慶應義塾志木高校の定期演奏会は、通路に腰をおろす人が出るほどの超満員。うらやましい。第一部がいきなり劇仕立てになっていて、客席も巻き込んでの演出がさすがだった。
はじまって15分ぐらいで、アンコール並の盛り上がりをお客さんに要求するとは、なかなかアグレッシブな構成だ。
本校の部員を見てても、こうやってノリノリで役者になる慶應の生徒さんたち見ても、みな大事にされて育ってるなとしみじみ感じる。
終わったあと、小池先生に連絡したら、「楽しくしたいと思って音楽劇を企画したが、邪道でしょうか」というニュアンスのメールをいただいたので、「うちはもっと邪道です」と返信しておいた。
本校よりも少人数の編成でありながら、しっかりとバンドが鳴ってくるのは、一人一人の責任感みたいなものの総体なのだろうか。これも大きな課題だ。よそのバンドを聴くと課題が見つかる。あ、もちろん指導者の技量の問題はあると自覚してます。
顧問や部員の技量や音楽性、経験値を超える演奏会はできないものだ。
自分の楽器を練習するのはあたりまえだが、好きな演奏を聴いたり、演奏会に足をはこんだり、違うジャンルの芸術を経験したりすることが、自分の裾野になる。
ただ、その裾野の広げ方にはきりがないから大変だ。
日大豊山中学高校吹奏楽部の定期演奏会を聴きに練馬文化センターに出かけた。
レッスンの先生のつてがあってお邪魔したのだが、同じ男子校ということで、大変勉強になり、かつ励みにもなるものだった。
指揮者の先生はフルート奏者として活躍されている方だ。
木管楽器群のブレンド感はさすがだが、それ以上に立ち上がりのはっきりした、それでいて洗練された音色の金管のサウンドにおどろいた。男子校的とは言えるが、一般的な男子校イメージよりも美しい。結果としてバンド全体がゴージャスな響きになっている。
ふだんから音色を意識した指導をしっかりされているのだろう。男子と女子のいいとこどりしてるような音だ。
全体は、ステージドリル、クラシカルステージ、ポップスステージという三部構成になっている。
男子だけのステージドリルを観るのははじめてかもしれない。習志野高校の「ワンツー」以来かな。
ドリルの制服がりりしく、ときどき声も出して整然と歩き回る姿に、客席のお母さんがたはうっとりされているようだった。
先日の本校の定演の際もつくづく感じたが、定演とは実にアットホームな空間だ。
アウェイな場であると、たんにサムい感じになる企画やギャグも定演の場でなら許される。
もちろん、それに甘えてはいけないが、ある程度はそれにゆだねてやりたいことをやった方がいいし、それができるのが定演だ。多少はぐだぐだ感があった方が、客席の方も一緒に演奏会をつくっている気持ちになれる。
上手な学校の、あまりにも洗練されすぎた演出や演奏を見聞したときに、感心はしたけど、グっとはこなかったという会も経験したこともあるが、自分から遠すぎる存在に見えたせいだろうな。
来た人全てに納得してもらう企画をつくるのは至難の業(わざ)だが、要はバランス感覚だ。
企画がかりにしょぼくても、それを上回る圧倒的な音楽技術があれば、吹奏楽の定演としては許してもらえるが、うちの課題はまさにそこかもしれない。
定演も終わり、春休みの補習、講習も一段落し、リセットした感覚で過ごす一日。
「オーメンズオブラブ」を4月の部活動紹介でも演奏するというので、じゃ合奏してみようとはじめてみたら、えっ? こんなに雑なままやってたのかと気づき、カキコキで練習した。届いたばかりの新しいハモデは、実にすぐれものだ。
「ラッキードラゴン」も分奏で、やるべきことを確認する。
自分の予想(予定)とは違う形でリセットした子がいて、パート内のわりふりを変える必要性もでてきそうだ。なかなかすべてが思ったようにはいかない。
人はどうして、いい方向で物事を計画してしまうのだろう。うまくいくこともあれば、逆の場合もある。
こればっかりは、どうにもならない。ほんとは、日常的に実態を把握し、いろんな可能性を考えて曲を選んだり、練習をすすめたりしないといけないのかもしれないが、できない。
ある時点におけるメンバーが全員きちんと上達し、全員やる気にあふれ続け、順調にその計画がすすんでいくなら、何ヶ月後にはこの曲をこんな風に演奏できるはずだ、という感覚で過ごしてしまう。
