書評、その他
Future Watch 書評、その他
2011年に読んだ本 ベスト10
今年読んだ本は183冊。2007年180冊、2008年136冊、2009年129冊と減少した後、2010年132冊、2011年183と2年続けて増加し、この5年間では最多だった。しかし読書の時間が増えたわけではないと思う。読書冊数が増えたのは、大震災後、どうも重苦しい本を読む気分になれず、軽めの本を好んで読んだ結果だと思う。読んだ本の傾向としては、①安心して読める軽いシリーズものを読み始めたこと ②単行本ではなく文庫本の割合が増えたこと、などが言える。そんな感じだが、とりあえず今年のベスト10は以下の通り。
①ハーモニー(伊藤計劃):著者の最後の長編、ついに読んでしまった。期待に違わず今年のベスト1。病床でこれを書いた著者の気持ちを考えると、涙を禁じえない。
②ジェノサイド(高野和明):今年のベストランキングを総なめにしているので、言わずもがなだが、こんなに面白い小説は久し振りだった。誰かが「全世界に翻訳されるべき」と言っていたが、私も全く同じ感想。
③下町ロケット(池井戸潤):直木賞受賞作。震災後の日本を勇気づける話だが、単純にとにかく面白かった。
④マスカレード・ホテル(東野圭吾):今年出た著者の3つの新作はそれぞれ趣が違って楽しめたが、面白さでは本書がベストだった。
⑤空白の5マイル(角幡唯介):今年読んだエンタメノンフの中では、これが一番だった。
⑥おまえさん(宮部みゆき):シリーズの3作目で、一気に前々作、前作、本作を読んだ。評価としては、3作合わせ技で、今年の時代小説のベスト。
⑦武士道エイティーン(誉田哲也):こちらもシリーズの3作目で、一気に3作を読んだ。いわゆるスポ根小説だが、登場人物の生き生きした様が気持よかった。
⑧傍聞き(長岡弘樹):全く知らない作者の本で、読んだのもたまたまだが、そのうまさと面白さにびっくりした。他の作品をまだ読んでいないので、これから読むのが最も楽しみな作家の1人だ。
⑨海炭市叙景(佐藤泰志):今年話題になりすぎたので、ベスト10に入れるのも恥ずかしい気がするが、さびれていく町の情景、その中で暮らす人々の描写、こういうのを良い文学作品というのだなぁとしみじみ思いながら読んだ。最初のリフトの乗り場で絶望しながら兄を待つ妹のシーンが忘れ難い。
⑩シューマンの指(奥泉光):結構良くあるミステリーだが、何故か、読んでいて他の本とは違う空気のようなものを感じた。
(付録:コミック部門)
テルマエ・ロマエ(ヤマザキ・マリ):今年のコミックのベスト。但し、年末に4巻目が刊行されたが、少しトーンダウンしてしまっている。ベストの評価は3巻までの評価ということで。
(付録:新書部門)
ジョルジュ・モランディ(岡田温司):知らない画家だったので、こんな画家がいたのかとびっくりした。名古屋で彼の絵を見る機会があったので、実物を見に行き、さらに感動した。
燦~(1)風の刃 あさのあつこ
著者の時代小説は書評誌などでも大変評判が良いが、まだ読んだ記憶がなかったので手始めにこれを読むことにした。題名に(1)とあるからシリーズものだ。シリーズものは、結末が早く知りたいので、出来る限り完結してから読むようにしているのだが、何となく読み出してしまった。最近は、こうした未完のシリーズものを読むことの抵抗も少なくなってきている気がする。著者の他の本に比べると、時代小説らしく文章がやや硬い感じだが、その分テンポが速く、切れ味が良いという印象を持った。内容は、伝奇小説の色彩が強いが著者独特の青春小説的な良さもあって、楽しめた。ただ、話自体は大きな大河小説の序章のような感じで、あと何冊くらい続くのか全く判らないが、文庫本書下ろしとのことで、まだ2巻目が出たばかり。辛抱強くつきあっていかなければいけないのが辛い。(「燦~(1)風の刃」 あさのあつこ、文春文庫)
ころころろ 畠中恵
