水持先生の顧問日誌

我が部の顧問、水持先生による日誌です。

「かしこ」になる(3)

2023年12月05日 | 学年だよりなど
3学年だより「かしこ」になる(3)




 見ていると、シュウマイが何かわからんくて怪訝そうなアメリカ人に、ペラリペラリと説明して、シュウマイの注文を11個とっていた。




~ お会計してくれたのは、これまた若く、台湾からワーキングホリデーで働きに来た店員さんだった。中国語でお客に交渉してくれたのは彼だ。
 どうしてもこの店が好きで、正社員登用されるために、がんばってるという。ド笑顔。
 ウェ……、ウェルカム!!!
 ようこそ日本へ!!!きみが今ここに!!!いること!!!!
 とびきりの運命に! 心から! ありがとう〜〜〜〜!!!(現金を出す)
 なんぼでも払います。1400円、払わせてください。
 初めて思ったかもしれない。値上げしてくれて、ありがとうなと。
 がんばって仕事してさ、また通おうと思うよ。 ~




 8年連続でミシュランのも載っている「麺屋猪一」は、しかし経営が苦しかったという(取り寄せて食べましたが、ムチャクチャ奥の深い味でした)。
 このツイートがバズり、店にも伝わった。岸田氏のもとにメールが届いた。




~ 読みながら涙が出てきました、社員全員とっても喜んでおります。数か月前に、こんなに流行っているのに経営が厳しく、スタッフが揃わず継続も難しい状態に立たされておりました。
 閉店後に皆で集まりこの採用難をどのようになり超えるかと議論し、賃金も上げてお客様にも理解を得て値上げしよう、それでダメだったら仕方ない、日本の素晴らしい飲食店のためにも覚
悟を決めて進もうと、あのようなメッセージをお店に貼り値上げをさせて頂きました。 
 商品、サービスのクオリティーを下げることなく精進し、お客様に愛してもらえるように創意工夫しようと。我々の想いをすべて表現していただいたコメント、勇気づけられました、本当にありがとうございます。 ~




 たくさんの「かしこ」がいる。試験の点数だけで測れない「かしこ」要素が満載の話だ。
 同時に、試験的な「かしこ」ももちろん必要で、語学力などはその最たるものだとも思う。
 知識も知恵も、「人」のために使えてはじめてその価値は生まれるのだ。
 少しでもかしこい大学に入って、本当のかしこさを身に付けていってほしい。

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「かしこ」になる(2)

2023年12月04日 | 学年だよりなど
3学年だより「かしこ」になる(2)




 個人的な話をはさませていただくが、先日東京駅の八重洲地下街にある「いし井」に少し並んだ。
 列の先頭に来たとき、カップルが一組退店し、店員さんがよびに来たのだが、後ろにいた年配のご夫婦を先に案内して下さいといった私はなんて大人なのでしょう。




~ ガラッ。 若い店員さんが、出てきた。「車いすのお客さま、中へどうぞ!」
 ど、どこに!?!?!?!
 あっ。さっきまで人がいたテーブル席が! もぬけの空!
 見れば、別の若い店員さんが、まだラーメンが到着してないお客たちに交渉してくれていた。 カウンター席に移ってもらえないかと。
 それはそれは腰が低く。しかも流暢な英語と中国で。
 めっちゃ喋れるやないか。
 すごい。ほんで、お客も一瞬「?」って顔をしてるが、説明を聞くやいなや「Sure!」「行、行」と、ほほえんで立ちあがる。優しい。
 わたしと母は、グローバルなお客たちに頭をカッコンカッコンと下げながら入店する。暴風雨のシシオドシのごとく。ありがとうございます、ありがとうございます。
 びっくりした。「こんなに若いのに……」 (岸田奈美X「魂をこめた料理と、命をけずる料理はちがう」)~




