snowy 雪浄の空
第77話 決表act.3-another,side story「陽はまた昇る」
さくり、さくっ
雪踏んで仰いだ空、真白なグレーに吐息が昇る。
ふわり靄くゆらす呼吸が空へゆく、その頬へ小雪そっと冷たい。
音もなくただ降ってくる、絶え間ない白に遠い冬を見て周太は微笑んだ。
「…初雪は止んでない、ね、」
昨夜から降る、これは初雪だ。
去年の初雪は黄金の森だった、今はコンクリートの街で雪を踏む。
いつも無機質な都心の道、けれど雪染められて摩天楼の底すら白い。
ただ白くて、頬ふれる唇かすめる大気も澄み冴えて凛と清浄になる。
―まっしろできれい…都心じゃないみたい、だね、
さくり、さくっ、登山靴の音と歩く道は鎮まらす。
風もない大気は冷たくて呼吸すこし凍える、けれど体はダッフルコートに温かい。
このコート買ってくれた人は今どこにいるのだろう?そんな想い見あげる空は涯なく白い。
「…出てるのかな、英二、」
英二、今どこにいるの?
この雪に奥多摩で除雪しているだろうか、そんな任務もあると聴いている。
きっと雪の里は静かに凍えて人も少ない、それでも生活する温もりは当然ある。
だってそこに大切な友達は住んでいる、その心配に携帯電話を開いて受信メール1通見つけた。
「あ、…美代さん?」
歩いていて受信に気づかなかった?
迂闊に困りながらすぐ開封して見つめた画面、短文に微笑んだ。
From :小嶌美代
subject:無事到着
本 文 :ちゃんと試験会場に着けました、雪だけど皆慣れている感じです。
おかげで落着いて受けられます、模試とは言え緊張しちゃってるけど。
終ったら電話またさせてね?湯原くんも風邪とかひかないように気をつけて。
「ん、よかった、」
良かった、無事に定刻前で着けている。
この降雪にも自分の運転で辿りつけた、そういう逞しさが美代はある。
あの華奢な外見からは想像し難いな?頼もしい友人に微笑んで雪の街路樹の下、写メールひとつ撮った。
Re:無事に着けて良かった、運も美代さんの味方だね?
都心も真白です、今、本屋に行くところだけど人が少ないよ。
美代さんこそ風邪なんか絶対にダメだからね?受験生を楽しんでください。
雪の摩天楼を添付して送信ボタン押す。
完了メッセージきちんと確かめてポケットに仕舞って、とさり、梢から雪舞った。
―雪の音が聴こえる、ね?
かすかな囁くような雪ふる音、いつもなら雑踏に聴こえないだろう。
今も通りは人がいないわけじゃない、けれど気配すら融かして静寂の雪がふる。
こんな日は開いたページも不思議な空気かもしれない?そんな期待と書店に入った。
「…ん、」
ふわり頬に暖房が温かい。
そっと融かされるようで外気の寒さ知らされる、少し冷えてしまったかもしれない。
そう想うまま指先へ血の廻りだす、こんな感覚に秋から見つめる時間と2度も見た死線が響く。
入隊テストの被弾、庁舎内の自殺未遂、場所も理由も違うのに「訓練中の事故」で「無かった」ことで、けれど命の瀬戸際は同じだ。
『拳銃なら訓練中の殉職にして貰えるかもしれない、だからあの場所で拳銃自殺をしました…子供に呼ばれて生きたいと思いました、』
ほら、マジックで書かれた聲また聴こえる。
昨夜に聴いたばかりの声無き聲、あの想いは今まで何人の男たちが抱いたのだろう?
