水持先生の顧問日誌

我が部の顧問、水持先生による日誌です。

8月26日

2008年08月26日 | 日々のあれこれ
 オープンキャンパス。数名の中学生が、親御さんとともに見学に来てくれた。
 つまりギャラリーが10人以上いたということで、これまでのオープンキャンパスにはなかった光景だ。
 発声練習、コールユーブンゲンとやって、基礎合奏に入ったがなかなかチューニングがあわない。
 ま、今の時期はこんなものとは言えるのだが、このまますすめていくと、印象がよくないままなのではないか、とくに今わざわざ見に来ている子は経験者にちがいない、それなりにがんばっている雰囲気をみてもらいたいということで、急遽「七夕」を演奏することにした。
 これも過去の本番のときほどの出来ではないのだが、楽曲のもっている力というものがある。
 演奏し終えてふりかえると拍手をいただいたので、一安心だった。
 先日は、そごうでの私学フェアも担当してきたが、来年度に向けての営業活動がこれから本格的になる。
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夏のおわり

2008年08月25日 | 日々のあれこれ
 夜、妹夫婦から「サザンのコンサートに来てるけど大雨」とのメール。 
 え? 横浜に来ているの? ていうか、どうやってチケットとったのだろう。
 チケットさえ手に入れば、夫婦で休みをとって福井からはるばる出てくることになんの不思議もない。
 このライブに行きたかった人は、日本中に何十万人もいただろう。
 「勝手にシンドバッド」を聞いた時は高校生だった。
 当時は、しょせんコミックバンドだろう、一発屋だろいうと言う人も多かった。
 井上陽水、さだまさしという路線を歩んできた自分にとっても、おもしろそうだけどそれだけだな、といった扱いのバンドだった。
 「いとしのエリー」よりもいい歌(歌謡曲)は、ほかにたくさんあった。
 しかし大学生になり、授業をさぼって(つまりごく普通のある日)そろそろ起きて動き始めようかとしていた夕方、ラジオから「夏をあきらめて」が聞こえてきたときの衝撃は今もおぼえている。
 それ以来サザンのファンになった … というわけではない。
 でも、いつも身近などこかにその存在があるという点で同世代の一員であり、新曲が出ればとりあえずカラオケで歌えるぐらいにはなっていた。
 おれらの世代で、カラオケに行ってサザンを一曲を歌わないことは、めったにないのではないか。
 コンクールもインターハイもオリンピックも終わり、天気的にもすっかり夏の終わり。
 そして今年の夏は、なにかもっと大きな終わりの象徴ではないか、それが何であったのかは後でみんなが気がくようなものではないか、と感じさせるようなサザンの最後のライブだった。
 つい夜中までテレビをみてしまった。あの場所に居合わせた人たちがうらやましい。
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野球

2008年08月22日 | 日々のあれこれ
 午前中は4コマの授業。
 午後は文化祭の合奏を3セット。終わりの集合を終えて職員室にもどりパソコンをあけたら、日本は負けていた。
 昨夜のソフトボールがあまりに感動的だったため、なおさら野球チームがしょぼく思えてしまう。
 でも、しかたない。選手もスタッフもけっして手を抜いたわけではない。
 悪者さがしをしてもしょうがないではないか。
 選手達にはおつかれさまと言ってあげたい。
 あえて言えば力が入りすぎじゃないかな。
 他の競技の選手もそうだけど、「日の丸を背負っているからには」なんて思いすぎない方がいいと思う。
 そこまで日本のことを心から思っている人は、残念だけどそんなにいない。
 とくに、「えらい人たち」ほどそうではないか。
 自分の感覚だと、星野監督も、どちらかというと、その「えらい人」側にいる人なので、あんまりうまくいかないんじゃないかなという気もしていた。
 後出しジャンケンになってしまうけど。
 でも、まあいいではないか。
 韓国の方がより気合いが入っていた。より準備していた。
 勝つべきチームだったということだ。
 世界の4位を誇るべきだ。埼玉の4位になるのが、どんだけ難しいことか。

 
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内柴選手

2008年08月20日 | 日々のあれこれ
 少し前の話だが、柔道66㎏級で金メダルをとった内柴選手が「これが仕事ですから」とインタビューに答えていたのをかっこいいなと思ってみていたが、こんなことも言っていたという。(観た方いますか?)

