書評、その他
Future Watch 書評、その他
妖談へらへら月 風野真知雄
妖談シリーズの第5弾。江戸の町に起こった怪奇現象の謎を主役・準主役が追いかけるのはこれまでの4巻と同じだが、これまでの4巻が小さな謎と大きな謎が交錯しながら話が進んでいったのに対し、本書では一貫して1つの謎が扱われており、趣きがこれまでと少し違う作品になっている。扱われている謎は、天狗の仕業とも噂される「神隠し」。数日前に読んだ宮部みゆきの「天狗風」と同じ、登場する歴史上実在の人物である町奉行も「同一人物ということで、書かれた時期が20年近くも離れているのに、たまたま私が読んだ時期が同じというのは不思議な気がする。(「妖談へらへら月」 風野真知雄、文春文庫)
おそろし 宮部みゆき
「三島屋変調百物語事始」という副題のついた本書。著者が「稀代の語り部」と呼ばれる真骨頂を見るような作品だ。繊細で的確な語りで、読者はぐいぐいと物語に引き込まれてしまう。著者の作品の中では、「霊験お初捕物控」シリーズから連なる作品ということは明確だが、作者自身は、この自作である百物語シリーズに関するコメントの中でを「(これを書き始めてしまって)もう霊験お初には戻れません」と語ったそうだ。もう、お初シリーズの続編が書かれることはないということでさみしい気はするが、明らかに小説としての完成度が高く、人間の内面の怖さに迫る本シリーズに受け継がれていくのは、大変うれしい気がする。(「おそろし」 宮部みゆき、角川文庫)
いのちなりけり 葉室麟
著者の直木賞受賞作を最初に読んで感銘を受け、他の作品も読みたくなり、2作目として選んだのが本書。ある書評で、著者の代表作とされていたからだが、期待に違わず、受賞作に勝るとも劣らない素晴らしい作品だ。本書の解説文に、この作品で直木賞を取らなかったのが解せないと書かれていたがその意見に全く同感だ。最初のうちは、誰が主人公なのか、話の中心がどこにあるのかが判らず、少し戸惑ったが、主人公や話の中心が判ってきたあたりからh、本当に引き込まれてしまった。理不尽な社会に翻弄されながら自分自身を貫く人々を描くのは、時代小説の本道。そこに、忍者の暗躍あり、江戸と京都を巡る政治闘争・文化の衝突ありで、贅沢な1冊だが、それでいて主人公を巡る本筋が少しもぶれない全体の構成はお見事というしかない。主人公達の一途な行動が歴史をも動かそうというスケールの大きさが不自然さなく描かれていることにも驚かされる。(「いのちなりけり」 葉室麟、文春文庫)
よろず一夜のミステリー 篠原美季
ライトノベル作家による新潮文庫書き下ろし作品というやや珍しい1冊。さすがにライトノベル作家だけに、キャラクター中心の展開だが、超常現象あり、科学談義あり、ミステリー要素ありで、色々なものが詰め込まれたサービス満点の面白い作品だと思う。まだ多くの謎が残されたまま終わってしまったが、シリーズ化が決まっているようなので、期待したい。(「よろず一夜のミステリー」 篠原美季、新潮文庫)
ブラディ・ローズ 今邑彩
バラの花が咲き乱れる洋館に住む浮世離れした生活をおくる人々。そこで連続して起こる不可解な自殺事件。本格ミステリーとしては申し分ない設定だが、内容は本格ものというよりは心理劇に近い。事件そのものも、登場人物の主観で語られるので、どこまでが事実なのかが判然としない。危ない目に合う主人公に「早く警察に届けてはどうか?」とアドバイスしたい場面の連続だが、何故か主人公にはそうした発想がない。異様な人々との生活の中で、生活感そのものが薄れてしまったというところなのだろうが、もう少し警察をしんじてあげても良いのにと思いながら読み終えてしまった。(「ブラディ・ローズ」 今邑彩、中公文庫)
ウインクで乾杯 東野圭吾