そして多分きっと父も同じだった、そう辿らす現実に瞳ゆっくり瞬いて周太は書棚を見あげた。
ほら、あった。
『対訳ワーズワス詩集』
懐かしい書名に微笑んで手を伸ばす。
少しだけ背伸びして文庫本ひとつ掌すべりこむ、その厚みから慕わしい。
この本を手にした夏の記憶は幼くて、それでも空の色から全て今この掌に息吹を戻す。
―夏休みの終わりだった、お父さん亡くなって初めての…さびしくて、
春4月に父を亡くして迎えた夏休みは、寂しかった。
いつも夏にはどこか山に連れて行ってもらった、それが消えた夏は孤独だった。
母も職場復帰したばかりで留守番と家事が日常、そんな日々の最初の長期休暇を自分は本で埋めた。
―書斎の本ぜんぶ読んだね、辞書なんども開いて…廊下の本箱もドイツ語以外はぜんぶ、
食事の片付けして布団干して、洗濯して掃除して庭すこし手入れして。
そして昼食を摂れば時間ぽっかり空いてしまった、その空白を父の俤で埋めたかった。
だから父の書斎が午後の時間になった、あの窓を開いて安楽椅子に座りこんで本を開いた、そのたび父の膝を慕っていた。
『周、今日はこの本を読んであげるよ?』
父が休みの日そう笑ってくれていた、その時間が恋しくて独り書斎に座りこんだ。
そして安楽椅子は父の代りになっていた、そうして過ごした夏休みの終わり買い物ついでの書店で文庫本に出逢った。
あのときが自分で本を買った初めてでいる、それは父に本を買ってもらう幸せとの別れで、父が消えた現実の受入れだった。
だから父が愛したワーズワスを選んだ。
『ワーズワスがいちばん好きだよ、たくさん良い思い出があるんだ…シェイクスピアのあの詩と、』
ほら、父の声は記憶あざやかに笑ってくれる。
あの声も言葉も去年まで忘れて、けれど今もう二度と忘れない。
あの夏の一冊は今も屋根裏部屋に眠っていて、そして新しく同じ一冊を携えてレジに並んだ。
But thy eternal summer shall not fade, Nor lose possession of that fair thou ow'st, When in eternal lines to time thou grow'st.
けれど貴方と言う永遠の夏は色褪せない、清らかな貴方の美を奪えない、永遠の詞に貴方が生きゆく時間には。
『MEMOIRS』Kaoru Yuhara
父の遺作集に田嶋教授がよせた「epitaph」碑銘はシェイクスピアの引用だった。
あの一節の通りに父の声はたくさんの言葉たちに生きている、父が著した文章に愛読した本に聲は色褪せない。
そんな想いごと文庫本を受けとり書店から出て一歩、とんっ、軽やかにダッフルコートの肩敲かれて低く響く声が笑った。
「湯原、久しぶりだな、」
「箭野さん?」
声に名前呼んで振り向いた真中で長身端正な笑顔ほころぶ。
涼やかな瞳は前と変わらない、この頼もしい先輩に周太は笑った。
「お久しぶりです、2ヵ月ぶりですね…お休みですか?」
本当に久しぶりだ、入隊して以来だろう?
そんな想いに秋からの全て溢れそうで瞳瞬いた先、浅黒い端正な笑顔は言ってくれた。
「休みだ、大学に行ってきた帰りだよ、昼飯これからか?」
大学に行ってきた、その言葉に嬉しくなってしまう。
入隊間もない日に約束してくれた、その言葉どおりな笑顔に笑いかけた。
「はい、これからです…お昼一緒しませんか?」
「いいぞ、今日は俺に奢らせてくれ、」
気さくに笑って歩きだしてくれる。
さくさく一緒に雪踏みながら周太は先輩を見あげた。
「あの、僕から誘ったのにご馳走になったら悪いです、」
「俺こそ今日は湯原を誘いたかったんだよ、会えてちょうど良かった、」
笑って答えてくれる言葉に不思議になる。
なぜ箭野は誘いたいと思ってくれたのだろう?その思案に口が動いた。
「…箭野さん、どうして今日は誘ってくれるんですか?」
なぜ今日?
そう考えて昨夜が思い当ってしまう。
昨夜、伊達とふたり勝山に面会したことは内密でいる、けれど箭野は知った?
―箭野さんは警部補で指揮班の…知れるかもしれない、だから僕に今日?
勝山の自殺未遂事件を箭野は知っている?
そんな問いは「Yes」だろう、人脈も豊かな箭野なら知らない筈が無い。
だから問い質しに来たのだろうか、そんな可能性めぐりながらも信じたい願いに涼やかな瞳が笑った。
「卒研の合格と専攻科への進学が内定したんだ、湯原なら一緒に祝ってくれるよな?」
湯原のお父さんの分も俺、諦めたら駄目だな?なんとか専攻科も進めるよう考えてみるよ。
そう約束してくれた、そして今日に叶えてくれた?
