水持先生の顧問日誌

我が部の顧問、水持先生による日誌です。

夏の終わり

2015年08月31日 | 日々のあれこれ

 

 夏休みの最終日は、毎年だいたい休みにして、宿題を片付けましょうデイにしてた。
 今週末が文化祭では、さすがにそれはできず、合奏2セット、アンサンブルをいくつか担当した。
 それから昨日決まった「男祭り」関係の整理を少しと、「学年だより」。
 文化祭では何を歌うおうかと考えてみたものの、今週末、そんな余裕はあるだろうか。
 学年だよりには、先を見据えて行動しよう、今の行動が正しいかどうかは将来からの逆算で決まると書いた。
 しかし、自らの将来がどうなるか、まったくイメージできない。
 まず文化祭を乗り切ろう。どうも、ほおっておくと、先輩達のやった仕事をあまり引き継がずに、いろいろこなそうとする。それなりにできるからかもしれないが、拡大再生産にはなっていかない。
 演奏にも同じことが言える。システムができていない。
 もう少しなんとかせねばと思いながら、同じ事を繰り返してしまう。
 顧問として残された時間は、この仕事に費やさないといけないなと思う。

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合同練習(3)

2015年08月30日 | 日々のあれこれ

 今日は「男祭り」の合同練習。余裕とは言えないが、200名強がふつうに合奏できる空間を、同じ学園でありながら初来校の星野の中島先生がしきりにうらやましがる。
 このスペースがあるため、本校を会場にして合同の練習もできる。
 まして今日は、他校さん用のスクールバスも出していただいた。いかにこのおれが学校に貢献しているかを … 、すいません、そういうことではなく、学校、スタッフさんに感謝せねば。
 自分が何かを学びたいと思ったら、身銭を切って自ら出向いていくのが本来あるべき形だ。
 この環境のおかげで、他校の生徒さんをよび、すぐれた指導者にきてもらい、自分は合奏をみていれば鍛えてもらえるという有り難い日を設定できた。
 久しぶりに見た慶應志木の小池先生の合奏も勉強になった。
 どんな理不尽な言葉にもへこたれずに切り返していく生徒さんたちに接することができたのも、よかった。
 うちに一番かけているものが今日見えたはずだ。
 感謝しかないのはたしかだが、準備は大変といえば大変だった。今週は合同が三日あった。
 明日は、じっくりと自分たちだけの曲をさらいたい。
 あ、宿題の完成度をチェックをしないといけないんだった。

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梅棒「クロスジンジャーハリケーン」

2015年08月29日 | 演奏会・映画など

 

 昨日、練習後すぐに六本木の俳優座劇場に出かけ、ジャズダンスチーム「梅棒」さんの第四回公演を観に行った。
 JPOPをダンスナンバーにして、その歌詞と振り付けでストーリーをつくっていくというスタイルの舞台を、「梅棒」さんの公演をはじめてみて、驚いて、感動して、あまりのかっこよさに鳥肌が立ったのが三年前。
 今回ははじめてゲストがいない、純粋に男11人のオリジナルメンバーだけでの公演で、そのせいか一番「梅棒らしい」と思われる作品だった。
 えらそうに、「らしい」とか言ってしまったが、自分的「梅棒」とは、人の心を動かすための手段があるなら、そのすべてを試してみることに躊躇はいらないという精神だ。
 今回のストーリーには、野球選手がでてきて、不良がいて、信長が登場し、出会いがあり、別れがあり、浴衣があり、花火があり、なんか本校定演とデジャビュ観がかいまみられたのもうれしかった。
 自分のやりたいことに間違いはないのではないかという喜びだ。
 演劇でもない、ダンスの公演でもない、ミュージカルと一番近いかもしれない、このスタイルに、なぜこんなに心動かされるのだろう。
 笑わされ号泣させられて、見終わったあとに明日から頑張ろうという気持ちに必ずなる。
 人前で何かを発表しようとするならば、それがどんなジャンルのどんな形態の表現であれ、プロであれアマであれ、見てくれる人が少しでも幸せになってくれることを目標にしないといけないのではないか、あらためてそんなことを考えた。

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教養

2015年08月28日 | 日々のあれこれ

 

 古文で「まし」を教えるとき、必ず使う例文がこれ。

  我鳥ならましかば、君がもとに飛び行かまし。

 英訳してみなさいと指示したあと、

  If I were a bird, I would fly to you.

