書評、その他
Future Watch 書評、その他
世界の果てのこどもたち 中脇初枝
著者の本は3冊目。1冊目は確か、何気なく購入した著者のサイン本だった。それが面白かったので2冊目を読んで、今回が3冊目ということになる。前の2作を読んでからは、新刊を見つけたら何となく手に取ってしまう作家の1人と言ってよいかもしれない。本書は、日本、満州、韓国に住んでいた少女の終戦前後の過酷な人生を丁寧に語った力作だ。前に読んだ2作が現代の話だったのに比べて、本作はごく近い時代とはいえ日韓中の歴史を題材にした作品で、時代考証、歴史認識の違いなどにも配慮が必要であり、著者にとっては色々な困難に立ち向かった意欲作といえるだろう。本書を読んでいると、普通に暮らしているようにみえる人それぞれが、時代に翻弄されながらも、色々な歴史を背負って生きているんだろうなぁという思いに胸を打たれる。(「世界の果てのこどもたち」 中脇初枝、講談社)
水鏡推理 松岡圭祐
何となく作者の作品に飽きてしまった感じがしていて、このシリーズは読み始めていなかったのだが、間違って2作目を買ってしまい、慌てて1作目から読むことにした。話は、主人公である文部科学省の女性事務員が、政府の助成金を申請している研究の捏造や改竄をちょっとした推理から見破るという内容だ。最近のそうした事件や震災後の状況等をうまく絡めながら、次から次へと偉そうな研究者を切り捨てていくさまは痛快だが、そこでちょっと待ってという気もしてくる。そういうもやもやした感じになる理由の1つ目は、「こんなことが本当に起きていたら怖いなぁ」というものだ。暴かれる不正の内容が実際の事件にかなり近いだけに、現実との距離感がつかみにくいし、ひょっとしたら同じようなことが現実にも頻発しているのではないかという疑念がもたげるのだ。もう1つのもやもやは、こういう臨場感あふれる描写で書かれると、その現実の事件の方の世間のとらえ方にも微妙な影響を与えてしまうのではないかという懸念だ。本書の最初に取り上げられている事件でも、現実の事件の方はまだ真相が明らかにされたとは言えないと思うのだが、本書を読むと、どうしても現実の方も研究者が一方的に悪いように感じてしまう。話が面白いだけに、ただ面白いというだけでは危険だなぁという気もした。これらはいずれも本書が迫真の内容だからこそだが、最初に書いたように作者の本を手に取るのを少し中断していたが、本書を読んでまた読み進めていこうという気になった。(「水鏡推理」 松岡圭祐、講談社文庫)
本屋大賞2016
今年も、候補作10作品を読み終えたので、恒例の本屋大賞の予想をしてみたい。今年は、候補作10作品が発表された段階で、既読が5作品、購入済み未読が2作品、未購入が3作品と、ほぼ例年と同じくらいの感じだったが、今年の候補作のラインアップにはそうした数字には表れない違和感があった。要するに、候補作に既に色々な意味で話題になった作品ばかりが並んでいるのだ。調べてみると、芥川賞受賞作が1、直木賞候補作が4、有名なベストセラーランキング1位の作品が2となっていて、それだけで7作品を占めている。それ以外の3作品も、芥川賞作家の作品、超有名な作家の作品が並んでいて、これらの作品の中から改めて大賞を選ぶことにどういう意味があるのか、首をかしげてしまうようなラインアップなのだ。特に直木賞候補作が4つも入っていて、何だか直木賞の次点作を選ぶような感じさえする。かつての本屋大賞は、あまり知られていないが本屋さんの立場でお勧めしたいという作品に与えられてきたはずで、この賞自体そういう趣旨で設立されたはずだ。だから、私はその候補作を読むことで、読書の幅を広げられると思っていた。はっきり言って、このラインアップでは、わざわざ本屋さんに進められなくても、もう話題になっています、と言いたくなってしまう。売れる本と売れない本の2極化ということが言われて久しいが、読書のプロである本屋さんが読む本にもそうした傾向が顕著になっているのかもしれない。まあ、そんな愚痴を言ってもしょうがないので、今年も自分なりの予想してみることにする。
まず何を評価の基準とするかだが、小説としてのうまさでは「羊と鋼」「君の膵臓」、読後のインパクトという点では「戦場のコックたち」「世界の果てのこどもたち」「流」の3つが抜きんでていた気がする。一方、話の面白さでは「王とサーカス」が一番だった。と色々考えた末、私としては、「君の膵臓…」を本命、「戦場のコックたち」を次点としたい。いずれも、まだ新人作家と言える位のキャリアだと思うが、この2作を読んだ時に、これはすごい作家だな、すごい作家になるな、と感じた。特に、「君の膵臓…」の作者は、すでにもう一作「また、同じ夢を見ていた」を読んだが、これが前作以上にすごいなぁと思わせる作品で、この作家を早いうちから応援しておきたいという気持ちが強くなった。気持ちの悪い題名なのでずいぶん損をしていると思うので、余計に応援したくなる。