そしてある地点に来たとき、予定通りにはいかないことを知り愕然とするという愚を毎年必ずおかしてきた。
でも「愚」なのかな。全員の成長を期待し予定して物事をすすめるのは、教師の業(ごう)なんじゃないのか。
年度末に向けて本を整理してたら、『牛丼愛』という本の帯に目がとまった。
~ 人生は並、ときどき特盛 (小野寺史宜『牛丼愛』実業之日本社) ~
自分たちが練習してきたことを発表する舞台、たくさんの方にお越しいただいて、声援をいただける定期演奏会のような日は「特盛」日だ。特盛に豚汁とサラダまでついてる日だ。
毎日特盛では体にもわるい。
基本、人生は並だ。ただしつゆぬきにしてほしい。最近はどのお店に行っても、デフォルトの牛丼がつゆだくに限りなく近づくというゆゆしき事態になっている。
人生は並だ。並に満たない日さえあるかもしれない。紅ショーガがきれてることもある。いざ合奏しようとしたら割り箸が見当たらない日もある。
でも、それをなんとか乗り越えようとするから、ハレの日には喜びがこみあげるのだ。
今のメンバーを大事にしたい。一緒に乗り切って生きたい。
夕方、あらたな気持ちで、久しぶりにみかみさんで辛味噌ラーメンをいただいた。
トッピングが微妙にかわっている。刻みタマネギが刻みネギに、ほうれん草の横にベビーコーンがちょこんとのっていて、色合いがますます美しい。たまたまかもしれないが、前回食べたときより、スープにきれが増している。完成度があがった感があり、それでいて今以上の進化の可能性さえ予感させるような、初々しい円熟が舌をとらえて離さない(おっと、柚木さんに影響されたか)。なんにせよ、電車に乗ってはるばるでかけなくていい場所にこの店があることを、神様に感謝せねばならないだろう。
セキチューで、衣裳をしまうケースと延長コードを買って学校にもどる。
年度末の机移動に向けて荷造りしていた同僚はみないなくなっていた。
元木青子は、社長に連れられて銀座の高級寿司店のカウンターに座っていた。24年間の人生で初の体験だ。
ちなみにその倍以上生きている私めには、その経験はない。たとえば今日、部活のあと急遽銀座の高級寿司店に出かけ一人前握ってもらう機会を得たとして、その価値が分かるものだろうか。
鮮度のいい魚なら、こどもの頃から普通に食べてきてるけど、たんにネタとシャリをあわせただけではない、「仕事のしてある」寿司というしろものを、おいしいと感じ取れるだろうか。
いや、おいしく感じるのは間違いない。ただ、二万円なり三万円なりを払って、それだけの価値があったと心から思えるほど楽しめるだろうか。自信ないなあ。
見知らぬ町の居酒屋に一人で入れるくらいに大人(オヤジ)になってしまったが、銀座のお寿司やさんは、かりにお金に不自由がなくても敷居が高くて、気持ち的にも本気で味わえないかもしれないと思う。
だから、24歳にして、初めて食べた「ちゃんとした」寿司の味が体と心にしみこんでしまい、退職して田舎に帰ろうとしていた決心を覆し、このお寿司をもう一回食べるために東京に残ろうとする青子の味覚が、自分にはうらやましく感じた。
青子とは、柚木麻子『その手をにぎりたい』(小学館)の主人公の名だ。
最初に出されたのはヅケだった。職人さんのすばやい動きに見とれる青子の目の前に、どうぞとヅケの握りが差し出される。職人さんの手のひらから直接とって食べるというお店だった。
ちなみに私めが愛用する店では、そんなはしたないことはせず、小ぶりのお皿に載せられた二カンずつが、しずしずと近づいていて、そのお皿自体を自分で手元にもってくるシステムになっている。
~ それにしても、人の手から直に食べ物を貰うなんて、何年ぶりだろう。幼い頃、母の手のひらから受け取った手作りのおやつを思い出す。お焼きに揚げたてのドーナツ、さつまいもの天ぷら、そしてかんぴょうの海苔巻き。人から人に食べ物が渡る光景はなんと穏やかで幸福なのだろう。そこに確かな信頼関係がなければ成り立たない。育子の胸はほんのりと温まる。 ~
寿司をとる際に一瞬触れた職人さんの手のひらが身震いするほど冷たい。こんな清潔な男の手に触れたことは今までないと青子は思う。
