「山田って誰?」
僕の手つきを真似て笑っていたのが山田某らしい。
「私らと同じ中学やったで」
「覚えてない」
個性は大事、というようなことを人はよく言うが、学校以上に「個性を尊重すること、伸ばすこと」に向いていない場所は、たぶんない。柴犬の群れに交じったナポリタン・マスティフ。あるいはポメラニアン。集団の中でもてはやされる個性なんて、せいぜいその程度のものだ。犬の集団にアヒルが入ってきたら、あつかいに困る。
アヒルはアヒルの群れに交じれば見分けがつかなくなる。その程度のめずらしさであっても、学校ではもてあまされる。浮く。くすくす笑いながら仕草を真似される。
「だいじょうぶ。慣れてるし」
けど、お気遣いありがとう。そう言って隣を見たら、くるみはいなかった。数メートル後方でしゃがんでいる。灰色の石をつまみあげて、しげしげと観察しはじめた。
「なにしてんの?」
「うん、石」 ~
石を集めるのが趣味だというくるみも、清澄と同じくらい「普通」ではない。
でも普通って何?
男子の趣味として、刺繍が普通外なら、たとえばお菓子作りは? 実際にけっこういる。
女子の趣味として、石集めが普通外なら、たとえば機械いじりは? 実際にけっこういる。
誰がみても男の子らしい、女の子らしいふるまいであっても、のめり込み方は相当に人それぞれだ。
普通とはずれてるかもしれないと意識しながら、だからといってムリに周りにあわせることもしない。
言わなくてもいいのに、クラスの最初の自己紹介で「趣味は刺繍」と言ってしまう。
~ ポケットの中でスマートフォンが鳴って、宮多からのメッセージが表示された。
「昼、なんか怒ってた? もしや俺あかんこと言うた?」
違う。声に出して言いそうになる。宮多はなにも悪いことをしていない。ただ僕があの時、気づいてしまっただけだ。自分が楽しいふりをしていることに。
いつも、ひとりだった。
教科書を忘れた時に気軽に借りる相手がいないのは、心もとない。ひとりでぽつんと弁当を食べるのは、わびしい。でもさびしさをごまかすために、自分の好きなことを好きではないふりをするのは、好きではないことを好きなふりをするのは、もつともっとさびしい。
好きなものを追い求めることは、楽しいと同時にとても苦しい。その苦しさに耐える覚悟が、僕にはあるのか。
文字を入力する指がひどく震える。
「ちゃうねん。ほんまに本読みたかっただけ。刺繍の本」
ポケットからハンカチを取り出した。祖母に褒められた猫の刺繍を撮影して送った。すぐに既読の通知がつく。
「こうやって刺繍するのが趣味で、ゲームとかほんまはぜんぜん興味なくて、自分の席に戻りたかった。ごめん」
ポケットにスマートフォンをつっこんだ。数歩歩いたところで、またスマートフォンが鳴った。
「え、めっちゃうまいやん。松岡くんすごいな」
そのメッセージを、何度も繰り返し読んだ。
わかってもらえるわけがない。どうして勝手にそう思いこんでいたのだろう。
今まで出会ってきた人間が、みんなそうだったから。だとしても、宮多は彼らではないのに。
いつのまにか、また靴紐がほどけていた。しゃがんだ瞬間、川で魚がぱしゃんと跳ねた。波紋が幾重にも広がる。太陽の光を受けた川の水面が風で波打つ。まぶしさに目の奥が痛くなって、じんわりと涙が滲む。 (寺地はるな『水を縫う』) ~
おれは普通とちがう、と思い悩まなければならないほど、周りは見ていない。
万が一いじめられるようなことがあるなら、すぐに誰かに相談すればいい。
そこまではいってないけど、少し落ち着きたいときには、こんな本を読めばいい。