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ホームズのいない町 蒼井上鷹

本書ほど読んでいる途中で印象ががらりがらりと変わる本も珍しいような気がする。13の短編が収められているのだが、最初の作品を読んだ時には、最後のほうでこのようなことになってしまうとは夢にも思わなかった。最初の作品では、凝った内容の作品だという印象と、懲りすぎていて何だかごちゃごちゃしているなという印象を持ったのだが、途中で何だか変だなと思い始めて、最後の4作品くらいになると「ホームズがいない町」という題名の作者の意図が段々みえてきて、「なあんだ」と思ったら、最後の作品で、ひっくり返るほど驚かされた。ある意味トンでもない「トンでも本」だが、あまりのハチャメチャさに結構感動すら覚えた。屁理屈でもいいから誰かが事件というものを1つずつすっぱり解決してくれないと、事件の連鎖が連鎖さを呼んでとんでもないことになってしまうということか。笑える1冊。(「ホームズのいない町」 蒼井上鷹、双葉文庫)

 

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ピース 樋口有介

本屋さんのポップ広告に「表紙の絵に謎を解く鍵が?」という内容の文句があり、「どういうことだろうか?」と思って読んでみた。この本屋さんは私が最も良く行く店で、ポップ広告も面白いし、時々大物作家のサイン本が置いてあったりして、1週間に1回か2回は必ず立ち寄るようにしている。土曜日の朝のNHKハイビジョン・プレミアムでやっている「週刊ブックレビュー」で紹介された本を置いてあるコーナーもあるし、新聞の書評で取り上げられた本も1つの棚に置かれている。こうした様々な努力のせいだと思うが、5つ位あるレジはいつもフル回転で、5人10人の待ち行列ができていることもしばしばという、不況知らずの本屋さんである。多分、この業界では有名な本屋さんで、だからこそ貴重なサイン本なども置くことができるのではないかと思う。話が逸れてしまったが、本書は、まさに、ポップ広告の通り、表紙の絵がミステリーの最も重要な部分に関係している。読んでいると、登場人物の描写がこれほど緻密で、小説らしいミステリーも久しぶりだなぁという気がした。殺人の動機としてあるアイデアがあり、それをここまで緻密な話に作り上げる著者の才能のすごさを十分に堪能できた。本屋さんのポップがなければ読むことはなかったと思うと、やはりあの本屋さんもすごいと思う。(「ピース」 樋口有介、中公文庫)

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草祭 恒川光太郎

著者の本はたいていは単行本で読んでいるはずなのだが、本書は何故か読みそびれてしまったようだ。著者の本は久し振りという感じだが、静謐な文章とファンタジックな内容で、読んでいて何かとても懐かしい感じがした。本書には5つの短編が収められているが、2つめの短編を読んだところで、それぞれの短編が時代は違うが同じ「美奥」という土地を舞台にした話であるらしいと判る。1つの話の脇役が違う話の主人公になって登場したりするので、それぞれの話には関連性があるように感じるが、内容的にはに全く別の話で、接点らしきものは「美奥」という地名だけである。要は、ある土地にからむ神話的な話をいくつも重ね合わせて、その土地から沸き起こる情念のようなものを書きたかったのではないかと思われる。読んでいて「何だか奥が深いなぁ」と感心してしまうような魅力のある作品だった。(「草祭」 恒川光太郎、新潮文庫)

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印象派で「近代」を読む 中野京子

「怖い絵」3部作(+新書1冊)以来、著者の本は本屋さんで見かけると必ず読むようになった。これで6冊目か7冊目になる。本屋さんでの扱いを見ると、著者の本がかなりブームになっていることが判る。本書の書き出しはごく一般の印象派の紹介本とさほど変わらず、最初はこれまでの本とは違う入門書なのかと思ったが、読み進めていくうちに、やはり著者ならではの文章で、本当に面白く読むことができた。今回は、フランス革命以降の近代フランスの歴史と絵画の変遷の話が秀逸だ。先日「レ・ミゼラブル」のミュージカルをDVDで見ていて、妻に「この話は1789年のフランス革命後の19世紀の話なのに、何故革命とか貧困とかの話なのか?」と問われ、返答に困り「1820年頃はまだ革命の余波や旧体制の残党がいてナポレオン3世くらいまで、フランスも混乱していたのではないか」と適当に答えてしまったのだが、その回答がちょうど直後に読んだこの本に書かれていた。しかも、本書では話が「レ・ミセラブル」にも及んで、当時のフランスの養子制度に関する撃的な事実が書かれていた。「レ・ミゼラブル」はジャンバルジャンが養子に出されていた子供コゼットを引き取るところから始まるのだが、そのストーリーにそのような背景があったとは、心底驚いた。本書の最後の2ページでは、著者の一貫した「持論」も登場、ファンには嬉しい1冊だ。(「印象派で『近代』を読む」 中野京子、NHK出版新書)

