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昨日の海は 近藤史恵

主人公が祖父母の心中事件の真相を探るという内容で、一応ミステリー仕立てにはなっているが、本書の核心が謎解きではないことは読み始めてすぐにわかった。それは、作者が真相は何かという謎解きで読者をうならせたかったのではなく、真相を探る過程、真相を探ろうとする主人公の心情、真相に対峙した時の主人公たちの心情を書きたかったのだろうということだ。その作者の意図通り、将来について考えていかなければいけない年頃に差し掛かる主人公の心情、主人公と幼い従姉妹や芸術好きのクラスメイトとの交流などが丁寧に書かれていて、その部分だけでもぐいぐい引き込まれてしまった。(「昨日の海は」 近藤史恵、PHP研究所)

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笹の舟で海を渡る 角田光代

久々に読み応えのある1冊だった。内容は、段階の世代の少し前の世代、終戦の時に小学生だった2人の女性の半生を描いた作品だが、2人の対照的な生き方を描く中で、人生の幸福とは何か、人生における選択の持つ意味など、数えきれないくらいの問いかけがあり、それが全て1つにつながっているという本当に見事な作品だ。「小説のすべてがそこにある」という帯のうたい文句が誇張でないことがよく判るし、各方面で絶賛されているのもうなずける。最後に主人公が下した小さな決断に心から拍手を送りながら、清々しい気持ちで読み終えた。(「笹の舟で海を渡る」 角田光代、毎日新聞社)

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スクラップ・アンド・ビルド 羽田圭介

今年の芥川賞作品。「電車の中で老人に席を譲ることは正しい行いなのか」という1つの疑問をもとに、一つの小説に仕上げたという感じの作品だ。先日のTVでも、作者自身がそのように言っていたので間違いないだろう。老人に席を譲って楽をさせることが、老人の死期を早める可能性もあるし、席を譲る行為のなかに自己満足や周囲の目という要素があることを完全には否定できない。小説自体にその答えとか結論のようなものはもちろん書かれていないが、同じようなことを感じている人がいることが判り、それだけで小説になるということも分って、その辺がなんとなくうれしくなった。(「スクラップ・アンド・ビルド」 羽田圭介、文藝春秋社)

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その白さえ嘘だとしても 河野裕

階段島シリーズの第2作目。シリーズものを短期間に続けて読むことはほとんどないのだが、本作はなぜが続けて読む気になってしまった。それだけ第1作目の世界観が面白かったのと、その世界観が鮮明なうちに読んでしまおうという気持ちがそうさせたのだと思う。それから、第1作目の完結度が高く、続編を想定しにくい内容だったので、それがどう展開するのかが気になったという面もあった。読んでみて、このシリーズの最大の特徴であるシチュエーションはもちろんそのままなのだが、それを存分に生かしたストーリーというよりは、ファンタジー要素を自然にみせる仕掛けの1つという程度に後退している気がした。なるほどその設定ならば続編もありうるというか、いくらでも続編が書けるなぁと納得した。次に続編があるとしたら、シチュエーション自体に対するファンになるか、作者の作る物語そのものに対するファンに(なるか、第3作あたりがその分かれ目になるだろうと感じた。「その白さえ嘘だとしても」 河野裕、新潮文庫)

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王とサーカス 米澤穂信

どんな小説か判らないまま読んだが、どんどん引き込まれて最後まで一気に読んでしまった。内容は、ネパールに滞在中のジャーナリストが王宮での殺人事件、その事件についてインタビューをしようとした軍人の殺人事件に遭遇するというミステリー仕立てのサスペンスだが、事件の謎を追いながら主人公がジャーナリストの倫理に思いを巡らす話が中心になっている。途中で出てくるハゲタカと少女の逸話は自分自身もよく覚えているが、そうした現実に触発されて書かれたことがよく判る、エンターテインメントを超えた作者渾身の作品だと思う。(「王とサーカス」 米澤穂信、東京創元社)

