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台湾漫遊鉄道のふたり 楊双子

本書内で語られるこの本の来歴は非常に複雑だ。まず、日本の女性小説家が日本統治時代の台湾滞在中の出来事を綴った紀行文があり、それを小説家の娘と紀行文に登場する紀行文を翻訳した台湾人の娘の2人が母親たちの遺志を継いで戦後になって中国語版を書籍化。本書はその本の新訳で、さらに今自分が読んでいるのはその日本語版だと言う。本書が台湾で刊行された際には、日本人の小説家の書いた文章の他、推薦の序、翻訳者である台湾女性、そして2人の娘によるあとがきが掲載されていたという。ここまでの来歴は日本語版の本書の本文を読んで明らかになるのだが、その後に作者の日本語版のための作者によるあとがき、さらには日本語版の翻訳者の解説が付いていて、衝撃の事実が明らかになる。その3重4重の虚構の構造に唖然とするばかりだが、本書が何故このように複雑な仕組みになっているのか、その裏に隠された著者の意図は何か、これらが全て本文の中にあるのだ。一方、紀行文は台湾のグルメ、鉄道、百合という3つの要素が満載。これについては、日本語版のあとがきで著者の好きなものだと説明されているが、グルメに関しては中国・台湾・日本・西洋の食文化がどのように台湾で息づいてきたか、鉄道は清国や日本による台湾のインフラ整備の歴史、百合については当時の日本台湾における女性の困難さや他国の統治下では本当の友愛はありえないことなど、それぞれに深い意味が込められている。構成も内容も本当にすごい一冊だと思った。(「台湾漫遊鉄道のふたり」 楊双子、中央公論新社)
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古本食堂 原田ひ香

書評誌に今年のおすすめ文庫本として出ていたので読んでみた。著者の本の特徴は、お金やグルメといった身近なテーマを絡めたお仕事小説というところだが、本書も題名通りグルメを絡めた古本屋さんの話。東京で古本屋さんをしていた兄が急死し、その妹がその店を整理するために北海道から単身上京し、本屋さんの街神保町で色々な人と交流していくというストーリー。古本屋さんの話なので昔の名作の話も出てくるし、死んだ兄を巡るちょっとした謎もあって、色々な楽しみ方ができる内容。古本を買う習慣はないし、新しく出た本を読むだけで精一杯だが、話に出てくる本には「絶版」になっているものも多いようで、たまには古本屋さんをのぞいてみるのもいいかなと読みながら思った。(「古本食堂」 原田ひ香、ハルキ文庫)
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講談放浪記 神田伯山

当代随一の人気講談師が、講談の舞台になった所縁の地を訪れたり、講談披露の場に関する思い出を語りながら、講談というものの歴史、見方、見どころなどを丁寧に教えてくれる内容。巻末には師匠の人間国宝神田松鯉との対談も読める贅沢な一冊だ。そもそも自分が講談というものを初めてオンサイトで聞いたのはこの著者の講談だったし、その後何回も独演会やTVで著者の講談を聴く機会があったが、演目の時代設定とか作られた背景などには全く無頓着のままだった。今回本書を読んでそうしたことを色々知るともっと講談を聴くのが楽しくなりそうな気がして、少し反省しつつも単純にこれからが楽しみで嬉しくなった。本書で取り上げられている赤穂浪士の「南部坂雪の別れ」、源平盛衰記の「扇の的」「青葉の笛」、四谷怪談の「お岩誕生」、相撲物の「谷風の情け相撲」などは著者らの講談で聞いたことがあったが、本書を読むとまた違った気持ちで聞けるような気がするし、まだまだ名作が無数にあることが分かる。講談は、史実とフィクションを織り交ぜて作られた読み物や歌舞伎などの元ネタから講談用に脚色が施され、さらに師匠から弟子に伝授される段階で演者独自の工夫が施される演芸とのこと。また、本書の出版元である講談社と講談の深いつながり、唯一の講談専門の講釈場「本牧亭」の閉鎖、それにより寄席が演じる場の中心となり講談にも笑いを入れることが必要になったことなど、初めて知ることが多かった。全体を通じて、専門の講釈場の復興、後進の育成を通じて講談の隆盛を企図する著者の強い気持ちが伝わってきた。(「講談放浪記」 神田伯山、講談社)
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切願 長岡弘樹

