」
自分の手首を切る、そして現実を確認し安堵する。
そんな傷痕は生への願いを無言に叫ぶ、その聲へ両手とも差し伸べて傷そっと両掌にくるんだ。
―ちゃんと温かい、鼓動も、
とくん、とくん、
くるんだ手首は息吹き脈打つ、この温もりは確かだ。
この手は今傷ついて、それでも生きる意志の鼓動と温度に周太は微笑んだ。
「伊達さん、僕には常連のラーメン屋がひとつだけあるんです…こんど一緒に行きませんか?」
手首そっと握りしめ問いかけた先、鋭利な瞳こちら見つめてくる。
今こいつは何を言っているのだろう?そんな眼差しに周太は笑いかけた。
「そのお店、僕の大好きな人が連れて行ってくれたんです、すごく美味しくてご主人も良い人で…だから何度も連れて行ってもらいました、」
あの店に何度もう行ったのだろう?
何度もうあの丼を抱えたのだろう、何度あの主人に笑いかけてもらったろう?
もう数えきれないほど通った一つの店、あの居場所への想い呼吸ひとつ深く事実を告げた。
「そのお店のご主人が、僕の父を殺した犯人なんです、」
あのひとが父を殺してしまった。
それを知った瞬間の自分が何を思ったか解らない、それほど囚われた。
ただ一つの目的に囚われ視界も聴覚も狂いこんだ、あの瞬間のまま青年が息呑んだ。
「ゆはら…いまなんて言った?」
「僕が常連のラーメン屋のご主人が、父の殺害犯だと言いました、」
繰りかえして微笑んで、けれど鼓動は凪いでいる。
今きちんと伝えられる、ただ伝えたい想いに周太は続けた。
「去年の夏に初めてお店に行ったんです、その秋に犯人だと知りました。服役して出所した最初の食事がそのお店で、そのまま働くことになったそうです。
死なせた警察官が喜んでくれる味を作りたいと話してくれました、生かしてくれた恩人だからって…あったかい味でお客さんを温めたいって、笑顔で泣いて、」
あの人の話を聴けて良かった、そう肚底から想っている。
こんな今をくれたのは去年の英二だった、あの笑顔が大好きで信じて護りたいと願った。
あの秋に幸福はいくつ輝いたのだろう?そんな記憶たち深く抱きしめたまま周太は微笑んだ。
「伊達さん、本当なら僕は殺人犯になってたんです…犯人と知って殺そうとしました、でも大好きな人が僕を止めてご主人の話を聴かせてくれました。
だから父が最期に何を願ったのか解かったんです、ご主人を父が生かしたかった理由も…今そのお店は僕の大切な場所です、温かくて美味しいから、」
あの場所に幾つ大切な時間をもらったろう?
『兄さん、いつものかい?』
英二との時間、青木准教授との再会、美代と賢弥と父の著書を囲んだ日。
独りカウンターに座るときも笑顔と料理は温かくて、そして泣いたことも幾度あったろう?
そのたび熱いおしぼりと温かい食事を差し出してくれた、そうして大切になった時間へ青年が問いかけた。
「その主人は知っているのか?湯原が誰なのか、」
「知らないです、祖父と父が学者だったことなら話して…」
答えながら少し止めて、けれどもう良いのかもしれない。
隊内では家族の話題も慎重になれと言われた、でも今は向きあいたい。
だって父も同じことを想っていた、その軌跡に追いかける今を伊達が微笑んだ。
「学者か、その方が湯原は似合うな、」
似合う、そう言われて素直に嬉しい。
そんな本音に傷ついた手首ごと握り笑いかけた。
「父は本をたくさん読んでくれました、料理も好きでケーキも焼いてくれて。どれも僕は大好きです、温かくて…そのラーメン屋の料理も伊達さんのご飯も、」
人を殺した手、それは現実だ。
けれど作ってくれた温もりも現実だった、大好きなことも偽れない。
そんな全てに掌くるんだ手首から拍動は息づく、その温もりに低い声が尋ねた。
「俺の飯も温かいか?」
そんな答え決っている、そのままに周太は綺麗に笑った。
「はい、芋煮またご馳走してください、」
「まだ残ってるぞ、食うか?」
笑って応えてくれる、その貌に大丈夫だと願いたい。
そんな想いに掌そっと開きながら願った。
「食べたいです、だから次は手を切らないでください、切りたくなったらご飯作って下さい、」
こんな方法は子供じみている?