 と答えを書く。
 仮定法は事実と違うことを言うのだから、amじゃなくて「was」「were」をつかうんだよね、といかにも英文法まで知っているふりをする。
 いきおいで、「ローマの休日」で、ダンスに行かないって誘われたオードリー・ヘップバーンが、「I wish I could」って答えるシーンがあるんだけど … と言いかけて、みな完璧にきょとんとしているが、しょうがないよなあ、そんな例を持ち出すことがおかしいと瞬時に反省した。
 いまの高校生が「あ~、あれね」とすっとイメージできる何かを探すなら、「少年ジャンプ」のマンガなのかなあ、むしろ「コロコロコミック」ぐらいかと考えてたときに、「今の日本人の教養は少年ジャンプ」という記事が目に入った。

 

 ~ KADOKAWA・DWANGO社長の川上量生さんに、「教養」について聞いた。

 ――川上さんにとって、「教養」とは何ですか。

 教養とは、ある時代のあるクラスター(集団)の人たちにとって、コミュニケーションをするのに最低限必要な共通言語ということではないでしょうか。

 ――たとえばどんなものでしょうか。

 いま日本のインテリに通じる教養って何でしょう。理想はともかく、現実は。文学的な教養でいうと、たとえばみんなが分かるのは何ですか。村上春樹ですか。

 ――夏目漱石やシェークスピアでしょうか。

 夏目漱石やシェークスピアは、明らかに読まれていない。村上春樹も知識人と呼ばれる人って意外と読んでいないんじゃないでしょうか。ネットを見ていると、みんなが本当に知っていて、共通言語としてひねったことを言う時に使われているのは、「ドラゴンボール」とか「北斗の拳」「ハンターハンター」、つまり「ジャンプ」ですよ。 (WEB「朝日新聞」) ~

 

 しまった、「北斗の拳」「ハンターハンター」も読んでない。
 たしか代ゼミの船口明先生だったと思うが、生徒と話題を共有し、たとえ話に用いるために「ワンピース」を読んで、そしてはまったとおっしゃっていた。
 それをうかがって俺も「ワンピース」を読もうと決意して買ってきて、え? こんなかんじ? けっこうえぐいねと思って挫折した。
 平均的おじさんよりは、マンガ読んでる方に入るのではないかと自分では思ってるが、ストレートなものを読んでない、つまり教養が足りないのだ。

 ちなみに今一番どきどきしてる連載は、映画化もされるという、三部けい『僕だけがいない街』だ。
 この作品の密度は半端ない。お酒のんで読んでいると話がわからなくなるので、ドトールで集中して読む。
 他に「恋は雨上がりのように」「響~小説家になる方法」「忘却のサチコ」など、いま旬の物は楽しく読めるのだが。

 漱石は読まれていないと川上氏は言うけれど、「我が輩は猫である、名前はまだない」とか「親譲りの無鉄砲で子どものころから損ばかりしている」なら、知識人と言わずとも、大体の人は漱石ですよね? ぐらい思うのではないだろうか。「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される」だとあやしいかな。
 「我が輩は○○である、○○はまだない」という表現を誰かがもちいたとき、「あ、漱石をふまえてね」と思う。パロディ? 本歌取り? みたいに。
 かりに漱石を全く知らない人は、何がおもしろいかわからずキョトンとするだけで、事情を知ると「それ、パクリやん!」と非難するかもしれない。
 パクリかどうかを判断するのには「教養」が必要だなあと、漠然と考えたのでした。

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合同練習(2)

2015年08月27日 | 日々のあれこれ

 