本命:君の膵臓が食べたい
次点:戦場のコックたち、羊と銅の森、世界の果ての子どもたち
流 東山彰良
昨年の直木賞受賞作。この作家の本は、本作に限らず、色々な書評で高い評価を受けている。そうしたことが最近分かってきて、読もうかどうか迷っていたら、運よく読書の大先輩ともいえる方から本書をプレゼントされ、遅ればせながら読んでみることにした。話は、台湾の一人の青年が祖父の死をきっかけとして、自らの出自を辿りながら、成長していく物語だ。時代に翻弄された祖父母の世代や親の世代への反目、中国人特有の年長者に対する無条件の尊敬、家を大切にする気質といった相矛盾する心情が若い主人公を突き動かしていく物語は、中国ならではの壮大な大地を感じさせる。物語後半の台湾は、ちょうど自分が台湾に家族と観光旅行をした時期と重なる。その当時はそんなことは考えもしなかったが、呑気に観光をしていたすぐそばで、まだ政治的に安定しているとは言えない状況が当時の台湾にはあったんだなぁと感慨深いものを感じた。(「流」 東山彰良、講談社)
植物はすごい 七不思議編
馴染みの深い植物の「何故?」に答えてくれる本書。7つの植物がもつそれぞれ7つずつの特徴の生物的な意味を分かりやすく説明してくれている。アサガオは何故朝咲くのか、イチゴのタネはどこにあるか等は、知ったつもりになっていたが、本当の正解はもうちょっと深いところにあった。ゴーヤの表面は何故でこぼこなのか、トマトのタネは発芽するのか、というのも面白い。著者の履歴を見ると、本書のような植物に関する啓蒙的な新書を10冊以上出している。本当にすごいのは、この著者ではないかと思った。(「植物はすごい 七不思議編」 田中修、中公新書)
教団X 中村文則
ちょうど第1部と第2部で上下巻に出来るところをわざわざ一冊にして買い得にしてくれたのは有難い話だが、結果的には2分冊にした方が、読む場所が定まっていない私のような読者にとっては、じっくり読むことが出来て良かったかもしれない。一冊になっていると、持ち運びの関係で読み切るまでの時間に制約が出来てしまうことがあるからだ。読み始めてすぐに、この本は、あまりストーリーを追いかけたり、登場人物の誰かに感情移入したりして読む本ではないことに気付いた。強いて言えば、主人公は「作者自身」であり、ストーリーは「作者の思考の流れ」ということになる。小説の中に挿入された教祖の説話は正に作者の思考の代弁だし、ストーリーの混沌はそのまま作者の心の中の混沌だ。私自身の趣味にはあまり合わなかったが、作家自身が執筆にあたってどれだけのリスクを背負ったかを基準にすれば、本書は紛れも無い傑作だろう。(「教団X」 中村文則、集英社」)
誤解だらけの日本美術 小林泰三
現在残っている美術品を様々な観点から考察し、作られた当時の姿を再現してみると、何が言えるか?再現にあたっては、色々な想像を巡らせるので、これが絶対に確かだというものではないが、新しく現れた姿は予想以上に色々なことを、それを見る私たちに語りかけてくる。その想像を目巡らせる過程と、雄弁に語りだす美術品、その2つが非常にスリリングでもあり面白くもある。千年以上の時を経て朽ちそうな仏像や建物が、製作当時は極彩色だったというのは良く聞く話だが、元の色や形を復元することによって、作品本来の意味や当時の見方が分かることもあるし、逆に作品創作の意図から復元の仕方が変わることもある。キトラ古墳の話はその前者の例であり、銀閣寺の話は後者の典型と言えるだろう。それにしても、本書には銀閣寺の写真が たくさん使われているか、「京都ぎらい」を読んだすぐ後なので、本書を刊行した出版社は銀閣寺にいくら支払ったのかが大変気になった。(「誤解だらけの日本美術」 小林泰三、光文社新書)
また、同じ夢を見ていた 住野よる
本の帯に「哀しくないのに泣けてくる」とあるが、本当に心温まる本だ。自分らしく生きようとするだけで周りから疎まれたり、疎外感を味わされたりということが日常茶飯事なこの時代、全てのそうした真面目な人々に勇気を与えてくれる一冊だ。おませな主人公の語りも、少しピントがは外れていたり、核心をついていたりで、にやにやしたりドキドキさせられる。非常に勇気のある内容を含んでいるにも関わらず、毒を含んだ内容ではないし、本当に穏やかに心にしみる稀有な作品。時期的にどうなのかわからないし、もうすでに話題になっているのかもしれないが、必ず大いに注目される作家だと思う。自分としてはめったにないことだが、この主人公の語り、少したってからもう一度読み直してみたい気がするくらい、読んでいて楽しかった。(「また、同じ夢を見ていた」 住野よる、双葉社)
ローウェル骨董店の事件簿 椹野道流