そんな台詞ごと横を見あげた雪の道、真白な街で浅黒い笑顔はまぶしい。
(to be continued)
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第77話 決表act.3-another,side story「陽はまた昇る」
さくり、さくっ
雪踏んで仰いだ空、真白なグレーに吐息が昇る。
ふわり靄くゆらす呼吸が空へゆく、その頬へ小雪そっと冷たい。
音もなくただ降ってくる、絶え間ない白に遠い冬を見て周太は微笑んだ。
「…初雪は止んでない、ね、」
昨夜から降る、これは初雪だ。
去年の初雪は黄金の森だった、今はコンクリートの街で雪を踏む。
いつも無機質な都心の道、けれど雪染められて摩天楼の底すら白い。
ただ白くて、頬ふれる唇かすめる大気も澄み冴えて凛と清浄になる。
―まっしろできれい…都心じゃないみたい、だね、
さくり、さくっ、登山靴の音と歩く道は鎮まらす。
風もない大気は冷たくて呼吸すこし凍える、けれど体はダッフルコートに温かい。
このコート買ってくれた人は今どこにいるのだろう?そんな想い見あげる空は涯なく白い。
「…出てるのかな、英二、」
英二、今どこにいるの?
この雪に奥多摩で除雪しているだろうか、そんな任務もあると聴いている。
きっと雪の里は静かに凍えて人も少ない、それでも生活する温もりは当然ある。
だってそこに大切な友達は住んでいる、その心配に携帯電話を開いて受信メール1通見つけた。
「あ、…美代さん?」
歩いていて受信に気づかなかった?
迂闊に困りながらすぐ開封して見つめた画面、短文に微笑んだ。
From :小嶌美代
subject:無事到着
本 文 :ちゃんと試験会場に着けました、雪だけど皆慣れている感じです。
おかげで落着いて受けられます、模試とは言え緊張しちゃってるけど。
終ったら電話またさせてね?湯原くんも風邪とかひかないように気をつけて。
「ん、よかった、」
良かった、無事に定刻前で着けている。
この降雪にも自分の運転で辿りつけた、そういう逞しさが美代はある。
あの華奢な外見からは想像し難いな?頼もしい友人に微笑んで雪の街路樹の下、写メールひとつ撮った。
Re:無事に着けて良かった、運も美代さんの味方だね?
都心も真白です、今、本屋に行くところだけど人が少ないよ。
美代さんこそ風邪なんか絶対にダメだからね?受験生を楽しんでください。
雪の摩天楼を添付して送信ボタン押す。
完了メッセージきちんと確かめてポケットに仕舞って、とさり、梢から雪舞った。
―雪の音が聴こえる、ね?
かすかな囁くような雪ふる音、いつもなら雑踏に聴こえないだろう。
今も通りは人がいないわけじゃない、けれど気配すら融かして静寂の雪がふる。
こんな日は開いたページも不思議な空気かもしれない?そんな期待と書店に入った。
「…ん、」
ふわり頬に暖房が温かい。
そっと融かされるようで外気の寒さ知らされる、少し冷えてしまったかもしれない。
そう想うまま指先へ血の廻りだす、こんな感覚に秋から見つめる時間と2度も見た死線が響く。
入隊テストの被弾、庁舎内の自殺未遂、場所も理由も違うのに「訓練中の事故」で「無かった」ことで、けれど命の瀬戸際は同じだ。
『拳銃なら訓練中の殉職にして貰えるかもしれない、だからあの場所で拳銃自殺をしました…子供に呼ばれて生きたいと思いました、』
ほら、マジックで書かれた聲また聴こえる。
昨夜に聴いたばかりの声無き聲、あの想いは今まで何人の男たちが抱いたのだろう?
