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こぼれ落ちる欠片のために 本多孝好

重厚な警察小説。主人公と新しくコンビを組むことになった相棒の2人が、事件の関係者の事情聴取、聞き込み捜査などを通じて、真実に近づいていく様を緻密に描いた短編集。真実を解明し、罪を暴き、相応しい処罰を課すことが、市民の安心と安全に繋がるという崇高な信念を持って奮闘する一方、それが本当に正義なのかという葛藤もあり、本当に大変な仕事だということが伝わってくる話が収められている。特に、2つめ「no reply」という作品は、黙秘を続ける容疑者が守りたかったものが何かが判明したところで、これまで読んだ小説にはない衝撃を受けてしまった。また、この本の良いところは、TVドラマにありがちなパワハラ上司や自分勝手な動機の人物が全く出てこないことで、考えの違いから様々な衝突はあるものの、それぞれが自分の信念や正義感を貫こうと努力している様が良いなぁと感じた。(「こぼれ落ちる欠片のために」 本多孝好、集英社)
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嘘があふれた世界で 浅倉秋成他

7人の作家によるネット社会の明と暗をテーマにしたアンソロジー集。読んだことのある作家が3名、初めて読む作家が4名だったが、どれも大変面白く、世の中にはまだまだ知らないすごい作家がいるんだなぁとつくづく思った。特に、「あなたに見合う神さまを」は、投稿動画チャンネルに生き甲斐を見出している少女達の話だが、オタクとか推し活とかのマイナスのイメージを完全に払拭するような展開に、これはすごいと感じた。また「タイムシートを吹かせ」は、普通に日々の仕事でネットを使いこなしている若者と頑固な職人気質の老人のバトルをコミカルに描いた内容で、とても勉強になる話だった。最後に収録された「君がため春の野に」は、ちょっと前に読んだ「世界でいちばん透きとおった物語」のスピンオフ作品でこれも大変面白かった。(「嘘があふれた世界で」 浅倉秋成他、新潮文庫)
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超人ナイチンゲール 栗原康

本屋さんで見つけた一冊。題名や表紙がただの教養書としての伝記と違う感じなので店先でパラパラとめくってみた。内容的にはクリミアの天使ナイチンゲールの評伝で間違いなさそうなのだが、どうも普通とは違う雰囲気を漂わせている。それが気になり、「まあ普通の伝記でもいいや」と思って読んでみることにした。読んでみて、内容、文章とも、予想をはるかに超える面白さ。面白さの半分は全く知らなかったナイチンゲールという人物の面白さなのだが、残りの半分は著者の独特の語り口の面白さだった。ナイチンゲールについては、まずものすごい大金持ちの出身ということにびっくりした。38名の部下を連れてクリミア戦争の戦場に赴いた際、政府からの支出や寄付金では資金が不足し1億円以上自腹で支払ったとのこと。彼女の実行力の背景には、手続きの面倒な公費に頼らず自分で即決できる金銭的な余裕があったということらしい。また、彼女の思想については、かなり大胆な神秘主義の持ち主だったとのこと。彼女の行動力の源泉は、善悪の判断、合理性、損得、更には主体性などではなく、ひたすら自分自身の直感だった。善悪は人によるよって異なるから、それに従うことは結局は教会などの権威に支配されることになるし、合理的か非合理的かの判断、損得も言い換えれば他人に左右されることになる。こうした考えを突き詰めていくと「主体的に行動せよ」ということすら、直感による行動の妨げになる。まさに、ニーチェの超人思想そのものだ。また、彼女が小説家でもあり、統計学者でもあり、発明家でもあったというのもびっくり。彼女の書いた小説に「次のキリストは女性だろう」というキリスト教徒とは思えない一節があり、これはこの著者のナイチンゲール像の見立てが正しいことを表しているように思える。ナースコール、配膳エレベーターは彼女の発明、カーディガンはクリミア戦争の際に負傷者の着替え用に考案されたなど、トリビアもたくさんで、大変面白い一冊だった。(「超人ナイチンゲール」 栗原康、医学書院)
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あしたの名医2 藤の木優