カバーのデザインはライトノベル風で、題名は骨董屋を舞台にしたお仕事ミステリーという本書。骨董屋さんだから品物にまつわる色々な謎がありそうだし、そういった感じの内容かと思いながら読み始めた。舞台は20世紀初頭のイギリス・ロンドン、骨董屋の兄、第一次世界大戦で負傷兵となった検死官の弟、兄弟の友人であるスコットランドヤードの刑事というトリオが主人公だ。読み始めてみると、ライトノベルやお仕事ミステリーという手に取った時のイメージとはかけ離れた、中々骨のあるミステリーだった。主人公の兄弟とその幼馴染という3人の人物が非常に生き生きと描かれているし、そのほかの脇役の造造形も面白い。兄弟の兄が養子として引き取った日本人を母親に持つ少年の話など、これから色々な展開がありそうで、続編を期待したい。(「ローウェル骨董店の事件簿」 椹野道流、角川文庫)
永い言い訳 西川美和
2015年上半期の直木賞候補作として話題になった本だが、何となく読まずにいたら、本屋大賞の候補作に入っていたので読むことにした。これまでに読んだ書評では、妻を不慮の事故で失ったダメ男の繰り言という感じの話として紹介されていたような気がするが、実際に読んでみると、主人公の心の持ちようにはかなりの説得力があるし、心情的に共感出来るところが多いような気がする。周囲の人々が主人公の冷めた行動に対してとって付けたような解釈をしたり、当たり障りのない同情を見せることにイラつく主人公。周囲の人々と主人公のどちらに共感出来るかと言えば、私は断然後者の方だ。この小説をどう読むか、読者が試されているような気がする。(「永い言い訳」 西川美和、文藝春秋社)
この世はウソでできている 池田清彦
著者の本を読むのはたぶん初めてだが、歯に衣着せぬ語り口で、非常に人気のある評論家とのこと、何故今まで読んだことがなかったのか少し不思議な気がする。本書は、社会や科学における色々な定説を疑いながら、著者の考えを述べたエッセイ集である。著者が学者であることから、科学と政治の癒着にはことの他厳しいし、環境や健康医療の問題にも容赦なく批判の目を向ける。著者の考えには事実誤認もある気がするので、著者の主張の3分の1位には 賛同出来ないが、そういう見方もあるなぁと気付かされることも多いし、読みながら著者のそういう批判への反論の訓練をすることもできる役に立つ1冊だ。(「この世はウソでできている」 池田清彦、新潮文庫)
江古田ワルツ 鯨統一郎
練馬区の江古田周辺を舞台にした日常の小さな謎を描いた作品。謎を解くのが喫茶店のママという設定で、日本茶に関する蘊蓄が特徴と言えば特徴だが、それ以外は最近よく見かける趣向の二番煎じの感は否めないし、ママの謎解きが日本茶の話とリンクしていないので、余計二番煎じ感が強い。但し、この作者の作品は、とにかく流れる様に読むことができるので、短い時間の移動中の電車の中で読む時などには有難い。(「江古田ワルツ」 鯨統一郎、中公文庫)
さえこ照ラス 友井羊
エキセントリックな性格の女性弁護士が弱者のため・社会正義のために戦うという設定は、日本のTVドラマにも韓国のTVドラマにもある、かなり使い古された設定だが、本書の場合は、沖縄を舞台にして、軍用基地問題、離婚率の高さ等、沖縄ならではの事件を描くことで、一味変わった面白い作品になっているように思われる。主人公の沖縄勤務の期限もまだ残っているようだし、沖縄を去る時に大事件を解決といった感じの」続編を是非期待したい。(「さえこ照ラス」 友井羊、光文社)
教場2 長岡弘樹
ファン待望の第2巻。前作を含めて読んだ作品が全てハズレなしの面白さで、次がいつ読めるのかと随分待たされたような気がする。読んでみると、前作の面白かった記憶がよみがえってきたが、長く待たされて期待が高まってしまった分、前作の時のような「すごい!という感じの驚きが減ったような気がする。但し、その辺をちゃんと計算しているのか、登場人物の意外性、こんな人が警察学校にいるのか?という驚きが前作よりも増しているようで面白かった。(「教場2」 長岡弘樹、小学館)
戦場のコックたち 深緑野分
著者初の長編小説のようだが、2015年のミステリー部門の各賞で上位にランクインされ、直木賞候補作にもなった話題作。ミステリーと銘打ってはいるが、それほどミステリー色は強くなく、日本人がよくここまで第二次世界大戦の時の欧州戦線の話をつまびらかに書けるなぁと感心してしまうくらい緻密な戦争小説だ。多くの関係者がこの作品が初長編であることに舌を巻いたのも頷ける。タッチは軽妙だが、映画「西部戦線異状なし」と同じような反戦のメッセージを読み取ることもできる。本書が初の長編小説という著者が、次は何を題材に書いてくれるのか、今後に大いに期待したい。まだ3月だが、今年一番の作品に出会えた気がする。(「戦場のコックたち」 深緑野分、東京創元社)
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