水持先生の顧問日誌

我が部の顧問、水持先生による日誌です。

アメリカンユートピア

2021年05月30日 | 演奏会・映画など
~ 「アメリカンユートピア」は、デヴィッド・バーンによるアルバム「アメリカン・ユートピア」が原案の舞台を映画化。2019年秋よりブロードウェイで上演された舞台を再構築し、デヴィッド・バーンと11人のミュージシャンやダンサーたちが舞台に上がる。『ドゥ・ザ・ライト・シング』などのスパイク・リーが監督を務め、デヴィッドと共に製作も手掛け、ラジオDJや音楽評論家などの肩書を持つピーター・バラカンが字幕監修を担当している。~ 


 みなさんご存じですよね、元トーキング・ヘッズのデヴィッド・バーン。
 ちなみに自分は知りませんでした。
 前に予告編を観たときから、公開を心待ちにし、自粛で延期され、やっとはじまったのを観ることができた。
 そのまま中継したものではないが、オープニングからアンコールまでライブが堪能できる。
 今いろんなライブが配信されるようになった。音楽家、役者さん達の苦労には頭が下がる。ただ、やはりパソコンやスマホの画面ではなく、同じ空間で空気の振動を感じたい。
 客席の人々はたんなる傍観者ではなく、一緒にライブを作る存在でもある。
 そういえば、寄席も、配信できるから無観客にするよう都から要請され、結局閉館せざるを得なかった期間があった。寄席に一度でもいったことのある人なら、そんなのが成り立たないことぐらいわかるはずだ。
 ただし、映画館という特殊な空間は、プライベートな画面で感じられないものを感じさせてくれる。
 空気の振動はないけど、客席からは見えないものまで見せてくれるのが大きい。
 そもそも、ブロードウェイでやっているショウを見ようと思ったら、何十万円のお金も必要だ。
 それだけのお金を本当に使ってしまっても悔いは残らないだろうと「キンキーブーツ」を見たときは思ったけど、この「アメリカンユートピア」も同じ感覚だ。
 これを、たった1800円で見ていいのか。
 映画化してくれた関係者にお礼を言いたい。
 そして、部員のみんなにも勧めなければならない。
 市立柏の石田先生が、いろんなエンタメに触れる、観に行く、経験することは、すべて勉強だ、とおっしゃっていた。
 全部初めて聴く楽曲なのに、からだにしみこんでくる気がするのは、曲を聴いているのではなく、歌と踊りと演奏との境界がないパフォーマンスを観ているからだろう。
 これを観ておくのと、そうでないとでは、これからのポップスステージの作り方に大きな差ができると思った。
 観ている途中からいろんなアイディアが生まれてきた。
 原則日曜部活休み期間のおかげで、すばらしい自己研鑽になった。
 もしかしたら、このあまりにもお買い得な体験ゆえか、帰りに寄った東武デパ地下で、とんでもなくお買い得なお惣菜3パック1000円を手に入れることもできた。
 デヴィット・バーンさんの御利益はすごい。
 いや、御利益はお惣菜ではないな。70歳近いデヴィット・バーンさんが、歌い、踊り、ギターを弾く姿はあまりにかっこよく、部活の参考どころか、生き方を啓示してくださった感覚さえもった。
 年上でばりばりファンクな植田薫先生を想起してしまったのも、音楽は違うけど、同じ匂いを感じたからだろう。また薫陶を受ける場をつくれたらいいなと思う。
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上達力

