書評、その他
Future Watch 書評、その他
放課後ミステリクラブ 知念実希人
今年の本屋大賞ノミネート作品。副題は「金魚の泳ぐプール事件」。児童書の定義にもよるが、自分の知る限り児童書がノミネートされるのは本書が初めてだと思う。医療ミステリーでお馴染みの著者が書いた大人から子どもまで一緒に楽しめるミステリーというふれこみで、子どもたちにミステリーの楽しさを感じてもらおうという企画とのこと。ミステリクラブ会員の3人の小学4年生が、小学校で起きた不可解な出来事を実行力と推理で解き明かす。30分もかからずに読み終えてしまえるのであっけないと言えばそれまでだが、すでに続編も刊行されているようで、何冊か孫にプレゼントして感想を話し合えれば楽しいかもと思った。(「放課後ミステリクラブ」 知念実希人、ライツ社)
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ブラック・ショーマンと覚醒する女たち 東野圭吾
大御所作家の最新作。元マジシャンの主人公が自分が経営するバーの客にまつわる事件を解決していくシリーズの第二弾で、短編5つが収録されているが、いずれも鮮やかな推理と登場人物や読者を欺く策略で見事に事件を収束させる内容。それぞれの短編はいずれも毒親、トランスジェンダー、親の認知症といった現代日本の世相が絡んでいて、さらに相続、臓器移植、成年後見人制度などに関する法律知識も関わっていて、かなり複雑。そうした中で主人公がとる行動は、法律や既成概念にとらわれない大胆なもので、それが物語の意外性と清々しさの源泉になっている。テンポの良さと細部へのこだわりも前作同様で楽しかった。(「ブラック・ショーマンと覚醒する女たち」 東野圭吾、光文社)
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地雷グリコ 青崎有吾
書評誌で紹介されていた好きな作家の最新作。高校生たちがグリコ、神経衰弱、じゃんけん、ダルマさんが転んだ、ポーカーというお馴染みの5つのゲームでバトルを繰り広げる連作短編集。面白いのは、こうした子どもの遊びにちょっとした独自ルールを加えることで、運だけではなく知的な推理や心理戦という要素が加味されること(地雷グリコ、坊主衰弱、自由律じゃんけん、ダルマさんが数えた、フォールームポーカー)。主人公たちは、厳格なルールの隙間を突いたり、奇抜なアイデアやちょっとした表情や言葉で対戦相手を出し抜いたり翻弄したりする。緻密な推理の部分はある程度予測のつくものもあるが、「ダルマさんが数えた」「フォールームポーカー」の意表をつく展開には心底びっくりした。(「地雷グリコ」 青崎有吾、KADOKAWA)
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思い出列車が駆けぬけていく 辻真先
鉄道ミステリーで知られた著者の短編集。それぞれの短編の初出年を見ると、最も古いもので1983年、最も新しいもので2011年となっていて28年もの開きがある。それらが古い順に掲載されているのだが、古い方の作品を読むと、倫理的に非常に不適切な内容や表現が随所にあって、昔はこんな内容や文章が許されていたのかと何度もびっくりしてしまった。ミステリー部分に関しては、時刻表を使ったトリック、廃線になってしまった路線が舞台の話、撮り鉄には有名なのかもしれないという感じのトリックなど、鉄道ネタやうんちくがてんこ盛りで、全く知識のない自分にも楽しく読めた。(「思い出列車が駆けぬけていく」 辻真先、創元推理文庫)
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リカバリー・カバヒコ 青山美智子
