書評、その他
Future Watch 書評、その他
本音でミャンマー 寺井融
ミャンマーに関する本を見つけるとつい入手してしまう。本書もネット検索で見つけたのだが、実際に手元に届いてみて2つのことにビックリした。一つは題名だ。題名には「ミャンマー」とあるが、本書は、内容の半分以上がミャンマーとは直接関係ないアジア全般の話だった。昨今のミャンマーブームにあやかったのだろうが、ミャンマーもそういう使われ方をするようになったんだと、妙に感心してしまった。もう一つ驚いたのは本書の中身。読み始めると、本書は、これまでアジアにかかわる仕事をしてきた著者の回顧録のような内容だった。書かれている内容は大変面白いし、著者の個人的体験はアジアを多角的にみるための材料を与えてくれるので、文句はないのだが、話の途中に著者自身の知り合いのお父さんがどうしたこうしたといった記述が入っていたりして、言い方は悪いが、退職後のサラリーマンが自分の会社時代のあれこれを綴った自費出版の本を読んでいるような錯覚にとらわれてしまった。ある意味そういう本にまで容易にアクセスできるようになったネット社会の便利さに妙に感心してしまった。内容としては、著者が色々なアジアの国々と密接な関係を持って仕事をしているそのなかで気づいたことがざっくばらんに書かれていて面白い。カンボジアでのドルの流通の話とか、ミャンマーの滞在ビザの話とかは、自分自身何回か両国を訪問してようやく気づいたようなことがさらりと書かれている。記述されている国があちこち飛ぶので、体系立てて知識を学べる本ではないが、読んでいて幾つも発見のある良本だと思う。(「本音でミャンマー」 寺井融、カナリア・コミュニケーションズ)
天国でまた会おう(上・下) ピエール・ルメートル
「その女アレックス」の大ヒットで、今日本で最も読まれている欧米ミステリー作家と言われる著者の新しい作品。少し前に著者が初来日して話題になっていた。しかも本書はゴンクール賞受賞作品だという。著者の本はこれまで3作品読んできたが、いずれも大きなどんでん返しのあるミステリー小説だった。書評の紹介では、本書はそうした作品とは一線を画す全く違うジャンルの作品で、純文学の世界をもうならせたという。読んでみると、最初のうちは少し回りくどい表現がややとっつきにくかったが、状況が判るにつれてどんどん物語に引き込まれてしまった。最後に大きなどんでん返しはなかったが、次の展開にハラハラさせられるサスペンスの魅力はこれまでの作品と変わるところがない。話の内容の半分は実際にあった事件、もう半分はフィクションとのことだが、半分にせよ本当にこんな事件があったんだと思うとビックリだ。最後の奇跡のような偶然については、もともとリアリティを追求した作品ではないし、一つの曲線が最後に輪になってつながったような感じがして、欠点というよりも逆にここが書きたかったんだと強く感じた。(「天国でまた会おう」 ピエール・ルメートル、ハヤカワ文庫)
お墓の大問題 吉川美津子
本書の著者は、葬儀業界の出身で、現在は葬儀コンサルタントとして活躍しているその道のプロとのこと。本書の前半はお墓に関する最新情報、後半は葬儀や終活に関する一般情報という構成になっている。やはり断然面白いのは前半のお墓に関する部分で、特に樹林葬墓や散骨の問題点などが興味深かった。こうしたお墓の話をじっくり読んだ後で一般的な葬儀や相続の話を読むと、これまで読んだ一般的な解説書を読むのとは違った捉え方が出来る気がする。その意味でとても良い構成の一冊だと感じた。(「お墓の大問題」吉川美津子、小学館新書)
ボランティアという病 丸山千夏