2021年05月29日 | 学年だよりなど
1学年だより「上達力」


 スポーツテストがありました、100メートルを18秒で走りました、おつかれさまでした――。
 多くの人が、今こんな状況にいるのではないだろうか。
 中間テストが終わりました、現代文は60点でした、おつかれさまでした、じゃあ気持ちを入れ替えて一学期の期末はがんばろう……、みたいな。
 「高校の勉強は中学より大変なことがわかったぞ、よし仕切り直して次はがんばろう!」
 一見やる気にあふれたマインドに思えるし、期末の成績だけ少し上げることも可能かもしれない。
 しかし、期末の成績を上げることが最終目標でないことはわかっていると思う。
 今は、共通テストの範囲のおよそ10分の1が学習し終わった時点だ。
 その10の1は、残りの10分の9の土台になっている。
 土台の10分の1があやふやなままでは、何かを積み上げようとしても、すぐに崩れてしまう。
 100メートル18秒ではいやだ、3ヶ月で2秒縮めたいと思ったら、何をするべきか。
 16歳でこのスピードであれば、根本的に筋力が足りない、走るフォームがわかっていないというような、誰でも気づけるような原因がある。
 同じように、今課されている勉強レベルで停滞するとしたら、勉強のやり方そのものがわからない、ほぼほぼ勉強していないといった原因があるはずだ。
 新しい情報は脳に繰り返しインプットし続けないと定着しない。
 もらったプリントがどこにいったかどうかわからない状態では、繰り返しようがない。
 大谷選手は、なぜ毎日素振りをするのか。
 大迫選手は、なぜシュート練習をするのか。
 みなさんは、なぜ毎日キャッチボールや、パス練習や、3対3をやるのか。
 みなさんは、なぜ発声練習やスケール練習をするのか。
 「繰り返し」によって、正しい動き、正しいフォームをからだにしみこませるためだ。
 いちいち頭を使わなくても、つい「いいやり方」をしてしまえるようにするためだ。
 これを「無意識化」という。
 勉強でも、「これは、どういう意味だっけ?」と考えていてはいけないレベルのものがある。
 えっと「compromise」ってなんだっけ? 「~ず」は打消でいいんだっけ? 「7×8は56でいいよね」という状態では、先に進めない。
 ハイレベルな選手は、試合前のアップの様子がすでに「この人やばい」と感じる。
 軽くパスをしているだけのたたずまいが並々ではない。しかも動きが自然だ。
 逆もある。このチームになら勝てるかなと感じられるような場面が。
 今のみなさんは、勉強においては相手に軽く見られてしまいそうな雰囲気が漂う。
 「仕切り直し」とか「リセット」しないで、出来ていない今の自分を見つめるべきだ。
 現状から目をそらさず、やるべきことを一つずつ積み重ねていこう。
 中間試験の問題に「できたorできなかったチェック」を入れよう。
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茜色に焼かれる

2021年05月25日 | 学年だよりなど
1学年だより「茜色に焼かれる」


 中間試験おつかれさまでした!
 思えば、昨年の今頃は、緊急事態宣言下で学校での授業も部活動も行えていなかった。かろうじてリモートでの授業をしていたものの、今の2年生は5月終わりまでクラスのメンバーと話しもできなかったのだ。それを思うと、こうして中間考査を行えたこと自体が、ありがたいと思いませんか? 試験そのものが終わったとはいえ、今回の範囲を自分のものにしていく作業はむしろこれからだ。ここからスタートのつもりで、しっかり復習していこう。

 試験期間中に、映画「茜色に焼かれる」を観た。みなさんの先輩にあたる石井裕也監督の新作だ。
 主演は尾野真千子さん。言わずと知れた名女優だが、今を撮りたい、今撮るべき作品を撮りたいという石井監督の強い意志を、真正面から受け止めて演じた作品だと感じた。


~ ……世界がコロナ禍に直面した二〇二〇年、映画で発する言葉を見つけることができず、「しばらく映画はいいや」と思うほど、監督の心は深淵に沈んだ。最新作『茜色に焼かれる』は、その闇底から、改めて映画を撮りたいという強い衝動に駆られ生まれた作品だ。
「コロナの前から生き辛さというのはあったと思います。僕の生活でも家族が病気を患ったり祖母を施設に預けたり――当たり前ですが、誰もがしんどさを抱えながら、それでも必死になって生きている。でも、そういう個人の痛みや感情がコロナ禍になって置き去りにされたような気がします。蔑(ないがし)ろにされている。その現実をリアルに描こうと思いました」
「時々、もういいや、もう無理でしょ、と無力感に襲われることがある。それは僕だけではないと思います。そういう人に届けるべき映画って何だろうと考えたんです。きっとそれは綺麗ごとではすまないし、痛みを伴う話でなければならないと思いました」
     (「週刊文春」5月27日号「見もの聞きものClose Up」) ~


 尾野真千子さん演じる田中良子は、7年前に交通事故で夫を失い、中学生の息子と小さな間取りの市営住宅で暮らしている。生活は苦しい。母子の暮らしだけでかつかつなのに、施設に入った義父の、その月々の費用も負担している。
 昼間働く生花店で、突然雇い止めにあったり、夜の店で客に悪態をつかれる日々。
 「痛みを伴う」話が描かれていた。理不尽な日常に押しつぶされそうになりながら、「ま、がんばりましょう」と良子は笑顔を見せる。
 すべてを諦めているわけではない。自分が「蔑ろにされている」ことに出来る限り抵抗する。
 できる範囲内での精一杯の抵抗、そして精一杯生きること。大切なものを守ること。
 何者でもない一人の人間が、矜持を持って生きる姿がそこにあった。
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中間考査、保護者会