 石川ひとみ「三枚の写真」をもう一度聞きたくて、アマゾンでベスト版のCDを注文した。
 ユーミン夫妻作「まちぶせ」から始まり、最後は天地真理「思い出のセレナーデ」のカヴァーまで、知らなかった歌も多いが、なんとクオリティの高いことか。もっと早く買って聞けばよかった。
 「くるみ割り人形」「プリンプリン物語」の、これぞ歌謡曲! というコード進行や転調のしかたは安定感抜群で、いっかい聞くと頭のなかをぐるぐる回る。
 この二曲は作曲が馬飼野康二さんだ。
 馬飼野さん作曲といえば、西城秀樹「傷だらけのローラ」、和田アキ子「古い日記」、松崎しげる「愛のメモリー」、河合奈保子「スマイル・フォー・ミー」、小泉今日子「艶姿ナミダ娘」、日野美歌・葵司朗「男と女のラブゲーム」、KinKi Kids「愛されるより愛したい」、嵐「A・RA・SHI」 … 。
 先日、作詞家45周年記念コンサートをひらいた松本隆氏もそうだが、馬飼野氏がいなかったら、歌謡曲シーンもずいぶん変わったものになってただろう。
 そうそう、光GENJI「勇気100%」も生まれなかったわけだから、星野高校中島啓大メドレーのオープニングも別の曲になってしまう。
 「三枚の写真」はやはり名曲だった。何十年ぶりに、50歳をこえた石川ひとみさんの歌を聞いて説得力をましたなとしみじみ思ったけど、昔も上手だ。
 AKBのゆきりんとか、乃木坂のいくちゃんとか、お歌上手だなあと思うけど、やはり昔のアイドルさんは、別次元のものがある。
 歌声を届かせる対象が今とは異なっていたからではないだろうか。

 星野高校さんとの二日目の合同練習は、しかしスペシャルメドレーまではいかなかった。
 それほど、「マンボメドレー」は手強かった。
 生徒をバスにのせていき、こちらは見ているだけで、パート練習のあとがっちり3時間も合奏してもらえるなんて、なんてありがたいことだろう。毎週行きたい。バス遠征というのもちょっとテンションあがる。

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合同練習

2015年08月26日 | 日々のあれこれ

 

 今日は、星野高校さんでの合同練習にでかけた。
 講習を終えて、楽器を積み込み、バスで第二校舎に向かう。
 うちの音楽室の半分もないスペースに両校の部員が会すると、涼しい今日でさえ暑かった。
 二時間ほどのパート練習ののち、そのスペースで合奏となる。
 ぎっちぎちだが、ならべ方がいいのか百数十人が合奏できる状態になった。さすがにトランペット、トロンボーンは立奏だったが。
 日曜に男祭りの合同練習があるが、今年は二百人越えになった合奏も、うまくセッティングすれば大丈夫かなと思えた。
 ラテン系の曲をいくつかと、星野高校の中島啓先生による大メドレーを演奏する。
 例年、お互いが文化祭で演奏するJPOPを2曲ずつ持ち寄って演奏するというスタイルだったが、今年は持ち時間も長くなったということで、中島啓先生ご提案の数曲を演奏させてもらうことにした。
 はっきり言って譜読みは大変で、例年の倍大変ぐらいでとかではない。もちろん、うちの一年生には、そんなことをばらしていない。
 二年生は、「いくらなんでも大変でしょ」と思っているはずだが、文句を言わないのは(言ってるかもしれないけど)、楽しい(もしくは楽しくなる予感がする)からではないだろうか。
 星野高校さんの持ちネタとして定評のあるものとなった「スペシャルメドレー」を、一緒に演奏できるのは、自分的にもものすごくありがたい。
 昨日予習の合奏をしてみて、いかに工夫して組み立てられてるかにも気づけた。
 どの部活も顧問によってその活動内容は大きく変わる。
 吹奏楽はとくに、一緒にステージにあがるのが顧問だから、運動でいえば一緒にプレーヤーとしてフィールドに出てるようなものだ。
 トップ下とか、ゴールキーパーの位置にいて指示だしをするような。
 そういえば九州では、屋比久先生が退職された後の鹿児島情報高校さんは、夏のコンクールでおもわしい結果は出ず、逆に活水高校さんは、精華女子から藤重先生がうつられて四ヶ月で、初の全国大会出場を決められた。
 顧問の力量がここまで端的に表れた例もめずらしいが、それほど影響は大きい。
 それを思うと、大滝先生が勇退された後の埼玉栄高校さんも、今年から指揮者が変わった春日部共栄さん、松伏さんも。変わらず安定した演奏を続けているのは、システムとして完成された部活運営ができているからであり、そこがさすが埼玉とも言える。
 明日も、もう一日合同練習。新生星野高校さんから、しっかりと吸収してきたいものだ。

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心と頭の良くなる勉強法

2015年08月25日 | 教育に関すること

 

  教育アドバイザーの高梨明宏氏から、お手紙をいただいた。
 先日、このブログのコメント欄に一言お書きくださったことでさえ驚いたのだが、すぐに封書もいただいた。
 高梨氏は、長年中央大学に勤務され、入試広報の一貫として、全国の高校生たちに勉強の意味ややり方を語り続けてきた。
 お話の内容のすばらしさは随分と話題になり、種々のメディアにもとりあげられるようになる。
 自分も数年前にネット上で文字おこしされた文書を手に入れて以来、学年だよりや、学年集会で何度もとりあげてさせていただいた。