 「平岡選手が前日に敗れました。その思いを引き継いだ部分もあったんじゃないですか?」
 柔道種目の初日に2回戦で敗退した後輩のことをたずねられて、内柴選手はこう答えた。
 「はい。おまえが持っている重いものを、ぜんぶ俺によこせ。力にかえるから,と言いました」

 直接観ていたらたぶん号泣していた。
 近代スポーツとしての柔道をやっている選手には、こういうことは言えないのではないか。
 かっこよすぎる。
 
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8月18日

2008年08月19日 | 日々のあれこれ
 お盆明けは、部活に先行して講習がはじまった。
 今週は3年の現代文を担当する。
 理系クラスでの小説問題に、吉田修一「日曜日たち」の一節が出題されていて、続きが読みたかったので、講談社文庫『日曜日たち』を買って読んでみたら、すごくいい作品だった。
 先日読んだ『悪人』はまあまあ、『さよなら渓谷』は今ひとつだったので、吉田修一はもういいかなと思ってたが、初期のものを読んでみたくなる。
 模試や入試の問題をきっかけにして本を買うことはけっこうあるけど、「当たり」が多いような気がするな。
 それだけ、問題を作るという作業は真剣度が高いということなのだろう。
 『日曜日たち』は、次の新入生への「おすすめブックガイド」に入れよう。
 高校生には、こういうのを読ませたい。先日娘がもらってきた夏休みの「推薦図書」をみてびっくらこいた。
 あきらかにふだん本を読んでない人たちの作ったリストなのだ。
 たしかに「名作」と呼ばれる本が多いのだが、基本的に古い。あなた方が若い頃呼んで感動したのかもしれないが、今どこの本屋にも売ってないよ、と言いたい本が多数載せてある。
 ネットで検索して買えという指導かとも一瞬思ったが、そこまで考えているとは思えなかった。
 高校生に薦めるのだから、せめて文庫や新書で、せめて大きな本屋なら売っているレベルで紹介してあげてほしいものだ。
  
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コンクール役員

2008年08月14日 | 日々のあれこれ
 12日。お盆前の最後の練習。部員十数名とAの県大会前半を聴いてから学校へ。基礎合奏の後、校内のそうじを行い、文化祭に向けてがんばろうということになった。
 13日。所沢ミューズでの高B県大会に全員ででかけた。
 県大会の役員を担当するのははじめてだったが、いい経験になったのではないか。男子はいいねえといろんな学校の先生に言われた。共学校の吹奏楽は実質女子になってしまうから、うちや川越高校さんの大量男子を見かけると、それだけでうきうきする気持ちはわかる。自分はぎゃくだから。
 うちが担当した司会アナウンスも、川越高校さん担当の接待係も、なかなかよかったのではないだろうか。
 みんなよくがんばったが、とくに外回りチーむは暑い中よくたえた。
 みなさんおつかれさま。
 開閉会式の司会は私がやった。花咲徳栄の川口先生と半分こするつもりだったけど「このあいだ私がやったら、男の先生の方がいいんじゃない、って言われたから、今日は先生やって」と言われたので。
 司会はきらいではない(どちらかといえば好き)が、話す内容が全部決められていて、アドリブが許されないのはストレスがたまる。こんなにお客さんがいるのに、もったいないと思いつつ、結婚式司会風にしゃべってみた(つもり)。
 14日。これから帰省し、お墓参りをしてきます。
 
 
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その後 …

2008年08月12日 | 日々のあれこれ
 結果発表は3Fの廊下で聞いた。一番庄和高校、銀賞、本庄高校、銅賞、所沢高校、金賞 … 。
 血の気が引いていった。やることはすべてやりきったとは言えないものの、過去に県大会に行けた年と比べて努力があきらかに足りなかったわけではない。
 それで、努力賞か … 。賞の配分を考えると、このまま進めば銅賞か努力賞が割り当てられるのだろう。
 審査員席にはそのレベルでしか響いていなかったのか。
 不動岡高校、金賞ゴールド、キャ~ッ!
 榊原先生おめでとう! いっしょにハープ買った甲斐がありましたね。
 川越高校、銀賞。おめでとう、岡田先生、県もがんばってください。
 浦和学院、銀賞。え? 浦学が? うそ。
 川越東高校、銀賞。え? 銀賞いくつ出るの?
 松山高校、銀賞 …