伊豆地方の中核医療を担う大学付属病院に産科医として赴任した若手医師を主人公とするシリーズ第2弾。副題は「天才医師の帰還」。前作もすごく面白かったが、本作はそれ以上にすごい作品だった。物語は、主人公の医師としての成長物語、登場人物たちの医師としての矜持や信念、舞台である伊豆地方のグルメ紹介の三本柱で進行するのは前作と同じだが、そこに2人の新たな癖の強いキャラクターが加わり、主人公の成長を促す役割を果たしていく。クライマックスは、本書後半のガンが全身に転移してまっている妊婦患者を巡る主人公たちの医療現場での壮絶な戦いだ。患者本人の余命延長か胎児のケアかという選択を余儀なくさせられる状況での医療従事者の奮闘の物語、読んでいて大きく心を揺さぶられた。また、産科医師不足が深刻化するなか、先進医療を進歩させるためあるいは若手医師の経験の蓄積を促すなどのために医療の集約化(積極的集約化)が求められる一方、それとは無関係に進む地方病院の不採算による閉鎖に伴う消極的集約化、こうした医療現場の問題にも驚かされた。伊豆のグルメとしては、黒鮑、モクズガニ、天城猪まんなどが紹介されていて、特に猪まんが美味しそうだと思った。この作品、前作と合わせても時間的には数か月の話。内容の濃さが並外れているこのシリーズ、まだまだ続きを読みたい。(「あしたの名医2」 藤の木優、新潮文庫)
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四つの白日夢 篠田節子

著者の本は2冊目、短編集は本書が初めてだが、話の雰囲気は前に読んだ作品と似ているので、こういう作風の作家なのだと思う。具体的には、夜中に天井から聞こえてくる不思議な物音、ヴァイオリンケースとワインボトルを抱えた老人が小田急線車内に忘れていった遺失物、借金のかたとして譲り受けた多肉植物に取り憑かれていく男、義母の遺影に写っていた謎の人物など、少し謎めいた要素や奇妙な感覚に読者を誘い込むところがある内容。ただし各編の肝はそうした謎の真相そのものではなく、謎が解かれた後に待っているちょっとした物語。たまにはこうした不穏と暖かさの入り混じった小説も良いなぁと思った。(「四つの白日夢」 篠田節子、朝日新聞出版)
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血腐れ 矢樹純

著者の本はこれが4冊目。前に読んだ3冊はいずれも叙述トリック要素の強いミステリー小説だったが、本書は謎解き要素のほとんどないホラー小説だった。登場人物たちが他人には説明できない不安と疑念を苛まれていて、それが事態の進展とともに大きく膨らんでいくというストーリー展開や全体の不穏な雰囲気はこれまでの作品と共通している感じだが、真相が超自然的な闇の存在にあってそれがそのまま終わるという点で全く別のジャンルの話になっている。個人的には前の作風の方が断然面白かったが、今後著者がどういう方向に向かっていくのか、これまでの作品が面白かっただけに、とても気になるところだ。(「血腐れ」 矢樹純、新潮文庫)
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うそコンシェルジュ 津村記久子

好きな作家の最新作。日常のちょっとした閉塞感や悩み、例えば気晴らしの愚痴や他人の悪口に根気よく付き合うのに疲れてしまった人たちの心のうちを描いたような短編が11編収められている。全体の雰囲気は、そうした主人公たちのやるせない気持ちを突き詰めていく著者の初期の作品に似ている気がするが、本書ではそうした初期作品の主人公にはない諸々の辛さを受け流す強さのようなものも感じられて、ちょっとホッとする。11編の中でも出色なのはやはり、ひょんなことから様々な悩みを抱えた人のために人を傷つけないような嘘のつき方を指南することになった主人公を描いた表題作「うそコンシェルジュ」とその続編。ストーリーが、「やはりそうなるよね」という感じと「予想外の展開」のちょうど間を行くような絶妙さだし、登場人物たちは至って真剣なのだがどこかコミカルでとにかく読んでいて面白い。流石だなぁと感心してしまった。、(「うそコンシェルジュ」 津村記久子、新潮社)
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山手線が転生して加速器になりました。 松崎有理