 5、6年前、高梨さんのもとに、川東の生徒からメールがとどいたという。
 高梨さんのお話を知り、直接質問してみたくなったそうだ。
 学校で、尊敬する先生が、高梨さんを絶賛していたからだという。
 尊敬する先生から聞いたからだという。尊敬する … (しつこいすか)。
 そのときから、自分を紹介したのは誰かと思われていて、今回をご連絡をくださったそうだ。ありがたいことである。

 高梨氏のお話は、今は書籍として購入できる。次の二冊だ。


『中・高生の必読書 心と頭の良くなる勉強法: 学習の基本戦略、理に適った勉強を考えよう』 [Kindle版] 

『心と頭の良くなる勉強法II(続編): 本編の勉強法で独学で成績を上げた高校生の記録』 [Kindle版] 


 Kindle版なので、両方とも300円ほどで読むことができる。
 この本の内容をその通りに実践できれば、間違いなく高校生としてのグレードがアップし、結果として人生の方向性も変わる。
 こんなゲスな表現は高梨さんの本意とはことなると思うけど、この300円は300万、3000万円にも変わりうる。
 実際、偏差値5ちがうだけで、生涯年収の平均の差は、そんなものではないし。

 勉強ができるようになるのと、人として余裕がうまれるのと、自分的には同じだと思うのだ。
 いま露骨なお金の話にしてしまったが、ちゃんとした方向で勉強しようとする姿勢を身につけることで、ぎゃくに目先のお金には目がくらまなくなる。
 人としての価値観の軸をかえることができるのは、やはり勉強だ。

 昨今、たとえば安保法制の問題で、デモに参加する若者が増えている。
 その行為自体は経験として悪いとは思わないが(自分だって学生時代少しはしたしね)、様子をみてると、もしくは彼らの言葉を聞いていると、あきらかに勉強が足りない。
 そのように仕向けてしまうメディアもわるいし、リテラシーを身につけさせられていない我々の指導も問題なのは間違いない。
 でも、やっぱ、君たちもう少し勉強した方がいいよといいたくなる。
 彼らは、家のお手伝いをしてるだろうか?
 たとえば、ごはんのあとに自分の食器を流しに出せなかったり、はきものを玄関に脱ぎ散らかしたままだったりする人が、政治のあり方がどうとか、安保や憲法がどうとか言ってもしょうがないではないか。
 志が高いなら、礼儀正しくないといけない。
 一国の首相をわけもなくバカよばわりする人の主張を、本気で聞こうとする人はまずいない。
 聞くふりをする人はいるよ。自分達たちの利益にしようとする人だ。
 あ、話が大きくずれた。すいません。

 高梨氏のお話の骨格は、「予習」「家の手伝い」というキーワードが端的に示している。
 勉強の出来る出来ないは、生まれつきの脳が決めているのではない(これは、自分もしょっちゅう語っている)。
 頭をどう使えばいいか、どういう行動をすると頭が働くか。
 正しい頭の使い方で勉強していくと、自然と心も成長する。
 上記の本を読んで頂ければ、どうすればいいかは、すぐにわかります。

 最近読んだ『校長、お電話です!』という本にこんな一節がある。
 主人公は、新米の校長先生。夏休み前の終業式で、生徒にこう語る。


 ~ 「力を発揮したあとは、きちんと休む。そして、また力を発揮する。集中力を高めて物事を成し遂げるのはもちろん大事だけれど、どんな時に自分が一番リラックスできるのかも学んでほしい。コンピューターゲームやメールのやりとりだけではなく、夕焼けを眺めたり、食事の支度を手伝ったりといった、ありきたりの行為の中でこそ、人の心は安らげるのではないだろうか。夏休みは、そうしたことをしてみるには絶好の機会だと思う」 (佐川光晴『校長、お電話です!』双葉社) ~


 この柴山校長(通称シバロク、前年まで志木市内の小学校で教頭を務め、春から埼玉県校長最年少タイ記録の47歳で、お隣の百瀬市立百瀬中学校校長として赴任した)も、高梨さんのお話を聞いているにちがいない。

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三枚の写真(「風街レジェンド2015」2)

