snowfall 時の積もり
第77話 決表act.1-another,side story「陽はまた昇る」
雪がふる、この空は懐かしい。
遠い遥かな山、近い山、どれも薄墨あわく白紗にとけてゆく。
やわらかな白と墨色の世界は凛と静かに懐かしい、この静謐を昔から知っている。
幼い冬の雪の森、父と見た雪の山、それから初雪と1月と3月の雪にあの大好きな笑顔。
『周太、名前で呼んでよ?』
ほら、また笑ってくれる。
綺麗な低い声、黄金の森に白い雪が降る、あの深い金色は落葉松とブナ。
温かなココアの香、凛と澄んだ雪の匂い、そして真紅の登山ジャケットにダークブラウンの髪ひるがえる。
黄金まばゆい森の雪、白皙やさしい笑顔、あの場所にもう一度だけで良いから還りたい、その願いごと周太は瞳ひらいた。
「…えいじ」
大切な名前かすかに声こぼれる、その頬にシーツやわらかに温かい。
抱きしめてくれる温もりはカットソー透かす、覚めきらない視界にボタンとニットの編目が映る。
ほら、夢の願いのまま抱きしめてくれている?嬉しくて頬よせて、けれど陽ざしの香に瞳ひとつ瞬いた。
「え…?」
あのひとの匂いじゃない?
英二は森のような甘くほろ苦い香、あの笑顔の匂いと今は違う。
そう気づいたまま今寝ているベッドに意識ひっぱたかれ鼓動が叫んだ。
「きゃあっ!」
どたんっ、
床鳴って隣からっぽになる。
いま叫んで腕も動いて、そのまま起きあがった背に壁ふれる。
もうカーテン透かす陽は明るい、やわらかな朝の光に床から黒髪が起きあがった。
「痛ぇっ…」
ぼそり不機嫌な声が低くベッドの向こうに呻く。
細身の体躯はカーディガンとスウェットパンツに逞しさ透ける。
これは昨夜と同じ格好だ?そう見とめるまま寝惚け顔ふりむき微笑んだ。
「ぃっ…あ、どうした湯原、怖い夢でも見たのか?」
ほら、こんなに優しい人なのに自分は突き飛ばしてしまった。
それでも今この状況が解らなくて壁に背くっつけたまま尋ねた。
「あのっ…なんでだてさんべっどにいるんですかソファでねてたのに、」
ああ僕また声うわずっちゃってる恥ずかしい。
だけど今こんな状況は驚くだろう、だってベッドひとつ一緒に寝ていた。
喘息を心配してベッドを譲ってくれた、そして伊達はソファで寝ると言っていた。
だから昨夜は確かにソファで寝てくれたはず、そんな相手は端整な浅黒い顔かしげ笑った。
「ああ、喉乾いて起きた時だな、クセでベッドに入ったんだろ?驚かせてごめんな、」
そういう事確かにあるだろう?
けれど言訳にならなかった状況に重ねて尋ねた。
「でもっぼくのことだきしめてましたよねあれなんなんですかっ」
ごめんなさい英二、どうしよう?
きっと知ったら本気で怒るに決まっている、それとも泣く?
きっと本気で泣いて怒って悄気てしまう、そして色々くどくど言われる。
そんな予想すぐ描かれてしまうほど本当は逢いたい、だから今がショックで泣きたいのに精悍な瞳は笑った。
「弟と間違えたんだろな、恥ずかしいブラコンだろ?」
なんだ間違えたんだ?
そう言われて肩から力抜けてしまう。
けれど一人っ子の自分には解らなくて重ねて尋ねた。
「お、おとうとをだっこしてねるんですか?それってきょうだいならふつう?」
「うん?」
首傾げてカーディガンの肩を軽く揉む。
その手が大きく武骨で、なにか羨ましく見惚れるまま伊達は笑った。
「そうだな、普通はしないだろな?でも弟には俺が母親代わりなんだよ、5歳下でな?」
ずきり、
言われた言葉に鼓動が軋む「母親代わり」が傷む。
だって自分はもう聴いている、伊達がどんな家族に育ち弟を守ってきたのか?