けれど自分は救われてきた、そんな幸せに周太は願った。
「痛みで確認するよりご飯作るほうが生きてるって想えますよね?おいしくて温かいと幸せだから…だからもう手を切らないで、ご飯作って下さい、」
家族の為に料理して美味しいと笑ってもらう、それが父の幸福だった。
この幸福はあの店の主人も同じ、だからこそ彼の店は温かで客の誰もが笑っている。
そんな温もりたちに二人とも何を見つめていたのか?そこにある願いへ沈毅な瞳そっと笑った。
「朝まで呑むか?つまみと朝飯くらい作ってやる、」
ほら、ちゃんと伝わった?
そう信じたいまま周太は笑いかけた。
「僕そんなにお酒強くないんです、でも御相伴させて下さい、」
「飲みかた教えてやる、肴にもコツがあるんだ、」
笑ってカーディガン姿が立ち上がってくれる。
その貌はランプの下に温かい、そのままに優しい眼差しが周太に微笑んだ。
「湯原、おまえは絶対に生きろよ?何があってもだ、」
絶対に生きろ、
そんな言葉に鼓動そっと掴まれる。
この言葉もう幾度も言われてきた、そのたび父の聲に想えてしまう。
『いいか湯原?お父さんのように殉職はするんじゃないぞ、どんな任務でもどんな現場に立つ時も生きることを自分に諦めるな、』
そう言ってくれたのは最初の上司、新宿東口交番所長の若林だった。
青梅署の後藤副隊長も吉村医師も生きろと言ってくれる、主治医の雅人も願ってくれる。
今日も警察病院で勝山が言ってくれた、あの声無い笑顔は静かに優しくて生きて温かい。
そして今言ってくれる人こそ父の場所で生きている、その眼差し温かいまま静かに笑った。
「湯原は俺が死なせない、だから何があっても生きろ、いいな?」
いいな?
そんな言葉たちに見あげる真中、カーディガン姿が踵を返す。
どうして伊達はこんなに言ってくれるのだろう?解らなくて周太は問いかけた。
「伊達さん、どうしてそんなに言ってくれるんですか?そんな…死なせない、って、」
まだ出逢って2ヶ月、それなのに何故こんな約束のよう言ってくれる?
理由が解らなくて、それでも嘘吐かない瞳は振り返って笑ってくれた。
「どうしてもだ、」
短い答え、けれど眼差し温かいままカーディガン姿は台所に立った。
【引用詩文:William B Yeats「The Rose of Battle」】
心、正しく 3ブログトーナメント
にほんブログ村
心象風景写真ランキング
blogramランキング参加中!
第76話 総設act.8-another,side story「陽はまた昇る」
まだ雪が降っている、だって静かだ。
カーテン透かす月明りに陰翳ゆれる、あの影は雪だ。
あの雪は音も足跡も全て消してゆく、そんな静謐に座りこんだ一隅で青年がまた問う。
「人殺しが作った飯はうまいか?今日で湯原は2度目だ、美味いと想えるか?」
お願い、そんな言い方しないで?
そう告げたい想いの真中で沈毅な瞳が自分を映す。
オレンジあわいランプの下で部屋は暖かい、けれど見つめる先の瞳が冷えてゆく。
「俺の家は男所帯だと前に話したな、だから俺が台所してきたって。今も実家に帰れば家族に飯作るんだ、そのたび怖いぞ?ばれるんじゃないかってな、」
なにが「ばれる」のか?