シリーズの8作目にもなると、安心して読める反面、飽きてきしまう面もある。10年も続いているのに主人公の一太郎は少ししか大人にならないし、主人公にどんな大きな災難が降りかかっても最後は絶対にハッピーエンドに決まっているということで、読む方の緊張感も段々低下してしまう。小説の中の時間の流れと現実の時間のスピードが一致しないことは、こうした連作で綴られていく執筆途中の長編小説の難しいところだ。本書の場合、短編の集まりのような体裁だが完全に1つのまとまった話であるという構成の新しさと、脇役の「鳴家」がますます愛嬌度を増していくのがそれを救ってくれる。本書の「鳴家」は結構ちゃんとしたことをしゃべり、主人公の窮地を救うのにも何故か一役買ってしまっている。ここまで存在感が強まってくると、読者としては「鳴家」を主人公にしたスピンオフ作品なども期待したい気がしてくる。(「ころころろ」 畠中恵、新潮文庫)
鬼の跫音 道尾秀介
著者の本は出たらすぐに読むことが多いが、本書は今まで何故か読んでいなかった。4回連続で直木賞候補となり、今年(4回目)の候補作で直木賞を受賞した訳だが、本書は著者の最初の候補作にあたる。それでも刊行されたのが2009年ということだから、本当にここ2,3年、次々と注目される作品を出し続けていることがわかる。本書を読むと良く判るが、著者の作品には、何ともいえない恐ろしさを感じる。ミステリーとかホラーといったジャンルでは括れない、もっと根源的な恐怖心を煽る作品が多いが、本書ではまさにふとした弾みで非人間的な行為に走ってしまう人間の怖さのようなものが次から次へと語られる。ミステリーとして読むと、これで謎解きになっているのかどうか判らないような作品すらあるが、それでも何故か納得させられてしまう。こうした感覚は著者の本ならではの不思議な感覚だ。(「鬼の跫音」 道尾秀介、角川文庫)
死亡フラグが立ちました 七尾与史
題名から類推して、ケータイ小説のような軽くて新しい文体の小説かと思ったら、普通に読み慣れた文章のミステリーだった。むしろ普通よりも「書き込んだ」という感じがする密度の濃い文章が続き、それほど大著ではないが、濃縮された文章を堪能できたような気がする。事件や犯人の造形自体はかなり現実離れしていて、ご都合主義についていけない部分も多かったが、文章自体の魅力で最後まで読ませる力量には感心させられる。本書は懸賞の応募作品ということで、明らかに力が入りすぎているというか、面白くしようとしすぎている部分がある。この作者に対しては、そうした気負いをなくして、奇想天外なストーリーの追求だけに注力したような作品を是非読んでみたいと思う。(「死亡フラグが立ちました」 七尾与史、宝島文庫)
小夜しぐれ 高田都
ふと思ったのだが、この「みをつくし料理帖」の良いところは、むやみに登場人物を増やさないことだ。シリーズものを飽きられないようにするには、新しい登場人物を登場させ、新しい事件や新しい展開を描いていくのが手っ取り早いはずだが、このシリーズでは、巻を進めても、そうしたま新しさで興味を惹きつけようというところがあまりない。大きな展開がないわけではないのだが、それはあくまでこれまでの慣れ親しんだ登場人物の過去だったり現在だったりで、それでいて飽きさせない、そのあたりが本当に良く出来ていると思う。話の内容は、いよいよ折り返し地点という感じで、そろそろ大団円を意識した展開になっていくのかなと予感させるが、このシリーズに限って言えば、あまり話の着地点を意識したり、話を急に展開させたりせず、もう少し静かで緩やかな展開を期待しても良いかなと思ってしまう。(「小夜しぐれ」 高田都、ハルキ文庫)
万能鑑定士Qの事件簿Ⅶ 松岡圭祐