 岸田奈美さんのお母さんが、うるんだ眼で店員さんを見ている。
 店員さんたちは、機転が利くし、ずっと笑顔で手を動かし続けている。
 忙しいのにピリピリした様子は全くなく、お客さんと雑談する余裕もある。
 ラーメンはもちろん美味しい。出汁のうまみがが五臓六腑に染み渡る。
 帰りがけに、店長さんとおぼしき人にお礼を言う。




~ 「ありがとうございます! 彼はああ見えて、京都の◯◯大学の学生で」
 めちゃくちゃ賢い大学やないか。
 「かしこや。かしこがおる」
 「ワハハ。頭は良いんですけど、私生活はアホというか……」
 「ちょっと!ちょっと!」
 店長にからかわれ、彼は楽しげにツッコミをいれていた。かわいがられとるんやな。
 賃料を上げる前まではさっぱりだったが、今は60人も応募があったそうだ。彼が選ばれるのも納得。お、お、お賃金がなせる技ッ!!! 新しい価値ッ!!! ~




 新しい価値とはそういうことか。疑って申し訳ないとも思う。
 元々、店の魅力は申し分ないが、貧しい学生さんにとって十分な賃金は何よりの働きがいだ。


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「かしこ」になる(1)

2023年12月01日 | 学年だよりなど
3学年だより「かしこ」になる(1)




 何のために大学に行くのか。今さらですが。
 たくさん理由はあるが、シンプルに一つ言えるのは「かしこく」なれるからだ。
 いや正確に言うなら、かしこくなれるチャンスが与えられるからと言うべきか。
 大学に行かなくても、かしこくなって人は、もちろんいる。
 ただ、4年なり、6年なりの大学生活は、自分をかしこくしようと思うなら、きわめて効果的にかしこくなれる環境であることは間違いない。
 4年、6年、もしくはそれ以上通っていても、かしこくなれない人はもちろんいるが。
 そもそも「かしこい」とは、どういう人のどういう状態を言うのだろう。
 文筆家、岸田奈美さんのこんなツイート(X)を見た。




~ ラーメン屋の行列に並んでいた。京都の自宅へ遊びにきた母が「ラーメン食べとうて、しゃあない」と、眼をかっ広げて言うのである。母はたまに、そういう猛烈な天啓が下る。
 車いすなので、こぢんまりした店にはひとりでフラッと入れないからだ。
 ならば、どうしても食べさせたいラーメンがある! 京都の名店! 麺屋猪一! ~




 久しぶりに訪れた「麺屋猪一」は、行列はあるものの20分ぐらいの待ち時間に見えた。
 待っている間にメニューを見る。「1400円!!」
 たしか初めて食べたときは900円、去年1000円だった気がするが、なかなかの強気だ。
 観光で来た人、とくに外国人ならぜんぜん出せるのだろうと思いながら、張り紙を読む。
 材料費や燃料費など、いろいろ値上げで大変なのだろうと思いながら。
「お店の人員の不足が続いており、数社の媒体でスタッフを募集しましたが、飲食業界全体が採用難です。この先の未来をよく考えて悩み、4月に賃金の引き上げをすることにしました。おかげさまでスタッフも増えはじめ、お店に新たな価値が創造できるようになり、光が見えて参りました」
 人件費?……。でも「新たな価値」ってなんだろうと思いながら、少しずつ前に進む。




~ 順番がまわってきた。「あかん。入れへん」ガラス戸から店内をのぞいて、母が察した。
 店内にはカウンター席が半分、テーブル席が半分。車いすだと、テーブル席にしか座れないが、ちょうど全部埋まったところ。空くまで20分はかかる。
 空いてるのは、カウンター席ばかり。オーケーオーケー、もう慣れとる。こういう時は店員さんが「すみません、後ろのお客様を先にカウンター席へお通ししても良いですか」と言うて、譲ることも。慣れとる。車いすで食事するとは、そういうもんである。~