~ 鮨を口に運び、青子は思わず目を閉じる。経験したことのないドラマがロの中で起きている気がした。なんだろう、なんだろう――。ねっとりした質感の冷たいヅケを噛み切るこの心地良さ。酢の風味、硬く炊かれた米のくっきりとした甘み、ひんやりと醤油が芯まで染みこんだ鮪。それらがとろけて一体となり、喉から鼻に風味が抜け、体中に染みこんでいく。めまぐるしい心の動きに、青子は自分でも付いて行くことができず、茫然としてしまう。言葉もない、とはこのことだ。 ~
この日以来、青子の心は「すし静」でいっぱいになった。東京に未練などないと思っていたのに、もう一度味わいたいという思いがふつふつとわいてくる。同時に、彼氏の川本君との今後をどうしようかとも考えていた。
六本木の高給寿司店で彼におごってもらいながら、「すし静」と比較してしまう自分、川本くんの軟らかい手と、あの職人さんのストイックな手とを比較してしまう自分。
青子が田舎に帰る直前、やっと結婚をほのめかした彼にお寿司をおごられながら、自分がしたいのはおごられることではなく、自分でお金を払って好きなものを食べることだと、青子は気づく。
東京に残ろう。両親はちゃんと説得する。もう少し給料のいい会社に「とらばーゆ」しよう。
三ヶ月に一度、いや半年に一度しか行けないかもしれないけど、自分で働いたお金で「すし静」に行こう、と青子は心を決める。
時代は変わり始めている。女のあたしも、頑張ればあの店のカウンターに座れるくらい稼げる … と東京タワーを見上げた夜は、1983年の夏のことだった。
これが第一章「ヅケ」。以下「ガリ」「イカ」「ウニ」 … というタイトルがならび、1984年、85年 … 1992年の青子が描かれていく。
日本経済の、バブル前夜から、未曾有の好景気を迎え一気に坂をおりていく時期。
カンチとリカの時代でもある。
「バブル文学」というようなくくりが日本文学にあるとすれば、その枠に入れたい作品はいくつか思い浮かぶが、『その手を握りたい』は、白眉だと思う。直木賞候補になったら受賞できるじゃないかな。
「食べること」とは「生きること」だ。
青子が何をどう食べるかを描くことで、この時代に一人の若い女性がどんな風に生きたかがくっきりと浮かび上がる。
不動産業界に転職した青子は、ばりばり働いた。給料はどんどん上がった。社内での地位もあがり、接待で「すし静」を使えるようにもなった。常連になった。
ヅケを初めて食べたときに触れた手の持ち主への思いは高まっていった。しかしその一ノ瀬は、店で働いていた女の子と所帯をもつことになり、足は遠のいていった。
自分のした仕事が、めぐりめぐって「すし静」の常連さんの命を縮める結果になったことは、青子の心の重いものにさせていた。
~ 「山葵、強すぎましたか?」
彼の心配そうな顔が滲んでよく見えない。もう取り繕う余裕は残っていなかった。
「いいえ、こんなに美味しいとなんだか悲しくなっちゃって。美味しいものほど、あっという間に終わっちゃうから」
しばらくして、一ノ瀬さんがぼそぼそと言った。
「本木さんの、そういう感性がとても好きです。僕がうまく言葉に出来ないことを、ちゃんと言葉にしてくれる。僕もカマトロを食べるとほんのり悲しくなるんです」
好き、という言葉に体が震えた。もう三十歳だというのに、中学生のように心が暴れ出す。まるで神様であるかのように彼を見上げる。
「私だけじゃないんですね……」
「最高に幸せな時、ふっと悲しくなるのと似ていますよね」 ~
久しぶりに訪れた「すし静」で、青子はいきなり「トロちょうだい」という。もうどう思われたっていい。
青子の心を見透かすかにように、一ノ瀬は挑むように注文も聞かずに寿司を握って差し出す。
~ 自分が生き返っていくのがわかった。トロ、中トロ、ヅケ、鰤、鯛、烏賊……。食べ進めるうちに、次第にかつての気持ちが蘇ってくる。食べることが純粋に楽しくて、一ノ瀬さんの手元を見つめるのに夢中だったあの頃の。手のひらから鮨を受け取りながら、このカウンターで二人は時間を交換してきたんだ、と気付く。一ノ瀬さんの時間は鮨に、青子の時間は金に形を換え、互いを惜しみなく奪い合い、与え合った。この時が止まったような静かな銀座の夜、それぞれが大切な時間を交換する行為は、食事を超えた何かに思えた。これで十分ではないか。青子は重たい荷物を下ろした気分になる。目の前の手をにぎることはこの先、一生ないかもしれない。でも、こうして互いの時間を交換し合えば、それで十分、相手に関わったといえるのではないだろうか。自分が東京に残った理由がようやくわかった。仕事や恋愛に未練があったわけではない。誰かと強く関わりたかった。誰かの人生に足跡を残したかった。 ~