 結果はご存じの通りです。県には1点足りなかっただけとは言えるけど、そのレベルを目標にしてきたわけではない。少なくとも自分の中では。
 来年こそ、早い段階で目標を明確にし、部員と共有していかねばと思った。
 
 夜は、新河岸で川越高校の先生と健闘をたたえ合い、けっこう呑んだ。
 翌9日は、3年生の仮引退式。
 10日は県大会に向けての合奏予定だったが、変更してoffに。それでも、何人も自主練に来ていたのはえらい。
 久しぶりに新宿へ出て本や落語のCDを購入。武蔵野館で「きみの友だち」を観る。重松清原作らしい映画で、心洗われるものがあった。主人公のふたりにからむ役で出てきた吉高由里子さん、めちゃめちゃ美少女やん。要チェックですわ。
 11日、午前は個人練、パート練習、午後は文化祭の曲の無理やり合奏。またここから出発だ。
 


 
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8月8日(3)

2008年08月11日 | 日々のあれこれ
 演奏後着替えにいく途中で白岡高校の永田先生とひさしぶりにお会いする。
 ご子息はわが校でTrbを吹いていた。永田くんが3年のときからAにくらがえしたのだ。
 「先生、ごぶさたしてます」
 「おつかれさま。なんかずいぶんそれらしくなってましたよ」
 「ありがとうございます」
 更衣室では春日部共栄高校の都賀先生から「先生、新聞見ましたよ」と言っていただいた。

 積み込みを終え、客席へ。本庄第一高校の演奏がはじまるところだった。
 野球の応援はどうしているのだろう。DメンバーやOBで構成しているのだろうが、金井先生もきっと葛藤しながらやっているだろうなあなどと思う。
 演奏はさすがで、金賞を確信させるものだった。
 そして楽しみにしていたシード演奏。
 大宮、春日部共栄、伊奈学園。
 大宮高校のマーチ冒頭を聴いた瞬間、まったく別次元に連れて行かれた。
 本庄第一さんはたしかに上手で、必ず県大会で銀賞を受賞する。地方で演奏すればそのまま全国代表になってもおかしくないレベルといっていい。
 しかし、埼玉はふつうに上手いとか、高校生として上手いというレベルを超越しないといけないのだ。
 今日聴いたシード3校は、普門館でまちがいなく金賞をとる。でも、全国にすすむためには、与野高校も含めて争わなくてはいけないから、必ず全国に行けるとはかぎらないし、来年はここに埼玉栄高校さんも加わるのだ。
 たしかに我々は小講堂に「全国金賞」と目標を掲げているけれど、それがどういうレベルのものであるかを、実は部員も顧問も知らずにやっている。
 今の我が部の状況では「全国金賞」という目標は、目標でも夢でもなくたんなる「戯れ言」と言われてもしかたない。
 その近づき方さえ予想もできなほど圧倒的なサウンドであった。
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8月8日(2)

2008年08月10日 | 日々のあれこれ
 課題曲が終わった直後、客席ではちゃんと聴いてもらえているという空気は感じた。曲間のこのシンとした感じは、チェロムーシカやったときと似ているなどと一瞬思う。
 冒頭部はまずまずのテンポ。3拍子に入るときの合図がいつもと少し違いとまどった子がいた。もうしわけない。ゆったりの部分からワルツへの入りは、練習時よりいいくらいで、fとpの差も多少はついた。でもこういう部分がまだまだ課題だと思う。
 Tp・Hrへのつなぎも乱れずにいけたので、気持ち的にはずいぶん楽になっていたせいか、一カ所ふりまちがえた。最後のDANZAは、予定してよりほんの少しおそいテンポで確実にいこうと思い、そうしたつもりだが、実際にどうなっていたかはわからない。
 本番でずいぶんゆっくりやったつもりでも、後で録音を聴いて、こんなにあせった演奏だったのかと驚くことは過去何回もあるから。
 後半もそんなにはテンポをあげなかったが、最後の最後で腕が動かなかった。最後の音はみんな確信もってザザンとあわせたかっただろうに、明らかに指揮のミスでおとなしいものになってしまった。
 とっくに点数は付け終わっているはずだと自分をなぐさめる。トータルとしては、今の実力でできる演奏として上々のものだったと感じた。
 会場からはあたたかい拍手。でも「すごい!」という感じの拍手ではなかったので、客観的には、微妙だったのだろう。
 