そして多分きっと父も同じだった、そう辿らす現実に瞳ゆっくり瞬いて周太は書棚を見あげた。
ほら、あった。
『対訳ワーズワス詩集』
懐かしい書名に微笑んで手を伸ばす。
少しだけ背伸びして文庫本ひとつ掌すべりこむ、その厚みから慕わしい。
この本を手にした夏の記憶は幼くて、それでも空の色から全て今この掌に息吹を戻す。
―夏休みの終わりだった、お父さん亡くなって初めての…さびしくて、
春4月に父を亡くして迎えた夏休みは、寂しかった。
いつも夏にはどこか山に連れて行ってもらった、それが消えた夏は孤独だった。
母も職場復帰したばかりで留守番と家事が日常、そんな日々の最初の長期休暇を自分は本で埋めた。
―書斎の本ぜんぶ読んだね、辞書なんども開いて…廊下の本箱もドイツ語以外はぜんぶ、
食事の片付けして布団干して、洗濯して掃除して庭すこし手入れして。
そして昼食を摂れば時間ぽっかり空いてしまった、その空白を父の俤で埋めたかった。
だから父の書斎が午後の時間になった、あの窓を開いて安楽椅子に座りこんで本を開いた、そのたび父の膝を慕っていた。
『周、今日はこの本を読んであげるよ?』
父が休みの日そう笑ってくれていた、その時間が恋しくて独り書斎に座りこんだ。
そして安楽椅子は父の代りになっていた、そうして過ごした夏休みの終わり買い物ついでの書店で文庫本に出逢った。
あのときが自分で本を買った初めてでいる、それは父に本を買ってもらう幸せとの別れで、父が消えた現実の受入れだった。
だから父が愛したワーズワスを選んだ。
『ワーズワスがいちばん好きだよ、たくさん良い思い出があるんだ…シェイクスピアのあの詩と、』
ほら、父の声は記憶あざやかに笑ってくれる。
あの声も言葉も去年まで忘れて、けれど今もう二度と忘れない。
あの夏の一冊は今も屋根裏部屋に眠っていて、そして新しく同じ一冊を携えてレジに並んだ。
But thy eternal summer shall not fade, Nor lose possession of that fair thou ow'st, When in eternal lines to time thou grow'st.
けれど貴方と言う永遠の夏は色褪せない、清らかな貴方の美を奪えない、永遠の詞に貴方が生きゆく時間には。
『MEMOIRS』Kaoru Yuhara
父の遺作集に田嶋教授がよせた「epitaph」碑銘はシェイクスピアの引用だった。
あの一節の通りに父の声はたくさんの言葉たちに生きている、父が著した文章に愛読した本に聲は色褪せない。
そんな想いごと文庫本を受けとり書店から出て一歩、とんっ、軽やかにダッフルコートの肩敲かれて低く響く声が笑った。
「湯原、久しぶりだな、」
「箭野さん?」
声に名前呼んで振り向いた真中で長身端正な笑顔ほころぶ。
涼やかな瞳は前と変わらない、この頼もしい先輩に周太は笑った。
「お久しぶりです、2ヵ月ぶりですね…お休みですか?」
本当に久しぶりだ、入隊して以来だろう?
そんな想いに秋からの全て溢れそうで瞳瞬いた先、浅黒い端正な笑顔は言ってくれた。
「休みだ、大学に行ってきた帰りだよ、昼飯これからか?」
大学に行ってきた、その言葉に嬉しくなってしまう。
入隊間もない日に約束してくれた、その言葉どおりな笑顔に笑いかけた。
「はい、これからです…お昼一緒しませんか?」
「いいぞ、今日は俺に奢らせてくれ、」
気さくに笑って歩きだしてくれる。
さくさく一緒に雪踏みながら周太は先輩を見あげた。
「あの、僕から誘ったのにご馳走になったら悪いです、」
「俺こそ今日は湯原を誘いたかったんだよ、会えてちょうど良かった、」
笑って答えてくれる言葉に不思議になる。
なぜ箭野は誘いたいと思ってくれたのだろう?その思案に口が動いた。
「…箭野さん、どうして今日は誘ってくれるんですか?」
なぜ今日?
そう考えて昨夜が思い当ってしまう。
昨夜、伊達とふたり勝山に面会したことは内密でいる、けれど箭野は知った?
―箭野さんは警部補で指揮班の…知れるかもしれない、だから僕に今日?
勝山の自殺未遂事件を箭野は知っている?
そんな問いは「Yes」だろう、人脈も豊かな箭野なら知らない筈が無い。
だから問い質しに来たのだろうか、そんな可能性めぐりながらも信じたい願いに涼やかな瞳が笑った。
「卒研の合格と専攻科への進学が内定したんだ、湯原なら一緒に祝ってくれるよな?」
湯原のお父さんの分も俺、諦めたら駄目だな?なんとか専攻科も進めるよう考えてみるよ。
そう約束してくれた、そして今日に叶えてくれた?
そんな台詞ごと横を見あげた雪の道、真白な街で浅黒い笑顔はまぶしい。
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