書評誌で紹介されていて面白そうだったので読んでみた初めて読む作家のSF短編集。パンデミック後の世界を描いたとんでもSFが5編収められている。表題作は、パンデミック後の都市撤退政策で需要のなくなった山手線を素粒子ミューオンと反粒子を衝突させる自律運転機能付きの加速器に転用するという内容だが、これがめちゃくちゃ面白かった。さらにその後の短編も全てパンデミックで激変した世界という共通項のとんでもSFで、パンデミックで観光客が激減した後に設立された観光旅行会社の戦略、無人化した東京に住む少年とリモート料理人の交流、パンデミック後に突如現れた言葉を理解するタコと異星人が地球に送り込んだ自律型探査機(グリーンレモン)など、とにかくその発想の面白さと、ドレイク方程式、フェルミパラドックス(保護区仮説)、アシスタントAI、パンスペルミア説(生命宇宙起源説)など科学知識の裏付けのようなものに翻弄され通しだった。巻末の書き下ろし、経済学者の話と宇宙開闢以来の年表もこれらの短編を全て繋ぐ内容で圧巻。著者の本、まだ色々あるようなので、これから読むのが本当に楽しみだと思った。(「山手線が転生して加速器になりました。」 松崎有理、光文社文庫)
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町なか番外地 小野寺文宜

東京都江戸川区と千葉の県境近くの格安アパートの住人4人の日常を描いた連作短編集。そのアパートは交通の便もさほど良くないし、見た目もパッとしない、安さが売りのごく普通のアパートで、その住人達もごく普通のちょっとした悩みや困難を抱えた人たちだ。物語は大きな展開のない内容で、最後の住人全員が登場するクライマックスもとても静かなものだが、著者の本らしい何故か心に残る一冊だった。(「町なか番外地」 小野寺文宜、ポプラ社)
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しっぽ学 東島沙弥佳

ヒトは何故進化の過程でしっぽを失っていったのか、そのプロセスと意味の謎を追求している研究者による啓蒙書。著者がどのようにして「しっぽ」に魅せられそれを研究対象として奮闘するようになったのか、これまでの研究で分かったことなどを、とても面白くかつやさしく教えてくれる。まず著者は、しっぽについて、位置、形、中身の観点から、肛門より後ろにあり、身体の外に出ていて、体幹の延長にあるものと定義し、その上で「ヒトがしっぽを無くした経緯」について、考古学、人類学、発生学、文学など文理の壁を超えた考察を進めていく。なお、猿(モンキー)と類人猿(エイプ)の違いは、しっぽの有無と手を肩から上に伸ばせるかで決まるとのこと。また北の動物ほどしっぽが短いという(アレンの法則)。一般的に、ヒトがしっぽを無くしたのは、「腕で木にぶら下がるようになり、直立歩行するようになる過程でしっぽが不要になったから」と何となく思われているが、これは全くの誤解で、ヒトは木にぶら下がったり直立歩行する以前からしっぽを失っていたということが化石などの研究から明らかになっているらしい。そこから著者の探究は始まる。しっぽのあるサルとしっぽのないヒトの中間の生物の化石が発見されればある程度解明される謎なのだが、未だにそうした化石は発見されていない。発見されないこと自体も謎のひとつということになるだろう。著者の研究はまだ道半ばで、読んでいてワクワクするし、大変面白くて、かつためになる一冊だった。(「しっぽ学」 東島沙弥佳、光文社新書)
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藍を継ぐ海 伊与原新

大好きな作家の最新連作短編集。今回は、最盛期の萩焼に使う幻の土を探す若者と岩石研究に励む地質学者、都会生活に疲れて地方に移住してきた女性とニホンオオカミ、長崎の原爆直後の科学データを記録し続けた在野の学者と空き家問題に取り組む市役所職員、北海道で隕石を探す人々と地域の郵便局員、アメリカの海岸で日本の調査タグをつけたウミガメを助けたネイティブアメリカンにルーツを持つアメリカ人と日本の少女、こうした時代も場所も想いも違う人々が織りなす物語。ストーリーも感動的だし、話の合間に出てくる科学トリビアもとても面白い。特に、オオカミから犬に進化の枝分かれをした際にヒトという種が関わったという仮説、北海道で見つかった隕石は一個だけという話、ウミガメの母浜回帰の話などは、ストーリーの中で何気なく出てくる話だが、全く知らなかった事実にびっくりした。(「海を継ぐ海」 伊与原新、新潮社)
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急がば転ぶ日々 土屋賢二