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朝が来る 辻村深月

書評本で、作者の最高傑作という評判の1冊。確かに読んでいるうちに話にどんどん引き込まれてしまい、どうしても本を途中で置くことができなかった。特別養子縁組制度にまつわる、2つの家族の話だが、書かれた内容の丁寧さ、それぞれへの共感、登場人物の造形の確かさなど、どれを取っても確かに傑作だと思うし、ラストの場面も意外性は全くないが確かにズシリときて心を打つ。心に響く小説とはこういう小説をいうのだろうなぁと感じた。(「朝が来る」 辻村深月、文藝春秋社)

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神話ゲーム 鯨統一郎

シリーズの第2作とのことだが、既読の第1作目のことはほとんど記憶になくなっていた。読んでいくうちにかなりは思い出してきたが、それでもなぜかこんな話だったかなと首をかしげてしまう感じがした。自分の記憶では第1作目はもう少し「歴史ミステリー」の色が濃かったような気がしたのだが、本作ではそうした歴史ミステリーの部分はとってつけたような感じでおざなりな話に終始していて、話の中心が学園内権力闘争になってしまっているような感じだ。面白い設定のミステリーが巻を重ねるうちに、登場人物の行く末に話の中心が移ってしまうというのは、長く続くシリーズものにはありがちなことだが、早くも2作目でそうした雰囲気になってしまっているというのは、登場人物の造詣が面白すぎるからなのか、ミステリーのネタが早くも尽きてしまってやむを得ずそうなってしまったのか。本書の場合は、その両方の要素があるような気がする。(「神話ゲーム」 鯨統一郎、PHP文藝文庫)

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絶歌 元少年A

この本を買うことで作者に何某かの印税が渡る、この本が出版されること自体で被害者の遺族が苦しむといった理由で、出版されること自体が問題になり、購入しない公立図書館もあるという。そういったことで、本署を購入すること自体に躊躇もあったが、著者のような人間の更生とはどのようなことなのか、そもそも更生の方向に向かっているのか、それを知るために読むことにした。人の親として、加害者の親にもなりうるという感情は、当時の世の中の多くの親が抱いた恐怖だった。本署を読んだ印象は、依然すべての関係者が当時の苦しみから抜け出すことができないでいるということ、著者の更生の道のりは遠いということだ。何かをやり直すとか、生まれ変わったような気分で出直すとか、そうした言葉がきれいごとにしかならないほど人の一生は短いという思いにかられて暗澹たる気持ちにさせられた。(「絶歌」 元少年A、太田出版)

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七色の毒 中山七里

本署も、本屋さんで入手する際、読んだことがあるかどうか、題名だけではなかなか記憶がよみがえってこなくて困った1冊だ。新刊・文庫の両方で読むことのある作家の場合、奥にそうしたことで迷うことが多い。前にも書いたが、単行本から文庫になるときに「改題」でもされてしまうともうお手上げだ。幸い本書は、読んだことがなかったようだ。内容は、一つ一つが色にまつわる話という共通点を持ったミステリー短編集で、それぞれの作品の面白さ、全体を貫く独特の雰囲気を持った、作者のファンにはたまらない1冊だ。(「七色の毒」 中山七里、角川文庫)

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最後の喫煙者 筒井康隆

作者自身の自薦短編集ということで、久しぶりに作者の本を読んでみることにした。「最後の喫煙者」という題名に記憶はないが、そうした内容の話を読んだ記憶は、おそらく30年以上前の記憶なのだが、鮮明にあって、おそらく非常に印象深い強烈な内容の作品だったのだろう。そう思いながら読んだのだが、案の定、各短編かなり激しいドタバタの連続で、さすがに自選だけのことはあると感じた。作者以降、ここまで徹底したスプラッタ小説に出会っていないし、後を継ぐ人もいないのではないかと考えると、作者の作品がとても貴重なものに思えてくる。(「最後の喫煙者」 筒井康隆、新潮文庫)

