昨日から6番目のバイトがスタートした。年に二回しか無いが。来月から7番目のバイトがスタートする。こっちは年に四回。ただし、幕張まで行かなくちゃならない。
ありがたいもんである。そして、それだけである。ボキを使ってくださる方とか組織があるから、ジジイ生活も楽しくなるのだから。アリガタヤ、アリガタヤである。もっとも、全部年間数回しかないのだから、これをバイトと言っても良いのかどうかはわからない。たぶん、バイトとは言わないだろう。ボキがそう思っているだけの話である。それだけである。
それにしても世間にはいろいろな人間がいるなぁと思う。偉そうな御仁淑女が多いからだ。威張っている。なんで年をとると威張るのか。それは、普段誰にも相手にされていないからだろうよん。
ボキだって、昨日どこに行くかは家人に言ってからでかけたけど、内容はまったく言っていない。言うつもりもない。自慢したくないからだ。なんだかわかったようなわからないようなことを家人は言っていたが。たぶん説明したってわからないだろうから。それに、笑われるだけである。何しに行っているかなんてぇことは関係なし。
そんなもんだろう。家人に威張っていたってしょうもないからだ。
どうも段々他人に指導したがり症候群(センコー稼業の悪癖)からは、離脱しているようである。浮遊している。指導をどうするかだけで、これまで現役生活を送ってきたのだからしょうがないと言えばしょうがない。バイトもそれがほとんどだけど、それでもボキはセンコー稼業からは逃れられない。なにしろ、困った方がいたら基本的に借金以外はお助けするのがポリシーだから(^0^)。それにそれしかできないし。
それにしても、昨日の会議会場に本を忘れてきたのは大笑いだったなぁ。しかも、山折哲雄先生の宗教史の本だった。これだもの、宗教にご縁がないのは当然である。もう惚けが始まっているのだよん。
電話がかかってきたから、速攻で取りに行ったけど。居住地だから。職員の方がエライ難しい本を読んでいなさると言っていたが、惚けているのに自慢なんかできないでしゅぅ。
山折哲雄先生の思想もやはりモノにできないのかと慚愧の思いでありました。ノートやカードはとっているけど。これまたご縁がないのかねぇ。情けない。実に情けない。
山折哲雄先生の生き方は、まさに高齢化社会を生きるうえでの指針になるから読んでいたのである。しかし、これまたご縁がないとなったら、ボキはこのまんま惚けて生きていくしかないのかねぇ。
(_ _ )/ハンセイ
(_ _ )/ハンセイ
しまくらちよこ。
BYE-BYE!