ボランティア元年と呼ばれる1995年以降災害ボランティアが隆盛だが、それについてはある種の胡散臭さが付きまとう。時折、ボランティアにまつわる事件が断片的に報道されるからだろう。ボランティアのネガティブな問題点と言えば、不透明な会計、善意の押し付け、参加者の自己顕示欲が引き起こすトラブルなどが思い浮かぶが、本書を読むと、専門技術が必要な現場における素人ボランティアの存在そのものの弊害、被災地の子どもたちへの悪影響といったさらに多様な問題点があることに気づかされる。また本書では、Amazonの欲しいものリストを利用した詐欺、避難所に住み着くホームレスボランティアの存在といった具体的な悪意の手口なども数多く紹介されている。これまでに読んだ被災地ボランティアに関する文章や記事でも色々な問題点があることは一応指摘されているが、その扱いは肯定的な内容の最後に少しだけ言及したり、補足説明程度に止まっているように思える。これに対して、本書はほぼ100%ネガティブな記述に終始しているのが潔い。(「ボランティアという病」 丸山千夏、宝島社新書)
バビロン2 野崎まど
シリーズ第2作目。第1作目で登場した謎の女性がいよいよ本格的に邪悪な牙をむく。作品全体を通したテーマは自殺あるいは安楽死に関する問題提起のようなのだが、そんな問題提起を無意味にしてしまうような凄惨な事件が次々に引き起こされる。主人公たちの戦いは、得体のしれない相手との戦いであり、本書では反撃の糸口すらも見えない。果たして次巻以降にその糸口は見つかるのだろうか。第1作で作者が見せた活字を使った驚くべき表現は、本書でもやや地味だが、最後に登場して読者の心を震撼させる。(「バビロン2」 野崎まど、講談社文庫)
宇宙エレベーター 佐藤実
宇宙エレベーターについては、何十年も前に読んだアーサー・C・クラークのSF作品の中でそのアイデアが紹介されていて知っていたが、最近、カーボンナノチューブの発明などによって、ようやく現実の技術がその可能性を吟味できるところまで進歩して来たらしい。本書は、そうした宇宙エレベーターの現時点で残された技術的な課題や制度上の問題点を判りやすく解説してくれる一冊だ。エレベーターを支えるロープの重量に関する課題、エレベーターへのエネルギーの伝達方法、稼働後のメンテナンスから、老朽化した後の廃棄方法にまで話が及んでいて、とても面白かった。結論としては、自分が生きている間に宇宙エレベーターに乗ることは出来ないようだが、それでも想像するだけで楽しい内容を満喫した。(「宇宙エレベーター」 佐藤実、祥伝社新書)
水鏡推理3 松岡圭祐
著者の作品は4つのシリーズを同時に追いかけているが、1つのシリーズの最新刊がでたのを見つけてとりあえず入手しておくと、まだそれを読まないうちに他のシリーズの最新刊がでてしまうということがあったりで、とにかく忙しい。そんなこんなで著者の本は入手してもすぐに読まずにしばらく放置してしまうことも多い。本書については、出版社が営業に力を入れているのだろうか、通勤のために利用している電車の車内広告で宣伝していた。それが早く読めと言っているようなので、早めに読むことにした。このシリーズには「現実の事件に言及」「殺人事件がない」といったいくつかの決まり事があるが、本書ではその冒頭で「現実の事件」として、2020年東京五輪のエンブエム問題に似た事件が扱われている。こういう内容なので、やはりなるべく早く読まないといけないなと反省させられた。内容は、いつも通りのハッピーエンドだが、今回は事件の内容がかなり難解で最後まで解決方法が想像出来なかった。(「水鏡推理3」 松岡圭祐、講談社文庫)
問題物件 大倉崇裕
初めて読む作家だなぁと思いながら買ったのだが、著者の略歴を見たらTVドラマ「福家警部補シリーズ」の作者だった。既に多くの作品を発表しているベテラン作家であるらしい。さて本書は、最初読み始めたときはかなり無理のある設定なので大丈夫かと心配したが、そこのところを目をつむって読み進めると大変面白く読むことができた。病弱の御曹子を助ける不可思議な存在という設定は、有名なシリーズの二番煎じのような気もするが、話自体は現代社会の問題をテーマにしていて独創的だ。不可思議な存在のとる行動もツッコミどころ満載だが、話が面白いので許せてしまう。欠点も多いが面白い本の典型のような一冊だ。(「問題物件」大倉崇裕、光文社文庫)
アムステルダムの詭計 原新一