『俺の家は男所帯でな、祖父と父と弟と毎日4人分の飯を作ってたんだ。母親は出ていった、弟の喘息のことも居辛い理由だったらしい、』
そう話してくれたのは1ヵ月前、あの事件の後だった。
あのとき泊りこみで看病してくれた、うどんを煮込んで食べさせてくれた。
あの優しさは過去の哀痛と今も続く愛情でいる、そんな青年はすこし照れくさそうに笑った。
「母親が出て行ったとき弟は4歳でな、甘ったれで俺がいつも抱っこして寝てたんだよ。そのクセが今もあってな、恥ずかしいブラコンだろ?」
恥ずかしいだろ?そう言ってまた笑ってくれる。
その笑顔は気恥ずかしげだけど温かい、その温もりに申し訳なくて周太は頭下げた。
「恥ずかしくないです、そういうの…すみません、僕が変なこと言って、」
「いや、俺こそ悪かったな?湯原が怒るの当り前だ、」
さらり笑って床に座ったまま伸びをする、そんな仕草から大らかな温もりが優しい。
いつも業務中は沈毅で真面目を描いた貌でいる、けれど素顔はこんなに優しい。
だからこそ自分が恥ずかしくて首すじ熱くなる。
―僕ったら変なこと考えちゃって…おとこどうしなら何でもないのに、ね、
こんなこと知ったら伊達はどう想うのだろう?
そして自分の心配が気恥ずかしい、本当に何も無かったならそれで良いのに首すじ熱くなる。
考えるだけでも気恥ずかしくてブランケット被ってしまいたい、そんな想いの前でカーディガン姿は立ち上がり笑った。
「朝飯つくるな、テレビでも観るか?」
言いながらスイッチ入れてリモコン渡してくれる。
その画面に映し出されたモノトーンやわらかな画に息吐いた。
「あ…すごい、」
白銀そまる尾根、その山懐に里は蒼く白く埋もれる。
雲ゆるやかな空は青い、時おり舞う小雪が陽にきらめき降り積もる。
昨夜も雪は降っていた、そう思い出して窓のカーテンひくと鉄格子の向こう白い。
「雪積もってるだろ?」
「はい、」
伊達の声に応えて見下ろす窓、通りは白く埋もれる。
こんな都心でも雪が積もった、それなら奥多摩は今ごろ雪深いだろう?
―美代さん試験に行けるかな、
今日、美代は大学入試の模擬試験を受ける。
受験場所は青梅、雪もあるから車で行くと話していた。
美代なら雪の運転も慣れているだろう、それでもテレビの光景に心配になってしまう。
―英二と光一も救助とかあるかも、ね…雪掻きの応援とかもあるのかな、
第七機動隊山岳レンジャーの二人は今日、出動があるのだろうか?
そんな思案に瞳ひとつ瞬いて周太はベッドサイドに畳んだニットパーカー取った。
もしかして連絡が入っているかもしれない?そう気が付いてパーカーのポケットから携帯電話だして開いた。
「あ、」
着信履歴2つ、メールも入っている。
どれも同じ人だろうか、その申し訳なさにメール開くと逢いたい名前が呼んだ。
From :英二
subject:初雪
本 文 :おつかれさま周太、電話したけどもう寝てるのかな。
冷えこんでるけど体調大丈夫か?明日は休みだって言ってたけど無理するなよ、
去年の初雪を周太は憶えてる?あの初雪は俺にとっていちばん幸せだよ、森も夜も。
今日、逢いたかったな。
From :英二
subject:銀世界
本 文 :おはよう周太、屋上から見た都内は真白だよ。
今日は雪掻きすると思う、出るかもしれないけど心配しないで。
でも俺は周太を心配するよ?
着信2つとメール2通、どれも同じ人でいる。
こんなふう構ってもらえる事は嬉しくて、けれど昨日の記憶ずきり傷む。
庁舎のエレベーターホール、あのとき声かけられなかった事をあなたは知らない。
―昨日ほんとうは逢ってるんだよ、英二…気づいてくれなかったよね、
終業時間に伊達と降りたエレベーターの先、あの笑顔は咲いていた。
誰も同じダークスーツ姿で歩いていた、それでも自分にはすぐ解かる見つけてしまう。
けれど白皙の横顔は振り向いてくれなかった、一瞥も無かった、それで良いはずなのに哀しい。
あの場所に自分が居ることは知られてはいけない、そう解っているのに哀しいのは自分の弱さだろうか?
