goo

書店主フィクリーのものがたり ガブリエル・ゼヴィン

2016年の本屋大賞翻訳部門第1位と帯にあったので、読んでみることにした。島に1つしかない本屋さんを営む主人公に突然訪れる出来事。それまで色々な不運が続き、人間不信・厭世感に囚われてしまっていた主人公がその出来事をきっかけに少しずつ変わっていく様が描かれている。多くの国でベストセラーになっているというのがよく判る、心温まる1冊だ。本書には何十冊もの小説の題名がでてくるが、自分が読んだことのある本は数冊しかなかった。これらの本を読んだことのある人には、本書はもっと面白いのだろうし、別の感慨などがあるのかもしれない。こうしたことは本に関する知識や読書量だけではないだろう。例えば、本書に登場するある稀覯本の説明のところで、「ホナス・ワグナー」のカードのようなものというくだりがあるが、この部分などもそのカードのことを知っているのと知らないのでは、読み方が随分違ってくるはずだ。こうしたことは何も本署だけに限らないだろう。本が好きであれば好きであるほど、本をたくさん読んでいれば読んでいるほど、1冊の本を読む楽しさは増すのかもしれない。本書を楽しく読みながら、そんなことを考えてしまった。(「書店主フィクリーのものがたり」 ガブリエル・ゼヴィン、早川書房)

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

父・金正日と私 金正男

北朝鮮の指導者・金正恩の長兄である金正男氏とのメールのやりとり、数回のインタビューを時系列にまとめた本書。数年前に単行本で出版されて話題になっていた本だが、文庫コーナーで見つけたので、この機会に読んでみることにした。北朝鮮の国情や自分の立場等を素直に語る金正男氏の印象は、外見的なイメージとは裏腹に、頭脳明晰で温和、かつバランス感覚に優れているというものだ。開明的な考えをもっていることもよく判るし、楽天的な性格であることも判る。周辺の色々な陰謀をみながら育ってきたためか、自分に対する危険を察知する能力にも長けているようにみえる。金正恩体制になって何かが変わるかと期待したのだが、最近になって北朝鮮の世界を敵に回すような挑発行動はますますエスカレートしているようだ。こうしたなかで読む本署は、現在の体制の本質を考える上でますます資料としての貴重さを高めているという気がする。目まぐるしく状況が変化する時事物の出版物において、こうした現象は結構稀有なことのように思える。本書の最後に語られている、金正男氏が中国の隠し玉で、現政権が崩壊した時に北朝鮮国内の混乱を収拾するために中国が同氏を保護しているという見方、本当にそうかどうかは判らないが、本書を読み通した後、強い説得力を感じるのは確かだ。(「父・金正日と私」 金正男)

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

傷だらけのカミーユ ピエール・ルメートル

シリーズ第3弾で完結編と銘打たれている。「その女アレックス」以来のファンだが、何と言っても著者の魅力は終盤のどんでん返しだ。本書の前に読んだ作品はあまりどんでん返しが強烈でなかったが、本書のどんでん返しの衝撃度は中程度といったところだろうか?思わぬ犯人、思わぬ動機は当たり前だが、本書の場合は、犯罪の標的にすらも、思いもよらない仕掛けが施されている。完結編とあるが、内容的にはこれでこのシリーズが終わる必然性は見当たらない。本書のなかで主人公がめちゃくちゃなことをするので、もはや「警官」でいられなくなるのではないかという点はあるものの、そのあたりの説明を何とかつけてしまえば、シリーズを続けることに特に大きな問題はないだろう。多少ご都合主義でも良いからそんな形でもシリーズを続けてほしいというのが、私を含めた多くの読者の願いだと思う。(「傷だらけのカミーユ」 ピエール・ルメートル、文春文庫)

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

白衣の嘘 長岡弘樹

著者の本は本屋さんで見つけると必ず読んでいる。本書は、これまでの警察ものとはうって変わって、医療現場や病院を舞台にした短編ミステリーだ。著者の新境地かと一瞬思ったが、よく考えてみると、最初に読んだ著者の作品は、救急車を舞台にした短編ミステリーだった。警察官がかかわる犯罪現場の話も、医者や病院が舞台の医療現場の話も、人の生命にかかわる職業、人にとって決定的に重要な現場という共通点がある。そういう意味では、それこそが著者が追求し続けている世界なのかもしれない。本書もこれまでの作品通り、一つ一つの短編が、アイデアに満ちていて楽しい。ややストーリーがご都合主義なのは相変わらずだが、それを気にさせない面白さがあるのもいつも通り。期待通り満足のできる一冊だった。(「白衣の嘘」 長岡弘樹、角川書店)

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

天晴れアヒルバス 山本幸久

観光バスガイドさんの奮闘を描いた「アヒルバス」シリーズ第2弾。気軽に読めるのも良いし、さりげない観光案内になっているのも読んでいて嬉しい。豪徳寺というお寺が「招き猫」で有名というのを初めて知り、一度行ってみたくなった。それこそお仕事小説のだいご味なのだろうが、どんな仕事もアイデアと情熱が大切ということをさり気なく教えてくれる一冊だ。(「天晴れアヒルバス」 山本幸久、実業之日本社)