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ロマンス 柳広司

帯には「早くも今年のミステリーNO.1」とあるし、書評誌等でも評判が大変良いし、何よりも舞台があの「ジョーカー・ゲーム」と同じ時代ということで、かなり期待して読んでみた。読んでみて、やはり著者の作品では「ジョーカー‥」の時代のものが面白いというか、著者の文章がその頃の話に合っているという感を強くした。著者のこの類の本を読んでいると、セピア色の写真を見ているような感覚になる。本書は、ミステリーの要素を少し多めにした「ジョーカー‥」というところだが、ミステリー部分に際立った魅力があるという訳でないし、話そのものもそのミステリー部分がなければ成立しないという訳でもない。悪い言い方をすれば、「ジョーカー‥」のなかの1つのエピソードに、ミステリーの要素をくっつけて長編にした作品ということになるかもしれない。もちろんこうした作品も悪くはないし、本書に不満があるわけでも全然ないのだが、「ジョーカー‥」ファンとしては、こうした作品を書くくらいなら、「ジョーカー‥」の第3弾を早く出して欲しいというのが本音だ。(「ロマンス」 柳広司、文藝春秋)

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ニッポンの評判 今井佐緒里

本書は、副題に「世界17か国最新レポート」とあるように、各国の事情に詳しい18人のライターによる「日本の評判」を集めた本だ。学生の頃、「日本」論や「日本人」論がブームになり、さらにそうしたブームを背景に「世界の評判を気にしすぎる日本人」論なども登場するといった現象があったのをよく覚えている。本書は、アニメやファッションなど評判の対象は随分異なるが、「自信を失いかけている日本」を鼓舞するような内容で、30年前の日本人論と根っこは同じような気がする。違うところは、本書に収められた17か国のなかに、「ブラジル」「マレーシア」「トルコ」「トンガ」「イラン」「ドバイ」といった新興国やアジアの国々半数近く入っていて、先進国からの目線一辺倒だったかつての日本人論と趣を異にしていることだろう。やはりそうした国のレポートのほうが読んでいて新鮮で面白いし、欲を言えば、もっとそうした目線が多くてもよかったように思う。ベトナムとかカンボジアとかミャンマーとかそうした国々が日本をどうみているのか、それが中国や韓国と比較してどう違うのか、そうしたことを伝えてくれレポートがたくさんあればもっと面白かったのではないかと思う。(「ニッポンの評判」 今井佐緒里、新潮新書)

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真夏の方程式 東野圭吾

本書は、著者の作家生活25周年特別刊行の第2弾で、ガリレオシリーズの最新刊でもある。路線としては、「容疑者X‥」と同じ流れのもので、何かを「守る」ために善悪を超えた決断をしてしまう犯人と、真相にたどり着きながらもその真相を明かすことが良いのかどうか逡巡する主人公という構図が共通点だ。普通の事件には関心を示さないガリレオこと湯川教授という設定から、彼が扱う事件は自然とそのような傾向を持つことになるわけで、そのあたりの設定は本当に上手いと感じる。ただ本書では、最後の所で、延々と説明口調の文章が続いてしまっているのが少し気になる。ストーリーが進むのはそうした説明口調の文章のところなので、これは作品があまり冗長にならないことに貢献している反面、そこはあまり急いで欲しくないと感じる部分がどんどん説明されていってしまうという面もあり、読み手としては少し複雑な気持ちになる。特別刊行は第3弾まであるようで、もう1冊読めるのは嬉しいことだ。(「真夏の方程式」 東野圭吾、文藝春秋)

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魔女は蘇える 中山七里

著者の本は3冊目だが、陰惨な殺人、救いのない犯人像などは、前の2冊のうちの「カエル男」の方に雰囲気が近いような感じがする。しかも本書の真相は、前作よりもはるかに衝撃的で、恐ろしい。また、あるアイテムに関するアイデアも、現実にはありうる話なのかわからないが、とにかく本当に良く出来ていている。一つ難点を言うと、途中で出てくるある警察官の逸話が、何だかTVの2時間ドラマの展開のようで、現実味に欠けていたことだ。「TVの2時間ドラマを見すぎでは?」と突っ込みたくなるようなべたな逸話でそこだけやや興ざめしてしまったが、それ以外のところは、話の展開の面白さ、ハラハラするサスペンス、ある有名な映画を思い出させる真相など、どれも超一流の面白さで、最後の最後、最後の1行まで堪能した。まだデビューして間もない著者だが、ただ者ではないことだけは確信できる1冊だ。(「魔女は蘇える」 中山七里、幻冬舎)

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15のわけあり小説 ジェフェリー・アーチャー

最近読んだ短編集のなかでは、面白さという点では文句なくダントツだった。15の短編のうち、10が実話に基づく話、5つが著者の創作という構成だが、何故か実話をもとにした話の方が断然面白かった。ありそうな作り話よりも、ありえなさそうな実話の方が、面白いということだ。著者は小説家としては世界トップクラスの人なのだろうが、そうした著者にとっても、意外さのさじ加減がいかに難しいかということが判って興味深い。(「15のわけあり小説」 ジェフェリー・アーチャー、新潮文庫)