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11月の演奏予定

2023年10月31日 | 学年だよりなど
11月3日(金・祝) 
 音楽座ミュージカル吹奏楽コンサート@草月会館 15:30演奏


11月19日(日)
 埼玉県アンサンブルコンテスト@久喜総合文化会館 サックス3重奏出場


11月20日(月)
 西部地区高校音楽祭@所沢市民文化センターミューズ 12:12演奏


11月23日(木祝)
 農業ふれあいセンターまつり2023@伊佐沼グリーンツーリズム拠点 13:00演奏

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基本力(2)

2023年10月17日 | 学年だよりなど
3学年だより「基本力(2)」




 『大学入学共通テスト 受験案内』の「受験にあたっての主な注意事項」(48ページ)にこうある。




~ エ 試験時間中に日常的な生活騒音等(監督者の巡視による足音・監督業務上必要な打合せなど,航空機・自動車・風雨・空調の音など,周囲の受験者の咳・くしゃみ・鼻をすする音など,携帯電話や時計等の短時間の鳴動,リスニングのイヤホンやヘッドホンからの音漏れ,周囲の建物のチャイム音など)が発生した場合でも救済措置はありません。~




 試験中、リスニングの時間まで含めて、予期しない騒音が起こってもなんの「救済措置」も行わないと入試センターは言う。
 受験には「図太い」神経が必要だ。
 乗り慣れない電車に乗り、はじめて入る建物の、慣れない机で問題を解く。
 自分の机にだけ小さな疵があるかもしれないし、イスがガタガタ動くかもしれない。暖房が強すぎる場所になるかもしれないし、トイレの臭いが気になる席かもしれない。
 岡田稔喜先生が書いていたように、隣の受験生が「貧乏ゆすりが激しかったり、書く音がうるさかったり」するかもしれない。香水のきつい女子だったり、やたら鼻をすすっていたり……。
 地下鉄を乗り間違えて、開始時間ギリギリに到着することになるかもしれないし、急にお腹の具合が悪くなったのにトイレが見つからないかもしれない。
 開始の合図で問題冊子を開くと、過去問からの予想とは100%異なる内容だった、なんてことも「体感的」にはあるものだ。
 ふだん考えられないようなことが起きるのが「本番」だといっていい。
 何があっても動じない人というのは、たぶんいない。
 動揺している状態のなかでも、その時点での最善を尽くそうと思える心が必要だ。そういう図太さを「胆力」とよぶ。
 そういう心を得るための特効薬はない。
 毎日学校に来て、何があっても平然とやるべきことを積み上げていくことでしか作れないのだ。
 毎日学校に来て、ほんの少しずつの負荷を自分にかけ続けることでしか作れない。
 身体の筋肉は急にはつかないことは、みなさんよくわかっているだろう。
 少しずつ負荷を大きくして、筋繊維を破壊し、超回復をしていくサイクルを地道に継続していくしかない。
 心も同じだ。毎日、少しずつ、逃げない暮らしを積み重ねることでしか心は鍛えられない。
 でもある意味簡単かもしれない。毎日学校へ来て勉強すればいいのだから。

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基本力(1)