2021年05月22日 | 日々のあれこれ
 中間考査二日目。思えば、去年の今頃は、リモート授業でかろうじて学校のつながりを維持するだけの日々だった。今の二年に比べたら、授業も試験も部活動もできている一年生は幸せだ。
 今日の午後は、吹奏楽部の保護者会を開かせていただいた。
 顧問として現在の活動状況の説明をしたあと、役員さんにお任せしいろいろ打ち合わせしていただく。
 会の最初と、終わったあとに、定期演奏会のDVD見本の映像を流した。
 ギリギリの状況だったが、3月に演奏会をやれてあらためてよかったと思う。
 やはりライブにまさるものはない。
 生の演奏を聴いて元気がでた。とにかく泣けたと、感想をいっていただけた。
 あきらめるのも、自粛するのも簡単だ。
 部員達だって、本番前の切羽詰まった練習より、家でゲームやってる方が楽といえば楽だろう。
 でも、本当に楽しいのはどちらかと問われたなら、「苦労」とか「努力」とか「頑張る」とかの上に成立する楽しさの方ではないか。楽器にしても、手に取ってすぐ簡単に音が出て、何の苦労もなく演奏できれば楽しいだろうが、それだとすぐあきそうだ。一筋縄にはいかないからこそ、やりがいがある。
 部活動を指導する側も、思うようにいかない日々の方が多いからこそやりがいがある。
 子育てもそうだし、言ったら人生も、思うようにはいかないことの方が多いからこそ、生きがいがある。
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茜色に焼かれる

2021年05月21日 | 演奏会・映画など
「生きる意味とは何か」などと、なぜ人は考えてしまうのだろう。
 考えたことのない人もいるかなあ。もしいるとしたら、それは幸せなことだ。
 そうか、ここに真実があるのかもしれない。幸せの渦中にいる人は、自分が生きる意味を問いたださない。
 演奏会の直前の練習で、急にセリフが入ってきた部員たちの様子にこっそり目頭があつくなっている状態で、おれはなんで生きているのだろうとは、たぶん考えない。
 卒業式の後ありがとうございましたと言いに来てくれた子を握手してるときに、おれの存在意義は何かと思い悩まない。
 そんな日ばかりではないけど、ありがたいことに今の生活に不満はない。でも世の中の理不尽に対し、あまりに無力な自分を意識したとき、さびしくなることもないわけではない。
 まして、尾野真千子演じる田中良子さんのような境遇で、いろんなことが裏目裏目になっていく流れに人生が入ってしまった時、何か救いになるものはあるのだろうかと見入ってしまう。
 七年前に夫を交通事故で失い、中学生の息子と二人暮らしの良子。
 生活に余裕がないことは想像できるのだが、亡くなった夫と他の女性との間に生まれた子供の養育費を負担し、施設に入った義父のその月々の費用も払っている。昼は花屋で、夜は風俗店で働いても、それでも生活が苦しいことは容易に想像がつく。
 客観的に見れば払う必要のないお金を払っているのは良子の勝手だ。
 夫が亡くなったとき、事故の賠償金を受け取らなかったのも、同じだ。
 「相手から謝罪の言葉がない、うちの旦那は虫けらじゃない、金ですべて解決するな!」という尾野真千子はかっこいいけど、かっこつけすぎてるんじゃないかとも思う。
 日々の暮らしに押しつぶされそうになりながら、「ま、がんばりましょう」と笑顔を見せる。
 押しつぶされそうな人を見かけると、同じようにはげます。
 そんな良子が感情をあらわにしたのは、昔の同級生と再会し、恋愛関係に近い状態になったときだ。
 自分の思いとはうらはらに、相手は完全な遊びであることを知る。
 世の中の理不尽はあまんじて受け売れながらも、自分の気持ちをないがしろにする相手だけは許さないのが、彼女の矜持だった。
 石井裕也作品の根底にあるのは、これかな。
 社会的弱者、アウトサイダー、クラスでういてる存在、めめしい親父、日系移民……。
 華々しい活躍とか、栄光とか成功とかの言葉からほど遠い人々を彼は描き、でもここだけは譲れない「自分」をうかびあがらせる。それが自分の元であり、そこさえ保てれば表面的に何をしようと、どんな目にあおうと、自分は自分だと言ってくれる。
 風俗店の店長がつぶやいた「生きる意味って何?」に答えがうかばない良子が、「母ちゃんのこと好きだ」と言った息子の言葉にはっとするところがよかった。
 思わずハグをする母、拒否はしないものの「言うんじゃなかった」と困った顔をしている中学生役の男子もよかった。
 その気になれば、日本アカデミー賞をねらうような大作も撮れるのに、前作の「生きちゃった」もそうだけど、自分にとって今撮るべきものしか撮らないという矜持を感じさせる作品だった。
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勉強の基本システム(補足)