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朝日のようにさわやかに 恩田陸

著者の短編集は珍しいような気がして読んでみた。あとがきで著者自身が「短編は得意ではない」と書いていた。長編小説の番外編のような作品があったり、複数の作家が1つのテーマで競作した作品があったりだが、さすがに長編で独自の世界を読ませてくれる作家だけに、短編になっても面白いと思う作品が多かった。特に、会話でストーリーが進んでいく話の面白さは他の長編作を読んでいるのと変わらないスリルのようなものを感じながら読むことができた。ただ1つ気になるのは、「限られた枚数なので物語の背景はここまでしか書けなかった」という具合に、短編を長編から何かを引き算したものと捕らえているような作品がいくつか見受けられたことだ。確かにそういう作品では、物語の背景が全く判らないまま終わってしまっていた。そこを読者の想像にゆだねるという短編ももちろんあるだろうが、初めから長編ならこう書くのだが、短編なのでそこを省いたということが判ってしまうのは、短編のあり方としては興をそがれること甚だしい。やっぱり著者は長編の方が断然面白いというのが正直なところだ。(「朝日のようにさわやかに」 恩田陸、新潮文庫)

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万能鑑定士Qの事件簿(1)(2) 松岡圭祐

著者の本を読むのは多分初めて。家族が面白そうに読んでいたので、何気なく読んでみた。著者の本は、本屋さんで目立つ所に平積みになっていることが多いので、人気作家であることは知っていたし、表紙の感じからおそらくライトノベルに属する作家なのだろうと思っていた。読んでみると、確かにキャラクターの際立たせ方などは、ライトノベルに近いといってよいだろうが、どうもそれだけではないような感じもある。そのあたりが中高生やマニアックな層だけでない読者層をつかんで平積みになるほどの人気を博している理由なのだろう。第1巻は、「万能鑑定士Q」が誕生するまでの話と、「20世紀少年」を彷彿させる怪しげな巨大組織のようなものの存在を示唆するところで終わり、第2巻で完結。このシリーズは第10巻くらいまで既刊で、第3感以降は1巻ごとに話が完結しているとのことなので、時々読み進めてみてもいいかなと思う。(「万能鑑定士Qの事件簿(1)(2)」 松岡圭祐、角川文庫)

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交換殺人には向かない夜 東山篤哉

著者の長編を初めて読んでみた。読み終わってから知ったのだが、本書はシリーズものの第4作目だということだ。読んでいて、登場人物同士が本書に登場する前からすでに知り合いであることを示すような記述がところどころあり少し気にはなったが、物語を楽しむ分には特に不都合は感じなかった。それにしても、著者の本は、キャッチコピーの秀逸なものが多い。本書の帯には、「たっぷり笑えて、びっくりの真相、すっきりな後味」と書かれている。たっぷりかどうかは別にしてかなり「笑える」のは確かだ。びっくりな真相は、あまりにもご都合主義な展開にびっくりという方が正確かもしれない。すっきりな後味は、そこかしこの小さな謎から大きな謎まで、ご都合主義ではあるものの、きれいに説明がついていて後味は悪くない。しかし、本書には、たぶん多くの人が気がつくと思うが、最後のところで、どうしてもおかしいと思う欠陥がある。元刑事の登場人物が、犯人の犯行を確認するという理由で、新たな殺人のお膳立てをしてしまっていることだ。あくまで結果的にそうなってしまったということであっても、実質的な探偵役の人物が明らかに殺人教唆以上の倫理的な罪を犯してしまっているのは、どうにも腑に落ちない。ストーリーをひねりすぎた結果の欠陥のような気がして残念だ。(「交換殺人には向かない夜」 東山篤哉、光文社文庫)

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名画の謎(ギリシャ神話篇) 中野京子

ギリシャ神話の世界が非常に世俗的であるという話は良く知られた事実だが、そうした観点で西洋絵画を鑑賞してみるとどうなるか。本書を読んでいると、今まで何となく高尚な絵画なのだろうと思っていた数々の名画が、何とも滑稽なものに思えてくる。題名の「名画の謎」というのは、名画と言われている絵に描かれた内容が、こんなに「陳腐」で「馬鹿馬鹿しい」ものだったという、笑えない冗談のことではないかとさえ感じた。本当にこんな絵を昔の西洋の人は家の中に飾っていて品格を疑われなかったのだろうか、と心配になるほどだ。こうした発見をさせてくれること以外にも、本書には大変良いところが2つある。1つは、実際の絵画が見開きでしかもカラーでしっかり掲載されていること。これはこうした絵画鑑賞本の基本だと思うのだが、それをちゃんとやってくれている本はなかなかない。もう1つの良いところは、文中のカッコ書きがめちゃくちゃに面白いこと。地の文章だけでも結構笑える上に、もうひとひねりされたカッコ書きを読むのが楽しくて仕方がない。「ギリシャ神話篇」とあるので当然刊行が予想される続編を早く読みたい。(「名画の謎(ギリシャ神話篇)」 中野京子、文藝春秋)

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