書評、その他
Future Watch 書評、その他
あしたの君に 柚月裕子
恥ずかしながら、世の中に家裁調査官という仕事があることをつい最近になって知った。何気なく買った「新書」がその家裁調査官の仕事を解説してくれていて、その守備範囲の広さ、仕事の重要性などに非常に驚かされたのだ。同時に、このように日本の将来を背負ったような大切な職業があまり知られていないのはなぜなんだろうと思った。おそらく本書の作者も、ある時この職業の存在を知り、何故この仕事があまり知られていないんだろうと思い、そしてこれを小説にしたいと思ったのだろう。その気持ちの中には、この職業について多くの人が知ることが、決して誇張ではないのだが、この国の将来を大きく変える可能性があると考えたのだと思う。本書を読むとその職業の重要性・多様性がよく理解できる。単純なお仕事小説とは重みが全く違う充実した一冊だ。(「あしたの君に」 柚月裕子、文藝春秋社)
最後の秘境 東京芸大 二宮敦人
少し前に本書を本屋さんで見かけて面白そうだと思ったのだが、その時は他に買う本がたくさんあったので見送った。そうしたらすぐ後に書評やTVで紹介されたりしていて大変話題になっている本だということを知った。題名もそうだし、本の装丁もそうだが、「この本なら面白くないなずがない」という雰囲気を醸し出している1冊で、多くの人のツボにはまったということなのだろう。読み始めると、次から次へと芸大・音大の学生のユニークな話が披露され、途中からはそれ程変ではないんではないかと思えてきてしまうほどだ。まあ最後には、芸大生の真摯な姿勢や情熱がくっきりと見えてきてめでたしめでたしとなる。今の教育の問題点なども仄見えてくる良書だと思う。(「最後の秘境 東京芸大」 二宮敦人、新潮社)
スペース金融道 宮内悠介
作者の本は3冊目。最初の第1冊目は本当に面白かった。次の第2冊目は、読んでいて楽しい作品ではなかったが、とにかく作中の1つの情景が今でも心に浮かぶインパクトの強い作品だった。そして3冊目の本書、有名な漫画作品のSFパロディのような題名にびっくりしながらも、期待を持って読み始めた。読後の感想は、とにかく面白いの一言だ。返済能力があるものに対しては、それがアンドロイドだろうが人間以外の生物であろうが、とにかくお金を貸すという未来の金融会社の話だ。まずは、知性を持った植物に対して「「光合成で返済できる」という理由で融資をするというくだりに驚かされる。どうやって返済するのかといった突っ込みが野暮に思えてしまう。金融業である限り、取り立ても当然重要。何百光年離れた星であろうが各融合櫓のなかであろうが、容赦ない取り立てが行われる。植物への融資という発想もすごいが、これなどは本書の奇想天外さの序の口のようなもので、あとからあとからとんでもない話が進行していく。話自体とんでもなくハチャメチャだし、話の論理に正直ついていけないところも多いのだが、何故かしっかりしたSFとしての枠組みを堅持しているように思えるのもすごい。最初から最後まで意表を突く設定とストーリー展開、特に最後の話の「言葉にならない」数ページ、本当に楽しませていただいて「有難う」という感じだ。(「スペース金融道」 宮内悠介、河出書房新社)
血の季節 小泉喜美子
書名も著者名も知らなかった本書だが、本屋さんで見つけて面白そうだったので読んでみることにした。著者自身によるあとがきを読むと、最初の小説を書いてから第2作目を完成させるまでに10年、それから第3作目である本書の完成までにさらに8年を費やしたとある。これだけ寡作だとなかなかファンも出来ないだろうし、自分が知らなかったのも無理のないことかなぁと思ってしまった。読んでみると、結構オーソドックスなホラー小説だったが、さすがに長い時間をかけただけあって、緻密な構成で完成度の高い作品を読んでいるという感覚が湧きおこってきた。長く復刻版が待たれた幻の名作という帯のキャッチフレーズがよく分かる気がした。(「血の季節」 小泉喜美子、宝島社文庫)
一瞬の雲の切れ間に 砂田麻美
ある大変不幸な出来事が当事者・関係者の人生をどのように翻弄し動かしたのかが静かな筆致で描かれ、それを通じて人生に必要なものとか心構えのようばなものを浮き彫りにしてくれる一冊。連作短編集なのだが、その構図がはっきり見えてくるのは3つ目の話からだ。最初の一編では、その出来事が遠景のように語られ、2つ目の話でその当事者の話になり、3つ目の話が同じ出来事の関係者の話であることが判り、ここでようやくこの短編集の中心が、その出来事であることがはっきりする。このあたりの、近づいたり離れたり、核心部分の話だったり少し脇道のエピソードだったりの振れ具合が、読者の心をなぜか強く揺さぶる。最後の短編は、その出来事から最も遠い人の話なのだが、ここで明かされるある事実には、本当に胸が締めつけられた。ある出来事に翻弄される人に対して、何か手を差し伸べたり励ましたりするのは簡単だが、その出来事の全部を知らない人には、その出来事の本当の衝撃というのは理解できないのかもしれない。しかしその一方で何かの支えになることが必要なことも確かにある、そんなことを考えさせられた。(「一瞬の雲の切れ間に」 砂田麻美、ポプラ社)j