著者の自選ミステリー短編集。6つの短編が収められていて、そのうちの5編は既読だったが、途中で結末を思い出したり最後まで読んだ記憶がなかったり色々だったし、主人公も刑事、刑務官、医師、救急隊員等様々、話の中心となるキーワードも臓器移植に関する法律、併合罪、ガン探知犬等バラエティがあって、著者らしいミステリーを満喫した。著者の本はほとんど全部読んでいて、もっとびっくりするような傑作がいくつもあったと思うが、自選ということで、自信作という基準だけではなく、著者自身の思い入れとか、転機になった作品とか、版権の問題とか、読者の知らない要素があるようなところも面白かった。未読の1編はごく初期の書籍化されなかった作品だが、すでに著者の特徴が存分に発揮されている気がした。(「切願」 長岡弘樹、双葉文庫)
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安倍晋三vs日刊ゲンダイ 小塚かおる

日刊ゲンダイ記者による安倍長期政権批判の書。同紙が長年にわたって安倍政治批判のキャンペーンを続けてきたということを知らなかった。モリ、カケ、桜、公文書廃棄・偽造、国会答弁中のヤジ等、彼の在任期間中の事件が多すぎるのと彼の非業の死の衝撃が大きくて、これらを忘れかけている感じだが、こうして一冊の本としてまとめて読むと、その真偽、責任の所在、軽重などはさておいても、その背後にある政治にはびこって民主主義をダメにするお金、モラルの低下、傲慢さはひしひしと伝わってくる。昔学校で習った、防衛費GNP1%の不文律、日銀が国債を買ってはいけないこと、国家予算の予備費に関するモラルなど、外部環境が変わったとはいえ、かつての政治家の矜持はどこに行ったのかというのが正直な気持ちだ。本書は、徹底的に安倍批判に終始しているが、安倍首相自身がやり残した課題を無批判に継承している現岸田首相ヘの猛烈な批判にもなっているのも大きな特徴だ。(「安倍晋三vs日刊ゲンダイ」 小塚かおる、朝日新聞出版)
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午後のチャイムが鳴るまでは 阿津川辰海

5つの短編が収められた連作学園ミステリー集。外出禁止という校則違反を無視して評判のラーメンを食べに行く話、学園祭で販売する同人誌の締め切りにまつわるドタバタ、昼休み中の消しゴムポーカー対決等、たわいないストーリーの中に、謎解きや人間消失といったミステリー要素が盛り込まれていたり、名作「九マイルは遠すぎる」のオマージュがあったりと、バラエティ豊かな内容だ。本書の一番の特徴は、各短編が最後の話で「全ての話が2つの同じD」で繋がるという構成の面白さだ。一つ目のDは第3話くらいでそうだと面白いなぁと予想がついたし、もう一つのDも4話目のある記述で分かってしまったが、気づいた伏線以外にも沢山の仕掛けが施されていてびっくりした。これだけの仕掛けは第1話からそれを意識していなければできない芸当で、エンターテイメントに徹した著者の思惑に脱帽だ。(「午後のチャイムが鳴るまでは」 阿津川辰海、実業之日本社)
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恐怖の正体 春日武彦

精神科医の著者が「恐怖」について様々な視点から語る一冊。話の拠り所が心理学や医学の研究成果などではなく、古今の文芸作品やホラー映画、著者自身が産科医や精神科医として関わった事例、知人のと会話、著者自身の体験などであることが本書の特徴であると同時に大きな魅力だ。人が恐怖を感じる要件として、「危険を感じる」「対象が不条理である」「精神的視野狭窄状態を起こさせる」の3点をあげていて一応論理的な考察となっているものの、記述自体はそうした枠をしばしば逸脱して奔放そのものだ。自分には◯◯恐怖症というものはないと思うが、唯一先の尖ったものがこちらを向いていると妙に落ち着かず、思わず向こうに向けてしまう。本書を読んで、そうした人それぞれ固有の感覚の違いに悩むよりは、心の持ち方に優先順位をつけることが大切なんだなぁと改めて感じた。あえて結論めいたことに言及せずそれでいて様々な事例を知るだけで冷静になれることを教えてくれる内容がとても面白かった。(「恐怖の正体」 春日武彦、中公新書)
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今日も寄席に行きたくなって 南沢奈央

