書評、その他
Future Watch 書評、その他
私を知らないで 白川三兎
中学生が主人公の本書を、大人の書評家がこぞって絶賛するという状況になっている。主人公達の心の葛藤が、中学生にとどまらない普遍的なものであるというということもあるだろうし、苦悩の根源が非常に深いということもあるだろう。主人公達の心の叫びに新氏に答えられる大人がはたしてどのくらいいるのか。中学生には中学生らしい解決の仕方があるということで最後に行き着く結末には、サプライズとともに感動させられる。大変印象深い作品だ。(「私を知らないで」 白川三兎、集英社文庫)
カーリー 高殿円
私は全く知らなかったが、本書はライトノベル界ではかなり有名な作品だと、帯に大きく書かれいる。ライトノベルの良い作品がもっと普通の文庫から刊行されるようになれば良いと思う者として、こうした全く未知の作品に出会えるのは非常にうれしい。物語としても大変面白いし、文章もそれなりの格調を持っており、ラノベ界でそれなりの評価を得たということは、やはりしっかりした文章としっかりした内容があってのことであるということがよく判る。ミステリーや冒険物語は少年だけのものではないということで、書かれた作品らしいが、物語の重要な要素になっている「歴史的事実」に基づくスパイ小説のような展開は、大人にも、男性にも楽しめる作品になっていると思う。(「カーリー」 高殿円、講談社文庫)
謎ときはディナーの後で 3 東川篤哉
シリーズ3作目だが、ますます面白い。ユーモアの部分も、ワンパターンだが、何故かそのたびに笑ってしまうし、そのユーモアに不思議なくらい嫌味がない。本書のなかでは、自転車の話がピカ1で、これはかなりの傑作だと思う。そうしたびっくりするような傑作が必ず1つはあるのが、このシリーズの特徴だろう。最後にびっくりするような話があり、これからこのシリーズどうなるのか、どのような新展開が待っているのか、早くも次が待たれる。(「謎ときはディナーの後で 3」 東川篤哉、小学館)
和菓子のアン 坂木司
著者の本は、引きこもり探偵のシリーズを何冊か読んだことがあったが、本書のような職業ミステリーは初めてだ。解説によれば、いくつものそうしたジャンルの本を書いているそうで、いずれもかなりの人気を博しているらしい。本書を読むと、「和菓子屋」さんという職業の裏話が日常のミステリーのような感じで書かれていて、ミステリーを楽しみながら、その職業に関する薀蓄を知ることができる仕掛けになっている。引きこもりという社会問題を扱ったシリーズと、こうした職業ミステリーには余り共通点はないように感じるが、どういう職業を選んでミステリーの舞台にするかという選択に著者の社会問題に対する鋭い感覚が関わっていることを考えると、両者には大きな共通点があることが判る。やや褒めすぎかもしれないが、著者は、日常に近い小さな出来事を軽いタッチで描く、現代の「松本清張」という言い方ができるかもしれない。(「和菓子のアン」 坂木司、光文社文庫)
ゆんでめて 畠中恵
本シリーズは文庫本で読むことにしているが、今回は新しい文庫が刊行されるまで随分待たされたような気がした。今回も、いつものような連作短編集だが、全体として大きな仕掛けが施されているのが特徴だ。最初の場面から、次の話が4年前に遡り、3年前、2年前と進んで、最後にまた現在に戻るという構成で、一つ一つのお話は独立しているようでいて、最後の話に色々な関わりをもっているという複雑な仕掛けだ。大変面白い仕掛けだと思うが、その全体の構成に関する話の内容と、一つ一つの話の関わりが良く分からない話もあって、仕掛けの面白さが100%活かされていないような部分もあるように思われるが、それでも、シリーズを飽きさせない嗜好としては十分楽しめた。(「ゆんでめて」 畠中恵、新潮文庫)
アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない 町山智浩
文春文庫に面白い「ノンフィクション」が多いということは多分かなり有名な話だと思う。私も、本屋さんの文春文庫の棚では、何かそういう面白そうな「ノンフィクション」はないかな、という目でみる。本書はそういう感じで見つけた1冊。しょっぱなから「アメリカ人成人の8割はパスポートを持っていない」「アメリカ人成人の2割は地動説を知らない」といったショッキングな話が満載だ。こういう話を読んでいると、アメリカという国ほど「アンケート調査」のやりがいのある国はないのではないかと思ってしまう。それにしても、本書に書かれているブッシュ大統領の数々の醜態、多民族国家というものの難しさ、自由というものの代償の大きさを知ると、暗澹たる気持ちになってしまい、良くできていると思うアメリカの政治システムにも大きな疑問を感じざるを得ない。(「アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない」 町山智浩、文春文庫)