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

カテリーナの旅支度 内田洋子

日本人女性によるイタリアに関する随筆。日本人女性のイタリアに関する随筆といえば、何と言っても須賀敦子の「ミラノ・霧の情景」だろう。本書が名作「ミラノ・霧の情景」と比べられてしまうことは避けられないし、著者も当然それを意識して書いたはずだ。須賀敦子が教育者であるのに対して本書の著者の肩書はジャーナリストとある。当然その視点にはなにか違いがあるはずだ。須賀敦子が渡欧した時代に比べて、現在は、イタリアに行くこと・イタリアで生活することの困難さにも大きな違いがある。イタリアに行ったことのある人も須賀敦子の時代とは一桁も二桁も違うはずだ。そんな違いを乗り超えて、著者が本書で何を伝えてくれるのかが、読む前からの大きな期待だった。しかし、読み終えて感じたことは、時代や立場の違いにも関わらず、両者がある意味でとても似ているということだった。実際にその場所に住んでいる人には変化している様に感じることでも、異邦人や旅人にとっては変わらないということがある。その辺りを素直に表現するとこういうことになるのかもしれないし、あるいはそれがイタリアという歴史ある国の特徴なのかもしれない。多くの日本人がイタリアに惹きつけられる理由がそうした自然と感じる普遍性のようなものなのかも知れないと感じた。(「カテリーナの旅支度」 内田洋子、集英社)

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

泣き童子 宮部みゆき

「三島屋変調百物語事始」シリーズの3作目。事件の当事者が主人公に物語を話し、主人公がそれを聞くことで物語が動き出すというコンセプトが面白く、話としても著者の数多いシリーズのなかでも読みだしたら止まらないという形容がぴったりなほど面白いというのがこれまでの感想。前作を読んでから3年くらいが経っているので、物語にすんなりと入り込めるかどうかやや心配しながら読み始めたが、読み始めると前作同様止まらなくなってしまった。今回の特徴は、これまでの2作品に比べて、怪奇現象の怪奇の度合いが強くなっているということだろう。そのためかどうかは分からないが、話の中心はあくまでその語られる怪奇現象で、必ずしもそれによって物語が動き出すというよりも、「人に語る」ことで当事者の心に踏ん切りがつくという感じの話が多くなっているように感じた。また、これらは作者の他の作品にもいえることだが、読んでいる間中ずっと、人生に降りかかる出来事の容赦なさ、世の中の理不尽さを感じざるを得なかった。(「泣き童子」 宮部みゆき、角川文庫)

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

ヒラリー・クリントン 春原剛

先日トランプ氏の解説本を読んだので、次はヒラリー・クリントンの本を読むことにした。私がNYにいた時期が、ちょうどヒラリーがファーストレディだった時期と重なるので、ヒラリーについてはトランプ氏と違って多少は予備知識があると思っていたが、本書を読むと色々知らないことが多いのでビックリした。本書を読んで、ヒラリーがアメリカ人に何故あまり好かれていないのかが改めて良く分かったし、ヒラリーが思った以上にリベラルであることも分かった気がする。彼女の半生、アジア観、日本観といった章立ても、読者が知りたいこと・説明してほしいことを順序立てて解説してくれていて有り難い。前に読んだトランプの解説本と合わせて読んで、今年のアメリカ大統領選挙の見方が少し深いところで分かったような気がした。(「ヒラリー・クリントン」春原剛、新潮新書)

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

物流ビジネス最前線 斎藤実

バブル期前を絶頂期として凋落が著しい日本だが、そんななかでかろうじて日本を一流国としてとどめているのが、日本の優れた物流システムだという意見がある。そうした日本の数少ない強みとして注目される物流ビジネスの最前線を解説してくれるのが本書だ。これを読むと、日本の本当の強みがどこにあり、それを維持することが将来の日本にとっていかに重要かが判る気がする。記述は具体的、話の中心がどこにあるのかも明確で、さすがは専門的な研究所でキャリアを積んだという著者による手慣れた解説書という感じだ。「物流ビジネス」の「最前線」を知るための指南書として看板に偽りなしの良書だと思う。(「物流ビジネス最前線」 斎藤実、光文社新書)

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

東急沿線の不思議と謎 浜田弘明

東急沿線の地名・駅名・鉄道に関する様々なトリビアを集めた1冊。地元の人であれば何となく聞いたことはあるが詳しくは知らない話、読んでへぇ~そうだったのかと初めて聞くような話など、様々なネタが丁寧に集められている。中には、実際現地に行って確かめたくなるような話もあって、とにかく飽きない。「六角橋には六角橋という橋はない」というのは地元では当たり前の話だが、「三軒茶屋駅には本当に3件のお茶屋さんがあった」とか「妙蓮寺駅が妙蓮寺から徒歩0分の理由」とかは、どうでも良いことだが初めて聞いた。最近は、海外旅行などの遠くへ行く旅がおっくうになってきてしまって、日帰りで行けるような近場で面白そうな場所に行ってみる方が気が楽だなぁと思うことも多い。本書に書かれた場所であれば、出不精の妻とも一緒に探索できそうで、私のような老夫婦などには「行楽ガイド」のような使い方もある、面白くて役に立つ1冊、早速妻にも読むように勧めた。(「東急沿線の不思議と謎」 浜田弘明、じっぴコンパクト新書)