2021年05月20日 | 学年だよりなど
1学年だより「勉強の基本システム(補足)」


 「勉強ができる」ようになりたいと思ったら、どうすればいいか。
 自分の脳を根本的によくしようとすることではない。ならないからね。
 それに、難関大学に合格する程度の「勉強ができる」状態を求めるなら、今の脳で十分だ。
 持てるスペックの何十分の一しか使えていない「脳」という奇跡的な所有物を、ほんの少し有効利用すればいい。
 そのためには技術がいる。「勉強の基本システム」として呈示した具合的行動は、運動で言えば、ストレッチ、キャッチボール、素振りといった基礎メニューに属する。
 やること自体難しくはない。ただし毎日やらないと身につかない。

A とにかく書こう
 その日にやれたことを記録しよう。みなさんは、自分がどれくらいの量をどれくらいの時間でこなせるかの判断ができる状態ではない。記録を蓄積していくことで、2年3年になるにつれて、自分で勉強計画が立てられるようになる。
 最初のうちは、日付と勉強時間だけでもいい。こんな小さな作業を毎日やれるかどうかの差が、二年半後には驚くほどの差になる。『4プロセス』の何番から何番まで、『Vintage』の何番から何番まで、というように具体的に記録できるようになると、なおよい。
 できる人は、ちょっとしたことでも書き残していく。できない人は、大事なことも書かない。
 少しレベルの高い話になるが、授業中の「余談・雑談」こそメモしよう。黒板だけを忠実に写すというノートからは脱却しないといけない。

B 情報を整理する
 要るものは貼る。不要なものは捨てる。必要なプリントはノートに貼って保存するのが基本だ。 みなさんにとっては、ノートが「情報の集積地」である。だからはさみとノリは常備しておく。
 できる人は、その場ですぐに切り貼りする。できない人は、あとでやろうとして、いつのまにかなくしている。
 できる人は、何かを知りたいときに何をみればいいか把握している。できない人は、あらゆる材料を目の前において呆然とし、発見したときには疲れ果てている。

C はじめる前に決まっている
 試合に勝つかどうかは、試合が始まる前に決まっている。試合は、それまで何をどれくらい積み重ねてきたかを確認する作業だ。「番狂わせ」も、そうなる手はずが整っていたから生まれたのだ。
 入試で合格するかどうかは、試験が始まる前に決まっている。
 頭をよくできるかは、事前に何をしているかだ。できる人は、授業が始まるときにはノートが開かれている。できない人は、授業がはじまってからロッカーにとりにいく(その行為が他人に迷惑をかけていることにも気づかない)。
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ハラミ丼・歌縁

2021年05月19日 | おすすめの本・CD
 おくればせながら、ハラミちゃんのCDを聴いた。
 ロビンソン、天城越え、366日、シングルベッド、FereverLove……。
 カラオケで何度歌ったか分からない曲ばかりだが、こんな名曲だったのかと改めて驚き、自分が全然歌っていなかったことを思い知らされる。
 歌詞とメロディだけ身に付けて歌った気分になっていた。
 ハラミちゃんのおかげで、作品全体の音楽に気づけた。
 ハーモニーやおかずの入り方はもちろん、ベースラインのリズムの取り方ひとつで曲のドライブ感が全然変わる。
 ハラミちゃんというフィルターのおかげで、見えなかったものが見えてくる。
 YouTubeという媒体は、一昔前だったら埋もれてたままだったかもしれない才能をあらわにしてくれる。
 
 ずっと前に出てCDだが、「歌縁」もびっくりした。

~ 中島みゆきを敬愛するアーティストが一堂に会した『中島みゆきRESPECT LIVE『歌縁』(うたえにし)』が、2015年11月23日、11月29日と大阪と東京で開催された。同ライブは、FM802、ニッポン放送がタッグを組んで企画され、「たかが愛、されど愛。中島みゆきの名曲だけで構成されるコンサート。世代もジャンルも越えて稀代の女性アーティストが集う奇跡の夜。」と銘打ち開催されたもの。 ~