返事はいらない 宮部みゆき
作家の初期の作品を発掘するというのは、今に限らず文庫本の大きな使命だと思うが、本書も、自分にとっては、そうした発掘本の1つだ。こうした作品を読むと、ハートウォーミングな内容に同居するようなある意味での残虐性、しっかりした物語の構成という作者の特徴が良く表れているような気がする。若干、1つ1つの話の中に不自然なご都合主義のようなものが見受けられ、ばらつきがあるように感じるが、1冊の短編集としてみるとさすがだなぁと思ってしまう。(「返事はいらない」 宮部みゆき、新潮文庫)
格闘する者に○ 三浦しをん
色々な職業小説で人気を博している著者のデビュー作とのこと。出版会社の話や林業の世界に飛び込む若者の話など、その後の著者の作品を彷彿とさせるエピソードが満載の作品だ。主人公の訳ありの家族の話などは、少し前から盛んに書かれている「家族」に関する寓話的な小説と相通じるものがある。色々な発見のある小説だが、何と言っても、題名に関する面白すぎる話が秀逸だし、主人公の妄想の部分がとにかく面白い。(「格闘する者に○」 三浦しをん、新潮文庫)
その日まで 吉永南央
シリーズ第2作目。第1作目を読んだ時は、新しさのようなものが感じられず、評判になっているほどではないような気がしたのを記憶しているが、本書を読んで少し考え方が変わった。趣味の延長のような雑貨屋を営む主人公の女性が、小さな謎を解決したり、自分から事件に首を突っ込んで丸く収めたりするというのが基本の構図だが、本書を読んでいて、このシリーズは色々な読み方ができるのが魅力の1つになっていることに気がついた。ミステリーとして読むと物足りなく、雑貨に関する薀蓄もそれほど多くないし、職業小説のようだがそればかりではないということで、何となく物足りない感じがしたのだが、それはそれとして楽しく読めればそれでいいと思えば、その良さが何となく判るような気がする。登場人物がそれぞれに抱える悩みや問題は決して小さくなく、かなり重たい人生を彷彿とさせるが、各章の最後に少しだけ晴れやかな気分になれる。そのあたりのバランスがこのシリーズの真価なのかもしれない。すでに第3作目も刊行予定になっているらしいが、解説を読むと、人生の重たさが少し前面にでた内容になっていることが暗示されている。ミステリーという範疇からさらに離れていく感じだが、重苦しさと晴れやかさの同居というシリーズの特徴がさらに強くなるのではないか、そんな期待を抱かせてくれる。(「その日まで」 吉永南央、文春文庫)
構図がわかれば絵画がわかる 布施英利
「構図」という切り口で様々な絵画や彫刻をみることで、絵画を見る楽しみが増えることを教えてくれる本書。じつに様々な視点があるのだなと単純に感心してしまう。遠近法についても、1次元、2次元、3次元、4次元と話が進み、その次に印象派の視点が「複数の視点」であるという解説にはなるほどと思ってしまった。そういう考え方をすると、色々な視点からみていることがえからも明らかな「キュビズム」と、一見それとは関係ないように思えるセザンヌの絵が、同じ改革の線上にあることが判る。本書で惜しいのは、著者が「こう見える」といって解説している絵がどうしても「そう見えない」ことがたまにあること。著者自身の感性のようなものを押し付けられているわけではないので、不快になるということはないが、もう少し適切な例があるのではないかとどうしても思ってしまう。このあたりは美術鑑賞を人から教えてもらうことの難しさでもあり、限界であるのかもしれない。ただ、そうした点を含めても良さが損なわれることのない新しさ、面白さが本書にはある。(「構図がわかれば絵画がわかる」 布施英利、光文社新書)
るり姉 椰月美智子