そんなこと訊かなくても今もう解かる。
そしてあの傷、あの左手首の傷の理由すら見えてしまう。
そうして今ようやく辿りつける父の聲は青年の唇から微笑んだ。
「人を殺した手で人を養う飯作るなんて変だろ?だから家族にばれたくない、食ったモノ吐かれたら辛いからな…そういう秘密が自分で赦せない、」
変だ、ばれたくない、赦せない、
言葉たちにあの森を思い出す、あの大樹に自分も同じことを想った。
大切な人が愛するブナの木蔭、あの場所でこの手に「赦せない」と想って、けれど突きつけられて答えやっと言える。
「変じゃありません、」
ほら、答えちゃんと声になる。
この答えは去年の秋もう見つけていた、けれど気づかないでいた。
それでも今こうして声に出来る、その呼吸ひとつ呑みこんで周太は答えた。
「伊達さんのご飯ちゃんと美味しかったです、だって僕のこと考えて作ってくれてます、この間のうどんも今日の芋煮も美味しかったです、」
本当に美味しかった、だって心尽くしだった。
唯それだけで充分だ、そう想うまま見つめる前で青年の声が冷えた。
「慰めはいい、俺が人を殺したことは事実だ、」
事実、
この言葉がこんなに冷たく聞こえたことは無い。
この部屋で聴かされる言葉たち繋げたら「事実」は父にも繋がってしまう、けれど自分は気づいている。
たとえ「事実」でも答えは変わらない、だから今も美味しかったと明言した、そう伝えたいのに青年が口開いた。
「犯人射殺は狙撃手なら当然の任務だ、それくらい解かって俺も入隊している、覚悟も訓練も積んで実戦に当った、でも俺は結局は赦せないままだ、」
射殺は当然の任務だ、
それは自分も解かっている、何を目的とする部署か解っている。
解っているけれど納得なんてしていない出来ない、だから何度もファイル読んでいる。
あのファイルの知識は納得と理解の矛盾を解くから毎日ずっと読みこんで練習して、それでも本当は不安で怖い。
今だって命令が来たらと怖い、もし現場で失敗したら自分だってきっと赦せない、そんな一隅に腕ひとつ差し出された。
「この傷、一本だけに見えるが何度も切ってある。一度やったら耐えられなくなった、」
カーディガン袖捲りした左腕、手首に赤い一閃が息づかす。
ランプ照らされた傷は一つだけ、それでも刻まれた幾重の痕跡に低い声が淡々と告げた。
「いつ出動か解らない緊張感が溜ってくると今の時間に実感が消えるんだ、電話が鳴ると召集された時を思い出して殺すのかって不安定になる、
殺した現場を思い出して今ここに居るのが現実か解らなくなる、だから痛みで現実だって確認してほっとするんだ。結局は赦せない罪悪感ってやつだろう、」
自分の手首を切る、そして現実を確認し安堵する。
そんな傷痕は生への願いを無言に叫ぶ、その聲へ両手とも差し伸べて傷そっと両掌にくるんだ。
―ちゃんと温かい、鼓動も、
とくん、とくん、
くるんだ手首は息吹き脈打つ、この温もりは確かだ。
この手は今傷ついて、それでも生きる意志の鼓動と温度に周太は微笑んだ。
「伊達さん、僕には常連のラーメン屋がひとつだけあるんです…こんど一緒に行きませんか?」
手首そっと握りしめ問いかけた先、鋭利な瞳こちら見つめてくる。
今こいつは何を言っているのだろう?そんな眼差しに周太は笑いかけた。
「そのお店、僕の大好きな人が連れて行ってくれたんです、すごく美味しくてご主人も良い人で…だから何度も連れて行ってもらいました、」
あの店に何度もう行ったのだろう?
何度もうあの丼を抱えたのだろう、何度あの主人に笑いかけてもらったろう?
もう数えきれないほど通った一つの店、あの居場所への想い呼吸ひとつ深く事実を告げた。
「そのお店のご主人が、僕の父を殺した犯人なんです、」
あのひとが父を殺してしまった。
それを知った瞬間の自分が何を思ったか解らない、それほど囚われた。
ただ一つの目的に囚われ視界も聴覚も狂いこんだ、あの瞬間のまま青年が息呑んだ。
「ゆはら…いまなんて言った?」
「僕が常連のラーメン屋のご主人が、父の殺害犯だと言いました、」
繰りかえして微笑んで、けれど鼓動は凪いでいる。
今きちんと伝えられる、ただ伝えたい想いに周太は続けた。
「去年の夏に初めてお店に行ったんです、その秋に犯人だと知りました。服役して出所した最初の食事がそのお店で、そのまま働くことになったそうです。
死なせた警察官が喜んでくれる味を作りたいと話してくれました、生かしてくれた恩人だからって…あったかい味でお客さんを温めたいって、笑顔で泣いて、」
あの人の話を聴けて良かった、そう肚底から想っている。
こんな今をくれたのは去年の英二だった、あの笑顔が大好きで信じて護りたいと願った。
あの秋に幸福はいくつ輝いたのだろう?そんな記憶たち深く抱きしめたまま周太は微笑んだ。
「伊達さん、本当なら僕は殺人犯になってたんです…犯人と知って殺そうとしました、でも大好きな人が僕を止めてご主人の話を聴かせてくれました。
だから父が最期に何を願ったのか解かったんです、ご主人を父が生かしたかった理由も…今そのお店は僕の大切な場所です、温かくて美味しいから、」
あの場所に幾つ大切な時間をもらったろう?
