よっちゃん農場のドタバタ日記

「よっちゃん農場」の日常。
 ~いち農家から小さなブランド作りの奮闘記~~

前夜。

2011年04月20日 | Weblog

明日、我々の復興プロジェクトのスタート。

今夜は道の駅理事会でこってり。
今、有志で考えているものに対して、道の駅出荷組合、道の駅会社全体で
どう関われるのか?

活動原資として、道の駅がまとまればありがたいこと。
が、協議は「売上の何%を?」で終始。残念。
目的無くして企画なし。



まだプロジェクトの母体、核がないから仕方がないところはあるけれど、

参加有志は皆、今、これからに必死。
ボランティア(支援)もしたいが、販売促進もしたい。
販売促進もしたいが、ボランティア(支援)もしたい。

わかりやすくいうとこれに尽きるんだ。
今回追った傷はそれだけ大きく、難しい。




今日とてもうれしい事が。

昨日よっちゃんなんばんを送ったお客様がいた。
すると今日、確かに届きましたとのお電話を頂く。

荷物には正直に、住居や諸々の被害も大きいが、これからの仕事があればどーにでもなる。それが不安。
けれども、もっと被害を受けた人にも何かしたい、自分たちの事ばかりで前に進めない。だから、
今、自分たちも、そして避難せざるをえない状況の人も一緒にやれる復興プロジェクトを考えています。
応援して下さい。

そんな事を書いた。
すると、そのお客が、たまたま週末に同窓会があり、
そこでよっちゃんなんばんを、私の書いた手紙と一緒に販売したいから、
それで少しでも元気になって、プロジェクト進めて下さい。だから50本送ってください!との言葉。

震えます。


こういう応援を数多く頂きました。
これに対する答は、
壊れた壁を直した写真ではないと思う。

私の作るよっちゃんなんばんに、プロジェクトで生まれたなにがしかの「縁」で生まれたエキスが入り、
それをどんな形かで応援してくれた方へ発信する事。

それを今年一年かけて形にして行きます。




復興プロジェクト。

2011年04月19日 | Weblog

昨日はTシャツだったのに…真冬に逆戻りはないっしょ!という一日。

早朝道の駅へ行き、そのまま打合せ。

前からみんなで少しずつ考えていた復興プロジェクト。

俺らも被災者。
みんな家屋敷商売と確実に傷を負った。周りを取り巻く状況は一変。

けど、やっぱ沿岸部の仲間を思うと「何が力になりたい…何か出来る事はないものか…」

こんなに近くに居て、募金箱に募金も、テレビのチャリティー口座に寄付をするのも違う。
みんなギリギリ一日を過ごす中、ボランティアに行く時間も作れない。

では何をするか。何が出来るのか。を有志みんなで考えてきました。


そうだ!仲間に肩を貸してあげることは出来るじゃないか!
また、一緒に歩けるように!競争出来るようになるために!

で、ちょうど鳴子温泉が南三陸からの避難者2,000人受け入れ(予定)する事になり、
その人たちの力になろう!
とポイントをしぼって俺らの「復興支援プロジェクト」をやろうと決定。動き出します。


今回、私や仲間が感じた事がありました。
ここ宮城で大きな震災が起こり、我々と同じように「力になりたい」と思って寄付をしてくれてる人、
テレビを見ているだけでも凄い数が居る事がわかります。

中でも「宮城でそんな事が!!」と、東北、宮城を思ってくれる時にパッと頭に浮かんだのが、
よっちゃん農場だったりした人が居てくれました。
本当にうれしく、ありがたい事です。
そんな事を仲間に話すと、「十数年会ってない私の同級生も同じ!宮城と言えば!と私を一番に思って電話くれた!」
とうれしそー。
みんなそれぞれの「ありがたい縁」があるね~と、今日しみじみ思いました。


「がんばって復興してね!」
そんな沢山の声にもこたえようじゃないか!という思いも復興プロジェクトにあります。
俺らを応援してくれるのと同じように、俺らももっと大変な人を励まし、応援して
共に復興する姿を、小さいかもしれませんが、応援してくれる皆さんにお返したいという思いがあります。

今。全てを失った人たちも、いずれは今の過酷な状況を乗り越え、元の日常に戻る日が来ます。
私らもそうだけど、今回一番の悩みどころは「お金」。
そこで、幸いにして農の生産者である我々が、大した高給は用意出来ないけれど、
産業支援という形で、南三陸の人たちがいつか自分たちの暮らしに戻る時に幾らかの蓄えが出来るよう、
そして少しでも元気を取り戻せるよう、その枠組みを作り、応援したいと思っています。

今週まずは当事者の避難している方々と直にお話することから全ては始まります。
息の長ーいプロジェクトだし、これから、我々生産者、受け入れている鳴子の旅館を始め、色んな人たちの力を
まとめ組織作りしていかねばなりません。

大変難しい事をやろうとしているなーと、自分でも思います。
が、形にしたい!

どうぞみなさん、今と同様、今後ともよっちゃん共々東北宮城を応援下さい。
みなさんの力もまたお借りする時期が来ます!
そんときはぜひ諸手をあげて力を貸して下さいね!