恋のゴンドラ 東野圭吾
著者の最新刊。スキー場を舞台にした恋愛小説風の連作短編集だ。ミステリー要素はほとんどなく、強いて言えば、登場人物たちが仕掛けるサプライズの趣向に読者たちも一緒に驚かされるというのが本書のミステリー要素ということになるだろう。登場人物たちの設定には、明らかにご都合主義があるし、こんな人物がいるわけがないという突っ込み箇所も随所に見られるが、人気作家ならではの冒険もあって楽しめる作品だ。(「恋のゴンドラ」 東野圭吾、実業之日本社)
旅の理不尽 宮田珠巳
おそらく著者の本は「東南アジア四次元日記」「ふしぎ盆栽ホンノンボ」についで3冊目。既読の2冊のうちでは、ベトナムの盆栽世界を紹介する「ふしぎ盆栽…」が、インパクトがあって面白かった。もう一冊は面白かったという記憶はあるのだが内容は全く覚えていない。アジア諸国の旅行記はいくつもあるし、いくつも読んでいるので、特にインパクトあったり、特殊なものを対象としていたりしなければ、ほとんど記憶には残らない気がする。本書は、普通のサラリーマンが会社を辞めて、そうした激戦区の「アジア旅行記」の世界に入り込んだという、著者の最初の1冊だ。しかも当初は自費出版だったという。読んでいると、随所にいかにも「自費出版」らしい何となく危なっかしい言い回しが出てきて面白い。自費出版といえども、本を出版するのは「出版社」だろうから、そこにはある程度の「校閲」が入るのだろうし、そこは何となくメジャーな出版社とは異なる基準や手順があるのだろう。そんな本書が、どちらかと言えば学術書の多い堅いイメージの「筑摩文庫」で復刻されたというのが何とも面白い。(「旅の理不尽」 宮田珠巳、ちくま文庫)
超初心者のためのサイバーセキュリティ入門 齋藤ウィリアム浩幸
仕事の現場でも日常生活の中でも、電子機器の占める重要性がどんどん高まっていることを実感しつつ、その中に潜んでいる悪意や犯罪に絡む「リスク」の存在は常に頭の中にもやもやと感じている。おそらくそうしたリスクは、超初心者には超初心者のリスク、中級者には中級者のリスクなど、色々あるのだろう。そういう意味では「超初心者のための」とうたっている本書は、まさに自分のような人間が読むべきこと、知っておくべきことがかかれている気がする。本書を読んでいると、自分にとってそうしたリスクが顕在化していないのは、単にラッキーなだけか、それとも電子機器との関わりがまだ少ないからか、そのどちらかに過ぎないということが良く分かる。先日スマホの中の写真を見ていたら、そこに「写した場所」が表示されていて驚いた。その時は「へぇ便利だなぁ」と思ったが、確かにその便利さの裏に大きなリスクがあることは間違いない。(「超初心者のためのサイバーセキュリティ入門」 齋藤ウィリアム浩幸)
パノラマ島美談 西尾維新
シリーズ最新刊。前の作品と1か月しか間隔のない刊行で、立て続けに本シリーズを読めるのは、ファンにとってはこの上もなく有難いことだ。ストーリーも、5つの謎を立て続けに解明していくというかなり凝縮された内容で、前作との間隔の短さからくるある種の不安を完全に払しょくしてくれる。もしかしたらこのシリーズの絶頂なのではないかとさえ思えてくる。巻末に次回作が来年の春刊行とあり、次巻刊行までにやや間隔が開くようだが、すでに作品の題名も告知されているし、本書でこれまでに登場していなかった重要人物の存在が明らかにされていて、おそらく次巻はその人物が本格的に登場する模様で、大いに期待が高まる。(「押し絵と旅する美少年」 西尾維新、講談社タイガ文庫)
神様の裏の顔 藤崎翔
まず最初に、ある人物の葬儀の様子が葬儀社の職員のモノローグで語られる。この辺りから既に何かただならない雰囲気が漂っているが、その後複数の人物のモノローグが続くうちに、さらにどんどんおかしな雰囲気が増殖していく。ある人物のモノローグであれ?という疑問が生まれ、さらに別の人物のモノローグでその疑惑が少しずつ形を成していく。この辺りの読者の心理を誘導していく展開はお見事というしかない。最後の最後まで作者に操られながら、終盤のどんでん返しの連続を楽しむ。本書を読むまで作者の名前も本書の題名も知らなかったが、こんなに楽しい作品があったとは。本屋さんで偶然見つけた一冊。やはり、ネットでは出会えない本がまだまだ沢山あると実感した。(「神様の裏の顔」 藤崎翔、角川文庫)
夜行 森見登美彦
