心理学に内在していたさまざまな二元論を統合する視点が「二重過程モデル」である。
その二つの過程は、スタノビッチが命名した「システム1」と「システム2」という名称が定着している。
システム1は自動化された認知−判断過程で、処理は迅速だがバイアスなどの歪みが発生する。
社会心理学の古典的な「認知的不協和」やバイアス研究の端緒を開いた帰属理論などはこのシステム1の具体例として整理される。
またアフォーダンスなどの視覚情報処理が(思考を経由せず)直接適した行動を導く現象もここに入る。
システム2はより知性的な思考活動であるが、ここにもバイアスが存在することが行動経済学で確認されている。
結局、われわれの判断(意思決定)に潜むバイアスは、損失回避などの感情的要因と、時間選好などの認知的要因によることがわかる。
あと、統計的思考がわれわれの思考的バイアスを補正してくるものとして有益であることも。
心理学という範囲に留まっていればこの二重過程の話ですむが、人間存在を対象にするなら、心身二元論による分業の枠を超えた視点が必要になる。
すなわち心と身体との関係である。
こう言ってもいい。
システム1・2を可能にしているより根源的なシステムがあるはずだ。
それはシステム1より根源的な領域で、ほとんど身体の領域に等しい。
心が身体に出会う領域、それを私は「システム0」と名づける。
脳でいえば、システム2は大脳皮質の前頭前野が中心、システム1は大脳辺縁系(海馬や扁桃体)が中心、、そしてシステム0は大脳ではなく間脳・脳幹が中心となるシステム(ただしこれらシステムは機能に基づき、解剖学的単位を基準にしているのではない。機能は本質的に脳の多層的ネットワークで作動している)。
スタノビッチの数値的命名が幸いして、システム1・2のいずれかに還元する二元論(陰陽思想のような)に陥らずにすむ。
1と2は数の集合の中の単なる要素にすぎない。
システム0は、心においては無自覚で自明視された領域であり(それゆえ0という番号が合っている)、心理学の領域外になっている。
現状でそれを扱っているのは「精神神経免疫学」である。
すなわち、自律神経系と免疫系と内分泌系という身体のホメオスタシスシステムが心(精神)と相互作用をしている領域だ。
精神的ストレスが身体疾患を引き起す問題が典型である。
あるいはplacebo効果など、”信じる”という心理作用が免疫系に影響する現象も含まれる。
この心身相互作用の注目すべき現場が「呼吸」だ。
呼吸は根源的な生命維持作用であるにもかかわらず、自律神経だけでなく、随意的にも制御できる特異な生理作用だ。
深呼吸などの呼吸の随意的制御が、心身に好影響を与える事実に私も着目して、さまざまな呼吸法の中でどれが効果的か、修論と卒論で指導している。
心理学は人間存在の根源である身体を除外したまま成立してしまった。
今のままでは、神経科学(脳科学)の目覚ましい発展を指をくわえて見ているだけだし(行動経済学は認知的過程をスルーして神経経済学になろうとしている)、精神疾患ではなく、身体疾患で心を痛めている多くの人にも貢献しない。
システム1からシステム0へと視野を拡げることで、心理学が自ら課している分業の壁をのり超える時だ。
☞続く