1学年だより「通知簿(2)」
大学を卒業し、就職して働きはじめる。彼女ができ、結婚し家庭をもつ。
子どもが生まれて、その成長を支え、会社では出世して……という人生を過ごしていくうちに、学生時代とはまったく異なる幸せの「ものさし」をもつようになるだろう。
「給料4、仕事内容3、人間関係4、会社の将来性3、アフターファイブ5……」
「家族の健康5、子どもの成長5、趣味の時間4、地域との関係3、将来設計3……」
「ファッション5、髪型4、メイク5、肌のつや4、体脂肪率3……」
ものさしは人によって違う。
その人が、何歳で、どんな環境で生きているかによって変わる。
どんなものさしで生きたにせよ、死ぬ間際に自分の人生をふりかえった時、「楽しかった5、充実していた5……」とつけることができたなら、幸せな人生だと言えるのではないだろうか。
逆に、傍から見ると5ばかりみたいなのに、自分評価が「満足度2」とかだと寂しい。
宮城県にある福(ふく)聚(じゆ)山(さん)慈(じ)眼(げん)寺(じ)の住職、塩(しお)沼(ぬま)亮(りよう)潤(じゆん)さんは、人生の五科目とは「すなおさ」「優しさ」「素直さ」「謙虚さ」「正直さ」「思いやり」だと言う。
塩沼さんは、1300年間に二人しか達成していない、「大(おお)峰(みね)千(せん)日(にち)回(かい)峰(ほう)行(ぎよう)」という修行を達成した大阿闍梨とよばれる方だ。
「大峰千日回峰行」とは、奈良県吉野山の金(きん)峯(ぷ)山(せん)寺蔵王堂から、大峰山山頂まの道のりを1000往復するという修行だ。往復48㎞、高低差1300メートルの山道を毎日歩き続ける。
ただし雪深い期間は避け、5月3日から9月22日までのおよそ四ヶ月の間に、120数日歩き、それを9年重ねて千回行が達成される。
人として考えられる最高の修行をした大阿闍梨が、たどりついた境地がこれだ。
~ 人それぞれの人生、それぞれに日々やらなければならないことをしっかりやって、よい人生成績をのこさなければなりません。五段階評価で、優しさ5,素直さ5、謙虚さ5,正直さ5、思いやりも5……。最高の人生の通信簿をもってあの世に行って、仏さまに「よくがんばってきたね」と、おほめの言葉をいただかなければならないと思います。
(塩沼亮潤『心を込めて生きる』致知出版社) ~
なるほど、大阿闍梨のおっしゃるとおりだ、もう人と争うのはやめよう、受験や出世なんてバカバカしい、欲を捨ててのんびりしよう、通知簿に「優しさ5」がつけばいい……、と考えるのも違うと思う。
塩沼亮潤大阿闍梨は、それぞれに与えられた場で与えられた役割を果たしていくことが「行」だとおっしゃる。役割を抛(ほう)棄(き)しての「優しさ」「謙虚さ」は、本物とは言えないはずだ。
日々どう過ごしていくかがすべて、私達にとっての修行だ。
自分の通知簿に、どんな科目を並べるのか、成績をつけられるのか。
それは、これからどんな修行を積んでいくかで決まるのだろう。
大学を卒業し、就職して働きはじめる。彼女ができ、結婚し家庭をもつ。
子どもが生まれて、その成長を支え、会社では出世して……という人生を過ごしていくうちに、学生時代とはまったく異なる幸せの「ものさし」をもつようになるだろう。
「給料4、仕事内容3、人間関係4、会社の将来性3、アフターファイブ5……」
「家族の健康5、子どもの成長5、趣味の時間4、地域との関係3、将来設計3……」
「ファッション5、髪型4、メイク5、肌のつや4、体脂肪率3……」
ものさしは人によって違う。
その人が、何歳で、どんな環境で生きているかによって変わる。
どんなものさしで生きたにせよ、死ぬ間際に自分の人生をふりかえった時、「楽しかった5、充実していた5……」とつけることができたなら、幸せな人生だと言えるのではないだろうか。
逆に、傍から見ると5ばかりみたいなのに、自分評価が「満足度2」とかだと寂しい。
宮城県にある福(ふく)聚(じゆ)山(さん)慈(じ)眼(げん)寺(じ)の住職、塩(しお)沼(ぬま)亮(りよう)潤(じゆん)さんは、人生の五科目とは「すなおさ」「優しさ」「素直さ」「謙虚さ」「正直さ」「思いやり」だと言う。
塩沼さんは、1300年間に二人しか達成していない、「大(おお)峰(みね)千(せん)日(にち)回(かい)峰(ほう)行(ぎよう)」という修行を達成した大阿闍梨とよばれる方だ。
「大峰千日回峰行」とは、奈良県吉野山の金(きん)峯(ぷ)山(せん)寺蔵王堂から、大峰山山頂まの道のりを1000往復するという修行だ。往復48㎞、高低差1300メートルの山道を毎日歩き続ける。
ただし雪深い期間は避け、5月3日から9月22日までのおよそ四ヶ月の間に、120数日歩き、それを9年重ねて千回行が達成される。
人として考えられる最高の修行をした大阿闍梨が、たどりついた境地がこれだ。
~ 人それぞれの人生、それぞれに日々やらなければならないことをしっかりやって、よい人生成績をのこさなければなりません。五段階評価で、優しさ5,素直さ5、謙虚さ5,正直さ5、思いやりも5……。最高の人生の通信簿をもってあの世に行って、仏さまに「よくがんばってきたね」と、おほめの言葉をいただかなければならないと思います。
(塩沼亮潤『心を込めて生きる』致知出版社) ~
なるほど、大阿闍梨のおっしゃるとおりだ、もう人と争うのはやめよう、受験や出世なんてバカバカしい、欲を捨ててのんびりしよう、通知簿に「優しさ5」がつけばいい……、と考えるのも違うと思う。
塩沼亮潤大阿闍梨は、それぞれに与えられた場で与えられた役割を果たしていくことが「行」だとおっしゃる。役割を抛(ほう)棄(き)しての「優しさ」「謙虚さ」は、本物とは言えないはずだ。
日々どう過ごしていくかがすべて、私達にとっての修行だ。
自分の通知簿に、どんな科目を並べるのか、成績をつけられるのか。
それは、これからどんな修行を積んでいくかで決まるのだろう。