2023年10月16日 | 学年だよりなど
3学年だより「基本力(1)」




 昔、センター試験の漢文で次のような出題があった。本文中の「易」と同じ意味で用いられている熟語はどれかと問われ、以下の選択肢がならんでいる。
 「 ① 簡易  ② 交易  ③ 容易  ④ 難易  ⑤ 平易 」(1996年本試験より)
 一目して気づくように、本文を読まなくても選択肢だけ見れば解ける設問だ。
 「 ① みかん  ② バナナ  ③ りんご  ④ ぶどう  ⑤ たまねぎ 」
から⑤を選ぶのと同じだと言える。では、次の選択肢なら正解はどれか。
 「 ① 親子丼  ② カツ煮御膳刺身付き  ③ カツライス  ④ カツ丼  ⑤ 壁ドン 」
 現代文でありがちな選択肢だが、これも本文を読まなくても④である可能性は高い。
 正解に必要な要素は「カツ」と「卵とじ」であり①・③は「不足」、②は「イイスギ」、⑤は「無関係」で誤答になるからだ。
 選択肢で解く以上、このような観点で選択肢を絞ることもできるという感覚は必要だろう。
 もちろん、本文を全く読まずにすべてを解ききることはできない。
 あくまでも一つのテクニックであり、選択肢比較をする前に、正解の方向性が見えるようになっている力が必要だ。
 残された時間が少なくなってくると、テクニック的なものに心惹かれ、「簡単に~」「一週間で~」「~はこれだけ」的な参考書や動画に向かってしまうこともある。
 「簡単にお金儲けできる」が1000%詐欺であるように、「三日で偏差値10上がる」はウソだ。
 ただし、逆も危険だ。
 必要な情報を手に入れずにひたすら勉強すること。
 志望大学の入試科目を知らない人はいないと思うが、どんな傾向なのかを把握していない人は意外に多いように感じる。
 解き時も同じで、間違った解き方のまま繰り返していると、マイナスがより強化される。
 「正しい方向の努力」を、「たくさんする」ということ以外に、やるべきことはない。
 それが基本だ。
 木村達也先生は、こう言う。




~ 高3の生徒諸君は受験本番まで間がありませんが、
 ① 今こそ基本を大切にし、
 ② 誰よりもたくさん問題数をこなし、
 ③ 先を見据えて勉強をする、
 という姿勢でラストスパートに臨んでほしいなと願っています。(木村達哉「成績向上のための基本三原則」)~




 基本を大切にする勉強を積み重ねて力をつけ続けること。
 その力を本番で発揮できるメンタルとあわさって「基本力」になる。
 受験に必要なメンタルは、極悪非道の強大な敵に立ち向かっていくような勇気ではない。
 想定外の状況におかれても、精神的にアウェイの現場に行っても、(外見では)平然といつもどおりのことを行えるようになる力だ。

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日常力(2)

2023年10月03日 | 学年だよりなど
3学年だより「日常力(2)」




「秋から実力を飛躍させる受験生」像は? と問われたなら、三十数年の教員経験から明確に言える指標がある。
 多くの先生方の共感を得る自信もある。
 それは「最後までちゃんと学校へ通う生徒」だ。
 これができている人ほど、結果が伴うという事実は、統計的に示すことさえできる。
 和田秀樹先生の指標「6・7」の対策としても、これほど確かなものはないだろう。
 高校での授業も残り少なくなってきた。季節の変わり目でもある。
 「なんとなく」体調がすぐれなくて、「念のため」休んで自宅で勉強することは、一見合理性が高いように思われる。
 しかし、心のどこかで「楽な道を選ぼう」としている自分に気がついていることも多いものだ。
 朝起きる、ごはんを食べる、着替える、駅に向かう、スクールバスに乗る……。
 こんな日常のなんでもない行為にも、小さな壁がある。
 どちらを選択するかの決断がある。
 毎日小さくがんばる方の決断をし続ける人と、小さく逃げる方を選び続ける人とでは、それが積み重なると大きな差になる。
 メンタルを強くするには、時間がかかるものだ。
 毎日、小さな選択をし続けるしかない。
 試合に例えるとわかりやすいだろうか。
 いざという一瞬でどんな判断をするか。
 ボールを蹴るのか、まわすのか。来た球をふるのか、ふらないのか。
 誰にパスをするのか、自分でもっていくのか。打ち切るのか、フェイントか……。
 それは、その瞬間の自分が判断しているのではない。
 その時点の自分を作り上げてきた、何日、何年間、何十年間蓄積してきた自分だ。
 その時の選択が、素晴らしい結果を生んだとき、周りの人は「センスがいい」とか「とっさの判断力は天性のもの」とか評したりする。成長論を知らない人の言葉なのだろう。
 その一瞬のために、どれだけの蓄積があるのかを知っている人、経験している人は、簡単にそんな言葉を発しない。
 試合に勝てるかどうか、結果を残せるかどうか、誰もわからない。誰もが不安だ。
 そういう自分から目をそらすことなく受け入れ、乗り越えていくことにこそ今の意義がある。
 「勝てる」という感覚は、日常の積み重ねの中から生まれる。
 ふだんの生活が、試合の大切な一部だ。
 残りおよそ50日間。皆勤してメンタルを鍛えていこう。それが年明けにいきてくる。

