国立の試験が始まると、もう何もしようがないので、三年の教員で集まって、予餞会(三送会)の準備をする。
とはいえ昔のように小芝居や映画をつくる時間もないので、みんなで「糸」「3月9日」を歌う練習。この二つならギター2本の伴奏がむしろあう。
練習後、東大の二次試験を解いた。今年は、例年以上にオーソドックスな出題だ。
現代文第一問の評論は筑摩選書で昨年出版された『傍らにあること 老いと介護の倫理学』からの出題である。予備校の先生なら、的中させた方もいるのではないだろうか。
とられている部分の内容は、東大を受けようとする生徒さんなら理解できるはずだし、解答の方向性も見つかるとは思うが、いざ二行の解答欄にまとめる段階で、けっこう苦労するのではないかと思われる設問だった。
面白かったのが古文の問題。平安時代の作り物語『夜の寝覚め』の一節という、アウトロー直球の出題だが、予備校さんによってバラつきのある(古文にしては)解答例が出された設問がある。
~ 次の文章は、平安後期の物語『夜の寝覚』の一節である。女君は、不本意にも男君(大納言)と一夜の契りを結んで懐妊したが、男君は女君の素性を誤解したまま、女君の姉(大納言の上)と結婚してしまった。その後、女君は出産し、妹が夫の子を生んだことを知った姉との間に深刻な溝が生じてしまう。いたたまれなくなった女君は、広沢の地(平安京の西で、嵐山にも近い)に隠棲する父入道のもとに身を寄せ、何とか連絡を取ろうとする男君をかたくなに拒絶し、ひっそりと暮らしている。以下を読んで、後の設問に答えよ。
さすがに姨捨山の月は、夜更くるままに澄みまさるを、めづらしく、つくづく見いだしたまひて、ながめいりたまふ。
(ア)〈 ありしにもあらず 〉うき世にすむ月の影こそ見しにかはらざりけれ
そのままに手ふれたまはざりける箏の琴ひきよせたまひて、かき鳴らしたまふに、所からあはれまさり、松風もいと吹きあはせたるに、そそのかされて、ものあはれに思さるるままに、聞く人あらじと思せば心やすく、手のかぎり弾きたまひたるに、入道殿の、仏の御前におはしけるに、聞きたまひて、「あはれに、言ふにもあまる御琴の音かな」と、うつくしきに、聞きあまりて、(イ)〈 行ひさして 〉わたりたまひたれば、弾きやみたまひぬるを、「なはあそばせ。念仏しはべるに、『極楽の迎へちかきか』と、心ときめきせられて、たづねまうで来つるぞや」とて、少将に和琴たまはせ、琴かき合はせなどしたまひて遊びたまふ程に、はかなく夜もあけぬ。かやうに心なぐさめつつ、あかし暮らしたまふ。
つねよりも時雨あかしたるつとめて、大納言殿より、
(ウ)〈 つらけれど思ひやるかな 〉山里の夜半のしぐれの音はいかにと
雪かき暮らしたる日、思ひいでなきふるさとの空さへ、とぢたる心地して、さすがに心ぼそければ、端ちかくゐざりいでて、白き御衣どもあまた、(エ)〈 なかなかいろいろならむよりもをかしく 〉、なつかしげに着なしたまひて、ながめ暮らしたまふ。ひととせ、かやうなりしに、大納言の上と端ちかくて、雪山つくらせて見しほどなど、思しいづるに、つねよりも落つる涙を、らうたげに拭ひかくして、
「思ひいではあらしの山になぐさまで(オ)〈 雪ふるさとはなほぞこひしき 〉
我をば、かくも思しいでじかし」と、推しはかりごとにさへ止めがたきを、対の君(カ)〈 いと心ぐるしく見たてまつりて 〉、「くるしく、いままでながめさせたまふかな。御前に人々参りたまへ」など、(キ)〈 よろづ思ひいれず顔にもてなし 〉、なぐさめたてまつる。
〔注〕
姨捨山 … 俗世を離れた広沢の地を、月の名所である長野県の姨捨山にたとえた表現。「我が心なぐさめかねつ更級や嬢捨山に照る月を見て」(古今和歌集)を踏まえる。
そのままに … 久しく、そのままで。
少将 … 女君の乳母の娘。
対の君 … 女君の母親代わりの女性。
一 傍線部ア・イ・カを現代語訳せよ。
二「つらけれど思ひやるかな」(傍線部ウ)を、必要な言葉を補って現代語訳せよ。
三「なかなかいろいろならむよりもをかしく」(傍線部エ)とはどういうことか、説明せよ。
四「雪ふるさとはなほぞこひしき」(傍線部オ)とあるが、それはなぜか、説明せよ。
五「よろづ思ひいれず顔にもてなし」(傍線部キ)とは対の君のどのような態度か、説明せよ。 ~
四の「雪ふるさとはなほぞこひしき」は、「雪の降る故郷(京)が、いっそう恋しい」と直訳できる。
「ひととせ、かやうなりしに、大納言の上と端ちかくて、雪山つくらせて見しほどなど、思しいづるに」と直前にある。
雪が降るのをみて、そういえば昔、同じくらい雪が降ったときに、庭に雪山を作らせて、姉(大納言の上)と仲良く見たなあと、女君は思い出しているのである。
この設問は、作成の先生が「アナ雪」を観たあとに作ったにちがいない、と確信した。
ふるさとがたんに恋しいのではなく、姉との思い出がうかぶ雪の日ゆえに「なほ」恋しいから、という感じで答えを書いて、予備校さんの答えを見たら、ちょっとちがっていた。
「広沢での生活が心細く、京の邸は姉と睦まじく過ごしたこともある場所だから。」(駿台)
「雪によって京とのつながりも断たれたように感じて心細くなったから。」(河合)
もう少し直接的に、眼前の「雪」と思い出の「姉」を書き入れたい。
「姉との間に深刻な溝が生じてしまったが、今でも姉を大切に思っているから。」(東進)
だと、前書きを受けて姉との関係性をよく表してはいるものの、傍線部(オ)そのものの理由説明としては、「不足」なのではないかと感じる。なので、
「雪を見ると、元の家で姉と仲良く過ごした日々がしのばれるから。」(代ゼミ)
が、いちばんいいかなと思った。
さらに言うと、「思ひいではあらし(あらじ)」、歌のあとにも「我をば、かくも思しいでじかし(お姉ちゃんは、あたしのことを、こんなには思い出してくれないだろうなあ。せつないなあ」とある。
「雪が降り積もるのを見て、もう戻れない姉の元で過ごした日々が思い出されれたから」
なんてのは、どうかなと考えた。