書評、その他
Future Watch 書評、その他
たゆたえども沈まず 原田マハ
今年の本屋大賞ノミネート作品なので読んでみることにした。画家ゴッホの生涯とか、彼と弟テオの交流の話などは色々なところで読んだことがあって全体的に新鮮味は感じなかったが、テオが古典的なアカデミー作品を主に扱う画廊に勤務していたこと、ゴッホ兄弟と日本人画商に交流があったことなど幾つか知らなかったこともあり、へぇそうだったのかと少し驚きながら読み終えた。そして最後のページをみたら「この作品はフィクションである」とのあとがきがあって一気に興ざめ。もちろん登場人物同士の会話などは現場にいなかったので創作であることは承知しているし、登場人物の心の内ももちろん著者の解釈と判っているが、このあとがきで、こういう人物がいたかどうかさえ、全てがあいまいになってしまった。そう思って思い返すと、ところどころで出てくるゴッホの有名な作品が書かれた状況なども何だか変なところがある気がしてきた。「伝記小説」の難しさを垣間見てしまったようだ。(「たゆたえども沈まず」 原田マハ、幻冬舎)
神酒クリニックで乾杯を 知念実希人
人気作家のシリーズ第一作目。 別のシリーズの既刊を読み終えたので、その新刊が出るまでの繋ぎのつもりで本シリーズを読んでみることにした。既読のシリーズは医療ミステリーだが、こちらは医者が主人公ながらどちらかというと探偵ものサスペンスに近い内容。登場人物全員がかなりの特殊能力の持ち主で、それらを駆使してこぎみよく事件を解決していく。少し毛色が変わっているものの、これはこれで面白かった。なお、本シリーズには既読シリーズの登場人物の兄弟が登場していて、いずれは両方のコラボ作品が読める予感がする。それまでは両方のシリーズを読んで待つことにしょう。(「神酒クリニックで乾杯を」 知念美希人、角川文庫)
精神鑑定はなぜ間違えるのか 岩波明
戦後の五つの凶悪事件の経緯と、その事件の被告・犯人の精神鑑定の是非を解説してくれる一冊。実際の鑑定結果と著者の見立てを比較すると、判決の内容に大きな影響を与えたということではないものの、その違いの大きな違いに驚かされる。本書に書かれているのは、鑑定が間違っていた事例ではなく、鑑定という作業そのものが抱える不確かさ曖昧さという問題点だろう。その根底にあるのは、鑑定を進める際の情報の不足、精神医学の学問としての未成熟さ、その犯罪に対する世間の関心に由来する鑑定医へのプレッシャーなどだ。なかなかスッキリした解決策を見つけるのは困難だが、精神鑑定をによる減刑の適用を限定的なものにしていくという流れはある程度やむを得ない気がする。(「精神鑑定はなぜ間違えるのか」 岩波明、光文社新書)
探偵少女アリサの事件簿2 東川篤哉
シリーズ第2弾。四つの短編が収められているが、最初の一作目が秀逸。読んでいて、ある部分に謎解明のヒントがあることはすぐに分かるのだが、それがどういうことなのか見当がつかない。ヒントを隠さず提示しながらそれでもびっくりさせる作品に感心した。それ以外の三作も意外性は小さいが、期待通り楽しめた。(「探偵少女アリサの事件簿2 今回は泣かずにやってます」 東川篤哉、幻冬舎)
僕の姉ちゃん 益田ミリ
親の海外赴任で短期間だが二人暮らしになった姉弟のやり取りが弟の視点で描かれた4コマ漫画集。話し相手が弟という気軽さから繰り出され姉の一言一言。「収納本は癒し本」「手に取って捨てたいもの」などなど、ちょっと独特な感性が面白かった。(「僕の姉ちゃん」 益田ミリ、幻冬舎文庫)
甦る殺人者 知念実希人
