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今日こんなことが

山根一郎の極私的近況・雑感です。職場と実家以外はたいていソロ活です。

素人確率論の誤り

2015年06月20日 | 心理学

このブログは私の公的でない部分を表現したいのだが、たまには公的な情報、すなわち、授業や研究に関連する内容も披露したい。
といっても誰でも気楽に読めるブログにふさわしい「軽さ」は堅持する。

社会心理学周辺で最近一番ホットなのは「行動経済学」であり、それがさらに人間の意思決定の”二重過程モデル(システム1、システム2)”として一般化されている。
この流れの牽引役は、ノーベル経済学賞を受賞(2002年)した心理学者D.カーネマン(経済学はまったくの素人)で、彼の近著『ファスト&スロー』が上のモデルの詳細な紹介となっている(日本語版は早川書房から,文庫版あり)。

私個人は、二重過程モデルを拡大した人間存在の真の内的モデルを構想しているが(来春公開予定)、ここでは二重過程モデルの1トピックを紹介したい。

人間の意思決定過程は、直感的・自動的なシステム1と、推論的なシステム2の二重過程からなっているというのがこのモデルの骨子。
システム1は処理は速い(ファスト)が不正確。システム2は精度は高いが処理は遅い(スロー)。

ただシステム2は知性的ながらも、システム1の影響からまぬがれ得ないという残念な性質をもっている。
今回はこの部分を紹介する。
具体的には、確率論という数学的思考の部分だ。

自分の意思決定の問題として、次の文の正否を2択で判断してほしい。

①「一等が出た宝くじ売り場がある。どうせならここで買ったほうがいい気がする」

(はい いいえ)

②「100年に一度の大雨が去年、この地方であった。だから今年はその規模の大雨はこの地ではないだろう」

(はい いいえ)

多くの人は、①も②も「はい」と答えたくなるのではないか。

実は上の①と②は確率的現象に対して同じ思考が使われているが、結論に至る論理は真逆だ。
だから、まず論理が真逆なので、肯定文の①に「はい」と答えたなら、否定文の②では「いいえ」と答えないと論理矛盾を犯したことになる。
なぜなら、文の前半で、事象の生起が示され(条件)、それを受けた後半(結論)で①は生起する傾向を、②は生起しない傾向を予想しているのだから、すなわち条件が等しいのに、両方「はい」(結論が異なる)だと論理矛盾となる。
たとえば、②が「はい」なら、①はむしろ同じ売り場で”買わない方がいい”と判断すれば論理は整合的だ。 

論理矛盾を平気で犯してしまうことは、それだけで人間固有のシステム2がまともに作動していないことだから深刻だ。

では正解は

確率論的には、もちろん、①②ともに「いいえ」である。
前回と今回は、独立した(前回の結果が今回に影響しない)事象なので、確率に変化はない。
①は売り場によって確率に差ははないし(年による差はありうる)、②は年によって確率に差はない(場所による差はありうる)。 

この独立性を否定する誤った思考が、①②両方に「はい」と答えることになる。

これは少なくとも中等教育の確率論を知っていれば、納得できるはずだ。
なら、「この売り場で一等が出ました!」 という宣伝文句はまった効果がなくなるはずだが、感情的にはそうとは言えない。

なぜ①は事象の生起、②は不生起に(誤って)心惹かれるのだろうか。
これが論理でない心理の部分である。
すなわち、システム2に対するシステム1の影響である。 

①は快となる事象で、②は不快の事象である。
これが効いている。

快となる事象は、できるだけ生起しやすいと思いたがる。
不快となる事象は、できるだけ生起しにくいと思いたがる。
感情が入るとわれわれは冷静ではいられなくなるのだ。 

宝くじの一等が当たる確率は、客観的には、交通事故に遭う確率どころか、大地震(日本で)に遭う確率よりもたぶん低く、 おそらく自宅の床下から火山が噴火する確率に近いくらいなのだが、
主観的には、交通事故に遭うより高く見積もっている(私も例外でない)。

人間の通常の可能性に対する思考が、数学的な確率論的思考といかにズレやすいか、これは心しておく価値がある。
曲がりなりにも科学を志す者が、確率論をベースにした統計学を論拠にするのは、通常思考では論理の誤りを犯すからである。

ついでに、確率論的思考は、肝心の数学者でさえ誤ってしまうことは、「モンティホール・ジレンマ」の話に出てくる。
この話題は、上の書を含めた行動経済学の本(あるいはネット)にたいてい載っているので、そちらにまかせる。 
ようするに数学者も人の子で、日常に作動するシステム2の精度は”並み”なのだ。
宝くじを買って一等を夢見ている数学者もいるに違いない。 

実は私は二重過程理論を超えたモデルを構想している。
☞「システム0:二重過程モデルを超えて①