本の帯に書かれた通り、落語や寄席に魅了された女優が綴るエッセイ集。子どもの頃から落語が好きで自身も寄席の高座で落語を披露したことがあるということで、特に古典落語の造詣の深さにはびっくりする。落語の登場人物を演じることと、女優として登場人物を演じることの微妙な違い、観客の反応の違いなど、女優である彼女ならではの話も多く、読んでいて、落語家の苦労しているところ、どのような気持ちで聞けばより楽しめるかなど、色々教えられる内容だった。関心が古典落語中心で、各落語家による演じ方の違いに注目して同じ演目を何度も聴いたりするなど、自分の楽しみ方とは対極にあるが、それだけに落語の奥深さを垣間見た気がした。(「今日も寄席に行きたくなって」 南沢奈央、新潮社)
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落語 喬太郎白鳥彦いち三人会

人気落語家3人の落語会を視聴。まず最初の前座による新作落語がこんなはちゃめちゃな開口一番は初めてというくらい面白く、さすが白鳥師匠の弟子だと感心。次の白鳥師匠の落語は20年以上前の作品とのことだが、色々な落語ファンがいる満員の大ホールでの語りということでやや大人しめの一席。次の彦いち師匠の演目は、前に聞いたことのある作品だったが、これは何度聞いても面白い大傑作。中入り後は、ニックスという初めて聴く姉妹漫才で観客をリラックスさせた後、トリの喬太郎師匠が有名な古典落語を披露。新作ファンとしては新作を期待したが、開口一番からの落語3席が全て新作なのでバランスをとりたいという主催者の要望で古典をやりますとのこと。全体的に、自分のような新作ファンも古典落語ファンも楽しめるバラエティに富んだプログラムを満喫した。
(演目)
①三遊亭青森 カレーのにおい
②三遊亭白鳥 ギンギラボーイ
③林家彦いち 熱血!怪談部
中入り
④ニックス  漫談
⑤柳家喬太郎 抜け雀
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だからタイはおもしろい 高田胤臣

長年タイで暮らす著者が「微笑みの国」「敬虔な仏教徒」「東南アジアで唯一独立を守った国」という一般的なイメージのあるタイについて、その本音と裏側を語る解説書。観光客には愛想いいが、暮らしてみると徹底的に打算的で裏表がありかつ個人個人はとても怒りっぽいらしいし、仏教徒が多いのは事実で先祖や家族を大切にするのも確かだが、家族以外の余所者には冷淡で仏教関係者の腐敗もかなりなものとのこと。さらに、独立を守ったのは確かだが、第二次世界大戦の末期に英米に宣戦布告して日本同様に敗戦国になりかけたが巧みな外交で乗り切るなどかなりドロドロした歴史がその背後にあるという。著者は、そうしたタイの実情の背景には、国王を頂点とする超富裕層と非常に劣悪な生活環境の低所得者層という二極分化、巧みな政策によって特権階級の利益を守る構造が強固に出来上がっていることがあると看過する。他国を知るということについて、観光で訪れる、数年間駐在員として滞在する、実際に長年その地で暮らすという三段階で見えるものが違う気がするが、本書はまさにその第三段階で見えるものが語られている。「タイにはお墓がない」といった断片的な知識はタイの友人から聞いて知っていたが、そうしたタイ社会の全体像を知るにはやはりこうした本を読むのが有用だと感じる。最近タクシン元首相の帰国というニュースがあったが、帰国後の収監、恩赦という流れが出来レースという解説があり、なるほどなぁと納得した。(「だからタイはおもしろい」 高田胤臣、光文社新書)
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終わらない戦争 小泉悠