―守秘義務だから逢っちゃいけない、あの場所では…でもいろいろありすぎて、
異動して2ヶ月、特にこの1ヶ月は秘密が多すぎる。
父の軌跡は遮られてばかり、けれど自殺未遂と伊達の手首に現実を見た。
『あの場所は適性が無いやつは死ぬ、性格と能力の両方で適性が無ければ死ぬ、訓練か現場で事故死するか、自殺する』
『僕がしていることは幸せな仕事とは言えない、そんな父親の子に生まれて子供は幸せなのか?考えつめて僕は生きていたら邪魔になると思いました』
『僕らは任務中に死んでも極秘扱いで殉職になるか解りません…拳銃なら訓練中の殉職にして貰えるかもしれない、だからあの場所で拳銃自殺をしました、』
『人を殺した手で人を養う飯作るなんて変だろ?だから家族にばれたくない、食ったモノ吐かれたら辛いからな…そういう秘密が自分で赦せない、』
伊達と勝山、ふたりが語ってくれた想いはそのまま父の聲だ。
だから父の願いも秘密も今なら解かる、なぜ父が家族に言えなかったのか?それは守秘義務の所為じゃない。
ただ知られたくなくて、ただ幸せを護りたくて、だからこそ罪悪感に苛まれるままに春あの夜あの場所で父は殉職を選んだ。
「…っ、」
ほら、想うだけで泣きたくなる。
あの春には何も解らなかった父の想い、けれど今なら抱きしめられる。
もう自分は何も知らない子供じゃない、そう想えることが誇らしくて嬉しくて、父に逢いたくて、あのひとに逢いたい。
―英二、逢いたい…いま話したいこと沢山あるんだ、でも、あなたを信じていいの?
あなたを信じていいの?
この疑問ずっと廻ってしまう、だって何もかもが出来過ぎている。
父と似た俤の青年がなぜ自分と出逢ったのか?なぜ自分の同期になり想い交わすことになったのか?
しかも血縁まで繋がれる相手だった、そんな全てが偶然なのか必然なのか解らなくて迷って、だから気が付いてしまう。
昨日のあの人影は、誰?
―庁舎の壁に誰かいた、普通ならいるはず無いのにでも見たんだ、
昨日午後、コピー機から顔上げた窓の向こう人影を見た。
地上数十メートルの外壁を誰かがいる、そんなこと普通なら有得ない。
あんなところ素手で登るなど普通出来ない、なにより登る動機なんて何があるだろう?
だから「居るはすば無い」けれど唯ひとり可能性がある、昨日あの時間あの場所でクライミングするなら誰?
「…できちゃうよね、」
ぽつん、声こぼれて台所へ視線を向けて安堵する。
思わず零れた独り言、けれど台所にいる伊達には聞えていないだろう。
その安堵にベッドの上そっと膝抱えこんで窓もたれて、眺める白銀の街に雪の山は遠い。
(to be continued)
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第77話 決表act.1-another,side story「陽はまた昇る」
雪がふる、この空は懐かしい。
遠い遥かな山、近い山、どれも薄墨あわく白紗にとけてゆく。
やわらかな白と墨色の世界は凛と静かに懐かしい、この静謐を昔から知っている。
幼い冬の雪の森、父と見た雪の山、それから初雪と1月と3月の雪にあの大好きな笑顔。
『周太、名前で呼んでよ?』
ほら、また笑ってくれる。
綺麗な低い声、黄金の森に白い雪が降る、あの深い金色は落葉松とブナ。
温かなココアの香、凛と澄んだ雪の匂い、そして真紅の登山ジャケットにダークブラウンの髪ひるがえる。
黄金まばゆい森の雪、白皙やさしい笑顔、あの場所にもう一度だけで良いから還りたい、その願いごと周太は瞳ひらいた。
「…えいじ」
大切な名前かすかに声こぼれる、その頬にシーツやわらかに温かい。
抱きしめてくれる温もりはカットソー透かす、覚めきらない視界にボタンとニットの編目が映る。
ほら、夢の願いのまま抱きしめてくれている?嬉しくて頬よせて、けれど陽ざしの香に瞳ひとつ瞬いた。
「え…?」
あのひとの匂いじゃない?
英二は森のような甘くほろ苦い香、あの笑顔の匂いと今は違う。
そう気づいたまま今寝ているベッドに意識ひっぱたかれ鼓動が叫んだ。
「きゃあっ!」
どたんっ、
床鳴って隣からっぽになる。
いま叫んで腕も動いて、そのまま起きあがった背に壁ふれる。
もうカーテン透かす陽は明るい、やわらかな朝の光に床から黒髪が起きあがった。
「痛ぇっ…」
ぼそり不機嫌な声が低くベッドの向こうに呻く。
細身の体躯はカーディガンとスウェットパンツに逞しさ透ける。
これは昨夜と同じ格好だ?そう見とめるまま寝惚け顔ふりむき微笑んだ。
「ぃっ…あ、どうした湯原、怖い夢でも見たのか?」
ほら、こんなに優しい人なのに自分は突き飛ばしてしまった。
それでも今この状況が解らなくて壁に背くっつけたまま尋ねた。
「あのっ…なんでだてさんべっどにいるんですかソファでねてたのに、」
ああ僕また声うわずっちゃってる恥ずかしい。
だけど今こんな状況は驚くだろう、だってベッドひとつ一緒に寝ていた。
喘息を心配してベッドを譲ってくれた、そして伊達はソファで寝ると言っていた。
だから昨夜は確かにソファで寝てくれたはず、そんな相手は端整な浅黒い顔かしげ笑った。
「ああ、喉乾いて起きた時だな、クセでベッドに入ったんだろ?驚かせてごめんな、」
そういう事確かにあるだろう?