『兄さん、いつものかい?』
英二との時間、青木准教授との再会、美代と賢弥と父の著書を囲んだ日。
独りカウンターに座るときも笑顔と料理は温かくて、そして泣いたことも幾度あったろう?
そのたび熱いおしぼりと温かい食事を差し出してくれた、そうして大切になった時間へ青年が問いかけた。
「その主人は知っているのか?湯原が誰なのか、」
「知らないです、祖父と父が学者だったことなら話して…」
答えながら少し止めて、けれどもう良いのかもしれない。
隊内では家族の話題も慎重になれと言われた、でも今は向きあいたい。
だって父も同じことを想っていた、その軌跡に追いかける今を伊達が微笑んだ。
「学者か、その方が湯原は似合うな、」
似合う、そう言われて素直に嬉しい。
そんな本音に傷ついた手首ごと握り笑いかけた。
「父は本をたくさん読んでくれました、料理も好きでケーキも焼いてくれて。どれも僕は大好きです、温かくて…そのラーメン屋の料理も伊達さんのご飯も、」
人を殺した手、それは現実だ。
けれど作ってくれた温もりも現実だった、大好きなことも偽れない。
そんな全てに掌くるんだ手首から拍動は息づく、その温もりに低い声が尋ねた。
「俺の飯も温かいか?」
そんな答え決っている、そのままに周太は綺麗に笑った。
「はい、芋煮またご馳走してください、」
「まだ残ってるぞ、食うか?」
笑って応えてくれる、その貌に大丈夫だと願いたい。
そんな想いに掌そっと開きながら願った。
「食べたいです、だから次は手を切らないでください、切りたくなったらご飯作って下さい、」
こんな方法は子供じみている?
けれど自分は救われてきた、そんな幸せに周太は願った。
「痛みで確認するよりご飯作るほうが生きてるって想えますよね?おいしくて温かいと幸せだから…だからもう手を切らないで、ご飯作って下さい、」
家族の為に料理して美味しいと笑ってもらう、それが父の幸福だった。
この幸福はあの店の主人も同じ、だからこそ彼の店は温かで客の誰もが笑っている。
そんな温もりたちに二人とも何を見つめていたのか?そこにある願いへ沈毅な瞳そっと笑った。
「朝まで呑むか?つまみと朝飯くらい作ってやる、」
ほら、ちゃんと伝わった?
そう信じたいまま周太は笑いかけた。
「僕そんなにお酒強くないんです、でも御相伴させて下さい、」
「飲みかた教えてやる、肴にもコツがあるんだ、」
笑ってカーディガン姿が立ち上がってくれる。
その貌はランプの下に温かい、そのままに優しい眼差しが周太に微笑んだ。
「湯原、おまえは絶対に生きろよ?何があってもだ、」
絶対に生きろ、
そんな言葉に鼓動そっと掴まれる。
この言葉もう幾度も言われてきた、そのたび父の聲に想えてしまう。
『いいか湯原?お父さんのように殉職はするんじゃないぞ、どんな任務でもどんな現場に立つ時も生きることを自分に諦めるな、』
そう言ってくれたのは最初の上司、新宿東口交番所長の若林だった。
青梅署の後藤副隊長も吉村医師も生きろと言ってくれる、主治医の雅人も願ってくれる。
今日も警察病院で勝山が言ってくれた、あの声無い笑顔は静かに優しくて生きて温かい。
そして今言ってくれる人こそ父の場所で生きている、その眼差し温かいまま静かに笑った。
「湯原は俺が死なせない、だから何があっても生きろ、いいな?」
いいな?
そんな言葉たちに見あげる真中、カーディガン姿が踵を返す。
どうして伊達はこんなに言ってくれるのだろう?解らなくて周太は問いかけた。
「伊達さん、どうしてそんなに言ってくれるんですか?そんな…死なせない、って、」
まだ出逢って2ヶ月、それなのに何故こんな約束のよう言ってくれる?
理由が解らなくて、それでも嘘吐かない瞳は振り返って笑ってくれた。
「どうしてもだ、」
短い答え、けれど眼差し温かいままカーディガン姿は台所に立った。
【引用詩文:William B Yeats「The Rose of Battle」】
心、正しく 3ブログトーナメント
にほんブログ村
心象風景写真ランキング
blogramランキング参加中!