展望。

2011年04月18日 | Weblog

夜、生産者の仲間、朝市夕市ネットワークの理事会へ。
現状の把握と今後の対応。

仲間の中には無くなった人もいる。
沿岸部で、家も商売道具の船も流されてしまった仲間も。
助かった農家でも作付けも出来るかどうか見通しのない仲間も。


組織体制も見直すことになり、

亡きHさんに代わり、月一回の合同市の産直委員長に就く事になりました。
私なりに精一杯尽くそうと思います。

これからの仕事がどーなるのか、一番怖い。
けど、
前に進むしかない。

仙台へ向かう途中GAIA清水さんと電話で話す。
今秋、よっちゃん祭やりたい!と話す。

とりあえず、自分ではそれを目標に。



帰りしな、梅で有名な佐藤農場の専務と話す。
鳴子温泉に避難してきている南三陸の人たちへの産業支援プロジェクトを共に企画中。
近々、梅の花満開に200人ほど招待し、とりあえず生の声と交流予定。

311で、いろんな人のさまざまな状況が一変。

今、試されてる時。



平穏 が一番の幸せだ



共感。考える事。

2011年04月17日 | Weblog
自営のキッカケをくれた恩師の言葉「会社人間になるな。社会人たれ。」。また思い出す。




昨夜、日付が変わるまで呑み、話しました。

あの震災以来、ずっとなんだかモヤモヤモヤモヤしたものが頭にあって、
それはなんだろうかと考えても答は出ずにいたのだけれど、

「ハイ今回の震災でマイナス50ポイントです。
 これからがんばって元の100ポイントに戻れるように復興しよー!」

という、単なる穴埋めが復興でいいのだろうか?もちろん一番大事な事だけど。。。

度々清水さんと電話で話していたが、その点が二人とも引っかかっていて、
直に話して共感できたような気がする。

その原因はやっぱり原発問題が大きいと思う。

気づけば経済優先でここまで来て、豊か、になった気がしていた日本。
そこにこんな大きな事故。

震災で、当たり前にあったものの有り難さを改めて感じる事になり、
同時に、原発問題でエネルギーというその根本を問われている事態。

連日テレビでは原発は収束に向かうのかどうかが報じられているけれど、
大事なのは
反原発か推進か、という簡単なものじゃなく、
計測された放射線レベルが「ただちに」影響があるかないかでもなく、
その前に一人一人がしっかりと考えてるか~!?ってことだと思う。

なんと無く、見るニュースの進行するに合わせるように、
何とはなしに追従してしまって、テレビの意思が自分の意志のように過ぎて行ってしまいそうなこの頃。


今回の事故で恥ずかしながらしったけれど、日本全国殆ど原発に包囲されている。
それを無関心でいることで、今回の事故に至ってしまったと、広~くとれば
言えない事もない。
政治も同じで、政治家は信用ならん!と、
無関心で投票もぜず「私が選んだんじゃない」と批判ばっかりしてても進まない。
一人一人の意思があって、その集約が国、という理屈ならば。


新聞、テレビ、ネット等、色んなメディア、今や沢山の情報源があって、
それをiPhoneとかでと~っても身近に享受しているはずなのに、
肝心の「では結局自分はどう思ってるの?」までいちいち完結してるだろうか?


沢山のメディアから、沢山の知識を得ることで判断した気になってはいなかったか。
ちゃんと判断していたならば、
なんで原発問題に取り組む政治家が胡散臭く見えて、違和感を覚えるのか。

それがこの結末だ。

清水さん達が言っていた。
「田舎はまだ、"村社会的な"周りとの関わり合いの中で生活してる。
 小さい事でも意見を交わす場がある分、良い方だよ。
 東京はその"関わり合い"すら生活の中にないんだもの。」
とても重い。


今、大変な事故が起こって、沢山の人たちの生活、人生が傷ついてしまってる現実。
それは天災ではなく、人が作ったものによる人災。

原発という言葉が出ると、これまではデリケートである前に
「あれ?…この人」みないな違和感、距離感を抱かれてしまう、そして抱いてしまってた。
対岸の火事,的意識。
けど、無関心ではとても居られない今。

こんな、人の手にあまる代物がホントに必要なのかどーか?

「あそごの角の…ほれ、売れてるんだが売れてねんだか分がんね自販機や、
      あいづ、必要なんだがや?」
が入り口でいいと思う。

まず、自分で考えて、そして周りでもっと話が出ていい時期じゃあないか?
今まさにその時なはずだ。自分の生活に直結する事だもの。
これからでも遅くはない。
みんな考えっぺ!

少しでも納得出来る世の中を作るために。








清水さんからうれしいプレゼントが。
よっちゃん販売してもらってるPLANE PEOPLEのオシャレなスタッフの皆さんからの寄書き!

すげーうれしい!
デザイナーでもある勇人くんのワイヤーアートにジャンさんのトレードマークが
ありがとーございます!!
よっちゃん農場、これからも"素朴に"がんばります。






共感。

2011年04月16日 | Weblog

直売所イベント2日目。
平日に比べ、閑散としたスタートとなるも、
焼きそばは順調。

一転昼を前に風と雨に襲われるも、今日もギリギリ10キロ完売。

途中、大崎市長にも立ち寄って頂きました。


小さい直売所なりにやった復興支援イベントだが、
何が起きたのかを、生産者仲間、お客さんと少しでも共有出来た気がする。
この意味は大きいし、売った買っただけのお店でない、地域、
ローカルならではの共感があった。


その後急ぎ家に戻り加工場へ。

夜、東京から各被災地を巡って支援物資を配りつつ、
GAIA清水さん晴れ屋小泉さん到着。

車にはしっかりガイガーカウンターも設置され、各地で測定も行って来たとの事。

先行きがとても不安な原発問題。
テレビなどでは「半径●●キロ以内は…」
という言い方をされ、地図も出るけれど、気象条件ももちろんあって単純ではないよう。
円内部でも数値が低いところもあれば、実測して来たところ北西方向に軒並み数値が高かったとの事。

福島市内が特に高かったと聞き、
すこぶる美味しい桃や梨を作る義妹の両親が頭に浮かび、心配になる…。
やはり盆地だから抜けにくいのもあるらしいし。。