今年の本屋大賞ノミネート作品。ある新築マンションの近くの公園に、「カバヒコ」と呼ばれている自分の治したいところと同じ部位を撫でると治るという都市伝説のような古ぼけたカバのアニマルライドがあるという。本書は、成績低下に悩む高校生、ママ友との付き合いに違和感を持つ女性、職場のストレスで体調不良になってしまった女性、足が遅くてリレー選手になるのが嫌で嘘をついてしまった小学生、長年疎遠にしている年老いた母親が心配な男性という5人の視点で描かれた「カバヒコ」を巡る5つの物語だ。それぞれの悩みは体調とか身体的な問題というよりも精神的なもの、心の持ちようの問題で、何をするでもないカバヒコを通じて知り合った人と関わるうちに少しずつ元気を取り戻していく。要するにカバヒコに助けられるというよりも、そこで知り合った他の人に助けられていくのだ。著者の本は、現代の人々の孤独の辛さをとことん抉り出す小説と、それらとは無縁の楽しいフィクションの中間に位置するような少しホッとする作品で、その居心地の良さが自分も含めて多くの人を惹きつけるのだろうと感じた。(「リカバリー・カバヒコ 青山美智子、光文社)
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ファラオの密室 白川尚史
「このミステリーがすごい大賞」受賞作。舞台は3000年以上前のエジプト、ピラミッドの建設現場で死亡した神官書記が冥界から蘇って自分の死の謎と、同時に起きた先王ミイラ消失の謎を追う。彼を助けるのは幼馴染のミイラ職人、トルコから誘拐されてきた少女といった面々。崇める神を巡る権力闘争、今となっては奇妙とも言える当時の死生観、タイムリミット要素などもあってとても面白い特殊設定ミステリーだった。最後に明かされる真実は読み始めてすぐに見当がついたが、新王に関するある事実には最後まで気づかなかった。なお応募時の題名は「ミイラの仮面と欠けのある心臓」だったとのこと。「ファラオの密室」の方が断然面白そうだし、表紙のデザインや表紙裏の金色の装丁なども秀逸で、新人作家の作品という原石をベストセラーに仕立て上げる編集者や装丁者の力量が感じられる一冊だ。(「ファラオの密室」 白川尚史、宝島社)
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成瀬は信じた道をいく 宮島未奈
前作がとても面白かったので続編を待っていたが、ようやく刊行されたので、発売日当日に購入した。最近読んだ本が総じて重苦しいものばかりのなか、本作は前作同様明るく前向きな内容で読んでいて本当に清々しい作品だった。本作でも大津市在住の女子高生成瀬あかりに関わる色々な人物、今回は地元についての自由研究に取り組むゼゼカラファンの小学生、大学受験が近い主人公を心配する父親、自分のクレーマー気質に悩む主婦、成瀬とペアで大津市観光大使になった女子大生といった面々の視点で話が進む。皆、成瀬の前向きな言動や考え方に勇気をもらう人々だ。最終第5話の「探さないでください」は、大晦日の朝に謎の書き置きを残して失踪する主人公をそれまでの4話の登場人物が総出で探し回る話。読み始めてすぐに結末がそうだったら面白いと思ったが案の定そうなってくれた。とにかくこのまま明るいままで進んでいく主人公を応援し続けたい、更なる続編を期待したいと思った。(「成瀬は信じた道をいく」 宮島未奈、新潮社)
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じゃむパンの日 赤染晶子
早逝の芥川賞作家のエッセイ集。書評誌で複数の書評家が2023年のベストに推していたので、近所の本屋さんを何件も廻って探したが結局見つからず、ネットでようやく入手した。300ページ弱に50編の短いエッセイが収められていて、内容は、著者自身の子ども時代や家族の思い出、関西人あるある、北海道の学生時代の思い出など。なかでも面白かったのは関西人あるあるの「関西人、参上」「新人研修」、祖父母の思い出を綴った「おはる」「しょうちゃん」などで、やっぱりそうだよなぁとか、へぇそうなんだとか、色々思いながらの楽しい読書だった。著者のことをネットで調べてみると、2010年に芥川賞を受賞した6年後に早逝し、残された作品は数冊だけとのこと。どれだけ色々な方面から惜しまれたことだろうとやり切れない思いがした。(「じゃむパンの」 赤染晶子、palmbooks)
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幸せな家族 そしてその頃はやった唄 鈴木悦夫