 
 
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応援ありがとうございました

2008年08月09日 | 日々のあれこれ
 保護者のみなさま、OBのみなさま、そして応援していただいたすべての皆様、昨日はありがとうございました。
 おかげさまで銀賞をいただくことができました。残念ながら県大会には進めませんでしたが、その悔しさは、来年に一気に何倍もにしてはらす予定です。どうぞ今後ともあたたかく見守ってください。
 もちろん後悔はいくつもありますが、あと1点が足りなかった原因はわかっているつもりです。精進したいと思っています。
 暑い日が続きますが(文化部でよかった)みなさま、お身体ご自愛のうえ、おすごしください。ありがとうございました。


8月8日の記録
 8:30集合。練習開始前にそうじをし、チューニング、基礎合奏。
 部分的にやるつもりだったが、課題曲はいいテンポでつながっていったので、最後まで通し、出だしだけは繰り返しやった。その分自由曲にあまり時間が割けなかったが、それはしかたない。ワルツ部分を中心に練習していると、積み込みタイムになった。
 積み込み後、昼食をとってから会場に向けて出発。
 バスの中はハイテンションの部員が多く、例年とずいぶん違った感じがした。違和感とまでは言えないが、こんなものなのかなあとも感じた。
 先に会場入りしてもらっていた中島先生から、もう楽器は降ろし終わったという電話をもらったので、Aの審査開始から3校聴くことができた。
 正直に言うと、この時点で気持ちの余裕が、かすかにうまれた。
 浦和学院の新谷先生と更衣室でいっしょになる。
「昨日惜しかったですね(甲子園の話)」
「そうなんですよ、みんなにもうしわけなくて」
「練習試合もやってるんでしょ」
「練習試合は一回も勝ててないんですよ。でも昨日はほんとは勝てた試合だったんですけどね」
「そうですよね、あと1本でがらっと動くチャンスありましたよね」
「送りバントの失敗が痛かったなあ」
「送りバント失敗って、課題曲で縦がずれちゃうようなもんですかね」
「なるほど、そうですね」
(二人、笑)
という大人の会話をかわし、廊下に出ると松山高校の佐藤先生。
「先生、どうですか」(おれ)
「いやあ、がんばってるんですけどねぇ。生徒ほんとがんばってるんですけど、それでも怒らないといけないのがかわいそうで」
「いやあ、ほんとたいへんですよね。うちも細かいとこでできてないとこたくさんあるんですよ」
「うちも、しばらく県に行ってないから、どんなもんかわかんなくなっちゃいましたよ」
「おたがい、がんばりましょう」
 舞台袖で不動岡高校の榊原先生。
「先生、おつかれさまでした。どうでした」
「う~ん、だいたいやりたいようにできたかな」
「それなら、だいじょうぶですよ」
「はかなき人生いい曲ですよね、聞かせてもらいます。がんばってください」
「ありがとうございます」

「10番、川越東高校、課題曲4、自由曲 … 」
 やっぱこの時間になってくると、けっこう客席も埋まってくるなと思いつつおじぎ。
 舞台袖は、バスの中とはうってかわってテンパった感じの子が多かったが、曲の出だしは、川越東レベルとしては許容範囲内のピッチ。
 それよりも指揮する自分のうでがぎこちなかった。
 でも、だいたい予定した展開で曲はすすんでいく。
 うん、この流れは(あくまで流れ)さっき着替えの前に袖で聴いた徳栄さんよりもスムーズなのではないかという邪念もうまれるくらいだった。このままおちついていきたい。(続きます)
 



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