日々他人のワルクチを言っていたら、結局同じ穴の狢である。しかし、今日は彼岸の入り。義母に感謝してきたい。今日くらいは、素直に過ごそうと思っている。
今朝はすっきりと起きた。
昨日、4年ぶりに柔道をやったからである。全身運動になっていた。だから心身共に快調である。
こうでなくてはならない。
ジジイになったからといって、なにからなにまで隠者気取りではアカン。積極性がなくなっていた。もっとも、ボキは元々がおとなしい性格だからなぁ。喧嘩も大嫌いだし。調和をモットーとしているし。
エコノミークラス症候群になってから、さらに消極的になっていたことは否めない。体調がおかしかったし、それはそれで一時期は仕方なかった。おとなしくしているしかなかった。退学した某大学大学院にも未練があったしなぁ。
仕方なし。
しかし、いつまでもこんなんじゃアカンのでっせ。
だから、第二の青春を生きておるのでごじゃります(^0^)。
まるで千葉県知事の森田健作氏みたいなことを言っているけど。
もっとも落語の立川談志が、森田健作氏を糞味噌に言っていた。しかし、どっちもどっちである。人のことを言えた面かと立川談志師匠にも言いたいけど、こんなことを言い始めたら、ボキだって同じ穴の狢である。
クワバラ、クワバラ。
おとなしくしていた方がいい。
柔道は別だけど。
今日は彼岸の入りである。
亡くなった義母の墓にお参りしてくる。
懐かしい方である。
ボキが今日あるのは、義母のおかげである。
九十九里浜に永住することになったのも、義母あってのことである。結婚を許可していただいたからである。感謝している。風来坊で、よそ者で、貧乏教師で、学歴をはじめとしてなんも自慢するものをモタナイようなボキを、よく指導してくださったからである。
生意気で、ひねくれていて、言葉も嫌味だらけであったボキをなんとか世間で通用する人間に育ててくださったからである。さらに、腕力自慢の中途ハンパ柔道人間を暴力だけではないということを知らせてくださったからである。ボキにとっては偉大なる教師であったのだ。
感謝しているのだ。
アチコチと旅行三昧の生活をした。一緒に出かけた。家人と共に。あるいは、ボキの子ども達と。おかげで、ナントカ子育てには失敗しなかった。
見守っていただいたからである。
ホントウに感謝しかない。
そういう心境に到ったのも、義母のおかげである。
お墓に参ったら、心の中で念じて感謝してくるつもりである。
感謝以外にはない。
せめてもの、ボキなりの恩返しである。
ヾ(@⌒ー⌒@)ノ