 知らなかった、そんなライブがあったなんて。当時知ってたとしてチケットとれたかな。
 先日、筒美恭平先生を偲ぶコンサート@東京国際フォーラムは、余裕でチケットとれてしまったが、今の状況じゃなかったら、どうだったろう。
 筒美先生のコンサートもすごかった。野口五郎、郷ひろみ、岩崎宏美、太田裕美。目の前にいるのだから。そしてNOKKO、大橋純子、庄野真代……。生きててよかった。

 「歌縁」ライブを見に行けた人は、郷ひろみを生で見れた!という喜びとは別種の感動を味わったに違いない。
 中島美嘉、平原綾香、坂本冬美、クミコ、安藤裕子……。そうそうたる歌い手たちが居並ぶなかで、最も心をわしづかみにされたのは満島ひかりさんの「ファイト!」だ。女優力のすごさ。
 筒美先生のときも、斉藤由貴さんの「卒業」が歌とうより演じられてて感極まった。
 「ファイト!」は昔吉田拓郎が歌ったのを武道館で聴いた。たくさんの歌手がカバーしてるが、淀川工業高校グリークラブの「ファイト!」が、自分的ベストだった。満島ひかりver.はそれにまさるとも劣らない。
 ビールのコマーシャルでしか今見ないきがするが、もっとばりばりはたらいてほしいなあ。
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耐性を鍛える

2021年05月18日 | 学年だよりなど
1学年だより「耐性を鍛える」


 勉強の基本的な技術は、個人の持って生まれた能力に関係なく身に付けられる。
 やるかやらないかだけだ。ただし楽しいものではない。
 歯磨きが楽しいか、と言われればそうではないように。ときに面倒でもある。
 自分の好きなことだけ、楽しいことだけをやって、それで夢が叶うのなら理想的かもしれない。
 しかし、そこに心からの喜びはあるだろうか。むしろ、努力すること、嫌なことも我慢してがんばったあとに成果を得た方が、「やった感」が生まれるようにも思える。
 世界でトップをうかがうレベルのアスリートたちが、日常的にどれほどの努力しているか。
 勝利の一瞬の喜びのために、とんでもない練習を積み重ねる。
 しかし彼らは、メダルを手にした翌日でさえ、ふつうにトレーニングをする。
 それが普通になっているからだ。「好きだからやる」レベルでは続かない。
 プロとして活動しようとするなら、トレーニング以外にもやることはいくらでもある。
 スポンサーさんのイベントに出かけて笑顔をふりまくのは嫌だという選手は、活動そのものが続けられなくなる。当然、アスリートにかぎった話ではない。


~ 「好きなことを仕事にする」というのと、「好きなことだけする」というのは、違います。
「好きなことを仕事にする」ために、好きではないこともできるのが、プロです。
 好きなことのために、好きではないことから逃げない能力が、耐性力です。
 何をしていても、嫌なことに、でくわします。
 嫌なことに出会った瞬間に、逃げていたのでは、試合を放棄することになります。
 練習でレベルアップしていくこともできません。
 生活をしていくことも、できません。
 嫌なことに時間を奪われるときは、「今、自分は、嫌なことから逃げない耐性力を鍛えているんだ、これは、アスリートに大事なトレーニングだ」
 と考えればいいのです。
 嫌なことから逃げない耐性力は、あらゆる仕事に活用できます。
 仕事や勉強で、嫌なことから逃げない耐性力を身に付ければ、試台にも生かせます。
                 (中谷彰宏「メンタルで勝つ方法」ボーリングマガジン) ~


 就活をして、第一志望の会社に入れて、さあイメージしていた仕事ができるかといったら、そんなことは全くない。自分の期待と現実との違いを思い知らされることだろう。
 自分はこんな仕事をするために入社したんじゃないといって転職する人は、いくつになっても仕事の本質にかかわれないまま過ごしていくことになる。
 今みなさんの前に用意されているのは、勉強でも部活動でも、きわめて初歩的な課題ばかりだ。
 このレベルの我慢はとっととクリアして、次のステージを目指していこう。
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東京佼成ウインドオーケストラ@ルネ小平