2015年08月24日 | 演奏会・映画など

 

 大学2年(かな)の時、石川ひとみを間近で見た。
 学生寮から自転車で5分くらいの「スーパーマーケット568」特設ステージで「まちぶせ」のキャンペーンがあったのだ。
 友人と出かけ、張られたロープ際で「手出せばさわれるな」と会話してたら、「触ったらしばくぞ」と警備の兄さんから本気で怒られた。
 実際にそれくらいの距離感の目の前を彼女は歩き、今ならステージともよべないような一段高いところで、カラオケで「まちぶせ」を歌った。
 聴いてる人は100人もいただろうか。
 決して無名時代ではない。「くるみ割り人形」や「ぷりんぷりん物語」でメジャーデビューしているれっきとしたバリバリのアイドルだ。
 ほとんどの日本人が知らないアイドルグループにもたくさんのサポーターがいる今とは、やはり時代が違う。
 しかし「まちぶせ」は大ヒットした。今風に言うとブレークした。
 石川ひとみといえば「まちぶせ」になったのは、よかったのか悪かったのか。
 「まちぶせ」ほどのヒット曲にはその後は恵まれなかったが、松本隆作詞「三枚の写真」は、隠れた名曲だ。

 

 ~ 16の頃 あなたは18  夏のまぶしさに 覚えてますか
   はしゃいだ砂に ふれ合う背中  ゆれる笑顔に ぽつりと聞いた

   ねぇ目をそらさずに 目をそらさずに  好きって言える
   ねぇ目をそらさずに 目をそらさずに 好きって言える

   ふたりならんだ  写真の海が  ああ指先を濡らしています  ~

 

 スクリーンに映しだされた「石川ひとみ」という文字に驚き、登場した彼女の変わらぬルックスにまた驚く。
 「変わらぬ」ということもないはずだが、自分より年上には絶対に見えない(おれが言うくらいだから)。
 直後に登場した早見優さんもそうだけど、昔のアイドルは筋金入りなのだろうか、何より体型が若いのだ。
 そして、声もぐっとのびてくる。
 むしろ、金沢のスーパーで営業してた頃より、上手なのではないか。

 

 ~ 17の頃 あなたは19  手にひんやりと 谷川の秋
   目を隠した あなたの腕に  冷たいねって 涙おとした

   ねぇ目をそらさずに 目をそらさずに  好きって言える
   ねぇ目をそらさずに 目をそらさずに 好きって言える

   ふたりの間の 落ち葉が今も ああ心へと 吹き込んでます


   20才の私 あなたは22  写真の春に あなたはいない
   別れ間際に 振り向いた街 あのまなざしは 焼き付いてたのに

   ねぇ目をそらさずに 目をそらさずに  好きって言える
   ねぇ目をそらさずに 目をそらさずに 好きって言える

   過ぎた月日が 残したものは ああ 三枚の写真だけです  ~

 

 歌のうまさは、けっきょく声のはりとか高音とかビブラートとかの物理的な要素だけではないのだ。
 「 20才の私 あなたは22 写真の春に あなたはいない 」
 と二十歳の時に歌うのと、50歳を越えて歌うのとでは、歌詞に込められる思いの深さが異なるのは言うまでもない。
 見渡すと、客席も、その深さを自然に自分のものとして感じられるようなベテランたちばかりだった。

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やさしさ紙芝居(風街レジェンド2015)

2015年08月23日 | 演奏会・映画など

 

  スクリーンにぱらぱらとふってきた図柄が文字になる

 ~ ねぇ君 ぼくはこう思うのさ 人生なんて紙芝居だと ~

 おー、という客席中から今日一番かも知れないどよめき。
 イントロがはじまる。
 ステージ中央の階段を、小柄なジーンズ姿が降りてくる … 。


 ~ ビー玉 ベーゴマ 風船ガムに ニッキとー えーと
   それから メンコとおはじきと あっそうそう 竹とんぼ
   やったわ、やった なつかしいなあー ~


 そりゃ、泣きますわ。
 ていうか、隣に座ってたおっさん。
 原田真二や山下久美子に手拍子一つせず盛り上がらずにいて、急におれより先に号泣するのやめてほしい。


 ~ でっかい夕陽を 背中にしょって 影踏み遊びの 子供が走る
   涙の乾いた 頬ほころばせ    明日に向って一直線に
   ねぇ君 ぼくはこう思うのさ   人生なんて 紙芝居だと
   涙も笑顔も 続きは明日     時っていう名の自転車こいで
   やさしさ 紙芝居        そして誰もが主人公      ~