本書はかなり前に本屋さんで平積みになっているのを見つけ面白そうだったので何気なく購入したのだが、買った後にこれが人気シリーズの第8作目だということがわかり、既刊の7冊、短編5冊・長編2冊をあわてて読むことにした。買った当時、著者の本はこのシリーズではない1冊だけ読んでいて、それがとても面白かったという記憶だけがあった。それから本シリーズを読み続け、ようやく最新刊である本書に追いついた形だ。言い換えれば、本書を買ったおかげで、このシリーズを全て読むことになったということになる。ここまでずっと読んできて、一番すごいのは、著者の作品が、現役のお医者さんということもあるのだろうが、作風は重厚な作品やライトノベル風の軽い作品等色々あるものの、全て医療ミステリーであるという点では全くぶれがないということだ。また、著者の作品で提示される謎が、ちょっとやそっとの謎ではなく、一見全く不可能に思えるものばかりというのもすごい。本書でも、死んだはずの人物が犯罪を犯すという一見不可能なシチュエーションが提示され、それがどのように謎解きされるのか、最後まで存分に楽しめた。これからは、著者の別のシリーズを読んだり、ゆっくり本シリーズの新刊を待ちながら楽しんでいけるのも嬉しい。(「甦る殺人者」 知念実希人、新潮文庫)
妖盜S79号 泡坂妻夫
作者独特の人を食ったような謎解きミステリーが12編も楽しめる一冊。主なあらすじは、神出鬼没の怪盗とそれを追う2人の刑事の知恵比べといったところだが、作者の作品だけに一筋縄ではいかない変化球のような話が多い。怪盗の正体も最初から分かっているようでよく判らないし、怪盗を追いかける刑事たちも有能なのかそうでないのか判らないので、なかなか最後の着地点が読めないまま、様々な事件が進行する。最後の結末は、何となくそれで丸く収まったような気がするし、読んでいる時の独特な楽しさは流石という感じだ。かなり昔の作品の復刻だと思うが、全く古さを感じさせない。こうした復刻は本当に有難い。(「妖盜S79号: 泡坂妻夫、河出文庫)
百貨の魔法 村山早紀
経営危機を噂される地方都市の百貨店を舞台にした小説。戦後の復興、そして日本人が追い求めた豊かな暮らしを牽引してきた百貨店という小売形態が、今色々な意味で転換点を迎えている。そうしたなかで、世の中の大きな流れには従いつつも、昔からの良さを少しでも守ろうとする人たちの奮戦記といっても良いだろう。もちろん、おもてなしの精神や従業員を大切にする社風だけで物事が好転することはないだろうし、それらを守り続ける妙案が提示されているわけではないが、何とか守ろうとする人々の努力のなかから、少しだけ希望が見え隠れしているような気がする。(「百貨の魔法」 村山早紀、ポプラ社)
定年バカ 勢古浩爾
今年のリタイアを控えて、昨年から「定年」「老後」といったジャンルの本を2冊試しに読んだが、本書はそれらの決定版といって間違いないだろう。既に読んだ本の参考になった量を1とすると(ゼロとは言わない)、本書は10とか20くらいの感じだろうか。また、既に読んだ本が自分のこととして胸に響かず、どちらかといえば子どもや孫の代の社会が心配になるような内容だったのに対して、本書はしっかりと自分のこととして心に響く。充実した老後を過ごさなければならないというやたら圧が強い昨今、無理して頑張るなという本書は、老後に備えて何かしなければいけないのかもしれないけど何もしていない自分のような人間にとって福音とも言える一冊だ。(「定年バカ」 勢古浩爾、SB新書)
盤上の向日葵 柚木裕子
将棋界を舞台にしたミステリー。昨年来、藤井棋士の活躍で将棋ブームが起きているが、本書にとっては、タイミングが良いというよりも、便乗本のように思われてしまっては不本意という感じではないかと思う。読者の関心は、一人の棋士の過去と、犯罪現場に残された証拠品を執拗に追いかける刑事の行動が交互に描かれていて、それがどこで交差するのかに尽きる。ある意味単純で意外性は少ないが、過去と現在が運命のように導かれていく展開の見事さは前作同様で、それこそが著者の真骨頂だと納得できる一冊だ。(「盤上の向日葵」 柚木裕子、中央公論社)