食べるとはどういうことか。
食べる、食べさせるは、まさに人と人とのまじわりの根源だ。
「寿司文学」というくくりがあるなら、岡本かの子「鮨」と並ぶ代表と言える。
人は何のために働くのか、何の為に恋をするのか。
バブリーな時代の日本人の狂騒は、といっても実際にそれを直接享受していたのは一部の日本人ではあるが、でも日本全体がお祭りな感覚はたしかにあった。
なんで、あんなにはしゃいでいたのか。
当時はわからなくても、時をへて相対化できると、その意味もわかってくる。
バカをやっていた若いころの自分を恥ずかしくも懐かしく思い返せるように、みんなではしゃいでいたあの時代を愛おしく思えるようになってくる。
『ランチのあっこちゃん』は、ふつうにたのしい作品だった。
なので、軽い気持ちで手にした作品だったが、こんなに読み応えのあるものとは思いもしなかった。おすすめです。
食いしん坊な人って(自分もけっこうそうだと思うのだが)、生きる力のある人なんじゃないだろうか。
講習受講者用の課題を添削していると、「あなまさなや」の訳ができない子が多かった。
「あなかま」の訳語として「静かに!」を丸暗記させるだけになってたかもしれないと反省する。
「あなまさなや」は、感動詞「あな(ああ、なんと)」、形容詞「まさなし(よくない)」の語幹、終助詞「や(なあ)」で構成される。
「あなまさなし」は、課題の文章では「なんてみっともない」のニュアンス。
それを強く言うと「あなまさな!」になる。
映画「銀の匙」の1シーン。
自分のミスで、絞ったばかりの牛乳500リットル分をダメにしてしまった八軒君が、御影さん(広瀬アリス)に尋ねる。
「牛乳1リットルって今いくらなの?」
「買い取り価格が83円かな、だから500リットルだと … 」と御影さんがいうと、八軒くんが「41500円か!」瞬時に言う。
アリスちゃんが「計算はやっ!」と声を漏らす。
「はやい」ではなく「はや!」という。これが形容詞の語幹用法だ。
吹雪の日に外にでた瞬間口にするのが、「寒いなあ」ではなく「うっ、さむ!」である。
これが感動詞+形容詞語幹であり、古典では「あなさむ」になる。
「きもっ!」とか「まじうざ」も同じ。
古典では「あなかしこし」が「あなかしこ(なんと畏れ多い)」になり、「あなかまし」が「あなかま(なんてうるさいの)」になる。「あなとし(疾し)」の「あなと(まじ、はや!)」もたまに出てくる。
ちなみに1994年のセンター試験で「あなかま」の意味が問われたときは、こんな選択肢だった。
① 仲間におなり ② 静かにしなさい ③ とんでもない ④ もっと大声で ⑤ かまわずに
①はだじゃれだけど、ひっかかった生徒さんもいたな。①が遊びであることに気づけば、対になっている②か④のどちらかが正解である可能性は高いから、古文の知識がなくても、この問題は実質二択問題だったのだ。
古文の訳し方の超基本確認
A「の」の訳し方
1 花の咲かむ折は来むよ。
2 親のあはすれども、きかでなむありける。
3 左の大臣の、一の人といひながら、美麗ことのほかにて参れる、便なきことなり。
4 年ごろおとづれざりける人の、桜の盛りに見に来たりければ、
B 省略されている助詞「ガ(ハ)」・「ヲ」を補って訳す。
5 昔、男ありけり。
6 月見れば、千々にものこそ悲しけれ。
7 風そよぐ奈良の小川の夕暮れ。
8 ひさかたの光のどけき春の日にしずこころなく花の散るらむ
9 三寸ばかりなる人、いとうつくしうてゐたり。
C 係助詞「ぞ」「なむ」「こそ」の扱い
10 名をば竹取の翁となむいひける。
11 男、この女をこそ得め、と思ふ。
12 女の童べなむこの歌を詠める。
13 知る人ぞなき。
14 冬枯れのけしきこそ、秋にはをさをさ劣るまじけれ。
D 名詞を補って訳す。