「第8回ばらのまち福山ミステリー文学新人賞受賞作」と銘打たれた本書。著者略歴を見ると、一般企業を退職した著者のデビュー作とのことだ。書評等をみると、昭和40年頃に実際にあった「アムステルダム運河殺人事件」、画家フェルメールの絵画に関わる謎といったキーワードが並んでいるが、これらがどのようにつながるのか皆目見当がつかない。そんなことを想いながら読み始めたが、すぐにその安定した文体に引き込まれてしまった。内容は、戦後の日本の復興、東京オリンピック、三億円事件、学生運動、バブル景気等、我々やもう少し年上の世代が記憶する大きな出来事と共に進行する事件を追ったミステリーで、その意味でも不思議な共犯者のような感覚を共有しながら読んでしまった。巻末に「ばらのまち福山ミステリー文学新人賞書」の選者による、選考理由と解説が掲載されているが、そこにも同様のことが書かれており、それが同世代の人の共通の感想なんだと、納得した。また、解説のなかで、本書には当然書かれて然るべきだ事件の幾つかが意識的に言及されていないという指摘があって面白かった。(「アムステルダムの詭計」 原新一、原書房)
コンビニ人間 村田沙耶香
日本だけの現象ではないと思うのだが、経済発展とか社会の成熟度がある程度に達すると、生存・安全といった問題の他に、精神的な息苦しさ・閉塞感・疎外感といった問題が我々の心にもたげてくる。コンビニという日本的なシステムは、それを投影した存在であると同時に、それから生じる痛みを軽減してくれる存在であるという。よく考えてみると、それはそんなに難しい考え方ではないし、そうした観点で書かれた小説などたくさんあって然るべきという気もするのだが、本書を読んでいると、その当り前さにも関わらずすごく新鮮な気持ちにさせられてしまった。そこには難しい理屈もないし、思考の末にたどり着いた境地といった気負いもない。ひたすら自分の考えたことを忠実に辿ると、一つの作品が出来ていた、そんな清々しさを感じる一冊だ。(「コンビニ人間」 村田沙耶香、文芸春秋社)
海外出張のため1週間ほど更新をお休みします。
熱狂する「神の国」アメリカ 松本佐保
アメリカ大統領選挙が近づくと、必ず話題になるのが各候補者の宗教的な信条とそれが選挙に与える影響である。11月の大統領選挙に向けて、共和党トランプ候補の過激な発言は色々話題になるが、宗教的な信条についてはあまり明確な報道がなされていない気がする。保守=キリスト教の影響大ということは類推されるが、そのあたりの知識を補完したくて、本書を読むことにした。記述された内容は、主に戦後アメリカの宗教史と宗教各派の政治との関わりだが、特にアメリカにおけるカトリックの歴史が興味深かった。アメリカにおけるカトリック迫害の歴史、宗教と識字率の関係、アメリカの禁酒法の裏話などは、有名な話なのかもしれないが、初めて知ってなるほどと感心してしまった。そのカトリックが反共と結び付いて保守化、体制派へと変貌していくあたりの話も大変興味深かった。当初期待した今年のアメリカ大統領選挙の話はそれほど書かれていなかったが、それを考えるための材料をたっぷり提供してくれたので、結果的にはその方が有難かったかもしれない。非常にためになる一冊だった。(「熱狂する「神の国」アメリカ」 松本佐保、文春新書)
砕け散るところをみせてあげる 竹宮ゆゆこ
本書はネットで入手したのだが、どのような経緯でこの本に行き当たったのかよく覚えていない。普段は、書評誌で評判の良い本があると、ネット書店の「お気に入り」に登録しておき、本屋さんに行った際にそのお気に入りをみながら本を探す。本屋さんにない本がたまったら、ネット書店のサイトに行き、在庫があることを確認してから注文する。しかし、本書の場合、書評誌で見た記憶がない。そもそもこうした類の本をどうやって検索で見つけたのか、何故この本にたどり着いたのかが判らなくなってしまった。そんなこんなでどういう本か分からずに読んだのだが、読んだ結果は大変面白かった。著者については本書を読むまで知らなかったが、ライトノベルの世界では有名な作家とのこと。終盤になって、死んでいるはずの人が出てきてビックリしが、どうやら、最初から物語の語り手を感違いしていたらしい。作者が最初と最後に仕掛けた罠にまんまとひっかかってしまった。ネットで色々な人の感想を見ると、この仕掛けには、語り手が嘘をついているなど、色々な解釈があるらしい。