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日常力(1)

2023年10月02日 | 学年だよりなど
3学年だより「日常力(1)」




 和田秀樹先生が「秋から実力を飛躍させる受験生」像として、次の七項目をあげている。




 1 合格最低点まで「あと何点?」が見えている
 2 学校に頼りきらず、やるべき勉強を自分で考える
 3 苦手に執着せず、伸びる部分を優先し、得意に磨きをかける
 4 模試の失点を細かく分析して受験対策に役立てる
 5 本番のリハーサルとシミュレーションを十分にやっている
 6 頑張りを支える生活習慣が確立している
 7 不安な気持ちを勉強の原動力に転化できる




 1~4には、現時点の自分に足りないものを分析し、残された時間のなかで、必要なことをこなしていくだけという勉強の原則が表されている。
 今のみなさんの勉強は、大人が「趣味」としてやっているものとは違い、明確な期限のある課題だ。大人がしている「仕事」と性質が近い。
 就活の際に、その人の仕事能力を測る目安の一つとして受験能力が参照されるのは、そういう意味で筋が通っているだろう。
 5が示す「本番は練習のように、練習は本番のように」はあらゆることにあてはまる原則だ。
 部活動で今も現役の人たちがいるが、限られた時間の中で結果を求めるとき、練習の質の高さが大事なのは言うまでもない。
 一瞬の集中力を発揮させる土台になるのは、6・7で述べられている生活の基盤だ。




~ 秋ともなると、受験生なら誰でも不安を感じるもの。「落ちたらどうしよう」という不安と「受かりたい」という欲望は表裏一体であり、「受かりたい=勉強しよう」とポジティブな方向にもっていける人が、いわゆる「メンタルの強い人」なのだ。……不安なのは自分だけじゃない、ということを知るのも大切だ。  (和田秀樹「秋から伸びる受験生はここが違う!」蛍雪時代)~




 精神を鍛えることが受験の目的の一つだ。
 人生というスパンで考えたら、これこそが一番と言ってもいい。
 受験勉強への取り組みが本気になればなるほど、自分に与えられた時間と現状とのギャップに不安をおぼえることが多くなる。
 それは受験生として、人間として健全な姿だ。
 先が見えない不安さえ、どうなるか楽しみな「わくわく感」に変えてしまえるメンタルに持ち込めるようになったとき、人としてのステージが一段あがっている。
 そんな自分になるためにはどうすればいいのか。
 精神を鍛えるには。

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カルチベート(2)

2023年09月21日 | 学年だよりなど
3学年だより「カルチベート(2)」




 それは勉強でなくても、いい。
 本を読んで心動かされる一節や言葉に出会うことでもいい。
 映画の一場面に涙したり、美しい音楽に身をゆだねたりすることでもいい。
 どうしても仲良くなりたい人に振り向いてもらえないことや、目標に向かって努力してそれが叶わずに涙する経験でもいい。
 心を耕し、頭を耕し、体を耕す。
 それらは学生時代の大切な目的であり、その経験を積んだ人は、大人になっても耕し続けられる可能性が高い。
 「耕す」は、「自分を変える」と言い換えてもいいかもしれない。
 みなさんは、昨年「動的平衡」を勉強した。
 生きるとは自分の分子を入れ替え続けることだと。
 食べられなくなったとき、排泄できなくなったとき、つまり分子の入れ替えができなくなったとき、人は死を迎える。
 分子を入れ替えるとは、もとあるものを壊して、新しいものに変えていく作業だ。
 福岡伸一先生はそれを、「守られるためには絶え間なく壊されなければならない」と表現した。
 それこそが生命の秩序だ。
 「壊す」と「カルチベート」とは、実は同じことなのだ。
 身体としての生命を守るために「壊」し続ける必要があるのと同じで、人として生きていくために「カルチベート」し続けなければならない。
 知識を身に付けること、新しい解き方を学ぶこと、知らなかった単語を覚えること……。
 すべて自分を変える作業だ。
 自転車の乗り方、ボールの蹴り方、泳ぎ方、絵の描き方、音の出し方を身に付けることで、新しい自分に変われるのと同じだ。
 「知識を詰め込むだけの勉強は本当の勉強ではない」と言う人もいるが、「詰め込む」という表現に値するほど詰め込んだ人は、脳の中身が変わっている。
 あきらかに思考の質があがる。
 「詰め込みは意味がない」と言って勉強しない人は、変化がない。
 自分が変わりたかったら勉強すればいいし、今のままでよければ勉強しなくていい。
 それだけのことだ。