文庫化されたら読むと決めている元大学教授によるシリーズエッセイ集。かつては、色々なテーマのエッセイだったが、著者が老人ホーム暮らしになったからだろうか、前作あたりからほぼ全編「老人あるある」ばかり。でもこれが意外にマンネリ感もなくそれぞれ面白いというのがこのシリーズのすごいところだ。特に面白かったのは、太っ腹な人物、私のW杯、人のやさしさに触れて、素晴らしいリセットシステムなど。何が面白いのか上手く表現できないが、読んでいて楽しいし、そう考える人が多いからシリーズとしてずっと続いているのだろう。このシリーズ、少しでも長く続いて欲しいと心から思う。(「急がば転ぶ日々」 土屋賢二、文春文庫)
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新謎解きはディナーのあとで 東川篤哉

人気シリーズの最新刊。収録されている短編5編全て、主人公をはじめとする登場人物たちのキャラクター、事件解決までのやり取り、単純だが破綻のないトリックなど、これまで通りのパターンが完全に踏襲されていて、とにかく安心して読めるのが本シリーズの最大の特徴かつ魅力だ。人気アイドルが所属する芸能事務所の社長が被害者の事件は、なるほどと思わせつつ、もう一捻りある真相が一番面白かった。(「新謎解きはディナーのあとで2」 東川篤哉、小学館)
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地図バカ 今尾恵介

色々な地図の楽しみ方を教えてくれる一冊。内容は、著者が地図好きになったきっかけ、地図マニアの先達、著者が所有するお宝地図、地図の構成要素である地名、駅名、高低差勾配の話など多岐にわたっていて、それらがどれも面白い話ばかり。読んでいて、自分も学生時代に欧州旅行した時にトーマスクックの地図を買ったなぁと懐かしく思い出したり、自宅近くの地名が出てきて嬉しくなったり、娘の世界地図帳を見て知らない国名が多くてびっくりしたことなどを思い出したりした。特に面白かったのは、著者が所有する殆ど海ばかりの20万分の1の地図で大きな図面に描かれているのが0.4mm×0.3mmの岩礁だけ。正式な地図が機械的に経緯度で区切られていた時代のものとのことで、同じ理屈で昔の地図は三宅島が2枚に分かれていたらしい。また、国際基準で経度がグリニッジを0度と決められる前、自分のところを経度0度にした地図を出したりしていた国があったらしい。地図の大きな楽しみの一つが昔と今の地図を比べることにある感じだ。また、戦後日本で丘とか台とか野を新しい地名につけるブームの話(いわゆるキラキラ地名)、踏切に一つ一つ名前が付いているといった話も面白かった。(「地図バカ」 今尾恵介、中公新書ラクレ)
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原爆裁判 山我浩

副題「アメリカの大罪を裁いた三淵嘉子」とあるので、NHKドラマのモデルとなった初の女性裁判官三淵嘉子の伝記かと思ったがもっと多岐にわたる内容だった。アメリカの原爆開発の経緯(大量のウランをどのようにして入手したかなど)、原爆投下の意思決定過程(標的の決定など)、戦後のアメリカによる被害状況調査とそれに関する隠蔽工作などが描かれた後、いよいよ三淵嘉子の生涯、原爆裁判との関わりが述べられ、最後に三淵が主になってまとめたと言われる「原爆裁判判決文」の全文が掲載されている。原爆開発から投下に至るまでの経緯については、純度の高いウランを産出するコンゴに利権を持つベルギーの死の商人の話、投下に当たって事前通告なし、軍事施設でない都市部への使用、毒ガスや細菌兵器以上に非人道的な兵器使用の倫理的な問題が悉く無視された事情、降参目前だった日本にあえて使用した国際政治上の覇権争い、更には終戦後のアメリカによる被災地における残留放射能、死の灰の飛散の調査結果が隠蔽された事実などが語られる。巻末の判決文では、こうした状況を精査してアメリカによる原爆投下は明らかな国際法違反として断罪するが、原爆被害者である原告にアメリカを訴えることができるか、個人が国際法上の権利主体となりうるかなどを検討の上、被害者救済支援は日本国の政治によってなされるべき、それは司法の役割ではないとして訴えを棄却する。その後の日本政府の対応を見ていると、まだ十分ではないかもしれないがこの判決の果たした役割の大きさを感じることができたように思えた。(「原爆裁判」 山我浩、毎日ワンズ)
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