25年前以上の作品で、著者としては色々な試行錯誤をしていた頃の作品ということになるだろう。話の流れの明快さや人物の造形などはさすがと思わせるものがあるが、ミステリーの部分や物語には今のような深みのようなものが感じられない。登場人物もそれぞれに魅力はあるのだが、全体としては散漫な印象を受ける。やはり、最近の著者のミステリー作家としての進化の大きさを再確認するような作品だった。(「ウインクで乾杯」 東野圭吾、祥伝社文庫)
起終点駅~ターミナル 桜木紫之
今年直木賞候補になったことが大きいのかもしれないが、書店や書評誌での著者の扱いを見ていて、少しずつ話題になり始めているよう感じがしたので、最新作である本書を読んでみることにした。2002年にオール読み物新人賞を受賞しているということで、新人作家ではなく、私が知らなかっただけなのだろう。読んでいて最初にすぐ思ったのは、同じ北海道出身の作家「佐藤泰志」に雰囲気がどこか似ているということだ。北海道の土のにおいのようなものは佐藤ほど強烈ではないが、まさに本書の題名になっている「終着駅」のイメージとか、どこにでもいるような人々が重荷を背負いながら、何かが変わっていく様を細かい描写で拾っていくスタイルが良く似ているような気がした。佐藤の本は1冊しか読んでいないが、それでも何か行き止まりのような苦しさを感じたが、本書にはそうした閉塞感よりもその後の変化に重きが置かれた救いのある内容になっている。物語性が乏しいので、別の作品をすぐにも読みたいとか、全作品を読破したいという感じの作家ではないが、エンターテイメント系の読書に少し飽きたような時に手にしたいと思う作家だ。(「起終点駅~ターミナル」 桜木紫之、小学館)
キリスト教の真実 竹内節子
読み始めてすぐに本書はかなり上級者向けの本であることに気付いた。宗教に関する知識というよりも、社会思想史や歴史を知らないと話がどこに向かっているのかが判然とせず、うまく理解できないのだ。「キリスト教」に関する啓蒙書なので、宗教に関する記述はそれなりに判り易く配慮されているようなのだが、それ以外の部分がしっかりと理解できないので総体としてよく判らなくなってしまう。それでも通読すると、それなりに西洋諸国とキリスト教の関係、特に国によってその関係が全く違うということが、少し判ってきたような気にさせてもらえた。こうした本は、感覚的な慣れのようなものがあって、頻繁に読んでいるとスーと頭に入るが、たまにしか読まないとこういうことになってしまうということを痛感した。(「キリスト教の真実」 竹内節子、ちくま新書)
桐島、部活やめるってよ 朝井リョウ
「桐島」というバレー部のキャプテンが部活をやめるという事件をきっかけにしてそれが池に投げられた小石のように、5人の高校生の心に波紋を投げかけ、それがそれぞれの1人称で語られる。話の中には、その「桐島」自身は全く登場せず、何故部活をやめたのかもはっきりとは語られず、その後どうなったのかもほとんど語られない。それでもその小さな変化が、それぞれの5人に別の大きな変化をもたらし、それがまた別の波紋となって広がっていく。5人の話も、何かの事件を追うようなストーリーではなく、ひたすら彼らの心の様を綴った文章に終始する。若い作者が同世代を冷めた目でみるのでもなく、当事者として熱く語るでもなく、いわばその中間のような文章に、驚くような新鮮さを感じてしまう。それが本書が注目された最大の理由だということが良く判る。この著者が年齢を重ねて、次にどのような作家になっていくのか、純文学の愛好家でなくても大いに気になるところだ。(「桐島、部活やめるってよ」 朝井リョウ、集英社文庫)
微視的お宝鑑定団 東海林さだお
普段目立たないものにスポットをあてて色々な考察を加えそれを文章にした本書。著者のまるかじりシリーズでもそうした章はよくみかけるが、本書はそれに特化した1冊。それはそれで大変面白いのだが、おまけのように2編の対談が掲載されていて、特にそのうちの「糖尿病」に関する章の内容が大変衝撃的だった。これは解説を書いている人も同意見だったようで、同じような感想が書かれていた。(「微視的お宝鑑定団」 東海林さだお、文春文庫)