手を変え品を変えいろいろ楽しませてくれるこのシリーズだが、さすがに7作目ともなると段々飽きてきた。それでも読み始めると面白い。奥付をみると、本書が出たのが今年の2月。今本屋さんに並んでいるのが12作目ということで、約1年の間に6冊、2か月に1冊の割合で新刊が出ている計算になる。この作者が書いているのはこのシリーズだけではないはずなので、びっくりするようなスピードだ。5作目だったと思うが、作品のなかに「twitter」が使われていて驚いたが、本作でも、電子雑誌とか東京スカイツリーなど、最新ネタがいろいろ出てくる。執筆のスピードが速ければ、まさに今注目されているものや現象を取り上げることで、旬の話題を提供できることになる。この作者の強みはそうしたスピードにあるのかも知れない。(「万能鑑定士Qの事件簿Ⅶ」 松岡圭祐、角川文庫)
「イギリス社会」入門 コリン・ジョイス
イギリス人が書いたイギリス論。最初に、2組の夫婦が1台の車に同乗する時の座り方で彼らの出身階級が判るというエピソードが紹介されていて、なるほどと感心させられる。レースのカーテンの話も面白かった。その後も、ちょっとしたイギリスならではの自虐と誇りを綯い交ぜにしたような小さなエピソードが、ユーモアを交えて次から次へと紹介される。書かれた内容もさることながら、本書の文章自体が、イギリスという国について様々なことを教えてくれているような気がする。(「『イギリス社会』入門 コリン・ジョイス、NHK出版新書)
深川にゃんにゃん横町 宇佐江真理
書評に「猫好きの必読書」とあったので読んでみた。猫好きが集まる江戸下町の小さな長屋を舞台にした人情話の短編集。長屋で起きる様々な事件の顛末が、そこに生息する猫の話に少しだけシンクロする形で人情味たっぷりに描かれている。本書に登場する主だった登場人物はおしなべて50歳以上の高齢者で、話は紆余曲折ありながらも最終的には彼らが若い人々を助けたり、励ましたりという話になっている。そのあたりに、身につまされるような人情味を感じるのだと思われる。最初の話の「猫がしゃべる気がする」という話は、猫好きには良く分かる話だ。猫が好きかどうかでこの本の評価が判れるのかどうかは判らないが、微妙な猫と人間のやり取りの記述は、やはり猫好きでないと納得できない要素を含んでいるような気がする。但し、正直な気持としては、いずれの話も猫は脇役なのがちょっと不満というか、1つくらい猫が主人公の話があっても良かったように思う。(「深川にゃんにゃん横町」 宇佐江真理、新潮文庫)
アミダサマ 沼田まほかる
「イヤミスの第一人者」として最近ブレイクしている作者の未読本。本書はこれまでに読んだ作者の作品の中でも、特に「イヤミス」度が高いような気がする。平和だった小さな町がどんどんおかしくなっていく様が克明に描かれており、読んでいてまとわりつくような不快な感じがしてしまう。こうした作者の本がブレイクしているのには何か意味があるのだろうかと考えざるを得ない。最後に救いがあるのかないのか、あるいは最後に救いがあったのかなかったのかさえ判然としないが、平和な日常に潜む狂気のようなものが、ここまでリアルに表現されているのを読むと、その読んでいる最中の不快感こそが、先を読ませる原動力になっていることに驚かされる。人にお勧めできるような本ではないが、心に残る作品であることは確かだ。(「アミダサマ」 沼田まほかる、新潮文庫)
空也上人がいた 山田太一
本書は、普通の文芸書に比べてフォントがかなり大きい。何だか老人向けに要らない気遣いをされているようで、いやな感じがしたが、失望覚悟で読んでみることにした。内容は、案の定、「老い」をテーマにしたお話で、ますます要らない気遣いではなかろうかという感を強くした。こうした「老いとは何か?」というお話は、もっと年を取ってから読むと「そうなんだ」と合点がいくのかもしれないし、却って実際に年を取ってしまうと、その時に他の人に指摘してもらっても素直に聞けなくなってしまうのかもしれない。私としては、どちらかといえば後者のような気がするが、そうだとすると、逆にその時までこの本で読んだことを覚えていられるのだろうかという問題が生じる。そうつらつら考えていると、老いる前にこうした本を読むことの意味が段々判らなくなってくる。結局この本はいったい何なのか、判らないまま読み終えてしまった。(「空也上人がいた」 山田太一、朝日新聞出版)