ちょうど一年前に読んだ「ウクライナ戦争の200日」の同じ著者による続編。前作以降から今年8月までの一年間、事柄としてはプーチンによる予備役30万人の招集発表、プリゴジン氏の死亡などが報じられた期間に著者が行なった各部門の専門家との対談をまとめた一冊。内容としては、同戦争の終結の条件(現在の犠牲と将来のリスク)、中露の権力構造、欧米のウクライナ支援状況、ロシア・ウクライナ両国の戦術の是非などを分かりやすく教えてくれるもの。諸処に見られる限られた情報の中から様々なことを読み解いていく様はさすが専門家という感じだ。例えば、ウクライナが欧米から供与された戦車が使用されている場所の情報から、「本来温存すべきものを消耗戦に使用している」とし、そこから「欧米に役立っていることをアピールしている」「追加の支援を促す狙い」「頑丈な欧米の戦車を使って熟練クルーの損害を回避している」といった仮説を提示するところなどは、よくこれだけの情報から色々なことが分かるものだなぁと驚くばかり。戦争が長引くなか、引き続き著者の本を頼りに状況をフォローしていく必要性を感じた。(「終わらない戦争」 小泉悠、文春新書)
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君が手にするはずだった黄金について 小川哲

著者の本は3冊目。本書の主人公は著者自身と思われる作家、しかも至る所に実名の固有名詞が出てきたりで、まさに虚実皮膜の物語だ。3.11の前の日に何をしていたか、人生を円グラフにしたら、承認欲求に縋らなければ生きていけない現代社会など、日常とは何かを考える手がかりのようなものを色々教えてくれる一冊だった。(「君が手にするはずだった黄金について」 小川哲、新潮社)
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ラグビー質的観戦入門 廣瀬俊朗

元日本代表キャプテンによるラグビー解説入門書。今年秋のラグビーワールドカップは半分以上の試合をTV観戦して満喫したが、4年毎の「にわかファン」からの脱却を目指して、少しラグビーについて知ろうと思って読んでみた。内容は、前半が試合の流れに沿った戦術のバリエーションや各ポジションの選手の役割といった一般的な解説で、後半が2023年ワールドカップをより深く楽しむための出場国の特徴や試合の見どころの解説という構成。本来であればワールドカップ前に読むべきだったとも思うが、ワールドカップで観た試合の時に感じた疑問が解消したり、印象に残ったシーンの裏側にある重要な戦略的な意味などがいくつか理解できたようで、とても面白かった。入門という題名だが戦術面の話は難しくてよく分からないところもあったが、とにかくヘッドコーチ、キャプテン、それぞれの選手たちがこれほどまでに色々なことを考えたり予想したりしながら試合に臨んでいるかと思うとただただすごいなぁと思うばかり。流行語になった「one team 」とか「同じ絵を見る」という言葉の意味を垣間見て、ラグビーこそが究極のチームスポーツであり、知的スポーツであるというのが決して誇張でないことが分かった気がした。(「ラグビー質的観戦入門」 廣瀬俊朗、角川新書)

〈ポジションの名称、役割等、有名選手〉
プロップ(PR)1,3 スクラムの強さ、フィットネス 稲垣啓太
フッカー(HO)2 ラインアウトスローイング、スクラム舵取り 堀江翔太
ロック(LO)4,5 長身、ラインアウトキャッチ、前進
フランカー(FL)6、7 スピード&持久力、10番サポート リーチマイケル
ナンバー8(No.8 )8 姫野和樹
スクラムハーフ(SH)9 小柄、身体能力 FWからバックスへのボール供給 デクラーク、田中史朗、流大
スタンドオフ(SO)10 ポジショニング、パス、キックパス、自分でも走る 平尾、松田力也 田村優
ウイング(WTB)11、14 最後尾タッチライン際、キャッチ能力、スピード 福岡
センター(CTB)12、13 力強さ、走力、オフロードパス
フルバック(FB)15 最後尾中央 五郎丸歩、松島幸太郎
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