通常の小説では、嘘ならば最後までに何らかの形でそれが明かされるはずなので、もしかしたらこれは、ライトノベルの読者独特の解釈なのかもしれない。自分としては、最初と最後の仕掛けがなくても十分面白かったので、そのあたりは読者の好きずき、判断に任せられているということだと納得した。あとは、題名の意味だが、これもどう解釈するかは読者1人1人に委ねられていると言って良いだろう。自分としては、登場人物が当たって砕けろの精神で頑張る姿を込めた良い題名だと思うし、感覚的に大変良い題名だと思う。(「砕け散るところをみせてあげる」 竹宮ゆゆこ、新潮文庫)
希望荘 宮部みゆき
前作で突然主人公を襲う「家庭の崩壊」という悲劇。シリーズ作品を読み進めていて、こうした展開があるとは予想していなかっただけにびっくりしたのだが、それが次作でどう展開していくのか、それが気になって本書を待ち望んでいた読者も多いだろう。自分もその一人だけに、本書は読む前から期待が膨らむ。しかも本書は短編集だという。短編集という形式で、シリーズの本筋はちゃんと進展するのだろうか?もしかしたら、本書では前作の悲劇は何となく棚上げにされ、普通の短編ミステリーになってしまっているのではないかという不安も脳裏をかすめる。まさに、作者の術中にはまった感じで、期待と不安を持って読み始めた。本書では、心機一転新しい人生を歩み始めた主人公の探偵としての活躍が描かれているが、上記の心配をよそに、その主人公の境遇の変化がうまくそれぞれの事件解決と絡み合っていて、ミステリーの楽しさとは別のテイストをしっかり醸し出している。さすがに作者のストーリーテラーとしてのすごさ、どんなシチュエーションからでも物語を紡ぎ動かせるんだなぁと感心させられた。最初からこの劇的な変化を構想していたのかどうかは謎だが、本書では主人公の過去までが詳細に語られていて、ますます人物の造詣そのものへの愛着も生まれ、次回作への期待も膨らむ。(「希望荘」 宮部みゆき、小学館)
五声のリチュルカーレ 深水黎一郎
最近立て続けに読んでいる著者の本だが、本書で一応過去の作品は一通り読むことができた気がする。本書は、これまでに読んだ美術や音楽に関する薀蓄満載の著者の作品とはかなり異質な内容だが、人間の発生学的な特殊性とか、昆虫の擬態に関する知識などがストーリーに大きく関わっていて、ある意味ではこれまでの著者の作品と相通じる、まさに著者ならではの作品という趣を持っている。それに加えて、本書では現代の小中学校などにおけるいじめ問題について、子どもの視線からみた救いようのない解釈が提示されている気がする。少年法に対する疑問、子どもの頃の心情を忘れてしまった大人の無理解のようなものが読者の心に痛く響く作品でもある。これまで読んできた著者の作品は、ミステリーという分野での問題作にすぎなかったが、本書に関しては、社会問題を扱った別の意味での大きな問題作だと感じた。(「五声のリチュルカーレ」 深水黎一郎、創元推理文庫)
謎のイスラム教 島田裕巳
これまでイスラムの解説本を何冊も読んでいるが、どうしても分からないのがスンニ派とシーア派の違いと、何故両派が対立しているのかという点だ。解説本には、ムハンマドの死後のカリフの正統性を巡る対立というようなことが書かれているが、そうした教義とかに関係ないことがどうして1000年以上後まで対立の原因になっているのかが分からない。すでにカリフという存在がいなくなってしまっているのだから、もう争っても仕方ないのではないかと思うのだが。本書でもその点ははっきりとは書かれていないのがやや残念だったが、少しヒントを貰えた気がする。要は、誰がカリフであるべきかで行われる儀式が異なるということらしい。その他にも本書を読んで、イスラム教には組織というものがなく、宗教に基づく意思決定が信者個々人に委ねられているということに驚かされた。そういえば、最近のISのテロに関する犯行声明などを読んだ時の違和感はそういうことだったのかと納得した。(「なぞのイスラム教」 島田裕巳、宝島社新書)
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