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

政府はもう嘘をつけない 堤未香

著者と言えばアメリカの貧困問題を鋭く指摘した著書が有名だが、実際にそれらの本を読んでみると、単にアメリカの問題点の指摘だけではなく、それを踏まえた日本への教訓という視点がその語り口に色濃く出ていることに気づく。本書は、今までの本以上にそうした特徴が強く感じられる一冊だ。「公務員の定義の話」「アメリカ大統領選挙のトランプ氏躍進の本当の意味」「TTPの隠された意味」等、とにかく読んでいて驚かされることばかりで、自分の情報源が如何に偏っているのかを思い知らされる。(「政府はもう嘘をつけない」 堤未香、角川新書)

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

顔のない肖像画 連城三紀彦

著者の本は大体既読のはずと思っていたが、本屋さんで初めて見る題名の本書を見つけた。こういう出会いがあると無性に嬉しい。内容は、トリッキーなミステリー作家と恋愛小説家という二つの顔を持つ著者の両方の特徴が融合した著者らしい一冊だ。特に最後に収録された作品は、凝りに凝ったどんでん返しの作品で、思わず唸ってしまった。まだこうした著者の作品が残っていたかと思うと、これからもこうした出会いがあるかもしれないし、本屋さんに行く楽しみとはこういうものだという期待が膨らむ。(「顔のない肖像画」 連城三紀彦、実業之日本社文庫)

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

トリダシ 本城雅人

作者の作品は「スカウトデイズ」「ミッドナイトジャーナル」に次いで3冊目だと思うが、いずれも、自分の知らない世界が克明に描かれていて大変面白かった。本書も、スポーツ新聞社で日々特ダネを追う記者たちの他紙や同僚とのしのぎを削る取材合戦の模様を克明に描いた一冊。とにかく、取材先やライバルたちの心を読みあう心理合戦、意表を突く権謀術策の数々に圧倒されながら読み終えた。登場人物たちの行動は、仁義無用の冷徹な騙しあいがあるかと思うと、大きな代償を払ってでも仁義を貫いたりで、よくは判らないが、まるでやくざ映画を見ているような気がしてくる。本書では主人公以外にも魅力的な登場人物がたくさんいて、話の面白さを引き立てている。登場する球団名などはもちろん架空の名前だが、どこをモデルにしているのかは素人にも一目瞭然だし、そのあたりはプロ野球について詳しい人にはさらに面白いのかもしれない。とにかく面白いの一言で、これはこれまでに読んだ著者の作品すべてに共通していることだ。取り上げる世界がかなり特殊なので大ヒットということにはならないかもしれないが、エンターテメント性に限れば当代一といっても良いような気がする。(「トリダシ」 本城雅人、文藝春秋社)

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

君の名は。 新海誠

今、映画と小説が大ヒットしているというので、読んでみた。二人の若者の人格が入れ替わるというかなりベタな設定の話だが、それに時間のずれと若者の心という二つの要素が組み込まれた心暖まるストーリーが心を打つ。解説を読むと、小説と映画が同時進行で作られたとある。もしこの小説が先にあって、それを映像化するとなると、かなり悩ましいことになるに違いない。同時進行だからこそという部分が映画にはあるのだろう。それに、映画では、もう一つの大切な要素として、音楽とのコラボがあるという。読み終えたところで、これは映画を是非見なければという思いにさせる一冊だ。(「君の名は。」  新海誠、角川文庫)

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

ハリー・オーガスト15回目の人生 クレア・ノース

前世の記憶を持ったまま人生を繰り返すという設定の小説は、1つのジャンルを形成するほど数多くあるし、つい最近テレビでもそんな映画を見た。そうした既存の作品がいくつもあるなかで、本書がどのような新しいストーリー、新しい可能性を見せてくれるのかという期待を持って読み始めた。最初の1行目、何の前触れもなく「11回目の人生…」」という記述から始まっていてまずはビックリ。これまでのものとは何か違う予感のするスタートだ。読み進めていくと、更にビックリなのだが、色々な回数の人生があっちに飛んだりこっちに飛んだりで、頭の中でどのように整理しながら読めばいいのかよくわからなくなる。次第にあまり回数を気にしないでも感覚的に前後だけ把握していれば問題ないことがわかってくるのだが、それまでは、どこかに落とし穴があるのではないかと心配しながら慎重に読み進めざるをえなかった。内容は、とにかく人生のループを断ち切る方法の設定が面白く、最後の着地もお見事。このジャンルの新しい代表作という本書のキャッチフレーズが誇張でないことは確かだ。なお、原作の題名は、「15回目の」ではなく「最初の15回目の」とのこと。改めてそうなんだと思わざるを得ない悲しい題名にジーンとくる。(「ハリー・オーガスト15回目の人生」 クレア・ノース、角川文庫)

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
« 前ページ