けれど言訳にならなかった状況に重ねて尋ねた。
「でもっぼくのことだきしめてましたよねあれなんなんですかっ」
ごめんなさい英二、どうしよう?
きっと知ったら本気で怒るに決まっている、それとも泣く?
きっと本気で泣いて怒って悄気てしまう、そして色々くどくど言われる。
そんな予想すぐ描かれてしまうほど本当は逢いたい、だから今がショックで泣きたいのに精悍な瞳は笑った。
「弟と間違えたんだろな、恥ずかしいブラコンだろ?」
なんだ間違えたんだ?
そう言われて肩から力抜けてしまう。
けれど一人っ子の自分には解らなくて重ねて尋ねた。
「お、おとうとをだっこしてねるんですか?それってきょうだいならふつう?」
「うん?」
首傾げてカーディガンの肩を軽く揉む。
その手が大きく武骨で、なにか羨ましく見惚れるまま伊達は笑った。
「そうだな、普通はしないだろな?でも弟には俺が母親代わりなんだよ、5歳下でな?」
ずきり、
言われた言葉に鼓動が軋む「母親代わり」が傷む。
だって自分はもう聴いている、伊達がどんな家族に育ち弟を守ってきたのか?
『俺の家は男所帯でな、祖父と父と弟と毎日4人分の飯を作ってたんだ。母親は出ていった、弟の喘息のことも居辛い理由だったらしい、』
そう話してくれたのは1ヵ月前、あの事件の後だった。
あのとき泊りこみで看病してくれた、うどんを煮込んで食べさせてくれた。
あの優しさは過去の哀痛と今も続く愛情でいる、そんな青年はすこし照れくさそうに笑った。
「母親が出て行ったとき弟は4歳でな、甘ったれで俺がいつも抱っこして寝てたんだよ。そのクセが今もあってな、恥ずかしいブラコンだろ?」
恥ずかしいだろ?そう言ってまた笑ってくれる。
その笑顔は気恥ずかしげだけど温かい、その温もりに申し訳なくて周太は頭下げた。
「恥ずかしくないです、そういうの…すみません、僕が変なこと言って、」
「いや、俺こそ悪かったな?湯原が怒るの当り前だ、」
さらり笑って床に座ったまま伸びをする、そんな仕草から大らかな温もりが優しい。
いつも業務中は沈毅で真面目を描いた貌でいる、けれど素顔はこんなに優しい。
だからこそ自分が恥ずかしくて首すじ熱くなる。
―僕ったら変なこと考えちゃって…おとこどうしなら何でもないのに、ね、
こんなこと知ったら伊達はどう想うのだろう?
そして自分の心配が気恥ずかしい、本当に何も無かったならそれで良いのに首すじ熱くなる。
考えるだけでも気恥ずかしくてブランケット被ってしまいたい、そんな想いの前でカーディガン姿は立ち上がり笑った。
「朝飯つくるな、テレビでも観るか?」
言いながらスイッチ入れてリモコン渡してくれる。
その画面に映し出されたモノトーンやわらかな画に息吐いた。
「あ…すごい、」
白銀そまる尾根、その山懐に里は蒼く白く埋もれる。
雲ゆるやかな空は青い、時おり舞う小雪が陽にきらめき降り積もる。
昨夜も雪は降っていた、そう思い出して窓のカーテンひくと鉄格子の向こう白い。
「雪積もってるだろ?」
「はい、」
伊達の声に応えて見下ろす窓、通りは白く埋もれる。
こんな都心でも雪が積もった、それなら奥多摩は今ごろ雪深いだろう?
―美代さん試験に行けるかな、
今日、美代は大学入試の模擬試験を受ける。
受験場所は青梅、雪もあるから車で行くと話していた。
美代なら雪の運転も慣れているだろう、それでもテレビの光景に心配になってしまう。
―英二と光一も救助とかあるかも、ね…雪掻きの応援とかもあるのかな、
第七機動隊山岳レンジャーの二人は今日、出動があるのだろうか?