本屋さんの平積みコーナーで帯に「孤高のジュヴナイルミステリー復活」と書いてあるのを見て何となく買った一冊。単行本として刊行されたのが30年以上前、著者も20年前に既に死去している本書が最近になって文庫として復刻されたということらしい。内容は、ある家庭で起きる凄惨な連続殺人で、その経緯を家族の最年少である小学6年生の少年が語るというもの。最初から犯人は分かっていて、謎の中心はその動機だ。犯人のそもそもの動機も異常なら、家族一人一人が無意識のうちに犯人を庇ったり、犯罪の継続を促したり、完徹に協力したりとそれぞれの役割を担っていくなど、とにかく最初から最後まで文章も展開も不穏でかつおぞましい。人に勧めることはとても無理だが、30年の時を経て復刻された理由が納得できる名作であることは実感した。(「幸せな家族 そしてその頃はやった唄」鈴木悦夫、中公文庫)
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近畿地方のある場所について 背筋
複数の近くの本屋さんで平積みになっているのを見かけ、新聞広告では見かけない題名だし普段からあまりオカルト関係の本は読まない方だが何となく面白そうなので読んでみることにした。内容は、近畿地方のある場所(文中では伏せ字)周辺での怪奇現象について、オカルト専門誌の記事、記者のインタビュー録音テープの文字おこし原稿、その場所についてネット検索した結果のような会話文、オカルト短編小説などが延々と続く。それぞれの話に関連性はあるのか、そもそも多くの文章の中に共通の事件を扱ったものがあるのかどうか、じっくり読めば見えてくるのかもしれないが、文章の数が多すぎて読み飛ばすしかない感じで読み進め、結局何が本筋でそれがどう決着がついたのか分からないまま読み終えてしまった。不明点だらけなので読後に本書についてネット検索すると、本書はネットでかなり話題になっているらしく、また読んでいて怖いというその過程を楽しむ本だという感想が沢山出ていた。その一方で、登場人物の特徴や事件の内容を参考にしながら、文章中の年月日順に並び替えると、見えてくるものがあるとのこと。話題になっているのだからそうしてじっくりパズルを解くように取り組めば面白いことになるのかもしれないが、他に読みたい本も多いし、こういう謎解きに慣れていないので、著者には申し訳ないが断念、読む過程だけを楽しませてもらった。(「近畿地方のある場所について」 背筋、KADOKAWA)
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こんがり、パン 津村記久子他
文筆家40人のパンにまつわる文章を集めたエッセイ集。色々なパンが出てきて基本的にはとても楽しかったが、教科書に出てくるような有名な小説家の文章は、おしなべて食パン、コッペパン、ジャムパン、あんぱんに関する老人の独り善がりの思い出話のようで総じて退屈だった。そうした中で印象的だったのが、津村記久子「パンアンドミー」開高健「パンに涙の塩味」川上弘美「しょうがパンのこと」長田弘「ショウガパンの秘密」米原万里「パンを踏んだ娘」の5編。特に開高健の終戦直後の壮絶な体験を書いた一文は本書中ピカイチの名文だと思った。(「こんがり、パン」 津村記久子他、河出文庫)
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サクラサク、サクラチル 辻堂ゆめ
新進気鋭の若手ミステリー作家の最新作。アンソロジーの中の短編を除く著者の単著は本書が2冊目。2人の高校生が互いに自分の境遇を話し合うことで、自分の両親がとんでもなく異常であること、自分たちが両親から激しい虐待を受けていることに初めて気付き、両親への復讐計画を進めるという内容。子どもへの虐待という問題の難しさが、子ども本人がそれが当たり前と思ってしまい、犯罪の被害者であることに気がつかないことにあるという側面、さらに虐待の被害者同士がある場面では加害者や加担者になってしまう可能性があることの難しさなどを思い起こさせてくれる。主人公たちの復讐計画については虐待の異常性や悪質さに比べて手緩い気がするが、それもこの問題の難しさを表しているようで気が滅入るばかりだった。(「サクラサク、サクラチル」 辻堂ゆめ、双葉社)
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