昨日の「スペイン」合奏では、案の定リズムをごましながら吹いている子がいたので、リズムマスター練習プリント簡略版をつくり直した。スペインのフレーズをまずリズムだけ完璧にする。さらにそのリズムパターンをBmのスケールで吹いてみる。それから曲にもどれば完璧になる … 予定だったが、自分がぼけてて教本のAmのスケールを指示してしまったり、思った以上にリズムがとれなかったりして予定してた通りにはいかなかった。毎日やろう。
昼間は私大・国立二次対策の講習が続いている。講習の予習と、気がつくとたまっている添削とで、きついけど、「お願いします」ともってくる子たちの目をみると、すべて受け入れてしまう。ていうか泣きそうになる。
よく勉強するわ、みんな。この時期こんなに学校に来てがんばっているだけで、高校時代の自分より、いや浴衣ギャルを見て酒呑んでる今の自分よりも、みんなはるかに人格的に優れている子たちばかりだ。遊びの時間をけずって仕事しようと思う。
ただ、仕事がたまっている時期に読む本がまたやめられず、浅田次郎氏が絶賛してた直木賞の作品は読み出すとなかなか置けなかった。
『蜩の記』の主人公戸田秋谷(とだしゅうこく)は、城主の側室が襲われたのを助けて匿ったおり、不義密通をはたらいたとの嫌疑で幽閉され、10年間の家史編纂作業の後に切腹という咎をうける。
秋谷は、弁解をすることもなくそれを受け入れ、藩内の山村に家族とともに暮らし、その作業を続けている。藩の中枢は、筋を通し、村人からも慕われている秋谷を煙たい存在と考え、壇野庄三郎に様子をみにいかせる、というところから物語ははじまる。
3年後にお腹を召す、つまり自分の命にはっきりとした区切りが見えるという条件下で、自分のやるべきことを粛々とこなす秋谷の姿は、つい座り直そうと思ったときがあった。
おまえの生き方はそれでいいのか、浴衣ギャルと談笑してていいのか(しつこい)とつきつけてくるのだ。
不義密通の疑いをかけられた側室はその後仏につかえる身になり、松吟尼とよばれている。
二人が事件後数年を経て対面する場面は心にしみる。
父の無実を信じている娘も対面の場にきていた。娘の薫が「父は若いころどんなでしたか」松吟尼に問う。お父上のことは何かを知っていると言うほどの接点はなかった、ただ、自分を助け出してくれたときに「ひととしての縁」を感じたという。
「ひととしての縁とは、どのようなことでございましょうか」と薫が問うのにこう答える。
~ 「この世に生を受けるひとは数えきれぬほどおりますが、すべてのひとが縁によって結ばれているわけではございませぬ。縁で結ばれるとは、生きていくうえの支えになるということかと思います」
… 「あのように美しい景色を目にいたしますと、自らと縁のあるひともこの景色を眺めているのではないか、と思うだけで心がなごむものです。生きていく支えとは、そのようなものだと思うております。御仏の弟子となったいまでも、そのことに変わりはありませぬ」(葉室麟『蜩ノ記』) ~
この世に生をうけ、何十年も生きてきて、たくさんの人と知り合ってきた。
接する時間は長かったわりにつきあいの減ってしまった人もいれば、ほんの少し会っただけなのにずっとその存在が大きく心を占めている方もいる。
ある人の存在が大きかったり、ありがたかったり、ときにはうざかったりしても、「縁」を感じる人はいるもので、そういう方の存在が自分の生きていく支えになっているのだけはまちがいないと思うのだ。