 こう歌っていた頃、いまの水谷豊氏ほど立派な役者さんになられるなんて、みんな思ってただろうか。
 しかし、たたずまいは、当時も今もかわらない感じがした。生で見るのは初めてだけど。
 30年以上前も今も、見ている自分もふくめて何も変わってないかかのような錯覚に陥る。
 同時に、過ぎ去った時間と、二度ともどれない当時の自分への愛おしさに胸がいっぱいになる。
 カラオケスナックで「やさしさ紙芝居」を歌っていた自分。この時間を勉強にあてていたら、教員採用試験に受かり小学校の先生になれたかもしれない。
 教育学部を受けようと決めるにあたり、「熱中時代」の影響は大きい。

 高校2年から3年になる春休みに、幼馴染み三人で連れ立って、夜行列車に乗って東京にやってきた。
 今は季節列車としてもなくなってしまった寝台急行「越前」だ。
 担任の先生には東大の下見に行きますからと言って学割をもらった。
 対面式イス席の窮屈さと軽い興奮とで三人ともほとんど眠れないまま、朝七時に上野駅に着く。
 歌舞伎町なるものを見てみようと、さらに電車に乗る。
 さすが噂通りの街だ。朝っぱらから営業しているそういうお店がある。
 客引きのおじさんが田舎者に声をかけようとし、「なんだ、子どもか」と冷たい声を発する。
 危険地帯に身を置いている自覚のないうぶな高校生たちは、それでもドキドキしながら「日活ロマンポルノ」を観るという、当時の自分たちにできる最高峰の悪事を行い、そのあといくつか大学を見にいったはずだ。
 その夜、親戚の人に世話してもらった宿の部屋で、「熱中時代」の最終回を観た。
 三人とも枕をかかえて泣きながらみた。

 それほど熱中し、受験学部決定の決め手にしておきながら、大学に入ってから放映された「熱中時代2」は、たぶんそこまで一生懸命は見なかった。
 自宅を離れて暮らす自由さを謳歌していからだろう。
 自分以上の熱中先生バカが、案の定、教育学部小学校教員養成課程にはいた。
 そいつとずいぶんつるんで遊んだ。
 麻雀卓を囲みながら、突然そいつが「やさしさ紙芝居」歌い出すと、みんなの合唱になった。
 30年以上経ったいまも、歌詞はするすると口を出る。
 毎日会っている生徒さんの名前が出てこないことがあるのに、なんてことだ。
 初めて、生水谷豊の歌声を聞きながら、あいつにも聴かせたかったなあとしみじみ思った。
 

 ~ 三角定規を心に当てて    真っすぐ君へと 線を引きたい
   陸橋渡って 君が消えても  あとには確かな 絆が残る
   ねぇ君 ぼくはこう想うのさ 人生なんて紙芝居だと
   白くて大きな愛のぬり絵を  笑いや涙の絵の具で染める
   やさしさ 紙芝居      そして誰もが主人公      ~


 あらためて歌詞を書いてみると、縁語のオンパレードでできていることに気づく。
 こんど和歌の修辞を教えるときには、これも使おう。 
 さすが松本隆氏。松本隆作詞生活45周年記念「風街レジェンド2015」は、一曲だけでもこんなに語ってしまうような曲ばかり、休憩無しで4時間続いたコンサートだった。

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8月6日

2015年08月06日 | 日々のあれこれ

 

 3年生のいない集合体型が新鮮だ。やらねばならない曲がてんんこもりになっている。
 わたなべ先生に合奏してもらうのを聞きながら、練習用のリズムパターンをいろいろ考えていた。
 例年のことだけど、シンコペーションと付点音符とタイが、みな極端に苦手だ。
 楽譜が読めない問題と、読めても裏拍のノリがとれない問題と二つある。
 そこをクリアすると、ポップス系の曲は一気に楽しくなる。
 それにしても、3年が仮引退したあとの合奏が、全パートほどよく人がそろっている状況は実にありがたい。
 来年もAに出るから、そのつもりで練習しよう! と最初に語った。
 目先の曲だけでなく、先をみすえて練習していきたい。


 学校のパソコンがメンテナンスのため使えなくなります。
 しばらくの間、更新が滞るかと思います。
 インターネットカフェに一人で行けたら、やってみます。

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