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君の膵臓を食べたい 住野よる

本屋さんで購入するのがためらわれる猟奇犯罪小説のような題名だが、書評誌を読むと、いたって普通の小説で、しかも大変素晴らしい小説だと書かれていたので、読むことにした。本書は、この刺激的な題名でかなり損をしているような気がする。変に甘ったるい純愛小説的な題名よりは良いかも知れないし、そうした甘い小説と一線を画す意味をこめて敢えてそうしたのかも知れないが、読む前の購入する段階で拒否されてしまっては、やはり損しているのは間違いない。内容としては、非常に重々しいテーマを扱っていながら、なぜか今まで読んだことのないような一種のすがすがしさを感じてしまう小説だった。普段の何気ない会話が、ある前提でなされるとそこに非常に重たい別の意味を持ってしまう、そんなことを何度も思いながら読み終えた。(「君の膵臓を食べたい」 住野よる、双葉社)

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探偵の探偵4 松岡圭祐

このシリーズは3作目の前作が大きな節目だったので、次にどういう展開を見せるのかと思っていたら、ボスを倒したと思っていたら、さらに強いラスボスがいたという展開だった。このシリーズはさらに続くようで、こんどこそどのような新しい展開を見せるのか、次が楽しみだ。内容は、主人公が同僚の絶対に無理なような気がする窮地を救う話だが、その不可能を可能にしてしまう活躍が楽しい。作者独特の各所にちりばめられた蘊蓄も健在でうれしい。(「探偵の探偵Ⅳ」 松岡圭祐、講談社文庫)

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水木しげるの古代出雲 水木しげる

鳥取県出身の著者が、夢にまで見て、どうしても描かなければいけないと思い続けてきたという古代出雲伝説に関する解説まんが。まんがといっても、空想の話ではなく、「マンガ日本史」的な解説本で、古代出雲の神話やそれにまつわる現存する建物などが丁寧に解説されている。通読してとても読みやすいし、著者の熱意がグングン伝わる、水木ファンのための1冊といえるだろう。但し、描かれている絵は、思いも強さだけで描いては申し訳ないというような感じで、むしろ「水木」色をあえて弱めているようで少し残念な気がした。(「水木しげるの古代出雲」 水木しげる、角川文庫)

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いなくなれ、群青 河野裕

普通のミステリー小説かと思って読み始めたのだが、どうも完全な勘違いだったようで、話はかなり奇妙な設定かつ奇妙な進展を見せる。描写される場面場面はリアルな現実なのだが、その大前提となる設定が、主人公が記憶をなくして地図に載っていない島の海岸にたどり着いたり、その島を統べているのが「魔女」と呼ばれていたりで、幻想小説的といってもよいような内容だ。最終的には「そういうことだったのか」ということで納得のいくラストが待っていて、拍子抜けしていた気分を全て洗い流してくれて、こういう小説もありだなぁと素直に感心した。勘違いで読み始めてしまった1冊だが、そうした勘違いでもなければ本書を読むことはなかっただろうと思うと、その勘違いに少し感謝したいと思った。(「いなくなれ、群青」 河野裕、新潮文庫)



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大泉エッセイ 大泉洋

「水曜どうでしょう」の「ベトナム縦断編」を見てからの大ファンで、そのあたりの裏話が読めるのではないかと期待して読んでみた。肝心の「ベトナム縦断」の話は一か所少しだけ触れているだけだったが、それでも著者の独特の感性に存分に触れることができて大満足の1冊だった。それにしても、20年近くにわたって書き綴った短いエッセイをこれだけ集めて一気に読むというのはかなり珍しい体験だ。しかしなぜか不思議なことにそうした時間の流れをあまり感じることなく読み終えてしまった。その時々の時事問題等とは無縁の内面を吐露した内容が多いためかもしれないが、そのあたりに不思議と著者の感性の普遍的な一面を見てしまったというのはひいきのしすぎか。なお、本書中盤の著者自身のイラスト入りの部分は、電車の中で読むのが恥ずかしくて困った。(「大泉エッセイ」 大泉洋、角川文庫)

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