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カルチベート(1)

2023年09月20日 | 学年だよりなど
3学年だより「カルチベート(1)」




 何のために大学に行くのか、なぜ学びたいのか――。
 そういう問いに答えるための一つの方法として「志望理由書の書き方」を示したつもりだが、あくまでもそれは書類としての体裁を整えるためのものだ。
 最低限の形式を整えることは、人と人がコミュニケーションをとるための必要条件であって、十分条件ではない。
 その書類がより訴える力を持つためには、根本のところで、「学びたい」という思いにあふれている必要がある。
 太宰治の小説「正義と微笑」に、「勉強とは自分をカルチベートすることだ」という言葉がある。




~ 「俺はもう、我慢が出来なくなったんだ。教員室の空気が、さ。無学だ! エゴだ。生徒を愛していないんだ。俺は、もう、二年間も教員室で頑張って来たんだ。もういけねえ。クビになる前に、俺のほうから、よした。きょう、この時間だけで、おしまいなんだ。
 もう君たちとは逢えねえかも知れないけど、お互いに、これから、うんと勉強しよう。勉強というものは、いいものだ。代数や幾何の勉強が、学校を卒業してしまえば、もう何の役にも立たないものだと思っている人もあるようだが、大間違いだ。
 植物でも、動物でも、物理でも化学でも、時間のゆるす限り勉強して置かなければならん。日常の生活に直接役に立たないような勉強こそ、将来、君たちの人格を完成させるのだ。何も自分の知識を誇る必要はない。勉強して、それから、けろりと忘れてもいいんだ。
 覚えるということが大事なのではなくて、大事なのは、カルチベートされるということなんだ。 カルチュアというのは、公式や単語をたくさん暗記している事でなくて、心を広く持つという事なんだ。つまり、愛するという事を知る事だ。
 学生時代に不勉強だった人は、社会に出てからも、かならずむごいエゴイストだ。学問なんて、覚えると同時に忘れてしまってもいいものなんだ。けれども、全部忘れてしまっても、その勉強の訓練の底に一つかみの砂金が残っているものだ。これだ。これが貴いのだ。勉強しなければいかん。そうして、その学問を、生活に無理に直接に役立てようとあせってはいかん。ゆったりと、真にカルチベートされた人間になれ!
 これだけだ、俺の言いたいのは。君たちとは、もうこの教室で一緒に勉強は出来ないね。けれども、君たちの名前は一生わすれないで覚えているぞ。君たちも、たまには俺の事を思い出してくれよ。あっけないお別れだけど、男と男だ。あっさり行こう。最後に、君たちの御健康を祈ります。」
 すこし青い顔をして、ちっとも笑わず、先生のほうから僕たちにお辞儀をした。
 僕は先生に飛びついて泣きたかった。 (太宰治「正義と微笑」『パンドラの匣』新潮文庫)~




 「カルチベートcultivate」が、「culture」と同じ語源であることは、みなさんもよく知っているだろう。
 つまり自分を耕すことだ。

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