笹生陽子「サドルブラウンの犬」。
高3の「オレ」は、がたいがよくて目つきが悪く、おさななじみの「まっつん」「タイガ」といつもつるんでいる。
エロイことばかり考え、ろくに勉強もしないでバカ騒ぎをし、富士山の見える片田舎の高校に通う毎日を過ごしているものの、さすがに高3の一学期も終わりが近づくと、この街を出て東京の専門学校に行きたいなどと考えるようになっていた。
まっつんが女がらみでチンピラともめて泣きついてきて、よし加勢してやるから話つけに行こうぜ、おれにまかせろ、もう大丈夫だからエロしりとりでもしようぜとまたバカ騒ぎしてたとき、オレの「おかん」の心臓がとまってしまったのだった。
父親は単身赴任中で、そう簡単に異動が可能な状況ではない。
当面、小学校5年の妹マドカと暮らしけいなねばならない。
夏休みに予定してた合宿免許もとりあえずキャンセルして、「家事手伝い」の日々を過ごすことにする。
夏の終わり、自分の仕事になった飼い犬チョロ太との散歩をしてるとき、まっつんとタイガに出会う。
ジャージにエプロン姿が妙にうけ、そのまま神社に移動して、積もる話をする。
勉強のできるタイガは予備校の夏期講習に通い、東京の大学にほぼ行ける状態になっているという。
まっつんは、就職の内定をもらってて、福岡の本社に採用になっていた。
~「しっかし遠いな、九州か。それいつぐらいに決まったの」
「えーと、合宿免許の前くらい?」
「なんだ。さっさといえばいいのに。よかったじゃん」
「うん、ありがとう。で、セイちゃんはどうすんの」
「オレかぁ。オレは、どうすっかなー」
「まぁ、あせってもしょうがないけどな」
あ、いまなんか、まっつんにさりげなく気をつかわれた。緊張すると、まばたきが多くなるんだ、まっつんは。~
会話に加わりにくかったのか、タイガはマシュマロをやたら口にいれ、あげくのはてにもどしてしまう。
チョロ太を必要以上にからかって、手をかまれて悲鳴をあがえるまっつん。
~ やっぱおまえら、楽しいな。
なんで友達なのかわかんないけど、子どものころから、こうしてずっとそばにいるって、すごいよな。
だから、あんまり気にすんな。
もしかオレが上京できなくて、このまま地元に残ったとしても、おまえらのせいじゃないんだし。それならそれで、テキトーな働き口さがすから。 ~
また3人はエロしりとりを始めてしまって、げらげら笑って見上げた空が青い。
~ こういう息子を産んで育てて、おかんはおもしろかったかな。まぁ、生きてるあいだは絶対に聞かないことだと思うけど。
オレ、少しは世界にからんでる?
だったら、いいな。
マシュマロ、うめぇ。~
なんかよかった。
しみじみした。
自分のなかでは、浅田次郎「角筈にて」、宮部みゆき「サボテンの花」、川上健一「カナダ通り」とかに匹敵するぐらいの心に残る一編。
この一編からはじまる連作短編集『空色バトン』は、傑作の予感がする。