そんな思案に瞳ひとつ瞬いて周太はベッドサイドに畳んだニットパーカー取った。
もしかして連絡が入っているかもしれない?そう気が付いてパーカーのポケットから携帯電話だして開いた。
「あ、」
着信履歴2つ、メールも入っている。
どれも同じ人だろうか、その申し訳なさにメール開くと逢いたい名前が呼んだ。
From :英二
subject:初雪
本 文 :おつかれさま周太、電話したけどもう寝てるのかな。
冷えこんでるけど体調大丈夫か?明日は休みだって言ってたけど無理するなよ、
去年の初雪を周太は憶えてる?あの初雪は俺にとっていちばん幸せだよ、森も夜も。
今日、逢いたかったな。
From :英二
subject:銀世界
本 文 :おはよう周太、屋上から見た都内は真白だよ。
今日は雪掻きすると思う、出るかもしれないけど心配しないで。
でも俺は周太を心配するよ?
着信2つとメール2通、どれも同じ人でいる。
こんなふう構ってもらえる事は嬉しくて、けれど昨日の記憶ずきり傷む。
庁舎のエレベーターホール、あのとき声かけられなかった事をあなたは知らない。
―昨日ほんとうは逢ってるんだよ、英二…気づいてくれなかったよね、
終業時間に伊達と降りたエレベーターの先、あの笑顔は咲いていた。
誰も同じダークスーツ姿で歩いていた、それでも自分にはすぐ解かる見つけてしまう。
けれど白皙の横顔は振り向いてくれなかった、一瞥も無かった、それで良いはずなのに哀しい。
あの場所に自分が居ることは知られてはいけない、そう解っているのに哀しいのは自分の弱さだろうか?
―守秘義務だから逢っちゃいけない、あの場所では…でもいろいろありすぎて、
異動して2ヶ月、特にこの1ヶ月は秘密が多すぎる。
父の軌跡は遮られてばかり、けれど自殺未遂と伊達の手首に現実を見た。
『あの場所は適性が無いやつは死ぬ、性格と能力の両方で適性が無ければ死ぬ、訓練か現場で事故死するか、自殺する』
『僕がしていることは幸せな仕事とは言えない、そんな父親の子に生まれて子供は幸せなのか?考えつめて僕は生きていたら邪魔になると思いました』
『僕らは任務中に死んでも極秘扱いで殉職になるか解りません…拳銃なら訓練中の殉職にして貰えるかもしれない、だからあの場所で拳銃自殺をしました、』
『人を殺した手で人を養う飯作るなんて変だろ?だから家族にばれたくない、食ったモノ吐かれたら辛いからな…そういう秘密が自分で赦せない、』
伊達と勝山、ふたりが語ってくれた想いはそのまま父の聲だ。
だから父の願いも秘密も今なら解かる、なぜ父が家族に言えなかったのか?それは守秘義務の所為じゃない。
ただ知られたくなくて、ただ幸せを護りたくて、だからこそ罪悪感に苛まれるままに春あの夜あの場所で父は殉職を選んだ。
「…っ、」
ほら、想うだけで泣きたくなる。
あの春には何も解らなかった父の想い、けれど今なら抱きしめられる。
もう自分は何も知らない子供じゃない、そう想えることが誇らしくて嬉しくて、父に逢いたくて、あのひとに逢いたい。
―英二、逢いたい…いま話したいこと沢山あるんだ、でも、あなたを信じていいの?
あなたを信じていいの?
この疑問ずっと廻ってしまう、だって何もかもが出来過ぎている。
父と似た俤の青年がなぜ自分と出逢ったのか?なぜ自分の同期になり想い交わすことになったのか?
しかも血縁まで繋がれる相手だった、そんな全てが偶然なのか必然なのか解らなくて迷って、だから気が付いてしまう。
昨日のあの人影は、誰?
―庁舎の壁に誰かいた、普通ならいるはず無いのにでも見たんだ、
昨日午後、コピー機から顔上げた窓の向こう人影を見た。
地上数十メートルの外壁を誰かがいる、そんなこと普通なら有得ない。
あんなところ素手で登るなど普通出来ない、なにより登る動機なんて何があるだろう?
だから「居るはすば無い」けれど唯ひとり可能性がある、昨日あの時間あの場所でクライミングするなら誰?
「…できちゃうよね、」
ぽつん、声こぼれて台所へ視線を向けて安堵する。
思わず零れた独り言、けれど台所にいる伊達には聞えていないだろう。
その安堵にベッドの上そっと膝抱えこんで窓もたれて、眺める白銀の街に雪の山は遠い。
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