帯に「森見ワールドの集大成」という謳い文句が書かれていて、否が応でも高い期待を持って読み始めた。読み進めていくと、不思議な話が延々と続いていて、何がどうなっているのか判らなくなってくる。すでに作者の術中にはまったような感覚だ。読みすすめていって、おぼろげながら見えてくるのは、ある画家の描いた数枚の絵を出入り口として、主人公たちが現実の世界とその世界に並行して進んでいると思われるパラレルワールドを行ったり来たりしているという構図だ。最後に、それを決定的にするどんでん返しが待っているのだが、そこに至っても、どちらが現実でどちらがそうでないのか判然としない。これまでの作者の作品についても、何となく不思議な世界に迷い込んだような感覚が読み手を楽しませてくれていたが、それでもここまで現実と虚構の世界が渾然としてしまっている状況にはなかったと思う。しかも現実世界と非現実世界との接点に漂う作者独特のユーモラスなドタバタした「展開が本作では完全に鳴りを潜めてしまっている。不思議な世界が不思議なままで終わることは作者のこれまでの作品の特徴でもあり、それについても違和感はないのだが、これは読者にとっては「森見ワールドの集大成」ではなく「新境地」」ではないかと思う。自分にとっては、かつての現実と非現実の境目で展開するユーモラスな話が懐かしく感じられた。(「夜行」 森見登美彦、小学館)
押し絵と旅する美少年 西尾維新
シリーズ第4作目の本書。本屋さんに行ったら何と第4作目の本書の次の第5作目までが刊行されて平積みになっていた。本シリーズの第1作目を読んだのが今年の2月だったので、わずか9か月で5冊という驚異的なスピードで刊行されたことになる。とにかく何も考えずにすっと物語に入り込めるし、内容も軽いので読んでいて気が楽だ。しかも、本書では新しい強烈なキャラクターが新たに登場し、読者を飽きさせない。徹底的にエンターテインメントに徹した本シリーズ、それだけで貴重な気がする。もう次の第5作目も入手済みなので、次を気にせず読めるのも有難い。(「押し絵と旅する美少年」 西尾維新、講談社タイガ文庫)
水鏡推理Ⅳ 松岡圭祐
シリーズ4作目。これまで読んできた著者のシリーズがみな完結してしまい、今読み続けているのはこのシリーズだけになってしまった。そうした状況のなか、出版社が変わったことが影響しているのかどうか判らないが、作者の作風がどんどんアイデア中心の軽い読み物から、メッセージ性の強い重厚なものになってきている気がする。本書も一つの事件を追いかける主人公の姿がじっくり描かれているが、これは作風というのとは別の要因があるのかもしれない。これまでの完結していったシリーズの主人公がどちらかといえば1つの分野で超人的な才能を発揮していたのに対して、本シリーズの主人公は優秀で推理力に長けているとはいえ、超人的なスピードで謎を解明していくというほどではない。そうした主人公の特性から、どうしても話はゆっくりと進まざるを得ない。また、作品に社会問題や時事問題を巡るメッセージを付与しようとすると、説得力を持たせるためにはどうしても色々と緻密に書かなければいけない話もでてくるだろう。出版社の変化、主人公の特性、作風の変化、どれが最初かは判らないが、そのあたりがちょうどうまく絡みあって、このシリーズに新しい魅力を引き出していることは間違いない。(「水鏡推理Ⅳ」 松岡圭祐、講談社文庫)
爆発的進化論 更科功
「爆発的進化論」と言えばすぐにカンブリア紀大爆発、バージェス頁岩等を思い出す。本の帯にも「目の進化」といった言葉が書かれていて、そのあたりの話が書かれていることは間違いない。一方、本書の副題は「1%の奇跡がヒトを作った」となっている。この2つの進化の「事件」にどういう関係があるのか、自分にとってはこの2つの関係はいわばミッシングリングであり、そのあたりに興味を持ちながら読み始めた。本書では、色々な視点から生物の進化について書かれている。本書の中の「ウイルスは無生物である」とか「エビは背中とお腹が逆」という記述には驚かされた。さらに読み進めていくと生物は「歩くために脚ができた」「地上で生活するために肺ができた」「飛ぶために翅が進化した」「脳が肥大化したので人間は直立歩行になった」というのは進化の順番からいうと全て逆だ、ということが書かれていて、それにも驚かされた。軽い読み物風だし、話の比喩も軽めだが、そこに書かれた世界の奥深さにびっくりさせられる一冊だ。直接人への進化についてはあまり書かれていないが、全てがそこに繋がっているいるという意味で何となく普段の疑問を解消してくれた気がする。(「爆発的進化論」 更科功、新潮新書)
刑事の肖像 西村京太郎
著者の40年以上前の作品が収められた傑作短編集。描かれた警察官も話の内容も古色蒼然とした感じなのは否めないが、思っていたよりも楽しく読むことができた。こうした作品を読むと、今のミステリーや警察小説の進化振りがよく分かる。たまにはちょっとした息抜きに昔の作品を読んでみるのも良いかなと感じた。(「刑事の肖像」 西村京太郎、徳間文庫)
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