15 しいださむを待ちて寝ざらむもわろかりなむ。
16 昔より賢き人の富めるはまれなり。
17 伊勢、尾張の間の海づらを行くに、波のいと白く立つを見て、
18 何心もなくうち笑むなどして居給へるが、いとうつくし。
19 女御、更衣あまたさぶらひ給ひけるなかに、いとやむごとなききはにはあらぬが、すぐれてときめきたま ふ、ありけり。
E 「~て、」「~で、」の扱い。
20 道知れる人もなくて、惑ひ行きけり。
21 問ひつめられて、え答へずなりはべりつ。
22 男、異心ありてかかるにやあらむと思ひ疑ひて、前栽の中に隠れゐて、
23 起きもせず寝もせで夜を明しては春のものとてながめくらしつ
24 女はこの男をと思ひつつ、親のあはすれども、聞かでなむありける。
F 「~已然形+ば、」の訳し方
25 いとをさなければ、篭に入れて養ふ。
26 それを見れば、三寸ばかりなる人、いとうつくしうてゐたり。
27 この子いと大きになりぬれば、
28 この川、飛鳥川にあらねば、
G 「~に、」「~を、」は文脈から訳し方を考える。
29 母、物語など求めて見せさせたまふに、げにおのづから慰みゆく。
30 あやしがりて寄りて見るに、筒の中光りたり。
31 十月晦日なるに、紅葉散らで盛りなり。
32 渡し守、「はや舟に乗れ、日も暮れぬ」といふに、乗りて渡らんとするに、
33 明日は物忌みなるを、門強くささせよ。
34 まかでなむとし給ふを、暇さらに許させ給はず。
35 父はこと人にあはせむといいけるを、母なむあてなる人に心つけたりける。
昨夜、いただいたアンケートを読みながら台所でプチ打ち上げをする。ここはノンアルではなく、ちょっとおごってグランドキリンで。
楽しかった、感動したというあたたかいお言葉とともに、演奏面に関する課題を指摘してくださるご意見もいただいた。音程、音色、バランス、曲のイメージ … 、どれも普段からひしひしと実感していることばかりだ。定期演奏会に来ていただいた方、もはや身内の方の思いやりあふれる言葉として、きっちり受け止め直して成長していかねば。
企画がよかった、パワーをもらった、合唱がよかった、先生の歌はいいが踊りはだめ … というあたたかいお言葉をかみしめているうち、こうして何年も顧問としていさせてくれている部員に、ありがたいなという気持ちがわいてきた。言いはしないけど。
今日は練習はオフ。漢文の補習をした後、国語苦手な人向け講習の告知に9人も来てくれたので、気合いいれてレッスンした。
その後、市民会館に、付属設備料金の支払い。Tシャツ代金の振り込みや、予約してあった自分のチケットの引き出しやら、小銭の預け入れ。学年のコマ割りの調整やら、明日の講習の準備。昨日いただいたメールへの返信、祝電をくださった先生へのお礼状書きなど。
川越東高校 吹奏楽部 第22回定期演奏会
3月23日(日) 開場 14:30 開演 15:00 (入場無料)
会場 川越市民会館 大ホール
1部
マゼランの未知なる大陸への挑戦
この曲が発表されてまもなく、第14回定期演奏会で一度演奏しました。その後、樽屋氏は数々の名作を書かれていますが、この作品は今も大変な人気作品です。樽屋氏ご自身の解説にもあるとおりのスケールの大きな世界が、希望に満ちあふれた音楽で表現され、未来ある若者たちの心をつかむのではないでしょうか。
斎太郎節による幻想
モチーフとなっているのは民謡の「斎太郎節」。「大漁うたいこみ」ともよばれる曲で、どなたも一度は耳にしたことがあると思います。
松島のさよー 瑞巌寺ほどの (ハ コリャコリャ)
寺もないとえー あれわえーエ エートソーリャ 大漁だエー(ハ ソレソレ)
新年度の吹奏楽コンクール課題曲の一つです。
ラッキードラゴン ~第五福竜丸の記憶~
4年前、春日部共栄高校の委嘱で作られたこの曲は、福島弘和氏の渾身の一作といっていいでしょう。曲の各パーツには次のような標題が付けられています(数字は小節番号)。
1~21 悲しみ 嘆き 22~33 西から昇る太陽 34~108 不安 怒り 109~145 祈り昇天 146~213 希望 ラッキードラゴン