ステップファーザー・ステップ 宮部みゆき
本屋さんで本書を見かけ、見慣れない表紙に「?」と思ったが、帯に2012年春に連続TVドラマ化されると書いてあるので、おそらくそのドラマ化に合わせて表紙を新装したのだろう。それに釣られるような形になってしまったが、まだ未読だったので読むことにした。内容は、子ども2人だけで暮らす双子の兄弟と、職業が泥棒という男が主人公のミステリー短編集だ。短編によって出来不出来はあるが、総じて謎解きよりも主人公達の掛け合いが楽しい。20年前の作品で既に100万部を超えるベストセラーとのことで、さすがにやや古めかしい部分はあるものの、ほのぼのとしたストーリーは、最近の「イヤミス」とはかけ離れた温かみがある。読み終わって、すぐにでも続編が読みたいと思ったが、これだけのベストセラーにもかかわらず、まだ続編が書かれていないらしい。20年前に読んで、20年間続編を待っている人もいるだろう。主人公の双子がどのように成長していったのか、是非本書の続きを知りたいものだ。(「ステップファーザー・ステップ) 宮部みゆき、講談社文庫)
消失グラデーション 長沢樹
書評で「30年に1人の逸材」というようなことが書かれていたので、読んでみることにした。読み始めた時から、文章の的確さとか構成の緻密さに惹かれ、ミステリーであることも忘れて、世の中にはこういう才能の人がいるのだなぁと感心しながら、物語の中に引き込まれていった。ミステリーの部分では最初のあたりで「もしかしたら?」と思ったのだが、読んでいる途中では最初にそう思ったことを忘れて、読みふけってしまった。登場人物の1人が少しご都合主義的なのと、幾重にも張り巡らされたどんでん返しが本当に全部必要なのかということが少し気になったが、こうした小さな綻びには目を瞑ってもいいと思ってしまうほど、アクロバティックな構成が見事だと思う。数年前に流行ったスポーツものミステリーの要素あり、青春小説のような着地ありで、それらが微妙に交じり合って何ともいえない独特の世界が楽しめた。(「消失グラデーション」 長沢樹、角川書店)
嫉妬事件 乾くるみ
読んだ本を酷評するのはいかがかと思うが、この本に関して言えば、読む前の期待と読んだ後のがっかりの落差が大きすぎた。作者にとっては「実験作」「問題作」のつもりなのかもしれないが、あまりにもバカらしくてこの本を読んでいる自分が情けなくなるほどだ。それでも最後まで読ませるというのは作者の力量なのだろうが、それはそれで才能の無駄遣いという気がする。巻末の解説を読むと、本当にあったらしい話をベースにしているとのこと。内輪受けの話ならば、内輪だけで楽しんでいて欲しかった。読み終わってから本の裏表紙に書かれた解説を読むと、それを書いた人も決して本書を褒めていない。本編だけでは申し訳ないということでもないだろうが、最後に付録のような形でついている短編はなかなか面白かった。(「嫉妬事件」 乾くるみ、文春文庫)
萩を揺らす雨 吉永南央
主人公の喫茶店を営むおばあさんが、店のお客さんや友人を巡るちょっとした謎を解き明かしていくという設定の短編集。最近は毒にも薬にもならないと判っていて安心して読める本ばかりを選んで読んでいるような気がする。本書も予想通り、小さな日常の謎とその種明かしを通して垣間見える人情話が中心になっていて、内容自体もどうということもないのだが、そこに描かれている登場人物である老人たちの心境とか社会とのかかわりのようなものは、かなり心に残る内容だ。最近、年だなぁと思うことが多くなっているせいかもしれないが、そうした話を読むと、身につまされる思いがする。(「萩を揺らす雨」 吉永南央、文春文庫)
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