2009年本の雑誌年間ベスト10に選ばれたと帯に書かれている本書。本屋さんで本書を見つけた時、なぜ今まで読んでいなかったのか不思議な気がした。こうした見落としというのは、まだまだいくらでもあるのだろうと思うと、読んでいない本が机の周りに100冊近くも積んであるのに、もっと本屋さんに行かなければと思ってしまう。さて本書の方は、細やかな表現やさりげない言い回しが随所に感じられ、本当に良い小説だなぁと思う。こうした話には何故か既視感のようなものがつきまとう。叔母さん、叔父さんというのは親密さ、距離感がちょうどよいのだろうか、小説の対象としては最も頻繁に登場するキャラクターのような気がするし、子どもにとって家事に追われる自分の母親と比較して叔母さんというものが自由で奔放に感じられるという設定も色々な小説の題材になっている気がする。しかし、そうした設定の多くの本のなかでも、本書が特に忘れ難い印象を与えてくれるのは間違いないだろう。それと、最初の章の終わり方が大変意味深で、その後どうなったのかが大変気になる。しかし次の章からは話が過去にさかのぼってしまうので、その答えがなかなか見えず、結末が判るのが最後の章の最後の方という仕掛けも、しゃれている。(「るり姉」 椰月美智子、双葉文庫)
錯覚学ー知性の謎を解く 一川誠
錯覚を起こすような図表が充実していて非常に楽しく、しかも人間の能力というものの不思議さに唖然とさせられる1冊だ。人間の視覚は、事象を忠実に映したものではなく、非常に多くの要素によって「正確でなくなっている」という指摘には驚かされる。例えば、遠くにあるものは自動的に実際よりも大きく見えているらしく、同様に暗いものは人間の目には実際以上に明るく見えているらしい。素晴らしい風景を写真に撮ったつもりで現像してみると大したことがないように見えるのは、単なる印象ではなく、人間の目がそのようにできているからだという。何故そのようなことになるのか、はっきりとは判っていないようだが、少なくとも「物事を100%正確に見る」よりは、「視覚が安定」している方が生存に適しているということであり、これは大変驚くべきことのように思われる。人間と能力の不思議さをつくづく考えさせられる、本当に興味深い話ばかりだった。(「錯覚学ー知性の謎を解く」 一川誠、集英社新書)
アメリカ弱者革命 堤未果
著者による先進国アメリカの貧困についてのドキュメンタリーは数年前にベストセラーになった。本書は、その本を書いた時の取材の様子を描いた別の意味でのドキュメンタリーだ。ベストセラーの方は、オーソドックスなノンフィクションとして、主観を排した事実の記述を重視していたのに対して、本書では取材中に出会った協力者であるとか、取材中に危ない場面に出くわした話など、著者自身の話に重きが置かれている。アメリカ社会のなかで上に行くために必要とされる肩書きを求めて教育ローンにがんじがらめにされていく若者達、貧しさゆえに傭兵のような形でイラクなどの戦地に送り込まれる若者達など、書かれている内容はこれまでの本と大きな違いはないが、不思議と新鮮な感じで読めてしまった。好みの問題かもしれないが、むしろ私としては本書の方がこれまでの本よりも良いような気がした。(「アメリカ弱者革命」 堤未果、新潮文庫)
趣味は何ですか? 高橋秀実
著者の「はい、泳げません」を読んだときの感動は今でも記憶に残っている。そのせいで、著者の本を読むときは、期待で胸が膨らむ。その後、2冊ほど著者の本を読んだが、その時の感動が再びというには少し物足りなかったよう記憶している。但し、本書は、それに近い感動を得ることができたように思う。様々な趣味を持つ人々に話を聞いたり、実際に自分でその趣味の現場に出かけて経験したりしながら、人間にとって趣味とは何かを考えていくというドキュメンタリーだ。亀の飼育に生涯を賭ける人、郵便局の消印ばかりを集める人など、変わった趣味の人の話が面白いのは当然として、著者の手にかかると、登山、ボウリングといったありふれた趣味の話もなんだか大変面白い話になってしまうから不思議だ。そうしたことを続けているうちに、著者が辿り着いた「趣味の本質」というものの答えは、感動的ですらある。(「趣味は何ですか?」 高橋秀実、角川文庫)
戦友の恋 大島真寿美
書評誌に「著者の最高傑作」と書かれていたので、少し前から本屋さんで探していたのだがなかなか見つからなかった本書。他の書評誌に、本書はすでに文庫になっていると書かれていてびっくり。単行本のコーナーばかり見ていたので見つからなかったということだった。読んでみて、評判どおりの良い小説だった。連作短編集の体裁だが、内容は完全に1つの長編小説だ。大切なものをなくした喪失感というものが、全編に亘って心にしみる文章で綴られている。解説を読んで驚いたのが、本書は、別の作品の脇役を主人公にしたスピンオフのような作品だという。当然その前作を読んで見たいと思うが、そうしたシチュエーションでこれほどまでに完成された世界が描かれているということに心底驚かされた。本書に限らず、著者の小説はなぜか1冊1冊が心を動かされ、深く心に残る。(「戦友の恋」 大島真寿美、角川文庫)
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