目玉焼きの丸かじり 東海林さだお
「丸かじり」シリーズ第37弾。御歳80とのことだが相変わらず面白い。特に「弁当の跡地」「偽装王国ニッポン」などは、その感性の鋭さに驚きすら感じる。このシリーズを読み続けてきて、少し前にややマンネリと当たり障りのなさのような雰囲気を感じてしまったが、ここにきて再び切れの鋭さ復活という気がする。読み手のこちらの変化なのか、作者の変化なのかはわからないが、「思ったことは書かせてもらう」という潔さが随所に溢れているような文章が気持ち良かった。(「目玉焼きの丸かじり」 東海林さだお、文春文庫)
御子柴くんと遠距離バディ 若竹七海
著者の本は、これまでの作品で入手で可能な作品はほぼ読みつくしてしまい、絶版になっている作品の復刻を待ち望む状態だったが、本屋さんで新刊を見つけた。これまでWEBで発表された作品と書下ろし作品をまとめた「文庫オリジナル」という一冊。これも最近の若竹七海ブームに関係しているのだろうか。来歴はともあれ、ファンとしては新しい作品が読めるのが嬉しいし、「御子柴くん」シリーズの第2弾ということで、期待が膨らむ。読んでみて、やはり作者の本は面白い。色々な人物と事件が同時進行して最後にそれらが絡み合って真相が明らかになるという作者ならではの構成。沢山の人物と事件が次から次へと登場しそれを覚えておかないといけないので、細切れの時間しかなくても途中で止められないのが辛いところだ。(「御子柴くんと遠距離バディ」 若竹七海、中公文庫)
いちまいの絵 原田マハ
本屋さんの新書コーナーをみたら、原田マハの新書の新刊が2冊並んでいた。本書はそのうちの1冊。本書には有名な絵画についてのエッセイが26編収められていて、絵画自体の説明というよりも、著者の絵画との向き合い方に重きが置かれた内容になっている。特に驚くような発見などはないが、自分の鑑賞方法をもう一度考え直してみようというきっかけのようなものを与えてくれた気がする。図版もカラーの口絵で全ての作品が収められていて過不足ない。(「いちまいの絵」 原田マハ、集英社新書)
幻影の手術室 知念実希人
「天久鷹央」シリーズの長編第2弾。短編を入れると7冊目になる。本書が扱っている事件は、監視カメラ下の手術室内での密室殺人という今までで最も難易度の高いものだ。トリックの鮮やかさもさることながら、犯人との攻防、隠されたダイイングメッセージなど、それ以外の見どころも多く、楽しめた。これで本シリーズの既刊はあと一冊。ようやく次が出る前に追いつくことができそうだ。(「幻影の手術室」 知念実希人、新潮文庫)
真実の名古屋論 呉智英
よくある「名古屋論」かと思って、あまり期待しないで読み始めたのだが、これが何ともすごい本だった。まず最初に安直な「名古屋論」の代表ということだろうが、ある1冊の本を徹底的にこき下ろすところから始まる。普段使っているインターネット本屋さんで検索してもヒットしない本なので、ほとんど流通していない本なのかもしれないが、そのこき下ろし方が恐ろしい。ご丁寧にその本の著者の顔写真まで載せている徹底ぶりだ。著者の本意は「安直な地方論」への批判であることは間違いないのだが、あまりにもこき下ろし方が徹底的なので、少しかわいそうになったり、そっちの本も読んでみたくなったりしてしまう。その後も「名古屋」に関する「あるある」本を何冊か槍玉にあげて徹底的に批判していくのだが、これが俗説がどのように定説になっていくのかを解説してくれているようで大変ためになる。批判の対象となっている事柄の中には、自分の知っている生粋の名古屋人から自虐的に聞かされたものもあり、そうした俗説が如何に世の中を蝕んでいるのか、ということだろう。安直な決めつけの弊害を教えてくれる一冊だった。(「真実の名古屋論」 呉智英、ベスト新書)
« 前ページ |