2021年05月16日 | 演奏会・映画など
 「東京佼成ウインドオーケストラ」コンサートを聴きに、ルネ小平に出かけた。
 前半はリード先生の「音楽祭のプレリュード」でスタートし、続いて今年の課題曲五曲の演奏、最後は「五月の風」。
 毎年、課題曲が発表になる頃、ひととおり聞いて、どれかな、なんかぱっとしないななどと思ってしまうことが正直ある。でも本気で練習しはじめてみて、この時期に佼成ウインドさんの演奏を聴くならば、どれもが名曲であり名演だ。数ヶ月前の自分が恥ずかしい。
 ふつうだったら、たくさんの中高生で、客席が一杯になる企画だろう。中高生は少なかったが、仲間の先生たちとは会うことができた。休憩中、K北先生と静かに会話していると、「ロビーや客席での会話はお控えください」のフリップみたいなのを持ったお姉さんが近づいてくる。大声出してないし、いいじゃないかと思いながらさらに小声で話していると、別のおねえさんがまたその札をもって近づいてくる。これって、たんに俺が気になってただけなんじゃないか。
 後半は、「百年祭」「ルーマニア民俗舞曲」「たなばた」「シェナンドウ」「アルメニアンダンス」。中高生でも演奏できる名曲群だが、さすがとしか言いようがない演奏。「百年祭」以外は演奏したことがあるが、こうしてちゃんとした演奏を生で聴いてみると、全然譜面を読めてなかったなとも思う。アンコールの「さくらの歌」と「百年祭」がとくに心にしみた。N島先生とも意見があった。サウンドがいいのは当然なのだが、大人の血が通うと人生が見えてくるねと言いたくなる演奏だ。
 非常事態や、蔓延防止の期間のあと、少しずつでも好転していくといいな。6月の西部地区発表会も2年続けてなかったら寂しい。 とにかくみんなでワクチンうって五輪もコンクールもやりたい。そのために、毎日ちゃんと手洗いしてるし、マスクもしてるし、軽く一杯も我慢しているのだから。
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勉強の基本システム

2021年05月14日 | 学年だよりなど
1学年だより「勉強の基本システム」


 高校生活における大きな目標として「学力を身に付ける」があることは論を俟たないが、同時に、目標を達成するための技術を身につける必要がある。
 まずは、目標の「具体化・細分化・視覚化」だ。
 そのための方法として大谷選手推薦の「マンダラチャート」を紹介した。
 「基礎学力を身に付けよう」と考えたなら、まずそれを「中間テストで全科目80点以上とる」と具体化する。ガイダンスで説明したように、この目標を三年間達成した場合、難関大学合格は自然に達成される。かりに「90点目標」にすると、クリアした先輩の最難関大合格率は100%だった。
 「中間テストで全科目80点以上とる」と設定したなら、それを細分化しよう。
 たとえば、「1人間づくり 2環境づくり 3英語、4数学、5国語、6理科、7地歴公民、8復習……」のように。さらにそれぞれを細分化し、紙に書き出す。
 「5国語」なら、「水の東西」:①本文チェック、②ノート読み返し、③確認プリント解き直し、④漢字……、のように。
 数学なら問題番号、英語ならLessonごとに書き出すといい。
 やったことを赤線で消していくと、進捗度合いが「視覚化」する。
 高校レベルの勉強が「できる・できない」の差は、頭の「良い・悪い」ではない。
 情報処理能力の問題だ。「自分は勉強が苦手だ」「能力が足りない」と口にする人がいるが、その実態は、勉強のやり方を知らないか、勉強したことがないかのどちらかだ。
 プリントをもらう、整理する。
 大事なことをメモする、覚えたことをチェックする。
 どこまで習ったのかはっきりさせる、わかることとわからないことを区別する……。
 具体的作業の積み重ねが、自然に学力をつくる。
 「○○が苦手だ」と嘆いているだけでは何も変わらない
 「ガイダンス資料2021」に載せた「勉強の基本システム」を確認しておこう。

 1 毎日(学年+2時間)の家庭学習時間を確保する
 2 ノート・教科書・副教材に日付を書く
 3 「できた問題チェック」「できなかった問題チェック」をする
 4 わからなくなったら、わかるところまでもどる
 5 わからないところは先生に質問する
 6 暗記は繰り返しあるのみ
 7 やることを書き出し、一覧にしておく
 8 やったことを記録し、進み具合を視覚化する
 9 必要な資料はノートに貼って保存する
 10 「いつも」「すぐ」筆記用具が使えるようにしておく

 能力的に不可能なものは一つもないはずだ。
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