技術的に大変難しい曲ですが、印象に残るメロディーで提示される主題、それが多彩な和音や拍子感で重層的に繰り返されていく見事な構成、そして楽曲にこめられた作者の思いなど、すべてのものがあいまって、福島氏の、というより、日本の吹奏楽の一つの頂点にある作品と言えるかもしれません。
2部 学年ビリのギャルが慶應に?! ~ 最新JPOPヒットメドレー ~
今年度のベストセラーとして知られる『学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話』をモチーフとしたドラマを最新ヒット曲とともにお届けいたします。
3部
オーメンズ・オブ・ラブ
フュージョングループ「T-SQUARE」のヒット曲です。スケールの大きなイントロで始まり、スピード感のある流れるようなメロディーがノリノリのビートで演奏されます。その昔、小泉今日子さん(天野春子)が歌詞をつけて「ウインクキラー」という曲名で歌ったこともあります。いまや、すっかり吹奏楽の定番曲となりました。
昨秋初めて開催した「吹奏楽 男祭り」では、男子校4校(慶應志木、城北埼玉、立教新座、本校)で、この曲を合同演奏しました。
ミュージカル「ラブ・レター」より
音楽座ミュージカル2013年秋の新作は、浅田次郎原作「ラブ・レター」(『鉄道員(ぽっぽや)所収』)をミュージカル化した作品です。
都会の片隅で汚れ仕事を引き受ける男吾郎(ごろう)に手渡された一通の手紙。そこには偽装結婚で名前を貸しただけの中国人女性白蘭(ぱいらん)から吾郎への感謝と恋情が綴られたいた。その思いが、いつしか吾郎や、吾郎の周囲にいる人々を変えていく … という「鉄道員」「角筈にて」と並ぶ名作です。
音楽座ミュージカルは、公演期間中に「ブラスバンドコンサート」という企画を開催します。上演される演目の音楽を、全国各地の高校生が、そのステージで演奏できるという企画です。新宿文化センターで開催された「ラブ・レター」公演でのその回に本校も参加し、この曲を演奏しました。客席側が低くなった「開帳場」というステージを体験できたのもよい思い出です。
ミュージカル「レ・ミゼラブル」より
19世紀、フランスの小説家ヴィクトル・ユゴーが著した「レ・ミゼラブル」は、明治時代に「ああ、無情」のタイトルで我が国にも紹介され、広く人口に膾炙しました。また1985年に初演されたミュージカルは、現在も世界各国でロングランを続けていて、中でも「夢やぶれて」「民衆の歌」などの楽曲は大変よく知られています。
このミュージカル作品を映画化したものが大ヒットしたことは記憶に新しいですが、「レ・ミゼラブル」の吹奏楽アレンジ版も、新しく二作発表されました。福島弘和氏が編曲し春日部共栄高校が演奏した作品、森田一浩氏が編曲し伊奈学園総合高校が演奏した作品です。コンクールで演奏され、ともに全国大会にも出場し、大変話題になりました。
今回は、森田先生版から「幼いコゼット」「プロローグ」「一日の終わりに」「夢やぶれて」「オン・マイ・オウン」「民衆の歌」をおおくりいたします。
たなばた
大変有名な作品で、吹奏楽の古典的名作のメロディーが曲のあちらこちらに仕掛けられているのも、人気がある理由の一つでしょう。それも含め極めて「吹奏楽らし」く、親しみやすい曲です。ただし技術的に易しいとは言えず、大人数で演奏するほど効果的な楽曲だと思います。「吹奏楽 男祭り」で男子百数十人で演奏した時は、演奏者も、お聴きいただいた方々も、その世界を楽しむことができたのではないでしょうか。
本校もこれまで何回もこの曲を演奏してきました。三年生が無事この曲で卒部していけるように心をこめて演奏したいと思います。
ご来場、お待ちしてます!!
チラシ配りデーにするとかの予定も当初あったが、とてもそんな余裕がない。個人、パート、合奏。合間に曲紹介の原稿。「ラッキードラゴン」が通らない。あまくみていたわけではないが、練習量が足りなかった。二部の通しはなんとかなりそう。三部の曲もあらい。気持ちでもう少しなんとか出来ると思うのだが、一日やっていると集中力が明らかにおちる。これじゃ上手な学校に勝てないと思うけど、でも一日練習が日常になるのもつらたんと思う。なんとか裏パンフも印刷を終えた。急に演奏を上手にすることは不可能だが、あと本番までの何十時間のなかで、ギリギリまでやるだけのことはやらねば。