手紙 東野圭吾
帯に100冊以上ある著者の作品のなかでベスト10に入る傑作とあり、まだ読んでいなかったので読んでみた。本書には、ミステリーの要素も、あっと驚く仕掛けもなく、話は淡々と1人の青年の人生が語られ、最後に涙を誘うエピソードはあるものの、最後まで淡々したままで終わる。ミステリー作家のミステリーでない作品。著者の作品を読んでいつも感じる「うまいなぁ」という読後の印象はないものの、著者の作風の幅広さには驚かされる。(「手紙」 東野圭吾、文春文庫)
花と流れ星 道尾秀介
本書は、「真備」シリーズと呼ばれるシリーズの1冊で、ミステリーのワトソン役のような人物が著者と同じ名前で登場する短編集。著者と同じ名前の人物が登場するということは、著者にとってそれなりに特別なシリーズということになると思うが、実際にはやや軽めの短編集が並んでいるので意外な感じがした。それでも最初に掲載された「流れ星の作り方」などは、ミステリー的なびっくりする仕掛けと、悲しいストーリーが大変良くマッチした心に残る作品で、著者がこのシリーズを大切にしていることが判るような気がする。(「花と流れ星」 道尾秀介、幻冬舎文庫)
天狗風 宮部みゆき
「霊験お初捕物控」シリーズの第2弾。お初が挑む怪奇現象は、前作以上に厄介で大きな相手だが、自分に与えられた能力に対するお初自身の自覚が前作よりも強くなり、お初を補佐する周囲の人たちのチームプレーも良くなっており、彼らが怪奇現象へ立ち向かう様はますます活劇的な要素を増していて楽しめる。作品全体から情念のようなものが立ちのぼっているのが感じられる怖い話である。この作品が書かれたのが20年近く前でその後続編が書かれていないことを考えると3作目を期待するのは無理かもしれないが、お初やワトソン役の右京之介のその後、おばあさん、おじいさんになった2人の話など、面白いのではないかと思う。(「天狗風」 宮部みゆき、講談社文庫)
ガラスの麒麟 加納朋子
いつもの本屋さんに行ったら、「昔の名作」を発掘するというコンセプトで、本書が棚に平積みになっていた。20年位前に大きな賞を受賞し話題になったけれど、その後時間とともに忘れられてしまった作品ということだ。そのくらいの昔であれば、そこそこ話題になれば覚えているはずなのだが、本書については全く記憶にないし、おそらく刊行されたときに目にしたこともなかったと思う。少し不思議な気持ちで読み始めた。ミステリーとしては古典的な感じの話だが、いろいろな視点で書かれた文章が並んでいて、その切り替えがうまいなぁと思う。あまりそうした切り替えが多いと通常はわずらわしい感じになるのだが、本書の場合、それが非常にうまく、また謎の提示の仕方ともマッチしていて、マイナスになっていない。マイナスどころか、それがトリックの1つのような効果もあげていて驚かされた。(「ガラスの麒麟」 加納朋子、講談社文庫)
ヒトリシズカ 誉田哲也
作者の作品である「ジウ」の少女版という趣の作品だ。恐ろしい考えを持ちながら自分ではそれと気づかない1人の少女の物語。解説などには連作短編集とあり、体裁もそのようになっているが、それぞれの話のつながりは明確でしかも話の構成がかなり凝っている。話を1つ1つ読むごとに、おぼろげだった主人公の姿が徐々に立ち上ってくる。ようやくそういうことだと判ったところで、主人公がそれまでと全く別の顔を見せて話は終わる。最後に見せた意外な顔が、主人公にとっては悪意とは別の次元の行動だったということが判り、何とも言えない悲しみを感じる。話の内容からして続編を期待できないのが残念だ。(「ヒトリシズカ」 誉田哲也、双葉文庫)
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